この声は届かない。
冒険の旅に出た。
この国を脅かす脅威である、魔王を倒すための旅。
戦闘の要である聖女、後方支援の魔術師、魔族の血が流れる剣士、そして、常に前線をはる勇者。
4人だけの旅。
笑顔で全ての民に微笑みかける勇者に恋をしています。
◆◆◆
僕は、魔王討伐を目的とした勇者パーティーに、魔術師として参加している。
小さい頃から魔術の才能だけはあったから、勇者である王太子殿下の同行者が募集されたとき、真っ先に声を上げた。
君が、好きだったから。
◆◆◆
幼い頃、街で出会った少年。
金糸の髪に優しさを含んだ蒼い瞳。
少し背の高い同じ年くらいの子だった。
あのときは王太子殿下だなんて気が付かなかったけれど。
口減らしのため親に捨てられて迷子になって泣いている僕に声をかけてくれた。
君の背後に太陽の光が射し込んで、なんだか神々しく見えた。
泣きじゃくる僕の背中を優しくさすってくれて、孤児を保護してくれる施設へ連れて行ってくれた。
そして、僕に住居と職につながる支援を惜しみなくしてくれた。
全寮制の魔術学校の学費や当面の生活費、もろもろを与えてくれた。
姿を見せることはないけれど、ずっと見守ってくれていた。
おかげで魔術師として生計を立てられそうだった。
なんて優しい人なんだろう。そう思った。
お礼をしたい、その一心で君を探した。
名前も知らない、どこの誰とも知れない君を。
やがて君を見つけた、街を凱旋するパレードのゴンドラの上で。
きっと貴族か何かやんごとなき人なのだろう。
一番豪奢なゴンドラに乗り、記憶に深く残っている笑顔を周囲に振りまいて通り過ぎていく。
見つめる僕に気づくこともなく。
ただ、悲しかった。
彼も自分が会いに来るのを待ってくれているのではないかって思っていたから。
子どもならではの淡い期待が砕け散った。
自分はこんなに君のことを考えているのに。
当時は恨めしくもあった。
幼い己には飲み込めない葛藤だった。
なぜ、群衆の中から自分を見つけてくれなかったのか。
富あるものの気まぐれで僕を助けたのか、と。
ふと、君が何かに目を留め、ゴンドラから飛び降りた。
群衆をかき分けどこかへ向かっていく。
勿論僕のところに来るわけもなく、君は一人の迷子の子どもに駆け寄った。
そして追いかけてきた護衛らしき人と、その子の両親を探した。
周りの民衆も協力して、君は迷子を保護者に引き渡した。
僕にくれたものと同じ笑顔を向けて。
そうして、共に連れられてゴンドラへ戻っていった。
その横顔にもう微笑みは無かった。
そうか、君はそういう人なんだ。
誰かのために迷わず手を差し伸べる人なのだ。
打算や下心ではなく、純粋に利他行動をする人なのだ。
そう理解すると、妙に腑に落ちた。
だから、僕も助けてくれたのだ。
迷子になっているのが僕じゃなくても助けたのだろう。
僕が迷子になっていなければ、目を留めることもなかったのだろう。
どこかほうけたまま、その場を後にした。
学校であの豪華なゴンドラに乗っていたのは王太子殿下だと聞いた。
君は僕の想像よりも雲の上の人だった。
孤児の僕にとっては、おとぎ話のような存在。
僕に援助してくれていたのは、王族としての義務の一貫でもあったのか。
ノブレス・オブリージュというものを聞いたことがある。
君にとって僕は愛すべき国民の1人に過ぎないのだ。
礼を言いに行けるはずもなく、時間だけが流れていった。
やがて、君に出会うことなく僕は成長し魔術師になった。
大人と呼ぶにはまだ青いかも知れないけど、立派な一人前の魔術師となった。
女が魔術師だと舐められることも多く、言葉遣いを変え、服装も体全体を覆う地味な布を纏うようにした。
名前を変えた。
あの日の君を模した、一等星という名に。
それに加え魔術のセンスもあり、少しではあるが若手では頭角を現していた。
