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Present  作者: ミスタ〜forest
3/8

その三

「え……えっと……何と言うべきか……」

 平静を取り戻した少女は、二人にどう説明すべきか迷っていた。

 今、自分は、猫の手も借りたい状況に在る。

 だが、一般人に助けを請うのは躊躇われる。

 そして、こうしている間にも、時間は刻々と過ぎているのだ。

「取り敢えず、名前を教えてくれないかな? 私、白鳥小雪」

「俺は赤松拓郎だ」

 進退窮まっている少女に、小雪が助け船を出す。

「わ、私は、サン・タクロス社新入社員、識別番号H-7203のナツミです。

不束者ですが、何卒よろしくお願いしますです」

 丁寧に自己紹介をし、ナツミは頭を下げた。

 話の切っ掛けを掴んだナツミは、更に続ける。

「私は、日本D-51地区での配達の為に、ここへ来ました。

今晩中に、全ての配達を終わらせなければならないですよ」

「今晩中に全て……か。大変そうだな」

 赤松は、尊敬の念を込めて言った。

 見た感じ、年齢は自分とそれ程変わらないのに、聖夜の過ごし方がこうも違うのだ。

 どこかに勤める以上、当然かも知れないが……。

「まあ、憧れで始めた仕事ですから」

 赤松の言葉に、ナツミは笑顔で返す。

 自分の望んだ仕事をしている者の、眩しい程の笑顔だった。

「良いなぁ、夢が叶っただなんて……」

 小雪が、言葉通り羨ましそうに呟く。

 漫画を描いている者として、当然それで生活する事を望んでいるが、現実は、自分の思った通りに動いてはくれないのだ。

「はい。サン・タクロスを心待ちにしている子供達に、プレゼントを届ける……

子供の頃から、ずっと、ずっと夢見ていたですよ♪」

 ナツミは、幸せそうな、弾んだ声で応えた。

「……ちょっと待てよ」

 赤松が、そこで何かに気付く。

 ナツミと小雪が、同時に赤松の方を向いた。

「サン・タクロス社だよな?」

「は、はい。そうですけど……」

 赤松の確認に、ナツミは怪訝な表情で答える。

 小雪も、赤松の意を理解出来ない様だ。

「何が言いたいの、赤松君?」

「『・』を抜いて言えば解る」

 赤松の言葉に、小雪は首を傾げたまま、

「サンタクロス……サンタクロス……」

 同じ言葉を何度も繰り返す。

「サンタクロス……サンタクロス……!」

 七度目でようやく気付き、小雪は驚愕の表情を浮かべた。

 ナツミも理解したらしく、

「あぁ、日本では『サンタクロース』って発音しますね。

すみません。日本語の発音って、なかなか慣れないもので……」

 思い出した様に言う。

 赤松の予想は、的中した。

「……白鳥さん、クリスマスでも病院って開いてるかな?」

「う、嘘じゃないですよ〜!」

 赤松の意を悟ったナツミは、目を潤ませて訴える。

「赤松君、頭ごなしに否定するのは可哀相だよ」

「そう言われても……」

 小雪にまで咎められ、赤松は言葉を詰まらせた。

 だが、いくら何でもこれは無しだろう。

 てっきり宅配の仕事か何かだと思っていたのだが、一気に台無しになってしまった。

 ――一応、『宅配』ではあるが。

 しかし、小雪がナツミ寄りだとすると、具合が悪い。

 数が全ての民主主義において、これは余りにも痛い。

「信じて下さい〜! ここで疑われたら、話が進まないじゃないですか〜!」

 ナツミは半泣きになりながら、赤松の胸座を両手で掴み、前後に激しく揺らした。

 流石にここまでされると、赤松も苦しくなってくる。

「判った、判ったよ。話は聞いてやるから」

「本当ですか! 有り難うございます!」

 赤松が仕方無く折れると、ナツミの表情にパッと灯が灯った。

 そして、話を続ける。

「……で、配達をしていたんですけど……荷物をうっかり落としてしまいまして……。

迂闊に人前に出る訳にはいかないので、これを使ったのですよ」

 そう言って、ナツミが白い袋から取り出したのは、掌サイズの磁石の様な物体だった。

「……何これ?」

「サン・タクロス社の秘密アイテムです! これはですね……」

 ナツミは、白い袋から、プレゼントの箱を一つ取り出し、赤松に手渡した。

 そして、何メートルか離れて貰う。

「こんな風に、落としてしまったプレゼントを……」

 ナツミが磁石の様な物体を掲げると、赤松の手に在ったプレゼント箱が、吸い寄せられる様に浮かび上がり、ナツミの前で停止した。

 それを手に取ると、ナツミはすぐに袋の中に戻す。

「ずいぶんな手品だな……」

「こんな感じで、呼び戻してくれるのです! ……で、それにお二人が連いてきた訳です」

 赤松の呟きは、ナツミには聞こえなかったらしい。

「……さて、本題はここからなんですけど……」

 急に、ナツミの声のトーンが下がる。

「その……新人なので、そうでなくても作業が遅い上に、

荷物を無くし、お二方一般人に見られた所為で、配達が間に合いそうにないんですよ」

「……それで?」

 赤松に促され、ナツミは少し躊躇う。

 暫く言葉を濁らせた後、

「こうして見られてしまったのも何かの縁ですし……

配達を……その……手伝って……頂ければ……嬉しい……です……」

 指をモジモジさせながら、どうにか最後まで言い切った。

「さて、そろそろ行こうか白鳥さん」

「はう〜! 見捨てないで下さい〜!」

 無視しようとした赤松に、ナツミは涙目で縋り付く。

「そんな事言われて、信じる方がおかしいだろ」

 溜め息を吐きながら、赤松は言った。

 流石にこの歳になって、サンタクロースを信じる事なんて出来ない。

 第一、彼女は、一般的なそれのイメージと余りにも懸け離れている。

 年齢も、性別も……強いて言えば、似ているのは服装くらいであろうか。

 しかし、それでは只のコスプレイヤーだ。

「お願いしますよ〜! でないと私、とても間に合いませんよ〜!

もし間に合わなかったら、クビになってしまいますよ〜!

……それに、このままでは、プレゼントを待って下さっている子供達が……」

 それでも、ナツミは赤松に懇願を続ける。

 ナツミの言動は、少なくとも、真摯なものであることは間違い無いだろう。

 そんなナツミの態度に、赤松の気持ちが揺らいでいく。

 サンタクロース云々はともかく、ここまで真っ直ぐに懇請されて無下に断るのは、流石に躊躇われる。

「……私、手伝うよ」

「ほ、本当ですか!? 嬉しいです〜! ありがとうございます!」

 小雪の承諾に、ナツミは言葉通り嬉しそうに頭を下げた。

 恐らく、ナツミの純粋な態度に感化されたのだろう。

 ――どうやら、俺の負けだな……。

「白鳥さんがそう言うなら、俺も付き合ってやるかな……」

「はう〜、ありがとうございます〜!」

「勘違いするなよ。一人じゃ暇だからな。

やる気が無くなったら、すぐに帰らせて貰うぞ」

 赤松も、とうとう折れる事になった。

 こうして、二人にとって最も忙しい聖夜が幕を開ける。

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