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第五話 おばさん?

前話の御復習い

 おいしいカレーの給食を食べ終えて、理科の授業が始まったが、教室は静まり返っている。その後1週間ほどは先生が質問してきても誰も応えないという状態。そして13日、役員会を決めるところで豊田先生は先日こっぴどく叱られた美穂を会長に推薦する。しかし、美穂は本当はなりたくない。僕は男のプライドというものが発動し、自ら会長(=クラス代表)になると言ってしまった。


 クラス代表というのは、様々な仕事をこなさなければならない。毎時間の授業の最初に号令をかけ、不まじめな生徒がいれば注意し、クラス内でのアンケートなどを集計し、代議員会という生徒会からクラス代表への伝達をする会に出席し…。ほかにもたくさんある。これほど面倒な役職はないだろう。責任も重大だ。


 会長なんだからもう少しシャキッとしてだとか、会長なんだからそうじを一生懸命やれだとか、会長なんだからもっとクラスをまとめる責任があるだろうだとか、いろいろ会長だからという理由で些細なことも口をはさまれるようになった。僕はすっかり(しょ)げてしまう。

「ふーん、春希くんもこんな顔するんだね」

「こんな顔とはなんだ。少しは俺をいたわってくれよ」

 教師の注意はまるでレーザー光線のように細く、直線的で、強力。

「えー、だって自業自得でしょ?あれ」

「おまえなあ…」

 人の気持ちを考える力を身につけて欲しい。


「氷咲ちゃん、仲いいんですねー」

 氷咲をちゃん付けする人は女子しかいないと思ったが、それはあのぽっちゃり男の佐藤だった。おまえが女子をちゃん付けするのは誰が見ても気持ち悪いぞ。

「いやー、それほどでも」

 氷咲が軽く手を上げる。

「おい氷咲、この佐藤って誰なんだ?知り合いか?」

 お前には全く合わないと思うぞ。

「あー、この人はただの友達。絵がすっごくうまいんだよ」

 そりゃ手本なしであれだけ書ける奴は少ないだろうな。美術部で大活躍できそうだ。

「大泉さん、あなたにも何か描きましょうか?幸運星とか涼宮とか天使鼓動とか、なんでもいいですよ。それから…あ、じゃあ似顔絵にしますか?結構自信あるんですよー。」

 佐藤はいきなりぺらぺらと喋ってくる。こいつは苦手なタイプだ。

「え、遠慮しておくよ…」

「そうですか、でもいつでもお待ちしてますー」

 待たなくても結構だ。

 それにしても氷咲がこのキモ…ぁいや、変なやつと友達だったとは。もっとカッコいいボーイとか気の合うガールと仲良くするのが健常者だろう。でも、単純にこの佐藤が描く絵が好きなだけだったりするかもな、と僕は氷咲をしばらく見ていた。すると氷咲と目が合ってしまった。氷咲は何見てるの?みたいな目をしてくる。僕はなるべく自然にさりげなく、ピントを奥の窓から見える風景へとずらした。窓の向こうには誰もいないグラウンドが見え、その周りには緑が鮮やかになり始めた木々が立っている。学校横の小さな道では杖を付いたおばさんがゆっくりと歩いている。今にも転びそうだが、杖を器用に使って体のバランスを保っている。歩幅は30cmほどしか無いのに1歩に2秒近くかかっている。あのおばさんはどこへ向かっているのだろう。到着まで何時間かかるのだろう。あ、後ろから宅急便のトラックが来た。トラックはスピードを落としているようには見えない。ヤバイ、おばさんは気づかなまま道路のど真ん中を歩いている。轢かれる、どっちかに避けて、おばさん!

