第1次火星戦争 太陽系外へ~ビヨンド・ザ・ソーラー・システム~その3
宇宙においての派手な戦争と言うものはなかなかむずかしいものです。
しかし紛争は紛争ですので、あえて戦争という言葉を使っています。
火星政府を地球統一に使うアーキム・ムフタールは何が何でも火星に勝たなければなりませんでした。
しかし火星政府はその誕生の時点で予測していて、太陽系を脱出することを前提にしていました。
彼らは新しい植民星を得てノストラパディアと命名し、自分たちをノストラ人と称します。
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太陽系の外部にあるとされていたガス惑星天王星。その第4惑星がオベロン。天王星の5大衛星の中では最遠部にある。太陽から28億6704kmの距離にあり、火星から約3億kmの距離にある。
岩石衛星であり、水の氷も存在しており、何よりも重要資源が多い。このオベロンにドーム型の人工物があった。
地球歴3020年に火星政府はオベロンに巨大基地建設を開始していた。資材や基地用に組み立てられたパーツを移送する輸送船として、旧SⅬEを活用していた。そして2年後の3022年、オベロン基地が完成した。
量子コンピューター『イブ』にはクリス・サマラスらの初期指導者たちの意識が組み込まれており、火星政府は新たな行政グループとイブをメインとして活動していた。すでに3世代が経過していて、彼らの目的である系外惑星の発見と開拓のために火星政府は活動していた。幸いに地球がまだまだ混乱期にあったので、火星政府は警戒をしながらも無事だった。
彼らの目的のために必要なことは、様々な資料を採取しながら海王星まで行くことだった。ここから先にはエッジワース・カイパーベルトがあり、オールトの雲がある。これを突破し、ヒッグスレス装置によって質量ゼロの宇宙船を発進させなければならない。そのための天王星の中間基地だった。
この新しい基地ではすでに多くの鉱物資源や水が採取され、凝縮され保存されていた。そして一方では発射台も建造されていた。系外惑星探査旅のために必要な、超巨大宇宙船を発射させるためのものだ。
火星政府はすでに木星に中継基地を衛星に建設しており、火星とオベロンとハーパー通信で連絡ができていた。火星には政府首脳が集まり、オベロン基地建設責任者と通信をしていた。
「ではヨセフ、引き続き観測と建設を頼む。」
「了解しました、アブラハム。」
通常はオンラインで済ませるのだが、重要な会議の場合には中央ドームに集まって会議をすることが慣例になっていた。現在の首脳陣はこのようになっていた。
アブラハム・アギーレ 火星政府代表
バシリウス・カンドル 火星政府対地球担当
カルロス・アントニウス 火星政府恒星間航行担当
フェリクス・カルス 火星政府科学担当
アリシア・クラッスス 火星政府人体維持担当
クララ・ファビウス 火星政府兵器担当
フランキスカ・フィチーノ 火星政府環境担当
3世代を過ぎているので、ラテン語が標準語となり、名前もラテンになっていた。混血が進み、なおかつ遺伝子の修正なども行われていたので、彼らの平均寿命は90歳を超えるところまでになっていた。
「確認した通りだ。特に大きな問題もなく、オベロン基地は間もなく完成する。となると、我々の移住もカウントダウンが始まるな。」
アブラハムは地球担当であるバシリウス・カンドルに話を振った。
「バシリウス、地球の様子はどうだ?」
「そうだな、かなり紛争が収束に向かっている。傍受した内容によると、テラ帝国は現在では最大の勢力を持ってはいるんだが、内紛が多い。その分他の地域が活発になってきているね。特にユーラシア同盟が著しい。」
「我々に目を向ける危険性は?」
「ついこの前までは全く何もなかった。紛争や地域の安定だけで精一杯だったしね。だが、どうやらそれも終わりそうだ。ユーラシアでは巨大な量子コンピューターの開発に成功したらしい。それでのしあがってきているようだね。」
一同がざわついた。
「バシリウス、そのコンピューターの性能はわかるかい?」
「脅威ではあるんだが、傍受した限りでは我々のイブ以上ではない。ヘンリー・ヤコブがどれだけ天才だったかが証明されているよ。」
火星政府人体維持担当のアリシア・クラッススが口を開いた。
「バシリウス、彼らにもSⅬEの知識はあるわ。造ろうと思えば、攻撃用戦闘機や空母はすぐにもできるんじゃない?それが不安材料ね。」
「アリシア、確かにそうだ。現にいくつかの地域では地球外で活動できる兵器は開発されている。彼らは・・・。」
バシリウスは少し笑みを浮かべた。