魔術を極めたのには理由があった。
魔術師として成功を納めれば、国王付きに登用される。
それを密かに狙っていた。
君に会ってお礼を言いたい、ただそれだけのつもりだった。
そんな折、魔王復活の知らせが来た。
数百年に一度魔族の中から現れる、理性を失った獣を連れた王。
人間を蹂躙し、田畑を荒らす、凶兆。
多くの民が恐怖に慄いた。
誰か何とかしてくれ、と空に祈りを捧げていた。
魔王復活の知らせが届いてすぐ、王国全土に王の勅命が響いた。
民の不安を払拭すべく、王太子殿下が立ち上がったらしい。
勇者として名乗りを上げたらしい。
それに伴い、共に命懸けの魔王討伐の旅にでてくれる者を募集している、と。
討伐報酬として望むものを何でも用意する、とも書かれていた。
これは、チャンスだ。
無事に帰ってこられるとも限らない旅だ、志願者は少ないだろう。
今、自分が名乗りを上げれば。
君の側で、君を守ることができる。
君に、恩を返すことができる。
あわよくば、ずっとできていなかったお礼を、君に伝えることができる。
迷うことなど何もない。
僕は、勇者パーティーに参加するため王都へ向かった。
◆◆◆
勇者パーティー顔合わせの日が来た。
また、君に会える。
一度は諦めた気持ちが、どんどん膨らむのを感じた。
王宮へ招かれ、集合場所へ案内される。
王族の繁栄を表した、豪奢な造りの部屋だった。
中には、美しい白髪の女と怪しい角の生えた大男がいた。
特に挨拶をするでもなく、勇者の訪れを待つ。
少しして、扉が開かれて君が現れた。
あのときゴンドラに乗っていた姿より、かなり成長していた。
身長も伸びており、僕よりも大分高くなっている。
顔つきも変わっており、王族としての威厳と慈愛を含んだ顔になっていた。
髪や瞳はあの頃のままだった。
「やぁ、こんにちは。待たせてすまないね。これからよろしく頼むよ。」
君は僕たちを見渡して言った。
僕たち3人を見ているけれど、誰とも目を合わせなかった。
いや、正確には視線は合っているのかもしれないが、こちらを見ているわけではないのがありありとわかる。
全員の様子を確認し終えたのか、君がまた口を開く。
「改めて、集まってくれてありがとう。快く参加してくれた君たちには、相応の報酬を約束しよう。さ、手始めに1人ずつ自己紹介をしてもらえるかな。」
白い髪をさらりと伸ばした、女神のような風貌の女が口火を切った。
「ラウラです。回復魔術が使えますわ。完全に欠損している部位が無ければ、瀕死の重体でも回復させることができますの。魔王討伐には、お婿さん探しにきたわ!旅先で、素敵な殿方と出会いたいの。」
しなしなとした話し方をする女だった。
美しい容姿でいくらでも男は選び放題な筈なのに、命懸けの旅に参加するなんてよほどの物好きなのかと思った。
「いいね。結婚は人生において大切なことだからね。回復魔術は戦闘においてとても重要な役割だ、まかせたよ。」
女の挨拶に君が微笑んで応える。
角の生えた大男が続く。
「フウだ。剣士をしている。魔族の血が混ざっているから、人間よりも力は強ぇ。とにかく金が欲しくてここへ来た。帰還の暁には、たんまりと報酬がもらえると聞いたんでな。」
理性ある一部の魔族は人間と共生して集落を築いている。
そこの村の出身なのだろう、体格が大きいのも頷ける。
一体何に使うために、入り用なのだろうか。
「もちろん、君の働きに見合う報酬は惜しまずに払うとも。魔族の血が混ざっているとは、頼もしい限りだ。よろしく頼むよ。」
君はラウラへの返答と同じような言葉をフウと交わす。
次は、僕の番だ。
「…シっシリウスです。攻撃魔術がメインですが、戦闘補助魔術もできます。魔王は特別な魔術を使うと聞き、良い勉強の機会だと思い、この旅に参加を決めました。」
真っ赤な嘘だ。
周りの自己紹介に流されたのもある。
