その二
十二月二十四日。
街は、色とりどりの眩しいイルミネーションで輝いている。
音楽と喧騒が混じり合い、よく判らない音になっていた。
そんな中を、二人が歩いている。
片方は、長い黒髪が印象的な少女。
年齢は、高校生くらいだと思われる。
防寒対策は完璧で、冷たさが入り込む隙は一切無い。
片方は、フレームがやや大きい眼鏡を掛けている少年。
年齢は、恐らく少女と同じ程。
少女程に厚着はしていないが、それなりの防寒はしている。
「……本当に良かったの、赤松君?」
「何が?」
小雪に唐突に問われ、赤松は質問で返す。
「その……クリスマスに呼び出しちゃったから……」
「別に。家族はアンチキリストだし、友達とアニソン歌うのもな……。
白鳥さんこそ、聖夜の相手が俺で良いのか?」
赤松は小雪の質問に答え、更に尋ねた。
小雪は、
「うん。帰っても、誰も居ないし……」
少し俯いて答えた。
「ご、ごめん。不味い事訊いたな……」
赤松は、ばつの悪い顔をして謝るが、
「だから、誰かと一緒にクリスマスを過ごせる事が嬉しいの」
小雪は微笑んで応える。
そして、雲一つ無い、澄んだ夜空を見上げた。
イルミネーションの所為で、星の煌めきは殆ど見えない。
「……雪、降らないかな……」
少し沈んだ声で呟いて、小雪は溜め息を吐いた。
せめて星が綺麗ならば良かったのだが、それも叶わない夢だ。
そう思うと、街の輝きが、途端に機械的な冷たさを帯びた気がする。
これではいけない。
今年は、一緒に過ごしてくれる人が居るのだ。
――『あの時』は、心臓が止まるかと思った。
だが、お互いに口外しない事を約束すれば、自分にとって初めての『趣味が合う友達』である。
それだけでも十分満たされているのだ。
満たされなければならないのだ。
小雪は首を左右に激しく振り、雑念を追い払った。
揺らされた頭がクラクラし、堪らず小雪は項垂れる。
その時に、『それ』が目に入った。
「これ、何だろ……?」
アスファルトに落ちている『それ』を、小雪は屈んで手に取る。
一辺が十五センチくらいの四角い箱。
カラフルな包装紙に包まれており、更にリボンで装飾されている。
「プレゼント……だな。どうしてこんな所に……?」
「誰か落としたのかも。交番に届けた方が良いかな?」
二人が『それ』について話を巡らせていた時。
小雪が突如、『それ』に引っ張られる様にして走り出した。
「し、白鳥さん!?」
「え……えぇ!?」
赤松が戸惑いながら名前を呼ぶが、当の本人が一番驚いている様だ。
小雪は、そのまま路地裏へと入っていく。
それを追いかけて、赤松もイルミネーションの陰へと走っていった。
突然だったので差をつけられたものの、それ程速い速度で移動していた訳でもなかったので、すぐに追いつく事が出来た。
「どうしたんだ!?」
小雪と併走しながら、赤松は問う。
「それ……が……こ……つ然……勝手に……っ!」
小雪は応える余裕すら怪しく、呼吸するので精一杯の様だ。
「白鳥さん、もう少し運動したらどうだ? バテるの早過ぎるぞ」
いつの間にか、赤松は全く違う心配をしていた。
ツッコむ余力すら、小雪には無い様だ。
人気の無い広場に出て、ようやく小雪と『それ』は止まった。
精根尽き果てた小雪は、荒い呼吸をしながら、その場に倒れ込む。
――こんな季節に、こんなに身体が熱くなるなんて。
防寒着を脱ぎ捨てたいくらいだが、その余力すら残っていない。
「大丈夫か、白鳥さん?」
そんな小雪に、赤松は心配そうに尋ねる。
少し息を乱していたが、まだまだ余裕が有りそうだ。
「思ったんだけど……手を離したら良かったんじゃないか?」
「…………」
赤松の今更な意見に、小雪は撃沈した。
「それにしても、何で動いたんだろうな、これ……?」
小雪の手中にある『それ』を見て、赤松は呟く。
手に取ってみるが、特に変わった様子は無い。
振ってみても、同じ事であった。
開けようかとも思ったが、流石にそれは躊躇ってしまう。
色々と考えていると、再び『それ』は動き始めた。
不意を衝かれ、赤松は思わず手を離してしまう。
『それ』が飛んでいった方を向くと、十数メートル程先に、人影が在った。
その人影の前で、『それ』はピタリと動きを止める。
「はふ〜、戻ってきた〜……」
予想外に可愛い声を上げて、人影は『それ』を両腕で抱えた。
どうにか回復した小雪を起こすと、二人は人影に近付いていく。
灯の灯っていない広場だが、人影の回りは明るい様だ。
肉眼で確認できる距離まで近付くと、人影は少女になる。
背は百五十センチ前半くらい。
銀髪のセミロングに、円らな紅い瞳。
赤と白の、典型的なサンタルックに身を包んでいた。
「プレゼントを無くしたら、先輩に怒られるどころじゃ済まないですからね。
本当に良かった〜……。……でも、時間が……果たして間に合うですか……?」
独りで呟きながら、『それ』を足元の白い大きな袋の中に入れる。
そしてその袋を、後ろの橇に積む。
運搬用の橇らしく、袋を積んでも、人が乗るには十分だった。
その橇は、太い紐で動物と繋がれている。
大きな角が特徴的な、体長二メートル程の動物だ。
「あ、あの……」
勇気を出して、赤松は少女に声を掛ける。
そこでようやく、少女が二人の存在に気付いた。
一瞬固まり、
「……見ました?」
そのまま口だけ動かした。
二人は、同時に頷く。
少しの間、辺りは静寂で満たされ、寒風の通り過ぎる音だけが聞こえる。
少しの間、だけだった。
「はわあああぁっ! ど、どうしましょう!?
一般人に見られてしまうなんて! 一生の不覚です!
私、クビになってしまうですか……!? そんなの絶対イヤです!
確かに、職場では、勤務日数の十六倍は怒られてますけど……
でも! 先輩みたいに一人前になる為に、こんなトコでクビにはなれないですよ!
こう言う時は……え〜と……はう〜、マニュアルに載ってないです〜……。
……って、何を言ってるですか、私!
マニュアルに無い自体に対応出来てこそ、一人前じゃないですか!
考えるです……えっと……えっと……えっと……!」
少女は一人で焦り、葛藤し、決意を固めて頭を抱えた。
「だ、大丈夫?」
見かねた小雪が、心配そうに声を掛ける。
「だ、ダメです! サン・タクロス社は秘密主義の徹底が最優先なのです!
新人とは言え、歴とした社員として、一般人の手は借りられないです!」
が、全力で拒まれた。
焦った余り、重大なミスを犯した事には、まだ気付いていない様だ。
「サン・タクロス社の新入社員なんだ?」
「!? 何で知っているですか!?」
「今、言っただろうが……」
面倒な奴に絡まれたな、と内心呟きつつ、赤松は溜め息を吐いた。