「どーしたの、はるき~」

 はっという情けない声を出して僕は我に返る。

「あーすまんすまん、ついボーっとしちゃって」

「もしかして、あたしの話聞いてなかったとかないよね?」

 顔が怖いよ、氷咲。

「そ、そんなわけなじゃん。ちゃんと聞いてるよ」

「ほんとー?じゃあさっきあたしがなんて言ったか当ててごらん?」

 マズイ。僕が遠慮すると言ってからの会話は一切頭に入っていない。氷咲はどんな話をするだろう。

「えーっと…えっとな…」

「ふーん…聞いてなかったんだ」

「すいません、全く聞いてませんでした!」

 氷咲はもうっと言いつつ軽く一発ポカリと僕の頭を叩たたいた。


 今日はどこのクラスでも落下者は出なかった。現在2日に1人のペースで誰かが落とされ、その人は大変苦しい思いをしている。そう考えると僕はすごく幸運なのかなと思えてきた。校則破りを2回もなぜか見逃され、おまけにボディーガード(正確にはメンタルガードというべきか)まで付いている。頼りになるのかならないのかなんていう人だが。今日もまた他のクラスでは教師が吠えている。落ちた人を庇う人もいたが、余計な口を出すなと言わんばかりにその人も落下者になりかける。もはや誰も逆らえない状況が少しずつ形成されている気がした。

「なあ氷咲、俺って…」

「どーしたの、急に」

「俺って…このままでいいのかな」

「だからどーしたーのー」

「どうしたのって…。俺はこのまま落ちていく人を見て、ただ見て、自分だけ氷咲に守られてさ、落ちないでこの立場に居座るのは、ある意味幸運なのかもしれないけど、落ちた人には申し訳ない気がするんだ。」

「どーしてそーいうこと考えるの?」

 のんきに返してくる。

「俺は…何かしないと罪悪感を感じるんだ。自分は楽して、なにもしないでこの立場にずっといることに」

「うん。やらないといけないことはたっくさんあるよ。でも今やることは何も無い」

「なんでだ?」

「今春希くんは今みんなと同じ立場でしょ?だから、今のうちは何もしなくもいいってこと」

 なるほど。なら、こういう事を考えるのはまだ後の話ってことにしておいてもいいてことか。

「変なこと言って悪かったな」

「うーんうーん、いつものことだから」

「え?いつものこと?」

「え、いやいや…えっと、あたしに話しかける人は、へっ、変なこと言う人が多いから」

「そうか」

 皆に変なことを言われまくる人なんてそうそういないと思うがな。

 気が軽くなったので、再び窓の景色を見た。おばさんはさっきから5メートルも進んだだろうか。他急便のトラックはいつの間にかいなくなっていた。おばさんが避けたか、諦めてバックしていったか。今の様子からして後者だろう。ん?あのおばさん、耳になんかつけてるぞ。

「おい、氷咲、ちょっと来いよ」

「あたしに命令?」

「いいからいいから」

 僕はおばさんについて、歩行スピードが異常に遅いことと、耳に何かを付けていることを話した。氷咲は視力がいいので僕の代わりに見てもらった。

「んー、おばさんが耳につける物って言ったら補聴器ぐらいしか無いと思うけど…あ、でもそこから白っぽいケーブルが伸びてるよ」

 いい年して音楽でも聞いてるのか、あのおばさんは。

「あ、あっち向いちゃった」

 おばさんは額の汗を拭いている。4月中旬とはいえ、おばさんにとってはつらい運動となる歩行は体温調節を必要とするようだ。

 2人でもはや怪しいくらいおばさんを観察していた。アリを観察するようにどこかハマるところがあったようだ。

 すると、おばさんと僕たちと目があった。おばさんはじっとこちらを見ていたかと思うと、さっきの鈍足歩行とはうってかわっていきなり走り出した。おばさんとはいえない若々しい走りを見せる。何だあの人は。おばさんの姿はすぐに建物の影で見えなくなってしまった。

「な、なんだあのおばさんは」

 僕は驚きを隠せない。

「あれ、おばさんに変装した若い人なんじゃないの?」

「かもな」


 それはただの出来事にも過ぎないほどのことだったが、その後から学校で異変が起き始めた。

 外部への情報漏洩対策は厳しいものの、服装や態度などのことは細かくは言わないようになり、落下者も1週間の間1人も出さなかった。

 もしかして…

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