一番は、本当の理由を伝えるのが、後ろめたく感じた。
ただ、君にお礼を言いたかったんだ。
でも、君はそんなこと求めていない。
自己満足の感謝を伝えたいだけ。
そんなこと、言えなかった。
「そうか、攻撃だけではなく、補助もできるなんて、素晴らしいね。オールラウンダーは何かと便利だ。これからよろしくね。」
当たり障りのない返事。
誰にも平等で、とても残酷な返事だ。
勝手に突き放された気分になった。
君にとって僕は国民の1人に過ぎないのに、どんな反応を願っていたんだろう。
「じゃあ、皆。これから大変な旅になると思うけど、頑張っていこうね。」
爽やかな笑みを浮かべて宣言した。
誰とも目を合わせずに宣言した。
嘘で作られた笑顔、君にとっての本当の笑顔で。
◆◆◆
暗い鬱蒼とした森を踏み抜けて進む。
命懸けと銘打って始まった旅。
最初はその道は困難を極めると思っていた。
魔王討伐の旅は思いの外順調で、予定よりも早い道程を進んでいた。
魔王が従える魔獣は、魔族が何らかの事情で理性を失った際に変化する姿で、基本的には魔族間の自浄作用で駆除されていく。
しかし、魔王の素質を持つ魔族は、魔族を故意に魔獣へ変化させ、その魔獣を隷属し好きに動かすことができ、駆除が困難を極める。
そうして増殖した魔獣は群れをなし、餌を求めて人里を襲う。
厄介なことに魔獣は首を落とすくらいの攻撃をしなければ死なない。
ゆえに国中が魔獣の対応に追われることとなる。
魔王となる者の狙いはわからないが、ずっと昔から続く因果らしい。
しばらく進むと魔獣の群れが現れる。
大きな狼のような形をした、禍々しい靄に包まれた魔獣と、その周りを子どものように取り囲む小さな魔獣。
すぐさま戦闘形態に入り、応戦する。
取り逃がして国民に被害を出すわけにはいかないため、一匹残らず駆逐しなければならない。
それが、君の望みだから。
全員に身体能力向上の魔術をかける。
すかさず君が前へ走り出す。
小型の魔獣を蹴散らし、一目散に親玉を狙う。
それに続くようにフウが小型を相手する。
二人が捌ききれない小型の魔獣を僕が遠隔攻撃魔術で倒す。
ラウラは最後方で前線の二人に回復魔術をかける。
親玉は予想よりも強く、君は手こずっていた。
身体能力向上魔術を重ね掛けする。
皆の額に汗が滲む。
魔獣は理性を失っているため、長期戦はこちらが不利となってしまう。
早く片付けなくては。
魔術ではトドメをさせないから、僕の範囲攻撃で弱らせた小型をフウが処理していく。
小型を片付け終えて、全員で親玉へ向かう。
君の手によってかなり削られて入るものの、あと少し足りないようだ。
「フウ、任せた!!」
君は叫ぶと、地面を蹴って魔獣の眼前へ躍り出る。
自分の腹を噛まれるのも厭わずに、魔獣の鼻先に剣を刺す。
君の犠牲によって魔獣が動きを封じられる。
フウの一閃が親玉の首を落とす。
魔獣の消滅を見届けると、大怪我を負った君は倒れ込んだ。
「勇者様、お怪我は大丈夫ですか?」
ラウラが君へと駆け寄る。
回復魔術を使い、傷口を塞ぐ。
「ああ、問題ないよ。ありがとう、ラウラ。おかげで痛くないよ。」
君がラウラに礼を言う。
僕も回復魔術が使えたら。
回復魔術は魔術の中でも特殊な敵性が必要な術だ。
僕には敵性はなく、あくまでも戦闘の支援魔術しか使えない。
僕にも回復魔術が使えたら、君にもっと尽くせたのだろうか。
国民に尽くす、君に。
「それと、フウ、雑魚を相手してくれてありがとう。おかげで親玉に集中できた。最後も世話になったね。」
君がフウにも顔を向け、礼を述べる。
フウは無言で頷く。
そして、こちらにも顔を向けた。
「シリウスも、支援魔術ありがとう。おかげで体がいつもより軽く動けたよ。」
君は、全員に礼を言った。
最前線で強敵に対峙し、大きな怪我を負ったにも関わらず、周りに感謝を述べた。
敵わない。