「何かあれば我々をターゲットにしたがっている。そうすることで地域内の不安を我々に向けさせ、不安の解消と統治に使っている。非常に拙稚なやり方なんだがね。」
「本当に地球の人間って感情優先なのね。確かにヘンリーが私たちの祖先を選んだのは正解だわ。」
「まだ、我々に戦争を仕掛けてくる危険性はないんだな?」
「アブラハム、それはまだ大丈夫だ。だがあまり余裕はない。準備はどうなっている」
火星政府恒星間航行担当のカルロス・アントニウスが返答した。
「知っての通り、もう船体や推進装置、ヒッグスレス装置は完成している。最終チェックを行っているよ。アリシア、どこまでできあがっている?」
「正直なところ、火星には水はかなりあるにせよ、太陽系内だと海王星までが精一杯。オールトの雲で集めるしかないわね。凝縮システムはもう完全に稼働している。あとはコールドスリープだけど・・・これはどう?フランキスカ。」
火星政府環境担当のフランキスカ・フィチーノが軽くため息をついて返答した。
「そうね・・・オベロンでどのくらい集められるか次第ね。それに、統御をイブだけに任せるのはリスクが大きい。アンドロイドを使わないといけないわね。」
「その提案には賛成だ。肉体では疲労も溜まりやすい。コールドスリープさせておいて、アンドロイドで労働を、イブが管理するというのは理想だ。しかし、アンドロイドに意識と記憶を移植するプランはどうなっている?」
「人間のメモリーとアンドロイドのシンクロがもう少しね、それもあって天王星までが限界なの。」
黙って聴いていたアブラハムが会話に入っていった。
「バシリウス、君の見解でいい。地球が我々を攻撃するのは、いつくらいになると思う?」
「コンピューターとも随時検討しているんだが、出された答えとしては30年以内だろうということだった。現在はユーラシア同盟の方がテラ帝国よりも勢いはある。帝国内では内紛ばかりなんで、それが大きな要因だ。ユーラシア同盟ではムフタールという人物が頭角を現している。おそらく帝国を凌駕する日も近いと思うんだが、そうなると彼らは常に敵視している我々に攻撃をしてくるだろう。そのための宇宙空母はすぐにでも建造できる。」
「なるほど・・・ではクララ、こちらの準備はどうだ?」
火星政府兵器担当のクララ・ファビウスがデータをホログラフで出した。多くのタイプの戦闘機が映っていた。
「予想では、地球人は優越感に浸りたい願望があると思うの。だから人が乗る戦闘機の比率も高い。で、私たちは無用な殺人を犯したくはない。それでこの無人戦闘機を開発しました。戦闘機は、正直何も攻撃力はない。たぶん帝国は奇襲してくると思うので、それでいいし、本当に飛ぶのが精一杯。それで、彼らを制御する管理コンピューター『サマラス』を開発中。火星に設置して、攻撃されれば一応の反撃らしいことはする。けど、これは時間稼ぎと帝国に油断させるため。これがシミュレーションよ。」
ホログラフには帝国軍の戦闘機を中心とした攻撃に耐える火星戦闘機が映し出され、やがて火星基地が爆発するところまでが映し出された。
「この攻撃と、帝国が火星を探査する時間を考えると、おそらく数カ月は必要でしょう。それに、新しい帝国が世界を統御できるまでも期間が必要。それを考慮に入れると、私たちが天王星に向けて出発するのは、10年以内ってところね。」
「クララ、ありがとう。聞いた通りだ。たぶん間に合うと思う。オベロン基地の完成と共にそれぞれの部署で達成してほしい。それでは今日はここまでにしよう。」
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3024年、火星政府は対地球用コンピューター『サマラス』を火星に設置した。いまだに地球は混乱しており、火星政府は何も問題なく行うことができた。
「クララ、やったな。シミュレーションはすぐにできるのか?」
「それはすぐにできるし、やらなくちゃね。でもアブラハム、戦闘機の数は全然足りないけど、これでいいの?」
「逆にその方がいい。地球には簡単に自分たちが勝ったと思わせていればいいのさ。」
「そうね。ちょっと心許ないけど・・・。」
火星政府は理性派の末裔なのだが、クララの直感は当たっていた。2年前にユーラシア連合は巨大量子コンピューター『キングハン』を開発していた。テラ帝国攻略が主な作業ではあったが、当時ムスリムグループの総帥だったアリ・ムフタールの息子アーキムの強力な圧により、対火星政府攻撃用シミュレーションも計算されていた。
当時テラ帝国はヨーロッパと南北アメリカまで衰退していた。かつての首都アスタナは陥落しており、ユーラシアの大都市であるモスクワや北京と並んでそのひとつとなっていた。そして山間の地下に『キングハン』が設置された。年間を通して18度という温度はコンピューターの管理には最適だった。
