その三
「え……えっと……何と言うべきか……」
平静を取り戻した少女は、二人にどう説明すべきか迷っていた。
今、自分は、猫の手も借りたい状況に在る。
だが、一般人に助けを請うのは躊躇われる。
そして、こうしている間にも、時間は刻々と過ぎているのだ。
「取り敢えず、名前を教えてくれないかな? 私、白鳥小雪」
「俺は赤松拓郎だ」
進退窮まっている少女に、小雪が助け船を出す。
「わ、私は、サン・タクロス社新入社員、識別番号H-7203のナツミです。
不束者ですが、何卒よろしくお願いしますです」
丁寧に自己紹介をし、ナツミは頭を下げた。
話の切っ掛けを掴んだナツミは、更に続ける。
「私は、日本D-51地区での配達の為に、ここへ来ました。
今晩中に、全ての配達を終わらせなければならないですよ」
「今晩中に全て……か。大変そうだな」
赤松は、尊敬の念を込めて言った。
見た感じ、年齢は自分とそれ程変わらないのに、聖夜の過ごし方がこうも違うのだ。
どこかに勤める以上、当然かも知れないが……。
「まあ、憧れで始めた仕事ですから」
赤松の言葉に、ナツミは笑顔で返す。
自分の望んだ仕事をしている者の、眩しい程の笑顔だった。
「良いなぁ、夢が叶っただなんて……」
小雪が、言葉通り羨ましそうに呟く。
漫画を描いている者として、当然それで生活する事を望んでいるが、現実は、自分の思った通りに動いてはくれないのだ。
「はい。サン・タクロスを心待ちにしている子供達に、プレゼントを届ける……
子供の頃から、ずっと、ずっと夢見ていたですよ♪」
ナツミは、幸せそうな、弾んだ声で応えた。
「……ちょっと待てよ」
赤松が、そこで何かに気付く。
ナツミと小雪が、同時に赤松の方を向いた。
「サン・タクロス社だよな?」
「は、はい。そうですけど……」
赤松の確認に、ナツミは怪訝な表情で答える。
小雪も、赤松の意を理解出来ない様だ。
「何が言いたいの、赤松君?」
「『・』を抜いて言えば解る」
赤松の言葉に、小雪は首を傾げたまま、
「サンタクロス……サンタクロス……」
同じ言葉を何度も繰り返す。
「サンタクロス……サンタクロス……!」
七度目でようやく気付き、小雪は驚愕の表情を浮かべた。
ナツミも理解したらしく、
「あぁ、日本では『サンタクロース』って発音しますね。
すみません。日本語の発音って、なかなか慣れないもので……」
思い出した様に言う。
赤松の予想は、的中した。
「……白鳥さん、クリスマスでも病院って開いてるかな?」
「う、嘘じゃないですよ〜!」
赤松の意を悟ったナツミは、目を潤ませて訴える。
「赤松君、頭ごなしに否定するのは可哀相だよ」
「そう言われても……」
小雪にまで咎められ、赤松は言葉を詰まらせた。
だが、いくら何でもこれは無しだろう。
てっきり宅配の仕事か何かだと思っていたのだが、一気に台無しになってしまった。
――一応、『宅配』ではあるが。
しかし、小雪がナツミ寄りだとすると、具合が悪い。
数が全ての民主主義において、これは余りにも痛い。
「信じて下さい〜! ここで疑われたら、話が進まないじゃないですか〜!」
ナツミは半泣きになりながら、赤松の胸座を両手で掴み、前後に激しく揺らした。
流石にここまでされると、赤松も苦しくなってくる。
「判った、判ったよ。話は聞いてやるから」
「本当ですか! 有り難うございます!」
赤松が仕方無く折れると、ナツミの表情にパッと灯が灯った。
そして、話を続ける。
「……で、配達をしていたんですけど……荷物をうっかり落としてしまいまして……。
迂闊に人前に出る訳にはいかないので、これを使ったのですよ」
そう言って、ナツミが白い袋から取り出したのは、掌サイズの磁石の様な物体だった。
「……何これ?」
「サン・タクロス社の秘密アイテムです! これはですね……」
ナツミは、白い袋から、プレゼントの箱を一つ取り出し、赤松に手渡した。
そして、何メートルか離れて貰う。
「こんな風に、落としてしまったプレゼントを……」
ナツミが磁石の様な物体を掲げると、赤松の手に在ったプレゼント箱が、吸い寄せられる様に浮かび上がり、ナツミの前で停止した。
それを手に取ると、ナツミはすぐに袋の中に戻す。
「ずいぶんな手品だな……」
「こんな感じで、呼び戻してくれるのです! ……で、それにお二人が連いてきた訳です」
赤松の呟きは、ナツミには聞こえなかったらしい。
「……さて、本題はここからなんですけど……」
急に、ナツミの声のトーンが下がる。
「その……新人なので、そうでなくても作業が遅い上に、
荷物を無くし、お二方一般人に見られた所為で、配達が間に合いそうにないんですよ」
「……それで?」
赤松に促され、ナツミは少し躊躇う。
暫く言葉を濁らせた後、
「こうして見られてしまったのも何かの縁ですし……
配達を……その……手伝って……頂ければ……嬉しい……です……」
指をモジモジさせながら、どうにか最後まで言い切った。
「さて、そろそろ行こうか白鳥さん」
「はう〜! 見捨てないで下さい〜!」
無視しようとした赤松に、ナツミは涙目で縋り付く。
「そんな事言われて、信じる方がおかしいだろ」
溜め息を吐きながら、赤松は言った。
流石にこの歳になって、サンタクロースを信じる事なんて出来ない。
第一、彼女は、一般的なそれのイメージと余りにも懸け離れている。
年齢も、性別も……強いて言えば、似ているのは服装くらいであろうか。
しかし、それでは只のコスプレイヤーだ。
「お願いしますよ〜! でないと私、とても間に合いませんよ〜!
もし間に合わなかったら、クビになってしまいますよ〜!
……それに、このままでは、プレゼントを待って下さっている子供達が……」
それでも、ナツミは赤松に懇願を続ける。
ナツミの言動は、少なくとも、真摯なものであることは間違い無いだろう。
そんなナツミの態度に、赤松の気持ちが揺らいでいく。
サンタクロース云々はともかく、ここまで真っ直ぐに懇請されて無下に断るのは、流石に躊躇われる。
「……私、手伝うよ」
「ほ、本当ですか!? 嬉しいです〜! ありがとうございます!」
小雪の承諾に、ナツミは言葉通り嬉しそうに頭を下げた。
恐らく、ナツミの純粋な態度に感化されたのだろう。
――どうやら、俺の負けだな……。
「白鳥さんがそう言うなら、俺も付き合ってやるかな……」
「はう〜、ありがとうございます〜!」
「勘違いするなよ。一人じゃ暇だからな。
やる気が無くなったら、すぐに帰らせて貰うぞ」
赤松も、とうとう折れる事になった。
こうして、二人にとって最も忙しい聖夜が幕を開ける。