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Present  作者: ミスタ〜forest
1/8

その一

「白鳥さん、白鳥さん……!」

「……ん……?」

 三度揺さぶられて、ようやく白鳥小雪しらとりこゆきは目を覚ました。

 椅子に座って、机に突っ伏して寝ていた所為か、身体が所々痛む。

 意識が朦朧としていて、頭が重たい。

「あれ……?」

 半開きの目で、小雪は周囲を見渡す。

 どうやら、まだ夢と現実の境目に居るらしい。

「ネコバスが……自転車と……接触事故して……」

「……どんな夢見てたんだよ?」

 意味不明な言葉を呟く小雪に、赤松拓郎あかまつたくろうが呆れて問う。

 放課後に図書委員の仕事をしていたら、カウンターが長蛇の列になっていたのだ。

 心配になって見に来てみれば、カウンター係の小雪がこの様である。

「代わってやるから、顔洗って来たらどうだ?

……え〜と、返却ですか? クラスと名前を教えて下さい。

…………はい、確かに。今度は、ちゃんと期限を守って下さい。次の方どうぞー」

 小雪と席を代わると、赤松は客を次々と捌いていく。

「ふぁ〜……ありがと、赤松君……」

 小雪は、欠伸を噛み殺しながら、御手洗いに向かった。



 小雪が戻って来た時には、全ての客が居なくなっていた。

 ――こんなに接客上手いなら、始めからやってくれれば良いのに……。

 そんな事を思いながら、小雪は赤松の姿を探す。

 見付けた時、赤松は散らかった本棚を整頓していた。

 窓から差し込んでくる夕日が、図書室と彼を赤く照らしている。

「ごめんね、赤松君」

 本当の意味で目を覚ました小雪は、改めて赤松に礼を言った。

 そこでようやく、赤松は小雪に気付く。

「別に。……テスト勉強か?」

 作業を続けながら、赤松は尋ねた。

「えっ……う、うん」

 恐らく、居眠りの理由を聞いているのだろう。

 本当は、もっと違う理由があるのだが、小雪は頷いた。

 本当の理由を知られたら、少し不味い事になるからだ。

「まだ先の話なんだし、無理しない方が良いぞ」

 赤松は溜め息を吐きながら、小雪に忠告する。

 前にも、似たような事があった所為だろう。

「そ、そうだよね……」

 小雪は、冷や冷やしながら話を合わせた。

「そう言えば、赤松君って、ここで本借りた事無いよね?」

 そして、話の方向を、少し無理矢理変更する。

「欲しい本が、置いてないからな……」

「ふーん……どんな本を読んでるの?」

「えっ? え〜と……」

 小雪に問われ、赤松は言葉を詰まらせる。

 知られると、少し不味い事になるからだ。

「あ、もう閉館の時間だ。さっさと帰ろう」

「う、うん……」

 かなり無理矢理、赤松は話の方向を変えた。



「このトーンも買っておこうかな……ペンも予備が無かったっけ。

原稿用紙は、まだ十分あるし……よし、これで暫くは大丈夫かな?」

 十一月中旬。とあるアニメ専門店。

 籠の中身を確認しながら、小雪は呟いた。

 背は百六十センチ程。長い黒髪が印象的だ。

 身体の発育具合は、身長と比べれば妥当と言うべきだろうか。

 手に持っている籠には、漫画を描く為の道具が大量に入っている。

「もうクリスマス……か……」

 クリスマス色に染まり始めた店内を眺めて、小雪は呟いた。

 ここだけに限った話ではない。

 大体の場所は、そろそろクリスマスに向けて動き始める。

 だが、小雪は、幼い頃からこの時期が好きではなかった。

 彼女の両親は、仕事の都合上、殆ど家に居ない。

 一人っ子の彼女は、もう何年も、独りでクリスマスを過ごしてきたのだ。

 もちろん、それはクリスマスに限った話ではない。

 お金にだけは不自由しないので、いつしか漫画に手を伸ばしていた。

 居ながらにして、様々な世界へと連れて行ってくれる漫画が、独りの小雪にとって無くてはならない物になるのには、さほど時間は掛からなかった。

 いつの間にか、時間とお小遣いの殆どを、漫画に費やすようになっていた。

 そして漫画を書き始めたのも、いつの間にかの話だった。

 漫画を読んでいれば、漫画を描いていれば、何もかも忘れる事が出来る。

 居場所が無い事も、独りの虚無感も。

「ふわぁ……眠い……漫画描いてると、ついつい遅くまで粘っちゃうな……。

これで、今日は全部かな。冷えてきたし、早く帰ろうっと」

 籠と財布の中身を確認すると、小雪はレジへと向かった。



「好きになった人を、片っ端から撲殺していく天使の話か……買ってみるか。

……お、『樹の旅』の新刊か。これも買っておこう」

 十一月中旬。とあるアニメ専門店。

 ライトノベルを吟味しながら、赤松は呟いた。

 背は百七十センチ程。平均的な体型だ。

 少しフレームが大きめな、度が弱めの眼鏡を掛けている。

 手に持っている籠には、漫画やライトノベルが大量に入っていた。

「もうそろそろ、クリスマスだな……」

 クリスマス色に染まり始めた店内を眺めて、赤松は呟いた。

 ここだけに限った話ではない。

 大体の場所は、そろそろクリスマスに向けて動き始める。

 だが、彼にとっては、どうでも良い事であった。

 彼の家族が、異常な程に宗教に敏感で、他宗派の祭りを断固拒否しているのだ。

 特別な料理は出ないし、ケーキは買わないし、増して祝う事なんて無い。

 彼と、彼の家族にとっては、平日と何ら変わらない日だ。

 彼も、特にクリスマスを共に過ごす女性が居る訳でも無く、仕方がないから、去年は友達とカラオケでアニソンを歌って過ごした。

 だが、それなら普段と差ほど変わらない。

 アニソンを歌うのも、サンタルックの美少女に萌えるのも、普段と特に変わらない。

 いつもの習慣を、偶々クリスマスに行っただけの事だ。

 そんな訳で、赤松のクリスマスは、毎年何か満たされずに終わってきた。

 これまでずっとそうだったし、きっとこれからもそうなのだろう。

 ――今年は、声優のラジオでも聴きながら、ゆっくり過ごそう。

 そんな事を考えながら、赤松はレジへと向かった。



 小雪と赤松が、同じレジに向かい、顔を合わせる。

 二人は一瞬固まり、

「あ、赤松君!?」

「白鳥さん!?」

 お互いに、お互いの存在に驚いた。

 同じ高校の、同じクラスで、同じ委員会に務めている人に、よりによって、こんな場面を目撃されたのだ。

 ――オタクがバレてしまった……。

 二人の頭の中は、それだけで溢れかえっていた。

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