大魔法を唱えそうで、絶対唱えない魔法使い
魔王の襲撃を受けているとある王国があった。
王都の城門が戦場となり、兵士たちは必死に抵抗するが、魔王が手を振り払うだけで一蹴されてしまう。
「フハハハ……ワシが直接やってきたからには全てを諦めるがよい」
頭に角を生やした怪人――魔王は高笑いする。
その力に、国王も絶望してしまう。
「我が国もここまでか……! もはやこの世に救世主はおらんのか……!」
――と、そこへ一人の青年が現れた。
「私にお任せください」
金髪でローブを羽織ったその姿は一目で魔法使いと分かる。
「おぬしは……!?」
「ベクセンと申します。この国には旅で立ち寄っていたのですが、ここは私にお任せを」
もはや他に頼る手段もなく、国王は快諾する。
ベクセンは、魔王の前に立った。
「なんだ? 今度はこんな若造が相手か。この国にはよほど人材がおらぬのだな」
魔王のあざけりにもベクセンは動じない。
両腕を広げ、いかにも魔法を撃とうという体勢になる。
「地よ……広大な大地よ……。大地の奥深くに眠れる赤き奔流よ……。灼熱の濁流よ……。地獄の業火にも勝る激流よ……」
国王らがざわつく。
「なんだ、あの呪文は!?」
側近が推測する。
「おそらく、地中に眠るマグマを呼び寄せようというのでしょう。あれを喰らえば、魔王とてひとたまりもないはず……」
魔王もベクセンからただならぬ気配を察知し、マントで身を守るような構えを取る。
「くっ……! こんな魔法使いがいようとは!」
まもなく大地からマグマが噴出し、魔王を呑み込む。
こんな光景を誰もが想像した。
ところが――
「そのままぐっすりお眠りください」
ベクセンの詠唱はこれで終わった。
誰もが「へ……?」と思った。
国王が側近に尋ねる。
「ねえ、マグマは? マグマはどこ?」
「さ、さあ……。私に聞かれましても……」
側近もこう答えるしかない。
魔王もマントで身を守ったまま、バツが悪そうだ。
とても戦場とは思えない、気まずい雰囲気が辺りを包み込む。
誰もが思う。
(どうするんだよ、この空気……)
しかし、ベクセンは再びなにかを唱え始める。
「巨竜よ……。紅き鱗に覆われし、生けとし生ける者の王者よ……。次元をも切り裂く爪と牙を宿し、異界にて我らを見守る、偉大にして雄大なる存在よ……」
国王が反応を示す。
「むむ……なんだあの詠唱は!?」
「察するに、巨大なドラゴンを召喚する魔法のようです!」
魔王は再びマントで身を守る。
「ドラゴンだとォ!? むむ……まずい!」
果たして、どんな竜が飛び出してくるのか――!
「いつもお疲れ様です」
ベクセンの詠唱はこれで終了した。
再び唖然とする一同。
「ドラゴンは……?」と国王。
「ただ、労いたかっただけみたいですね……」側近も呆れている。
魔王は何も言わずに防御体勢を解く。
だが、ベクセンはまたも詠唱を始める。
「星よ……天より遥か高み、深き暗黒の空間を鳥よりも速く飛行する孤高の天体よ……。大地に縛り付けられた我が声を聴くがいい……」
国王が目を丸くする。
「今度は期待できそうだぞ!」
側近もうなずく。
「これは間違いなく隕石を降らす魔法でしょう!」
魔王は「ぬうっ!」とマントで全身を包む。
さて、ベクセンの詠唱はどうなるのか。
「よく飛んでますね」
国王は叫ぶ。
「ただ呼びかけるだけかい!」
側近も肩を落とす。
「隕石……見たかったなぁ」
魔王はさすがに不機嫌になっている。
「おのれぇ、さっきから肩透かしばかりだ! 貴様、ふざけているのか!」
そんな声を聞いているのか聞いていないのか、ベクセンはさらに詠唱を始める。
「神よ……。この世を統べる、神羅万象の創造主よ。今ここに我はあなたに語りかける……。その無礼を許したまえ……」
国王と側近は盛り上がる。
「まさか、神の力を借りるというのか!?」
「四度目の正直ですね!」
魔王はやはりマントで身を守る。
「か、神だと!? ぬかったわ!」
ベクセンは頭を下げる。
「週に一回ほど祈ってます」
国王、側近、魔王の声が揃った。
「報告じゃん!!!」
さらに誰かが「大した頻度でもないし」と付け加えた。
詠唱を終えたベクセンは、やけに清々しい顔をしている。
そして――
「それじゃ!」
そのままベクセンはどこかに行ってしまった。
あまりに自然に去っていくので、国王も、側近も、魔王も、誰も、彼を引き止めるタイミングがなかった。
国王と側近は開いた口が塞がらず、魔王は怒りに顔を歪める。
「なんだったのだ、あの若造は……。時間を無駄にしたわ!」
しかし、ニヤリと笑う。
「これで人間どもは打つ手なしというわけだ。愚かな人間ども、まとめて滅してくれるわ!」
魔王がいよいよ魔力を高め始め、国王らは全員死を覚悟する。
(我が国はここで終わりかッ……!)
ところが、その瞬間――大地から赤いマグマが噴出し、魔王に炸裂した。
「ぐおおおおおおっ!!?」
さらにどこからともなく赤い巨竜が飛んできて、魔王に炎のブレスをお見舞いする。
空から隕石が降ってきて、魔王を直撃する。
しまいには、雲に乗った神とおぼしき老人が現れ、魔王を強烈な雷で攻撃した。
究極ともいっていい四連コンボを受け、
「えええ……!? なにが起こったぁぁぁぁぁ……!?」
魔王は困惑とともに跡形もなく消滅した。
国王は思わず魔王を倒した者たちに質問を投げかけた。
「あ、あなたたちはいったい……!? なぜ、我々を助けてくれたのです……!?」
マグマが答える。
「“ぐっすりお眠りください”なんて言われたから、嬉しくてたまには起きようかなって」
巨竜が答える。
「“いつもお疲れ様です”って声をかけてもらえたので、力を貸そうかなって」
隕石が答える。
「呼びかけられたから、ちょっと寄ってみようと思って」
神が答える。
「“週イチで祈ってます”と言われたら、神として手助けしなければなるまいて」
質問に答えると、彼らは元いた場所に戻っていった。
全てが終わり、国王はつぶやく。
「助かった……のか?」
「そのようですね……」
「あっ、そういえばあのベクセンとかいう若者は……!」
「兵士に探させましたが、もうこの近くにはいないようです……」
「ううむ……彼はいったい何者だったのだ……」
……
――その頃、ベクセンは一人、街道を歩いていた。
「あ~、さっきは楽しかったな。さて、次に寄る国はどんな国だろうなぁ……」
完
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