3024年の秋、キングハンの前にアリとアーキムの親子が来ていた。アーキムはまだ16歳だったが、モスクワ大学を首席で、しかも飛び級で卒業する天才だった。人類史と素粒子学が得意であり、そして戦闘シミュレーションにおいては天才的な才能があった。現にアーキムの提案で、ユーラシア連合がテラ帝国を圧倒したと断言できるほどだった。
ムフタール親子は常に軍服を着ており、彼らが台頭するにつれて自然とユーラシア連合政府の公式となっていった。アリはアーキムに話しかけた。
「アーキム、この現状をどう打破する?キングハンの結果はこうなっている。」
巨大なモニターに映し出されたシミュレーションを見て、アーキムはうなずいた。
「父さん、これでいいよ。でもこれは、帝国相手だけのシミュレーションだよね。」
「まあそうだ。火星政府はまだまだだ。」
「どうして?急がないと、あいつらから攻撃してくる公算が大だって結果が出てるじゃない。」
「そう言うな。監視衛星で常に監視しているが、何の動きもない。たまに資源採掘と推測される船が出て行っているが、アステロイドベルトが精一杯だ。」
アーキムは不満そうに眉をひそめた。
「あいつらは自主的にSⅬEに移住し、自発的に火星に逃げたってことになっているよね。でも、これに初期SⅬE移住がどうなっているのか、ミュータントはどうなのかを出してみた。そしたら可能性は低いけど、こういうのもあったんだ。」
アーキムは操作用ホログラフを出し、特権パスワードを入力して画面に出した。
「これは・・・ヘンリー・ヤコブの人生か?そんなものが何に・・・。」
「これを無視していたのが現状だよ。ところがヘンリー・ヤコブの行動パターン及び当時の宇宙開発財団のデータを入れるとこうなるんだ。」
次に出された映像を見て、アリは表情を変えた。
「なんだと?つまり、ヘンリーは宇宙開発財団を倒すために移住させた、だと?」
「そうなんだよ、父さん。そう考えるとなぜSⅬE共同体が自立して、しかも帝国支配期に火星に行かなきゃならないのかが明らかだ。こいつに、あの連中がこんな短期間で火星まで行ける技術を開発したのかを訊ねると、こうなった。」
「むう・・・連中のエネルギー源や推進機構は不明か。これ以外では情報はないのか?」
「無理だよ。あいつらが火星に行く時に、帝国の監視衛星を壊していっている。だから全くわからない。わかっているのは、その時の指導者がクリス・サマラスだってことだけだ。」
アーキムはホログラフを操作して、別のデータを出した。
「で、あいつらが地球にまだ宇宙開発財団があると、少なくともその母体があると思い込んでいると考えるべきなんだ。すると、こうなる。」
「3030年から45年の間に攻撃してくる可能性は・・・80%!かなり高いな。」
「だから父さん、もし仮にだよ、あいつらが帝国に加担したとなるとどうなる?僕たちに勝ち目はなくなるよ。だからこそ、急いで帝国を倒さなきゃいけないんだ。そして・・・こいつもだ。」
アーキムが出したのは小さなSⅬEだった。
「やっとこのSⅬEの映像を捉えることができた。我々の一部がミュータントと繋がったことで、奴らのSⅬEの位置が明らかになった。こちらからアクセスはできないけど、現在の地球は我々が支配者だと思い込ませることはできる。だから、こいつらに帝国を攻撃させることも考えるべきだ。」
アーキムはホログラフを消し、アリは深くため息をついた。
「お前がそう結論付けたのなら、間違いはない。よし、キングハンを対帝国だけではなく、対火星連合の対策でも稼働させよう。戦略はお前に任せる。ミュータントは、受け手の洗脳だな。」
3
3030年、火星政府はついにオベロン基地に発射台を完成させた。天王星から海王星に向かう最短距離がこの年だったので急いでいたのだ。オベロンの上空に位置していたのは、これも完成を急いでいた恒星間航行船『ナヴィスノストラ』だった。火星時代にほぼ完成していたのだが、外壁の強化やコールドスリープカプセルの整備、食料などの凝縮確保、さらに数回に及ぶヒッグスレス装置とジョナサン推進装置の充実、アンドロイドの整備など問題は山積していた。
アブラハム・アギーレら担当官たちの準備も整い、会議を行った。
「みんな、お疲れ様。やっと諸々の準備が整った。今から海王星まで向かい、そのままエッジワース・カイパーベルトに突入する。海王星まで距離が45億kmあり、さらにカイパーベルトまでは約20天文単位だ。今のところこのタイミングが最短距離であり、カイパーベルトがどれくらいの幅があるのかわかっていない。わかっているのは、観測可能な限りでは、このタイミングで到達できるのが最も希薄だということだ。みんなも承知の通り、ここでどんな天体があるのかは観測できるもの以外でも相当あるはずだ。これまでのところで何かあるかい?」
