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第四話 会長

 午前の授業が終わり、待ちに待った給食の時間になった。午前中は色々とあり、空腹感を感じなかったがここで緊張がとけた。カレーのいい匂いが教室の中に漂う。はじめの給食はカレー。もはや定番か。

 給食をどういう流れで受け取るのかは知らなかったが、というか説明なんてあっただろうか。どうしてかみんなはスムーズに自分の分のおかずやカレーをよそっていく。僕も皆と同じようにお盆を取り、おかずのウインナーとお浸しを皿に入れた。普段はそんなにたくさん食べる方ではないのだが、この日は腹が減っていたのでカレーはいつもより少し多めに入れた。

 そして重量が増したお盆を両手で持ち、席へと戻った。早く食べたい。

 全員の給食が配布されたことを確認し、豊田先生がいただきますの号令をかけると思ったのだが、

「それでは、席を六,七であわせてグループになってください。クラスの中の友好関係を早く築いてもらうためにグループになって仲良く食べましょう」

 と言った。僕は机を左に向けた。列ごとに男女がはっきり分かれていたため、左右は男、前三人は女の六人グループになった。

 右と真ん中の二人はなんやらひそひそ話をし始め、もう一人は頑なに下を向いたままだ。一応、左右の男にも目をやったが左は汗っかきのぽっちゃりで右は身長がでかくて少し長めのスポーツ刈りだ。うん、右の男となら関われそうだ。

「それでは、いただきます」

 挨拶については昨日の朝に注意を受けているので今回は元気のいい返事が聞こえた。

 僕はカレーから手をつけた。甘口で刺激がなかったが、なかなかまろやかでうまい。甘口をなめていたがいけるかもしれん。

 カレーの三口目を食べようとすると僕の右腕と右の男の左腕がぶつかった。お互い顔を見合わせたが、原因はすぐに分かった。スプーンを持っている手は左手。彼は左利きだったのだ。

「お、わりぃ」

 彼は少し砕けた言い方でかるく謝った。

「いや、別に気にしないから。変に気を使わなくてもいいよ」

「おぅセンキュー!」

 特徴的な人だ。緊張の色一つ見せてない。この様子からしてO型と悟る。彼の名前はなんだったかなと名簿を確認するとその男は追崎という苗字だった。

 小さなきっかけではあったが、初めて氷咲以外のクラスメートと話した。案外こういうのが友達としての第一歩だったりすることが多い。果たして僕は友達は何人できるだろうか。とりあえず0だけは避けたいな。氷咲を抜いて。


 給食はあっという間に食べ終えてしまい、待っている間暇になった。となりの追崎さんも暇そうだったので声をかけてみた。

「ね、追崎って小学校どのへん?」

 素直に答えてくれるかと思ったが、追崎は口に人差し指を立ててシーッと口で音を出した。続けて食事中はしゃべっちゃあかんことになってるだろと小声で補足した。まさかとは思ったが、例の緑の校則ブックを開く。目次を地道に探していると一二〇条くらいと追崎が言ってくれた。こいつも校則に詳しいのか?見ると一一八条だった。若者言葉がうんぬんの三条手前。給食中も他の人が食べ終わるまでは私語を慎むこと。細かいな。ま、話しかけるのは昼休みになってからでもいいか。


 一〇分後。僕は追崎が昼休みになっても席を立たないことを確認して、声をかけようと立ち上がった。そのときだ。氷咲がねーねーっと声を出した。対象とされているのは僕だ。

「ん、なんだ?」

 しかし、本当の対象は後ろにいた…佐藤とかいう人であった。若干恥をかく僕。

「はい、なんでしょう中上さん」

 ぽっちゃりからは声変わりをしかけているような声が発せられた。無理に高い声出してる感がすごい。

「あのさ、またアレ描いてよ。結構うまかったから」

「はい!中上さんのためなら何枚でも書きます」

 まだ登校二日目で緊張関係の続いているクラスであるのに、氷咲と話している奴は妙に打ち解けていた。小学校でも同じ学校だったのだろうか。

 僕はせっせと佐藤が右手に持った鉛筆で何かが描かれていく様子を見守った。一体何を書くのだろう。

 五分ほど経つと、それは人であることがわかった。足は少し交差させていて片足は浮かせている。左手は腰に、右手は顔の方で横にピースサインをしている。

 さらに五分。佐藤は顔を仕上げていった。ていうか目がでかい。顔の三割くらいはあろうかという目を細かく書いていく。この様子からしてアニメキャラか。

 描き始めてから二〇分ほど。あっというまに一人の女性のキャラクターが完成した。ん?これ、どっかで見たことあるぞ。えっと…なんだったかなと記憶をたどる。そうだ、あの氷咲の部屋にあったフィギュアのキャラクターだ。目は違うものの、青髪にω(おめが)の口である故に同一人物の可能性は高い。やはりあいつは幸運星が好きなのか。

 ここで昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。しまった、僕は昼休みを追崎との会話に当てる予定だったのに。つい描かれる様子に夢中になってしまっていた。まあ、また今度でもいいか。


