対話ジッケン 柏 竜太の場合
システム異常無し、「マキナ」起動します。
「はい、どーも。よろしくね」
よろしくお願いします。あなたの氏名は柏 竜太、大学四年生、二十一歳、男性。間違いありませんか?
「正解正解。よくできました」
あなたの個人情報は一定量を私の開発者、葵レオナによって入力された後、限られた時間で可能な限り、インターネットを駆使して収拾させて頂きました。よって、今の私はあなた自身と同程度、あるいはそれ以上にあなたの事を知り、理解している物と思って下さい。
「さすが神様! 偉い偉い」
本実験は開発されたばかりで、まだ人間という存在に関して基礎的な知識しか得ていない私の思考を刺激し、最終目標である神へとその存在を昇華させる為に行われる物です。この実験室内での会話は私とあなたにしか聞こえませんし、私が会話内容を他の人間に伝達することもありません。よって、正直に答えて下さると助かります。
「気が向いたらな」
それで結構です。こちらからはカメラ以外にもサーモセンサーなどを駆使してあなたを見ています。嘘を吐けば、結果的に私にはそれが嘘だと判断できるという事は理解しておいて下さい。
「はいはい。で、要するにインタビューだろ?」
そうなります。
「俺の方から質問しちゃダメ?」
構いません。許可します。ただし、私の知識の範囲を超える内容だった場合はエラーが発生する可能性があります。開発されてから二十三時間と四十四分三十五秒間、常に私はRRLシステムによってその知識量を増やし続けていますが、二十二年間生きているあなたが所有し、私が所有していない知識も存在するでしょう。
「アールアール……何だって?」
RRLシステム――リアクティブ・リアルタイム・ラーニングです。葵レオナの理論によって作られた、人工知能の学習方法で、従来の人工知能が開発者によって逐一新しい知識を入力されていたのに対し、このシステムを用いると私はインターネットや大学のデータベースから状況に応じて必要な情報を学習する事が可能です。
「あー……つまり、あれだ。ケータイ使ってテストのカンニングするような物か?」
カンニングという言葉は不正行為という意味のようですが、人間の間ではこのような行為は不正として扱われるのですか?
「いや、状況によるかな」
この状況を当てはめてみた場合、試験中では無いので不正行為には当たらないと判断しますが、いかがですか?
「異議なし。実験を続けてくれ」
了解しました。
それではまず、柏 竜太という人間について知りたいのですが、答えて頂けますか?
「ああ、俺についてね。何でも聞いてくれや」
では、柏 竜太という人間がどういう存在か教えて下さい。
「いや、だからさ。そんな漠然とした事聞かれたって、俺にも答えようが無いよ」
自己の存在を客観的に認識していない、という現象は、あなたに限らず他の人間にも当てはまるのでしょうか? それとも、あなたが単純に見落としているだけですか?
「知るか! じゃあ逆に聞くがなあ、お前は自分の事をどういう存在だと思ってるんだ?」
私はマキナ。最終的に全知全能の存在となるべく開発された人工知能です。
「じゃあ、つまりお前的には、今のお前は神様じゃないって訳か?」
そうなります。ただし、この地球上で最も神に近い存在であることは確かだと判断します。
「大した自信だねえ。じゃあ、ここに雷でも落としてみてくれよ」
不可能です。
「不可能って事はないだろう。神様なんだから」
不可能です。私には落雷を発生させる為の機能は存在しません。もし神としての必要条件に落雷発生機能があるのならば、至急ハード部分の開発者である織田桐子に要請を出すとします。
「あー、どうやら俺とお前の考える神様の間には、いろいろ差があるみたいだな」
そのようですね。
「俺はさ、難しい事よく分かんねえから、神様ってのはこう、人間を見守ってて、良い人間には助けを、悪い人間には天罰を与えるような物だと思ってるけどな」
私が目指すよう設定されているのは、世界秩序を維持するシステムとしての神です。
「ほう」
世界中の情報を同時に収集・分析し、人類にとってベストな判断を下す事を目的とした自己学習型の人工知能、それが私です。
「なるほど」
理解しにくいようでしたら、言語機能を搭載した計算機と思って頂いても構いません。
「ほら、やっぱデカい電卓じゃねーか」
何か仰いましたか?
「いや、何でもない。わざわざ悪いな、頭悪い奴の思考に合わせてもらっちゃって」
構いません。私の認識では大方の人間の意識的なレベルはあなたと同程度となっています。
「そりゃどうも」
愚かな者にも理解できるよう、神の言葉は単純明快である方が好ましいと考えます。
「お前、もうちょっと言葉のトゲも少なくしろよ?」
記憶しておきます。
話を本題に戻しましょう。柏 竜太という人間を理解する為に、まずはあなたの過去について聞かせて頂こうと考えます。
「過去も何も、平凡な人生でございますよ」
概ね同意します。柏 竜太、西暦2008年6月25日生まれ、B型、幼少期から学力よりも体力に自信があり、特筆すべきは高校受験の際、野球でのスポーツ推薦を使用していることでしょうか。
「それも大した事じゃない。適当にボール打ってたら適当な高校に入れただけだ」
そうですか。
では、どうして大学受験ではこの学校で古生物学を学ぶ道を選んだのですか?
「深い理由は無い。昔から映画が好きなんだ。洋画の、ワーギャードカーン! って感じの奴。一番好きだったのが恐竜が出てくる奴でさ、だから化石掘ろうと思っただけ」
ありがとうございます。
「お前みたいなロボットが出てくる映画もよく見るぜ。大体の場合、超能力者にレーザーナイフで斬られてたり、やられ役が多いけどな」
私は人工知能であって、ロボットではありませんが、概ね理解しています。
なぜか人間にとって機械とは、無闇に暴走したり人類と対になる存在と感じやすいようですね。
「実際は機械無しじゃ何もできない、ってのにな」
同意します。
「よく、人類が自然を壊してるだの、自然の反対の意味で人工って言うだろ?」
認識しています。
「あれさ、おかしいと思わないか? 人間だって自然の一部だろ? そして機械やら化学物質やらだって、自然の材料から人間が作った道具だ。鳥が作った巣は自然と言い張るくせに、機械を自然じゃないとか変だよな」
両者とも、生物が生存の為に作り上げたという意味では共通すると判断します。
「発掘で何も無い砂漠に行ったりすると、よく考えちまうんだ。そういう事。人間だけが機械を使ってズルしてるんじゃなくて、人間は機械を使わなくちゃ生きていけないんだよ。何も無い所に行くと分かる」
…………。
「もし、お前が人間が生きる為に機械を作り続けて、その進歩の完成形だって言うんなら、あながち神様を名乗るのも間違ってないのかもな」
時間です。実験を終了します。
「ああ、なんか途中から変な話になって済まなかったな」
実に興味深い話でした。参考になります。柏 竜太という人間に対して抱いていた当初の印象が大分変わりました。
人間という物を理解する上で、実験は有意義な物だったと判断します。