第三話 最初の落下者
前話の御復習い
僕は氷咲の家に行き、北陸一体を支配できる力を持っているだとか生徒を苦しめるほどの学校になっていっただとかの話を聞いた。それは極秘にされており、決して外部にはもれないらしい。そして、僕を守ってくれるというのは見た目も良かったからというのも理由に含まれていたと告白され、つい嬉しくなる。その後ゲームなどで時間を潰し、自宅に帰ると一通の手紙が。その手紙は校則を破ったから明日処罰を与えますというものだった。
そして次の日。それなりの覚悟という言葉が脳内に何度もよぎり、重たいかばんを余計に重たく思わせている。学校に着くまであと一〇分ほど。次第に心拍数が上がっていくのが自分でわかった。
気分落胆のまま教室に入った。そういえば氷咲の席は、と座席表を確認する。僕は廊下からから二列目の前から二番目。氷咲は僕の左の列のいちばんうしろすなわち廊下から三列目の前から6番目だ。
すると、氷咲がやってきた。わざとらしく目をキョロキョロさせて座席を探している。
「あ、春希くん!」
クラスのざわめきが何秒か静まる。クラスの前ではそんななれた口調で話さないで欲しい。
「昨日、あれからなにかあったあ?」
「お前のせいでこんな手紙が来てたぞ」
首を傾げる氷咲に昨日の手紙を見せる。
「あー!こ、これは校則を破ったものに届けられるという恐怖の手紙ではないかー」
ばか、クラスの前で堂々とそんなことを言うんじゃない。どこからか「大泉くんだよね?あれ」とか「おい、あいつもう破っちまったのかよ」なんてささやき声が聞こえる。
「なんとかならないのか、お前は俺を守るとか何とか言ってたよな?」
僕が小声で伝える。
「え?なんのことかしら。破っちゃったんだから思いっきり叱られてきなさーい」
マジかよマジかよマジかよ。本気でそれ言ってんのか?破ったら村八分とか奴隷にされちまうんだろう。そこから僕を守ってくれるっていったじゃないか。やっぱりあれは嘘だったのか。ドッキリだったのか。あー知らない女なんで信じるんじゃなかった。
恐怖のショータイムの始まりだ。豊田先生が教室に入ってくる。
「えー、みなさん。突然ですが実はこの中にいきなり校則を破ったバカモンがいます」
ざわざわしだす教室。心なしか皆の視線が僕に集まる。
「それは、そこにいる、大泉だ。こいつは昨日、なんと…」
昨日は大泉くんだったのに呼び捨てになっている。案の定だがクラスの九割がこちらを見つめてくる。僕はどうすればいいのかわからずオロオロしていると氷咲が突然立ち上がった。
「せんせー!あれは私のせいです。私が昨日、無理やり大泉くんを連れていったから…。とにかく、私の責任なんです」
な、そこまでしなくても。全責任を氷咲に預けるわけにはいかない。第一破った張本人は僕じゃないか。なら僕が悪いに決まってるじゃないか。
「あ、あら…そうなのですか?」
僕はあの、っと遮ろうとしたが
「なら仕方ないですかね。今回だけは見逃しましょう。一回きりですよ?」
なんと、免罪されてしまった。こんなあっけなく免罪されるなんて思っても見なかった。なぜだ。校則違反者は厳しい処罰のはずだ。なぜ許されるのだ?