君は実に利他行動を中心として動く人だった。
◆◆◆
僕と君が番をして、野営をすることになった。
君と二人になるのは、この旅では初めてだった。
焚き火を囲み暇をつぶす。
今がお礼を言う絶好の機会だったのに、どう切り出せばいいかわからなくて、時間だけが過ぎた。
君は相変わらず、意図の読めないにこやかな顔で焚き火を見つめている。
君の横顔が火を映して赤く染まっている。
「…シリウス、君、何か言いたいことがあるんだろう。」
「え?」
君がこちらを見もせずに語りかけてきた。
「見ていればわかるさ。さ、臆せず話すといい。」
「…実は、昔、君と会ったことがあるんだ。街で迷子になったときに。」
君が少しだけ目を見開く。
ほんの一瞬だったけど、いつも君の横顔を見ている僕にはわかる。
「そうか。」
一匙程度の嬉しさを滲ませた声で君が返事をした。
「その時のお礼を言いたかっただけなんだ。ありがとう。」
しっかりと体ごと君に向けて頭を下げる。
「そうか、どういたしまして」
君が応える。
にこりと微笑んでいるのが見える。
君にとっては些末な出来事だろうけど、僕にとっては人生を動かすほどの出来事。
「私に会いに来てくれて、ありがとうね。」
君は感謝を述べる。
いつも僕らにくれるような、感謝を息を吐くように言った。
火に向けられた顔には何も浮かんでいない。
ちらちらと揺れる炎だけが君の顔を彩っている。
「こちらこそお礼を言わせてくれて、ありがとう。」
それだけ、伝えた。
僕なりの精一杯だ。
そのまま沈黙に身を委ねるように、夜が明けるのを待った。
心地の良い時間だった。
◆◆◆
討伐した魔物を料理しているときに、鳴き声が聞こえた。
魔物は魔獣とは違い、自然発生する動物のような生命体だ。
簡単に狩れる上に栄養価が高く、旅のお供には欠かせない存在だ。
君が王家と情報のやり取りをするために使っている伝書鳩が来たみたいだ。
足にくくりつけられた丸められた紙を見る、どうやら新聞のようだ。
魔物の下処理をしている君の代わりに、僕が新聞を取る。
「すまないシリウス、読み上げてくれないか?」
君が片手間に僕に言ってくる。
この度の道中も決して君と目が合うことはない。
見ていないだろうが軽く頷き、新聞を開く。
当たり障りのない王都の情報。
魔獣の襲撃を受けた村の情報。
民たちの不安を和らげるための詩。
君は楽しそうに読み上げた内容を聞いている。
最後のページを開く。
大きな見開きのページ。
書かれていたのは―
【魔王討伐の旅の道中、王太子殿下が聖女様と婚約を発表】
「王太子殿下、聖女と婚約…?」
え?
「ああ、やっと載ったか。」
「あら、本当に叶えてくださるのね。」
君がつぶやき、聖女は微笑む。
いったい、いつの間にそんな話になったのだ。
君と、ラウラが婚約…。
「まさか、私のお願いに乗ってくださるなんて、思いませんでしたわ。」
「王族である僕との結婚が、君の望みなのだろう。何でも望みを叶えると、最初に誓ったからね。私との結婚で良いのであれば、いくらでも応じよう。」
僕をおいて、二人の会話が弾む。
フウを見ると、二人の様子を意にも介さず黙々と魔物を捌いている。
「私、勇者様みたいな方と結婚したかったんです。」
「要望に応えられて何よりだよ。」
君は微笑む。
何も映らない瞳には今、何が秘められているのだろうか。
望まれるままに婚約。
君の利他精神がそこまでだなんて、侮っていた。
いや、期待していた。
君の利他的行動は、あくまでもある程度の度を越すことはないと。
僕に足りなかったものは、君を願う厚かましさだったのだろうか。
夜になり、君と聖女に番を任せて寝ることになった。
二人の会話を聞きたくなくて、早く寝たい。
寝たいと思うほど、目が冴え、耳が冴えてくる。
しばらくして聖女が君に話しかける。
「そうだ、勇者様、こちらどうぞ。」