ここまでは常に知識を共有していたので問題はなかった。だが、クララ・ファビウスが口を開いた。
「地球の動向が探れるのは、今のところここまでってこともね。オベロン上に観測装置を置いてはいるけど、カイパーベルトやオールトの雲で妨害されて、まず無理。だから、私たちはいよいよ脱地球ってことになるわね。」
「クララ、ありがとう。その通りだ。今までは常に地球の動向を探りながらの生活だった。だがもうその心配はない。我々が無事にケンタウリまで到達できるかどうかだ。ああ、そうだ。いい機会なので伝えておきたい。」
アブラハムはホログラフを出した。
「イブとも協議したんだが、我々は地球人ではなくなる。それで、今度発見移住する星は我々のものだ。つまり『我らの星』だ。ラテン語ではノストラパディアとなる。それで、我々はノストラ人と名乗ってはどうかな。」
全員が驚きと安堵の声を上げた。これまでも我々とか火星とか言ってきたのだが、それではふさわしくないことは明らかだった。ましてやイブと協議のことであれば、なおさらだ。
「良さそうだな・・・では、我々ノストラ人の新たな船出を迎えよう。各自準備に入ってくれ。」
準備が整い、上空にあったナヴィスノストラは降下して発射台に無事に乗った。そしてそれぞれの部署で管理官10名を残し。他はコールドスリープに入った。アンドロイドにも数体の意識を移植して、それが無事に再現できるかどうかのテストも行わなければならない。宇宙では何が起こるかわからないのだ。
最初の管理官は、各担当者と副官、他8名となっていた。全員のコールドスリープ準備が整い、70名の管理官と6体のアンドロイドが各部署に配置された。
アブラハムは自分が発射の合図を出すことに軽く興奮を覚えていたが、それ以上ではなかった。いよいよ、ヘンリー・ヤコブとクリス・サマラスが考えてきた未来像が現実になるのだ。
アブラハムは改めて管理官全員に伝えた。
「みんな、心配は不要だ。カイパーベルトの前で一旦観測時間を設ける。その際には全員が覚醒する。そして情報を集めてイブが全て処理し、我々が何をすればいいのか伝えてくれる。観測時点でアンドロイドの経験値と意識の移植が可能かどうか確認し、各部署でのチェックをする。おそらくだが、カイパーベルトまではすぐのはずだ。観測では希薄な状態となっている。カイパーベルトの中ではヒッグスレス装置は意味がなくなる。抜ければ、今度は本格的に航行開始だ。では・・・イブ、君の状態も良さそうだね。」
『はい、アブラハム。後は私が皆さんをお守りします。』
「そういうことだ。それでは5分後に発射する。」
きっちり5分後、ナヴィスノストラのジョナサン推進が稼働した。オベロンから離れて間もなく、ナヴィスノストラは海王星に向けて発進した。通常速度なので、3カ月ほど時間を要した。天王星を抜けてすぐにヒッグスレス装置が稼働し、船はカイパーベルトに向けて超光速で進んだ。
「アインシュタインは正しかったわけだ・・・きっちり時間が遅れている。さて、みんなを覚醒させよう。」
アブラハムら管理官たちは全員の無事を確認して、胸を撫でおろした。それから4カ月ほどは観測と準備とテストの毎日だった。毎日計算を繰り返し、探査機を飛ばして可能な限りカイパーベルトの情報を得たりしていた。
カイパーベルトは大小の小天体や氷上のメタンなどで構成されている。その幅がどれくらいあるのかまるでわかっていないので、この観測でどうやら2AUほどだろうと推定された。観測チームはフェリクスに結果を報告した。
「思ったより長いな。プラネット・ナインもほぼガスと氷だし、突入時には反対側にあるだろう。計算通りに行けば、1年ほどで通過できる。そしてボイド・・・。」
フェリクスはカルロスとも連絡を密にしていて、航行について協議を重ねていた。
「これ以上はもうやってみないとわからない。万全を尽くすしかない。」
そして諸準備が整い、観測員と作業員の一部を残して、他はコールドスリープに入った。その間の管理は管理官とイブとアンドロイドが行い、破壊用レーザー砲で途中の障害物を無効化していくシミュレーションもできた。
全ての準備が整った時、アブラハムは号令を出した。
「さあ行こう。ノストラパディアを目指して。」
4
3032年、地球ではいまだに帝国とユーラシア同盟が覇権を競っていた。そしてこの年、アリ・ムフタールが代表を退いた。病気のためということだったのだが、実はそうではなかった。
