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プロローグ「僕と向日葵」

      僕の宝物と離れることになるなんて、どうして考えられただろう。


数日前、僕は自分の家の庭で妹と土を掘って遊んでいた。

掘った土で城を作るというありふれた遊戯だ。

向日葵(ひまわり)の咲いた花壇は、友達が遊びにくる度にさり気無くその周辺をふら付き、自慢して見せた。

友達は例外なく「おお、すげえ!」と感嘆の声をあげた。僕の誇りで宝物だった。

だが、何を思ったか妹が、花壇の土を掘り始めた。

僕はすぐに止めにかかろうとしたが、寸前になって止めた。

(僕の宝物の向日葵が育っている土なんだ!これを使えば物凄い城が出来上がるぞ!)

黙って妹がその土を持ってくるのを待っていたが、しばらく経ってその異変に気づいた。

向日葵の茎が見事に根元から折られていて、花弁は散り、太陽を浴びて輝いていた雄大な姿は、跡形もなくなっていた。

僕は激昂した。

「お前!なんて事をしてくれるんだ、僕の宝物に!僕が大事にしているのを知っていただろ?もう許さないぞ!」

もう何を言っても戻ってこないことは、良く分かっていたのに。


それからの生活は、何をしてもやる気が起こらず、どんどん堕落していくばかりだった。

自覚はしていたけれど、何もする気が起こらないのだから、仕方が無い。

そんな生活が8年続いた16歳の夏、久しぶりに顔を合わす妹が、ある物を持ってきた。

「お兄ちゃん、庭を掃除していたらこんなものが出てきたの。向日葵の種よ。きっとあの向日葵の種に違いないわ。きっとそうよ。ねえ、折ってしまったことは謝るわ。だから育てましょ、私も手伝うわ。ねえ、お兄ちゃん。ねえ・・・」

僕は無反応を貫き通した。

「・・・ここに種は置いていくわ。早く戻ってきてね、お兄ちゃん」

暗い部屋の中から扉を開けて出て行く時の彼女の顔は、とても悲しそうだった。

僕は向日葵の種を手にとって見せた。茶色を通り越して黒ずんでいた。

昔の癖がまだ身に染み付いていたのか、ふらりと立ち上がり、庭の花壇へ向かった。

庭へ向かう途中、家族の誰もが驚いていたが、気にする事は無い。

反射的に行っているのだから、意識は無いに等しいのだ。

機敏な手捌きで、坦々と作業をこなしていく。スコップは使わず手で、種に合う大きさの穴を掘り、そこの中心に種はぴったりとはまった。それから土を戻して平らにし、水をかけた。花壇にはその種しか埋められていないが、花壇全体隅々にまで水は染み渡っていた。昔の感覚は衰えていなかった。

それだけのためにしか自分の部屋から出ることは無かったが、これでも進歩だった。

少しずつ向日葵は生長し、つぼみができ始めたころには、もう立派に僕は社会復帰していた。

そのころになって僕は気づいた。向日葵は僕と一心同体だ、僕の命なのだ、と。

向日葵の花が咲き誇ったとき、僕はもう幸せの絶頂にいた。


だけど懲りずに嵐はやってくる。

友達を、「僕の宝物を見せてやるよ!」と言い家まで連れてきた。

僕は昔の様に、感嘆の声があがるのを期待し、わくわくしながら待っていた。

すると友達が、

「これが宝物?いい年になって向日葵?ハハハハッ!こりゃあ傑作だ!」

「良いギャグだね!こんなのが宝物だなんて!」

僕は愕然とした。何だこの反応は?昔とは違うのか?僕はまだ昔と変わらずこんなに好きだっていうのに。

挙句の果てには友達が僕の宝物を蹴って遊び始めた。

黄色が散る。緑が剥がれる。茶色が捲れる。黄色が壊れる。緑が壊れる。黄色が緑が散る壊れる捲れる黄色が壊れる捲れる茶色が剥がれる壊れる捲れる剥がれる散る壊れる捲れる壊れる捲れる剥がれる捲れる捲れる捲れる壊れる剥がれる壊れる捲れる茶色が剥がれる壊れる捲れる剥がれる散る壊れる捲れる壊れる捲れる剥がれる剥がれる壊れる捲れる剥がれる散る壊れる捲れる壊れる捲れる剥がれる捲れる壊れる捲れる茶色が剥がれる壊れる捲れる剥がれる散る散る散る散る散る散る散る散る散る・・・・・・・・・・・・






意識は遮断された






僕は暗闇の中にいた。何も無い。純粋な闇。

だけど不思議と不安も恐怖も無かった。

やがて黒の一片が黄色と緑で構成されたある物に変わった。

そう、向日葵だ。

僕は何も感じなかった。向日葵は僕の命のはずなのに。僕の頭は疑問符で埋め尽くされた。

すると不思議な事に声が聞こえた。

「今まで大切に育ててきてくれてありがとう」

それが向日葵から発せられている声だと分かっても、僕は喜びも驚きも感じる事は無かった。

「僕と君は一心同体だったよ。それは確かだ。けれどね、それだと僕が枯れてしまったり、いたずらされて壊れたりすると、いちいち君は閉じ篭らなくてはならなくなってしまうんだ。それは僕にとってとてもつらいことだ。」

僕は答えた。

「でもそれだって、君もその期間は閉じ篭ることになっているじゃないか。僕と同じさ、なんてことは無いよ。同じ条件なんだからね」

「僕は何回でも再生できる。種となって、また続行さ。でも、君の人生はそれ一回だ。やり直しはきかないんだよ。無駄な時間を過ごしてはいけない。」

「・・・そうかもしれないね。うん、その通りだよ向日葵」

「ただ、多分だけれど、僕と離れる事によって、胸にぽっかり穴が開いてしまうと思うんだ。それはとても悲しいことだ。だから、それを早急に埋めなくちゃあならない。生きる為に、穴なんて開いていたら絶対不自由さ。そのために、君には冒険をしてもらうよ」

「・・・冒険?」

「そうさ、冒険だ。胸に開いた穴を埋める為のね。埋め方は人それぞれさ。さあ、もたもたしてられないよ。行こうじゃないか。冒険の旅へ」


闇が段々と光に変わり、僕は旅をすることになった。

胸の穴を埋める為の旅を。

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