「これは、ペンダントかい?ありがとう。」
「ええ、婚約の証ということで、肌見放さず身につけてくださいましね、私の未来の旦那様。」
「おおせのままに。」
聖女が立ち上がった音がして、あたりが静かになった。
フウの寝息だけが聞こえる。
焚き火の音が僕と二人の間を遮っていた。
何をしているのだろうか。
口吻でも交わしているのだろうか。
嫌な想像ばかりして、どんどん眠りからは遠ざかってしまう。
目を開ける勇気もなく、小さい毛布の中で縮こまって耳をふさいだ。
どこか、遠くへ行ってしまいたかった。
◆◆◆
気がつけば寝てしまっていたようだ。
目を開けると、朝になっていた。
「寝坊だぞ、シリウス。」
焚き火の後始末をするフウが静かに言った。
口数の少ない彼だけど、しっかりと難は示すのだ。
「すみません。ぐっすりしてしまいました。」
急いで荷物をまとめる。
二人の姿は見えなかった。
朝食を調達しに行っているのだろう。
二人で。
昨夜のことを思い出し、胸がちくっとした。
痛みを誤魔化すように、フウに敵当な話を振った。
嫌そうな顔をしながらも、彼は会話をしてくれた。
しばらくして二人が樹の実を抱えて戻ってきた。
君の胸元には、昨日まではなかったペンダントがぶら下がっていた。
昨夜、ラウラからもらったものだろう。
小さなエメラルドがはめられた金色のペンダントだ。
普通なら急に登場したペンダントに声をかけるべきなのだろうが、気づかないふりをした。
フウもペンダントを気にとめることはなく、触れられないまま朝食を食べた。
ラウラは君の隣にぴっとりと座り、仲睦まじげに話しかけていた。
僕は、それを見ないように必死に樹の実を掻き込んだ。
◆◆◆
特に何かが起きることはなく、魔王討伐に向けた旅は続いていた。
君とラウラが必要以上に距離を縮めることはなく、戦闘後にはいつも通り全員に感謝が述べられた。
誰も心に黒い感情を抱える僕を気にかけることもなく、旅は進んでいく。
時折届く新聞には、面白おかしく僕らの旅の内容が書かれていた。
大方が勇者様と聖女様の恋物語であったが。
その欄を見るごとにラウラは笑っていた。
君は、いつもと変わらない、感情の無い表情だった。
また、鳩が新聞を運んできた。
魔物の捌き中だったから、僕が代わりに内容を読んだ。
いつもと同じ代わり映えのない記事。
でも、君はそれを聞いて楽しんでいるから、端折らずに読む。
最後のページ、僕たち勇者一行について書かれるページを開く。
【聖女様、婚約者の証に勇者様へペンダントを渡す。】
大々的に書かれていた。
そこまで、民衆に知れ渡っているのか。
伝書鳩の視界を借りる魔術を使ったのだろう。
今頃国中が二人の恋物語に湧いていることだろう。
自分の中で、どす黒い感情が顔を出し始めていた。
「魔術師様、どうなされたの?」
「あっ、ああ、もうすぐ魔王まで辿り着くだろうって大報道されてるよ。」
ラウラに先を促されて、適当な嘘をついて新聞を焚き火の中に放り込んだ。
僕の不審な挙動にも、君は相変わらず反応を示さなかった。
僕のこの気持ちも、炎とともに燃やせてしまえばいいのに。
◆◆◆
半年も経たずに、魔王の居城も目前となった。
旅の終わりが近づいていたある日。
日も沈み野営をすることになった。
聖女と剣士が仮眠を取り、僕と君が火の番をする。
君と二人で一本の丸太に腰掛けて、焚き火を囲む。
ぱちぱちと弾ける焚き火がなんだか幻想的に思えた。
二人の静かな寝息が耳に届く。
互いに話すこともなく、静かに焚き火を見つめている。
僕が話しかければ、君はきっと快く言葉をかわしてくれるだろう。
でも、それだけだ。
あちらから会話が広げられることもなければ、新たな話題が出てくることもない。
虚しい気持ちを抱えながら君を見る。
聖女が君に贈ったエメラルドのペンダントが、焚き火の色を反射して淡い茶色を作り出していた。