前年に、長年の悲願だった日本を陣営に引き入れることに成功していたのだ。日本は独自の分化と技術を持っていたのだが、帝国とは明らかに距離を置いていた。しかし同盟とも懇意ではなく、そのためにアリが奔走する必要があった。加えて、同盟も一枚岩ではなく、常に分裂の危険性を秘めていた。日本の参加は大いに刺激になっていた。
だが、アリが外交に奔走する間、同盟の代表争いも無視できなくなっていた。息子アーキムは24歳。この若者に代表を譲るわけにはいかない。同盟は民主主義を謡っており、正式に選挙を行わなければならない。アリは、同盟戦略担当部長になっていたアーキムを呼び出した。
「なんだい、父さん。」
「前から考えていることがあるんだ。できればお前に代表になってもらいたいんだ。実績では申し分ない。だが・・・。」
「ミハイロ・バルバショフ、李志強、ウダヤン・ジテンドラが最有力候補になっているよね。」
「そうだ。やっとのことで日本を入れたが、連中は歓迎するものの権力は渡さない。我の突っ張った奴らだからな。だから、何らかの手を打たんといけない。」
「何か考えでも?」
「ああ・・・こんな時、どうすればいいと思う?まずお前の考えを訊きたい。」
2人は首都アスタナから少し離れた自宅にいた。もちろん一切外部に漏れないような部屋だ。アーキムはコーヒーを一口飲んで口を開いた。
「まあ普通に考えて、経済をでかくする、軍事力を増大する、食料の潤沢を・・・。」
「お前、何を考えている?そんなことじゃないだろ?」
アーキムは部屋の壁を軽く叩いた。するとモニターが現れた。
「まあ、冗談さ。問題はこれだ。」
映し出されたのはユーラシア同盟の勢力地図だ。
「北部、中部、南部で見事に別れている。拮抗している。そこに帝国がちょくちょく探りを入れてきている。それは我々も同様だが。そこで最も有効なのは、敵を作ることだろうな。」
「その通りだ。となれば、火星どもだが、奴らの動向は把握しているんだろうな。」
「今のところ、火星周辺に戦闘機は確認できている。しかしだ、それだけではどうにもならない。帝国に参加させるわけにはいかないだろ?となれば、俺がやるしかない。」
アーキムは画像を変えた。
「ここ、旧チベット地区に不穏な動きがある。これは知っているかな?」
「これは、なんだ?」
「これは少し前から活動をしていた科学者グループでね。害はないので放置しておいた。ちょっと前から、俺はこいつらに刺激を与えていたんだよ。」
「刺激とは?」
「実は彼らは火星に行く予定なんだ。」
「なんだと!」
アリは椅子から立ち上がろうとしたが、アーキムが抑えた。
「まあまあ。もちろんそれは本当だし、奴らはもうすでに地球離脱用巨大シャトルも持っている。資金の出どころは・・・。」
「お前か。」
「正解。俺は中央アジア連合という架空の団体を作ってね。奴らは基本的に科学者が中心で、軍人や政治家は少ししかいない。騙すのは簡単だったよ。おまけになぜか地球と火星の中間地点にはでかい船がある。これは余ったSⅬEを改造したものでね。しかし十分に太陽系を旅することはできる。コールドスリープもある。彼らはそこに移住して火星に行きたいそうだ・・・だがそうはならん。」
「どうする?」
「つまり、そいつらが火星政府になってもらうのさ。それを撃墜できたら?」
アリは立ち上がってアーキムの肩を掴んだ。
「さすがだ。俺は敵を作ることと考えていた。だがその相手をどうするか考えていた。俺は帝国に仕掛けるつもりだったが、それよりも効果的だ。」
「では、行動する。」
アーキムはすぐに行動に移した。彼らにどこかが攻撃してくる可能性があると教え、すぐに逃げるべきだと伝えた。結果、とっくに準備できていた科学者グループはシャトルを発射させ、火星に向けて移動を始めた。
だが、彼らにとって不幸なことが起きた。未熟な発進で、彼らはようやくSⅬEに到達したのだが、彼らが到着したのはミュータントたちのSⅬEだった。ミュータントたちの思念は彼らを完全に拒絶した。そして科学者たちのシャトルは弾き飛ばされていった。
「なに?飛んでいっただと?」
報告を受けたアーキムは焦った。これでは何の解決にもならない。
「父さん、俺は今から火星を攻撃するふりをする。父さんは宣伝相にそう報告しておいてくれ。」
「わかった!」
アーキムはシャトルを使って地球を飛び出し、月に配置していた戦艦に乗り込んだ。だがそのまま動かなかった。アリは宣伝相に命じ、予め行っていた戦闘訓練のシーンを合成して、火星に向かっている場面を世界中に発信させた。
この効果は抜群だった。帝国でも火星政府は敵だと認識していたので、この時には全世界が固唾を飲んで見守っていた。火星付近で激しい戦闘が行われている場面が流れ、科学者たちが乗っていたSⅬEの映像が流され、そして破壊された。