頭で状況を理解できず、必死に理由を考えるが何一つ浮いてこない。
そして、無事HRを終えて休憩時間となった。
「おい中上ー」
訊いてみるしかない。
「どうしたの?春希くーん」
「とりあえずクラスの前とかではそのハルキクーンとかそういう言葉遣いはやめてくれんか。勘違いをうむだろ」
「ごめんごめん」
「それと、なんで俺をかばったんだ?さっき叱られろっていったじゃん」
「あれ?昨日あたしが言ったこと忘れた?」
なんだっけ。
「むやみに何でもしゃべっちゃいけないの」
あ、そうあだったな。確か無数のなんとかマイクがあるとか言ってたな。校舎内では守ったからとか真実を口にすると確かにまずいな。なら、やっぱり、氷咲は本当に僕のことを守ってくれるのだろうか。さっきみたいに責任を負ってくれるのは申し訳ないけど、助かる場面も多いだろう。
「だろう」を「のは確実だ」と訂正したくなったのは3時限目のことだった。
数学の授業だったのだが、クラスの一人がなんと数学に必要なものを一式すべて忘れてきてしまったのだ。それは大人しそうですらっとした女の子だったが、当然先生は容赦なく檄を飛ばす。男の筋の通った声が先生の腹からクラス中に響き渡った。その女の子はうつむいたまま「すいませんでした」と小さな声で謝った。しかし、先生は許す素振りも見せずにその女の子を廊下へと連れだした。早足で歩きながら、教室を出る時に「教科書の最初の方を黙読していなさい」と言い残した。僕は真面目に正負の数という単元名のページを読んでいった。さっきの女の子はまだ戻ってこない。教室のドア越しに先生の姿が見えるが、声は聞こえない。きっと問いかけるように追い詰めていると思うが、あの怖い教師はどんなことを言っているのだろう。口から恐ろしい言葉を吐き出されるとさすがの僕でも涙が出そうな気がする。そして5分以上たってようやく戻ってきた。先生は「授業の開始が遅れてしまって申し訳ない。では、号令」と淡々と言っていたが、女の子は泣きじゃくんでいた。流石にうえーんとは泣いていないが、息が詰まってヒックヒックとなっているのはわかった。クラス会長が「気おつけ、礼」といい、それに続いて皆が一礼して「お願いします」とあいさつして授業は始まるのだが、あろうことか数学教師は泣いている女の子に「しっかり声出して挨拶をしろお!」をまだ追い込むのだ。号令はやり直しとなった。しんと静かな教室にはかすかにグスッと鼻を啜るが聞こえる。授業開始時刻から10分遅れてようやく授業が始まった。
3時限目は一気に加法のやり方まで進んだが、正負は日常からよく使っているのでなんとか理解できた。しかし、先程の女の子はまだ立ち直れていない。先生のやり過ぎではないか、あれは。先生のアフターケアをしてあげなければならないだろう。授業が終わって数学の先生は女の子をまた呼び出した。先生が何を言うのか、盗み聞きするわけじゃないが聞こえるとこまで廊下側に移動した。しかし、そこで現実を知ってしまう。
君の態度は私には気に食わない。教科書を忘れるということはこの私をなめているということなんだぞ。それがわかってるのか。それにお前の謝り方。日本の常識をしらんのか。下むいて聞こえないような声で謝っても無駄だぞ。あん?おまえ、もしかしてさっきは仕方なく謝ったのか?自分のプライドなんか持って最小限の謝り方で済まそうとしたのか?そうなんだ。おまはこれっぽっちも反省していない。いいか、放課後4時30分に職員室前に来なさい。わかったな!
あ、あれが生徒に対する教師の言葉なのか?単に一方的な被害妄想というか拡大解釈で生徒の罪を重くしてるだけじゃないか。あんなのが教師でいいのかよ。それとも僕の教師という概念が間違っているとでも言うのか。僕は氷咲に聞いてみた。
「おい中上、さっきの奴って…」
「あー、運が悪かったね。あの人は。こんなに早く落下者が出るとは思わなかった」
被害にあった人を落下者というのか。
「教師は慰めの言葉とかかけないのか」
「するわけなじゃん。むしろ逆でしょ」
なんてこと言いやがる。普通なら全国ニュースにも出るくらいの大問題だぞ、そりゃ。
「あ、あぁ。それと、朝はありがとな」
そういえばお礼を言うのを忘れていた。僕は豊田先生に許されていなかったらどうなっていたのだろう…。そう思うと自然と氷咲に感謝の言葉がでる。