「そのペンダント、いいよね。似合ってる。」
思わず口をついて出た言葉。
本当に君に似合ってると思っている。
ペンダントを渡す意味を、その首飾りの出どころを、知らないままならば。
「ああ、ありがとう。回復魔術を貯蓄しておけるなんて、便利なものだよね。」
君が"似合ってる"という言葉に返すことはない。
他人が自分をどう見ているかなんて、塵ほども興味がないのだろう。
「僕は、"似合ってる"って言ったのさ。」
性懲りもなく同じ言葉を繰り返す。
自分の嫉妬を覆い隠すために。
「?ああ、君にはそう見えるのか。」
君に届くことなど、ありはしないのに。
これ以上ペンダントについて会話を広げる気も起きず、また沈黙が訪れる。
怪我は大丈夫なのか、疲れていないか、小腹が空いてはいないか、魔王を討伐したらどうするつもりなのか、王様になって何をしたいか、聖女との結婚の話は本当なのか、会話を切り出そうと思えばいくらでもできる。
でも、しない。
だいたい、君から何が返ってくるかわかってしまったから。
今まで君に近づこうとした有象無象たちのように、なりたくなかった。
「私はね、この国をもっと平等な国にしたいんだ。」
ふいに君が語り始める。
視線がこちらを向くことはなく、じっと焚き火を見ている。
独り言、なのだろうか。
「…君が聞きたいことかと思ったんだけど、違ったかな?」
表情ひとつ崩さずに言ってのける。
僕が君との接点を持ちたい気持ちに気づいているのか。
「どうぞ、続けて。前々から気になってはいたから。」
焚き火に向かって君は頬笑む。
「魔王の侵略が始まって、この国は大きく揺らいだ。力あるものは己が為にそれを使い、力無き者は為す術なく時代の波に飲まれていく。魔王がもたらしたものは、人間間での格差の浮き彫りだ。私1人では抱えきれないほどの闇が、生まれてしまった。…この旅が終わって、少しの間平和が訪れたら、その闇をこの世から無くしたい。私がここで終わってしまっても、意志を引き継ぐ者たちが叶えてくれるだろう。」
"私がここで終わってしまっても"に、君の全てが込められている。
僕が好きな、君の全てが。
「馬鹿を言わないでくれ。君はこんなところでは死なないさ。僕らがいる限りはね。」
君の横顔に伝えた。
君を愛する僕と、金を愛する剣士、そして、地位を愛し、君と結ばれる聖女。
全員が君を助けるだろう。
死ぬ、なんて、考えるな。
誰かのために死ぬのが本当なんて、言わないでくれ。
君は再び口を閉ざし、火花の散る音だけが僕たちの間に流れている。
「うぅ…」
「かねぇ…」
寝ている二人がうめき声をだす。
寝ぼけているのだろう。
君は音を建てないように彼らに近づいて、そっと頭を撫でる。
寝かしつけるように、ゆっくりと優しく。
「ふふ、面白い人たちだよね。フウなんて夢でもお金を求めているみたいだ。」
「そうね。フウは巨万の富を求めているのだもの、旅の報奨だけでは満足できないのでしょうね。」
君がこちらを振り返り、じっと目を見つめてくる。
とても久々に君と目を合わせている気がする。
こんなにしっかりと正面から君の目を見たのは、初めて会ったとき以来ではないだろうか。
「…それは君も同じだろう?」
目を細めて言う。
風に煽られた焚き火の炎が僕たちの間に燃え上がる。
僕も、同じ。
僕の心の暗く、疚しく、欲深い部分を、君は見透かしていた。
立ち上がった君が、こちらへ歩み寄ってくる。
手を差し出して、言う。
「私と、この旅が終わったら結婚するかい?」
そう言って君は、あの頃のように微笑んだ。
重力がなくなったかと思った。
無の空間に投げ込まれたと錯覚しそうなほどの衝撃が僕に与えられた。
持ちかけられた棚から牡丹餅級の提案。
旅の終わりに、君と、二人。
何度も思い描いては無理やり消したもの。
君の瞳に僕だけが映る未来。