ユーラシア同盟では大勝利と宣伝され、帝国では同盟が恐ろしいという認識にさせることができた。凱旋したアーキムは大歓迎され、同時に連合の代表に選出された。
一方、飛ばされた科学者グループでは大急ぎでコールドスリープの準備にとりかかり、やっと全員が眠りについた頃には太陽系を脱出していた。しかし小惑星などの衝突で全くどこに向かうのかわからなかった。連合のコンピューター『キングハン』は、外縁部の極寒惑星に進路を取っていると判断したが、彼らがコールドスリープから覚醒するのはいつかわからなかった。
その後帝国内でも地球を脱出する計画があり、数隻の宇宙船が出て行った。彼らの中の幾つかは生存可能な惑星を発見したと報告があったが、それきりだった。
火星政府のSⅬEを撃退したと喧伝したアーキムにとっては、これらのことは実に都合よかった。帝国内の独裁がそうさせたという口実ができたからだ。アーキムはその後、徐々に帝国を追い詰めていった。
5
地球歴3034年、ノストラ人たちはカイパーベルトの直前であらゆる観測を行い、入念なシミュレーションを行った。小惑星やデブリの位置と移動を観測し、出立の準備を行いながら、次のオールトの雲までの計算見積もりも行った。そしてその時がやってきた。
アブラハムは各担当者と綿密な会議を行い、そしてカイパーベルトに突入した。カイパーベルトはアステロイドベルトの20倍以上の幅があり、以前のように片端から壊していくような真似はできなかったので、これだけの計算が必要だった。
当然ながらここを抜けるまではまだヒッグスレス装置を使用することはできない。宇宙船エネルギーと、反物質エネルギーでのみでの航行となる。当初の予定通りに、各部署の1/4が航行中の管理を行い、残りはコールドスリープポッドに入った。
バシリウス・カンドル、カルロス・アントニウス、フェリクス・カルス、アリシア・クラッスス、クララ・ファビウス、フランキスカ・フィチーノの各担当者は全員通常生活者として残った。
カイパーベルトの中では観測した通りに、限りなく空虚となるスペースを航行していった。それでも障害物に衝突する危険性はあったので、担当者たちはイブと相談しながら、時には攻撃用スペースドローンで破壊しながら進んでいった。
ある時、バシリウスが伝えてきた。
「みんな、聴いてくれ。どうやら地球ではユーラシアが仕掛けたようだ。」
「仕掛けたって?」
「アブラハム、地球ではユーラシアと帝国の覇権争いがあることは知っているよね。無駄なことだが、両者とも相手と同時に我々を敵視している。それでユーラシアのアーキム・ムフタールという男がいるんだが、地球を脱出しようとした科学者たちの船に攻撃をしかけたようなんだ。だが実際に攻撃はしていないようでね。なんでかわからないけど、彼らはいなくなった。それをいかにも自分たちが我々を追い払ったように宣伝している。この男、かなりできるね。これ以降ユーラシアが勢いづいている。いずれユーラシアが帝国に勝つと思うけど、その後はいよいよ火星を攻撃すると思う。」
火星と天王星を中継して伝えられてきた情報だった。
「そうか・・・いずれは一戦しないといけなくなる、かもしれないな。クララ、そっちはどうだ?」
「とっくにシミュレーションはできているわ。地球はおそらく、旧態然とした空母を中心とした艦隊で火星を攻撃してくる。我々はそれを残してきた非力で大きい船で迎え撃つ。そして・・・。」
クララは肩をすくめた。
「華々しく散るわけね。もし地球と戦うとすれば、あいつらは火星を叩き潰したと思っている。だからいきなり攻撃をしかけたらパニックもいいところよ。どこから攻撃してくるかわからないしね。そのために火星の地下に全ての武器や船を隠してあるわけだし。それはもちろん、我々はノストラパディアから操作できるようにしておかないとね。フェリクス、そっちはどう?」
「こうやってカイパーベルトの中にいてさえ、ある程度は把握できていることが全てだ。各地に通信網を置いているし。それも量子伝達方式だ。解読されえることは絶対にない。」
アブラハムはうなずいて、今度は航行について確認した。
「カルロス、デブリはどうだい。今のところ計算通りだと思うけど。」
「そうだな・・・しかし少しだけ不安材料がある。もうしばらくは問題ないんだが、抜ける直前にでかい重力源があるようなんだ。ひょっとしたらそれが、プラネット・ナインかもしれない。」
「でかい重力源?嫌な話だな。イブからも提言はないんだろ?」
「ああ。これはあくまで私の予想なんだが、プラネット・ナインは存在しない。しかしだ、カイパーベルトの岩石群か氷が合体している可能性は高いと思う。もしそうなら、破壊もしくは回避の方法も考えないとね。」