 やがて今日の最後の授業、理科が始まった。理科の教師は四〇代のおっさん。

 3時限目のときのあの女の子はもうなんとか立ち直っていた。少し刺激すると泣きそうだが頑張って板書を写している。

 授業は終始静まり返っていた。教師が質問を投げかけるようなタイプでなかったのもあるが、意識してクラス全体は口を閉ざしている。

 結局教師が解説をする声とシャーペンで書く音のみが聞こえて授業を終えた。


 そして約一週間、教師が「ここは何だと思いますか~?」なんて訊いても誰も答えないという異常事態が続いた。時には短気な教師が応えないことに腹を立ててやぶから棒に机を蹴ったり適当な生徒に大声で喝を入れたりもした。もちろん、そんなことをされては逆効果である。よほどおおらかでマイペースで本当怖いものなしでない限り、その状況を打破するのは無理なことであった。

 また、氷咲からその1週間で他のクラスで3人が落とされたと聞いた。


 4月13日、クラスで委員会や係活動などの役員を決める話し合いが行われた。

 担任の豊田先生から一通り説明を受けたあと、手を上げて立候補して決めるらしい。委員会よりも係活動の方が若干面倒ではあるが、失敗しても大きな責任を問われることはないし気軽にできそうだからという理由で、僕は次の授業の持ち物等を聞く教科係に立候補することにした。

 最初は委員会に入る人を決めていたが、半分しか決まらなかった。多分係活動の立候補者が沢山出るだろう。

 案の定、係活動は倍率が低い。教科係は2人定員に7人も立候補した。その中に僕も入っている。じゃんけんで決着を付けることにし、僕は見事最後の3人まで残った。ここで負けられない。さいっしょはグーっと行きたいところだったが

「うち絶対あやちゃんと一緒じゃないとイヤだから、譲ってよ」

と、二人の内の一人が言った。ちなみに二人とも女子。

「わわ、私も…三雪みゆきちゃんと一緒がいいな」

 そのあやちゃんとかいう人も恥ずかしそうではあったが二人一緒を求めた。

 しかし、ここで引くわけにはいかない。ここで引き下がったら委員会活動しか選択肢がなくなる。まあクラス代表というのもあるが論外だ。とにかくここは正々堂々と…

「んー、どうしましょかねぇ?」

 豊田先生が中に入る。

「じゃあここ…」

 はじゃんけんで!と言おうとしたが途中て先生につっかいを設けられた。

「あーあー、私はクラスにとって一番良くなるような選択肢を選びたいの。だから、大泉くんには…そうね、髪の毛が少し長くて校則違反だから譲らないといけないことにしますね。ほら三雪さんもそんな怖い顔しないで」

 な、なんだと…。僕は髪の毛を手で触って確認したが、耳のあたりの毛が微かに耳を隠している。

「じゃあ、大泉くんは会長にでもなりなさい。あなたにはピッタリでしょう」

 会長…ってクラス代表のことじゃねーか。それだけは勘弁だ。

「先生、俺保健委員がいいです」

「そーです、大泉くんは校則破りの悪者です!会長には向いてません」

 氷咲が余計な言葉が入ったフォローを入れる。クラスからはくすくすと笑い声が聞こえた。

「そうですか…ならクラス代表はどうしましょうか」

 先生があたりを見回す。とりあえず僕が会長になることは避けることができた。ナイスだ、氷咲。

「美穂さんどうです?」

 美穂さん?ほらほらと先生が手を軽く開いたり閉じたりする先には、なんとあの日にこっぴどく叱られた気弱そうな女の子であった。

「やってもいいです」

 美穂はそう言ったが、これは男としてはどうなんだ。自分が嫌だからってこんなか弱い女の子に押し付けちまうのか?でも会長はやりたくないし、でも…。そうだ、本人にちゃんと訊こう。あとで逆恨みなんてするわけ無いだろうけどされては困るからな。

「その美穂さんとかいう人、本当に会長になってくれてもいいのか?」

 小声で尋ねる。

「嫌だけど、やる。」

 聞こえないくらいの小さい声だが声帯は通っている。こんな小さい声出せるのか、ってくらいだ。

「嫌ってどういう事だ」

「やりたくないけどやらなければならない。そうせんせ…」

「美穂さん、それ以上言ってはいけませんよ?」

 豊田先生が遮る。

 言葉は途切れたが、僕は理解できてしまった。本心はやりたくないのに先生にやれと言われている。そうだろう。

 僕はどうすればいいんだ。楽な方をとるのか、プライドと女の子を守るのか。

「やっぱり俺が会長になります」

 衝動的にそう言ってしまった。ああ、なんてこった。会長になってしまったよ。僕にそんなことはできませんよ。

「男に二言はありませんから、決定ですね。みなさん、このクラスの代表は大泉くんになりました」

 正確には三言目だが。

 拍手が僕に送られた。しかし、それはおめでとうではなくありがとうの拍手であろう。


 授業後の休憩時間、僕は氷咲に話しかけた。

「なぁ、俺って落とされたのかな」

 豊田先生に究極の選択肢を迫られて会長になってしまった僕はそうなのかもしれない。

「え?バカじゃないの」

 笑いをこらえながら氷咲が言う。

「真面目に答えてくれ」

「だって、会長になりますって自分が言ったんだからそりゃあ、なっちゃうのは当たり前でしょー」

 それはそうだが…

「あれは完全にヤラセじゃないか」

「でも、断ることができた状況なんだから悪いのは春希くんじゃん?」

 泣きたい気分だ。

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