「それが君の望みなのだろう?」
君の顔を見てはっとした。
何を考えていたのだろう。
柄にもなく有頂天になっていた。
この人は、こういう人なのだ。
僕が、君のことを好いているのに気づいているから、結婚の話を出した。
決して僕に気があるわけではない。
僕に幸せを提供する目的の、自己犠牲を払おうとしている。
いや、君にしてみれば自己犠牲ですらない、当たり前の行動なのだ。
君の瞳に僕が映ることなどない。
唾を飲み込んで喉から声を絞り出す。
「…馬鹿言わないでおくれよ。君は聖女様と結婚して、国王になるんだろう?」
「ラウラは地位のある男が好きだからね。旅が終われば私でなくとも、彼女のお眼鏡に敵う男がわんさか寄ってくるだろう。」
ラウラの本意も、君は理解していた。
自分が調度いい承認欲求を埋めるための駒として見られていても、気にしていなかった。
本気でラウラが幸せになるためなら、とその身を差し出そうとしていた。
「でもシリウスは、私が良いのだろう?だったら私は君と結婚すべきだと思うんだ。」
完全にばれていた。
僕の気持ちも、何もかも。
言葉にされると愕然とした。
今まで必死に積み上げてきたものを、一吹きで倒された心地だ。
「巷では、君たちの結婚を待ち望む声がとても多いそうだよ。その期待を裏切るのは、君の本意ではないんじゃあないかな。」
取り繕った言い訳を零す。
建前を並べないと、目の前に差し出された誘惑に惑わされてしまう。
「…彼らが期待しているのは私とラウラの結婚ではないよ。民衆の脅威を跳ね除けた勇者御一行の華々しい恋物語を待ち望んでいるのさ。一種の娯楽さ。君もそう思うだろう、シリウス。」
君は真摯に僕を見つめている。
その瞳には何も写っていない。
僕が映ることは今も、これからもないのだろう。
反射された光だけを受け入れていた。
「私は君も幸せにしたいだけなんだ。悪い話ではないのだろう?何がそんなに気がかりなのかな。」
本当に理解できないと言った様子で眉を下げる。
君にはわからないのだろう。
この胸に燻ぶる感情なんて。
他者のためにできることをしたいとばかりに、君は僕の心へ土足で入ってくる。
僕の、苦しさも知らないで。
このまま君の提案に頷けたら、どれだけ素晴らしいのだろう。
でも、できない。
きっとこの提案を受ければ、君の瞳に映らない己に絶望する日々が待っているから。
肺いっぱいに息を吸って、吐く。
君の目をまっすぐ見て伝える。
「誰が為に命をはれる君だから、僕は君が好きなんだ。同情で振り向いて欲しいわけがないだろう、勘違いしないでくれたまえ。」
強がって笑って言ってやった。
精一杯の虚勢。
僕を、馬鹿にするな。
君は驚いたように目を少し開いて瞬いた。
逡巡して立ち上がって僕の隣に座る。
焚き火を見つめて言葉を溢す。
「…そうか、それはすまなかったね。忘れてくれ。」
「君、疲れてるんじゃないか?僕が番をしておくから、仮眠を取り給えよ。」
早くこの空気から逃げ出したくて、提案した。
一度はった虚勢が、崩れてしまわないように。
「そうかい?では、お言葉に甘えさせてもらおうかな。」
君は座っていた丸太に寄りかかると、寝てしまった。
いや、僕が寝るように促したのだ、"寝てしまった"は不適切だった。
静かな寝息を立てる君を見つめる。
思うようにいかない己にやきもきしたまま、夜を明かした。
揺らめく炎が、滑稽な僕を嘲笑っているようだった。
◆◆◆
やがて、魔王のもとへと辿り着く。
王の間を模した部屋の中央の玉座に魔王はいた。
説得など無意味。
最後の戦いが始まった。
討伐は熾烈を極めた。
最初にフウが倒れ、ラウラが倒れた。
一番ダメージを食らっているはずの君は、まだ立ち続けていた。
己の意志を楯にまっすぐ魔王と対峙していた。
血だらけで今にも倒れてしまいそうだ。
でも、君は倒れない。