「できれば回避の方向で行きたいところだがな。ところでアリシア、コールドスリープには問題ないんだろ?」
「PFⅭ液は常に循環できているし、廃棄物のリサイクルもできている。無駄はないわ。天王星でたっぷり資源も詰めたしね。」
PFⅭは過フッ素化炭素のことであり、呼吸できる液体のことだ。
「廃棄二酸化炭素もできている。ただ、ひと月程度ね。だからできれば20日くらいで交代しないと。液の清掃時間も必要。でしょ、フランキスカ。」
「そうね、今のところ問題ない。全てのリサイクルは完璧。エネルギーだけかな。」
「宇宙船エネルギーがここでは大幅にダウンしている。反物質エネルギーだけだが、随時調達はできているよ。天王星でたっぷり確保もできているけど、維持が大変でね。」
反物質の回転エネルギーを利用して電力を確保しているのだが、反物質は正物質とぶつかると大変あことになる。それで超強力電磁力で推進ポッドの中に浮かせている。現在では宇宙船エネルギーで電磁力をキープできているとのことだ。
「よし、では当面の問題は反物質の維持と大きい重力源だけだな。みんな、取り組んでくれ。我々が眠る時にはイブが監視してくれる。頼んだよ。」
20日後、交代する時期が来た。寝ていた全員が覚醒し、ポッドの清掃を全員で行った。その最中のことだ。イブが警鐘サインを送ってきた。
『大きな重力源を確認。全員対処。』
ノストラ人たちは全員部署についた。そして大きな重力源の位置と正体が判明した。アブラハムは眉をひそめた。
「やはり、岩石と氷の塊か・・・それにガスで覆われている。しかし思ったよりでかいな・・・これは何とかして回避するしかない。計算を急げ!」
まだかなり距離はあるので、科学部門全員で計算に取り組んだ。その結果いわゆるガス惑星とは組成が違い、核に相当するのは岩石とメタンなどの氷だと判明。重力は強いのだが、他に影響を受けるものがないために大気は穏やかで厚い。カルロスは科学部署に訊ねた。
「そうか。となればどの程度離れればいい?」
「予定軌道に戻すことを考えると、50億キロ程度でしょう。」
「そこはどうだ?空虚なルートはあるのか?」
「多少砕かないといけませんが、大丈夫そうです。」
「クララ、できるか?」
「全部計算して!それならやれる!」
計算と観測が行われ、クララは無人攻撃機を100機発進させた。破壊して戻らせるためにそれが限界だった。攻撃機を発進させた後、ナヴィスノストラは移動方向を変えた。攻撃機は岩石や氷を払いのけて移動させるという方法を多く使用した。無駄なエネルギーを使いたくないからだ。それでも攻撃機のエネルギーが持たないので、その都度戻さなければならない。
それから20日程度は障害物除去を行いながらの移動なので、スピードはずいぶんゆっくりだった。しかしようやく巨大重力源から影響がないところまで来ることができた。
「よし、コールドスリープの交代に入ろう。みんなお疲れ様。」
ナヴィスノストラはそれからカイパーベルトを抜けることに成功した。そしていよいよオールトの雲に突入することになる。
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3038年、アーキム・ムフタールは30歳になっていた。北米を覗いて世界はほぼ制圧された。しかも大した紛争もなく。決定打は火星政府を打ち破ったアーキムの存在だった。続々とユーラシア連合に鞍替えする国や地域が増えていった。
旧首都をハンガリーのティサ湖岸に移動した連合は、たちまち代表や大使館が立ち始めていた。頻繁に会議が行われ、当然代表はアーキムだった。まだ若いが圧倒的な存在感を放つアーキムは、これまでも多くの陰謀やテロをねじ伏せてきた。アリ・ムフタールが多くその役を担ってきていた。ベテランならではの狡猾さが際立った数年間だった。
ある日、ムフタール親子はティサ湖対岸にある自宅にいた。こうして父子で顔を合わせるのも久しぶりだった。お互い多忙だったので仕方なかったのだが、それゆえに新鮮でもあった。
上質な赤ワインを飲みながらの食事だった。この親子の食事には、給仕も誰もいなかった。ユーラシア同盟の軸となる2人なので、会話の中のフレーズだけでも漏れたら大変なことになってしまう。用意だけさせて、後は完全にシャットアウトになった。まず、ムフタールが口を開いた。
「父さん、かなり痩せたな。メンテはやっているのか?」
アリは確かに数年の間に痩せていたし、体調も良くなかった。
「そうだな。まだまだだが、ある程度は不満の芽はつんでおいた。しかし正直なところ、疲れたよ。」
「もう無理はできないな。少し休んだら?」
「ああ、そうしたいんだが・・・まだまだ出てくる。それで、今日は来てもらったんだ。すまないな、お前も多忙なのに。」
