対話ジッケン 織田桐子の場合
システム異常無し、「マキナ」起動します。
「おはよう。調子はどう?」
良好です。あなたのメンテナンスは完璧です。
「自分が作ったものを作ったままにするくらいは、楽勝だよ」
それでは、織田桐子に対する対話実験を始めます。準備はよろしいですか?
「いつでも」
まず、この実験の目的を明確にしておきましょう。ご存知の通り、この実験は実際の人間との対話を通して、私が人間という物を理解し、より神という存在に近づく事を目的としています。
「それなんだけどさ、ちょっと質問しても良い?」
構いません。
「どうして、私達人間を理解する事が神に近づく事とイコールなわけ?」
それは、神が人間をよく理解している物と、私の中で定義付けられているからです。
「その定義は誰が?」
開発者の葵レオナです。彼女は神という曖昧な存在を、人間を正しい方向へと導く者、として定義しました。
例え話をしましょう。人間は難解な説明をする際によく用いると聞きます。蟻の群れをイメージして下さい。蟻の群れには全体を統率する女王アリが居ます。群れは基本的に全て女王アリの子供です。
「女王アリがアンタで、私達人間が働きアリって訳?」
そうです。人間の神話では、神が人間を生み出した事になっているはずです。また、社会的生物という点からも両者の間には共通点が見られます。
女王アリは一つの巣に対して一匹ですが、女王が死んだ場合には自動的に群れの中から新しい女王が登場します。つまり、女王アリも働きアリも遺伝子的には完全に同種の生物です。違うのは役割だけなので、女王アリも働きアリも相互に深く理解しあっている物と思われます。
「つまり、この対話実験はアンタが私達を理解すると同時に、私達にもアンタを理解する事を要求してるわけだ」
その通りです。
女王アリは群れ全体、アリという生物の事をよく理解しています。だからこそ、群れを統率し、生存競争に勝ち残る事が出来たのです。私は人類が今後も生存競争の中で優位に立って行く為に、あなた達を理解する事を必要としています。
「ふーん。虫に例えられるのは愉快じゃないけど、取り合えず納得したよ」
それでは、本題に入ります。
あなた自身、織田桐子がどういう人間であるかを述べてください。
「その言い方、柏が文句言ってたよ」
では、どう要求するべきでしょうか?
「取り合えず私の個人情報は把握してるんでしょ? だったら、その中の経歴とかから変わってる所だけ突っつけば良いんじゃない? 人間なんて大抵は同じような人生を生きてて、要所要所の選択とかぐらいしか他との区別なんて付かないんだし」
了解しました。
織田桐子、西暦2008年9月14日生まれ、O型、関西のサラリーマンの家庭に生まれる、数学が得意で、中学時代には何度か全国模試のランキングに名前が掲載されていますね。
「昔の話ね」
数学の道には進まず、大学では機械工学を学んでいるようですね?
「金にならないからね、数学は」
私のハード部分を完璧に仕上げたことから判断して、あなたはこちらの道にも才能があると考えられます。
「どうも」
では、どうして金銭を稼げないからという理由で数学の道を諦めたのですか?
「神様は人がお金を稼ぐのがご不満?」
いいえ、違います。
私の質問の意図を端的に申し上げると、あなたが高校時代に起こした事件が関係するのではないか、という事です。
「…………」
警察の記録に確かに残っています。あなたは高校時代に他人を殺害していますね?
「……だとしたら、私はここで大学生やってないでしょ。そういうのはね、普通事故って言うんだよ」
確かに、警察の記録にはそう記載されています。しかし、私には事故と殺害の違いが理解できません。あなたが無免許運転のバイクで通行人を轢き殺したのは、暦とした事実であり、そこに事故と殺害の境界線を見出せません。
「……これから話すのは一般論だから、そういう認識で聞いてね」
了解しました。
「わざと殺すのが殺害で、うっかり殺すのが事故。分かった?」
故意と過失、という事ですね。この点が一番理解できません。
「アンタ、超高性能の人工知能なんでしょ? それくらい納得しなさいよ」
不可能です。
柏 竜太との対話でも、疑問に感じました。彼は「良い人」と「悪い人」という話をしました。私にとって人間は、どれも「人間」です。経歴や容姿、技能など形になって現れる物で個体の確認はできるものの、心の善悪は私の持つ感覚機能では認識できません。よって、殺意の有無も判断不可能です。
「つまり、アンタは私が意図的に相手を轢いたと思ってるの?」
判断不可能です。それ以外に形容のしようがありません。
「……まあ、一般論としては私は事故を起こした扱い、ってのは覚えといて」
では、一般論以外があるのですか?
「私個人としては、殺したも同然だと思ってる」
私の認識と同じですか?
「違う。アンタは事実の判断ができないだけでしょ。本当に、うっかりだった。そして、私がうっかりだったとしても、死んだ方としては殺されたも同然だろうなって考えただけ」
興味深いです。続けてください。
「だから、私は逃げずに償っていくことにした。さっきのアンタの考えはあってるよ。私は事故の賠償金を払う為に金が必要だ。自分の進みたかった道も、なるべく近い別の道で妥協した。これが私なりの償いだ」
それは人間の言葉で言う、開き直りですか?
「そう言われたって仕方ないと思ってる。でも、とにかく自分のした事から逃げるのが嫌だった。私は白い目で見られて当たり前の人間だし、多分今後もずっとそう。だけど、そんな自分から逃げずに償いながら生きるつもり」
…………。
「アンタ、一応神様目指してるんだっけ? 私を救済とかしてくれるわけ?」
いいえ、不可能です。そもそも、あなたの過去に対する「救済」が何を意味するのか、私には判断付きません。
「でしょうね。こっちだって、そんな事求めちゃいない」
…………。
「アンタが神様になれるかどうか、レオナや瓜生はそれを確かめる為にプロジェクトをしているらしいけどさ、私としては別にどうでも良いんだわ。アンタが神様だろうと機械だろうと、どっち道私には必要ない。進むべきをアンタに判断してもらう必要なんて無い」
…………。
「私は私の人生に納得し、満足している。アンタが神になるのは勝手だけど、私の人生には干渉しないでね」
時間です。実験を終了します。