後ろに、気絶したラウラとフウがいるから。
かく言う僕も、もうすぐ魔力が無くなりそうだった。
もってあと2発ほどだろう。
「シリウス、任せた!!」
あの時と同じ台詞を吐いて、君は飛び上がる。
駄目だ。
止める隙もなく君は魔王の眼前へと進み、その攻撃を身に受けながら剣を刺し、魔王の動きを封じる。
躊躇うことなどできない。
君の献身を無駄にするわけにはいかない。
僕は、全ての魔力を込めて、攻撃魔術を魔王目掛けて放った。
魔術の反動で倒れ込んだ体を起こす。
魔王の方を見ると、君がひとり立っていた。
魔王は、倒された。
感動もつかの間、君が倒れ込む。
駆け寄ると、最後の魔王の一撃が致命傷だったようだ。
ラウラもフウも気絶してしまっている。
意識があるのは、瀕死の勇者と回復魔術は使えない僕だけ。
血が止まらなかった。
「すまないね、心配をかけて。」
死にかけているというのに、君は僕へ謝罪をした。
息も絶え絶えなのに。
どうせもうすぐ死ぬから、無駄な心配をかけさせて申し訳ない、とでも言いたいのか。
「心配するなんて、当たり前だろ。何謝ってるんだよ。」
ふざけるな。
ふざけるな。
君は何にもわかってない。
「君が世界を愛しているように、僕は君を愛しているんだ!!」
君が、いつもより弱々しく微笑む。
「ああ、もちろん、知っているとも。」
僕の声は君には届かない。
分かってる。
分かってる。
分かってる、のに。
「君は、ほんとに、なんにも、わかってないなぁ。」
涙がこぼれた。
こんなの、ただの八つ当たりだ。
自分の気持ちに君から真心が返ってこないことへの八つ当たり。
最低だ。
死に向かう君を助けられもせず、自分の気持ちだけを押し付ける。
神様だって僕を見捨てるだろう。
でも、この人は、この人だけは、見捨てないでくれ。
誰よりも献身的で、誰よりも民を愛して、誰よりも自己犠牲を払っている、この人だけは。
「ははっ、シリウスこそ、…なにもわかっていないとも。」
言い残して、君が静かに目を閉じる。
何度も呼びかけるけれど、その瞼が動くことはない。
何も、できない。
己の無力さが痛い。
君の胸に覆いかぶさって泣いた。
涙が奇跡を起こせやしないのに。
急に視界が眩しくなった。
君から離れると、胸元から光が溢れている。
光源を取り出すと、ラウラが君に渡したペンダントだった。
ペンダントが光り輝く。
君が何かに包まれていく。
為す術なく、それを見ていた。
やがて光はどんどん強くなり、僕は気を失った。
◆◆◆
僕は君の結婚式を静かに見ていた。
君は聖女から貰ったペンダントによって一命を取り留め、無事に王都へと帰還した。
「いざというときのために、蘇生魔術に近い効力の回復魔術を仕込んでおいたのです。ふふ、わたしこれでも石橋は叩いて渡る派ですの。」
ラウラはそう言って笑っていた。
見ると、ペンダントは使命を果たしたとばかりに粉々に砕けていた。
王都への勇者一行の凱旋は凄まじい歓声とともに迎えられた。
国民が皆、僕たちを見ていた。
君はいつも通り、にこやかに手を振って民衆に応える。
死にかけたというのに、変わらない人だ。
自分の結婚式会場に向かう途中でも、観衆のために微笑んで手を振る。
真っ白な服に見を包んだ君は、さながら王子様だった。
僕はそれを
控室にいる君に声をかける。
「その服、似合ってるね。」
「…ありがとう。」
柄にもなく僕の世辞に礼を言ってきた。
驚いた僕に、君がいつもの笑顔で続ける。
「これが、君にとっての正解なんだろう。」
本当に変わらない人だ。
あの夜の僕の反応を覚えて、期待通りの返事を返してきた。
なんて、なんて人なんだろう。
涙が滲んできて思わず俯く。
「シリウス、どうしたんだい?」
君が屈み込んで僕の顔を覗いてくる。
「いや、なんでもないよ。」
僕はいつまでも、君に恋をしている。