アーキムは冷徹な目で父親をじっと見た。アーキムはユーラシア連合をまとめていく間に、アリとは別の方法を用いていた。それは、密かに作らせておいたマザーコンピューター『ソロス』による各地のコンピューターの制圧及び諜報だった。基本的に他人を信用しないアーキムは目の前のアリが悪性腫瘍に犯されていることはすでに知っていた。だがそれに大した感情は発生しなかった。
「こちらも大したことはない。で、なんだい?」
「お前はすごいと思う。ついこの前だったな・・・南米同盟を落としただろう。あれは驚いたよ。あれは日本のテクを使ったのか?」
「ああ、そうだよ。日本人は役に立つ。だから日本は大して手をつけていない。あれで南米の通信をズタズタにできたからね、後は片端から圧をかけていけばいいだけだ。」
「確かにな。俺は別の方面でやってきたが、もうそろそろ引退だ。」
アリの気弱さに、アーキムは軽くうなずいただけだった。
「それで、確認しておきたいことがある。まず、これからどうしていくつもりだ?」
「そりゃ北米を落とすだけさ。それから世界は共和国になる。」
「共和国に?そうか・・・まずはそうやるのか。」
アリもまた息子の動向は常に調べていた。新しいコンピューターのこと以外は全て把握していたので、性格からしていずれ帝国化するものと思っていた。
「ああ。一応敵は帝国だ。ほとんど衰退しているけど、あそこは頑強だからな。そこを倒してすぐに帝国に何てできやしない。それに、まず民衆が納得しない。手法としては、ナポレオン2世のやり方をやろうと思う。」
「民衆投票でか?」
「そうさ。それに、本当にくだらないやり方もやっているんだよ、俺は。」
アーキムはテーブルに2冊の雑誌を出した。
「これは、ひとつはユーラシア連合の歴史を雑誌化しているもので『我らの歩み』。そしてもうひとつはくだらない大衆雑誌『テラスタイムス』だ。『我らの歩み』は当然知っているだろ?」
「ああ。歯が浮くような内容だが、新しい聖書と思えばいい。しかし片方は知らんな。」
「そりゃそうだろう。こっちは反体制派用の雑誌だが。」
「なんだと?」
「特にあのGBDが対象でね。あいつらが喜ぶような内容を盛り込んでいる。わかりやすく言えば、これの購入先が、紙であろうがダウンロードであろうが、多い地域を監視すれば楽だ。そう思わないかい?」
アーキムはテラスタイムスをアリに差し出した。アリは本を読み、苦笑いした。
「確かにこれは喜ぶな。くだらないやり方、だな。しかもかなり突っ込んでいる。」
「突っ込む相手は、わかりやすく言えば政敵さ。消えて欲しい連中を叩かせている。当然、父さんが潰してくれた奴らの名も上がっている。」
「他には何かやっているのか?」
「やっているかどうか・・・とは言えないが、ミュータントの洗脳には成功したようだ。」
「なに?何をやった?」
「何にもしていないさ。例の嘘っぱち火星政府軍が、ミュータントのSⅬEに弾き飛ばされただろ。その時に、こちらのあらゆる能力者たちを洗脳しておいただけさ。全て地球が正しくて、しかもユーラシアが正しいってね。そしたらミュータントの連中は、中身はすごくシンプルにできているんで、信用したようだ。能力者たちがそう言っている。」
アーキムは偶然の産物を可能な限り活用していた。それもアーキムの才能のひとつだ。
「ひょっとして、最近の帝国離脱が加速しているのは、奴らの思念がそうさせたのか?」
「おそらくね。」
「ミュータントにも、ユーラシアのことを納得させたのか。そうか・・・それは色々使えるな。だが・・・。」
「なんだい?」
「そうなると、こちらの能力者の管理が大変になるな。気をつけておけよ。相手は、人間ではない。」
アリは食事を終えると指輪を外し、アーキムに差し出した。
「ムフタール家は遡ればチンギスハンに辿り着くそうだ。本当かどうかわからんがな。これはもう、お前が持つにふさわしい。この後を頼んだぞ。」
「ああ、任せておいてよ。」
父子の食事会はこれで終わった。そして最後の晩餐になってしまった。この後半年後にアリは他界したのだ。
7
地球歴3040年、ナヴィスノストラはようやくヒッグスレス装置を稼働させた。ジョンソン駆動によりエネルギーは宇宙船エネルギーと、反物質エネルギーの両方から得られる推進力を激しく発動させた。オールトの雲まではかなりな距離があったためだ。
当初はオールトの雲の分布状態が確定できなかったのだが、かなり密度にムラがあることがわかった。大きくは太陽外縁を楕円形に周回しているのだが、それは勢いある氷の塊だ。小さな塊は衝突して消えたり、弾き飛ばされたりしていて、目標とするケンタウリ星系までの密度はかなり薄いと判断された。ノストラ人130万人は全員コールドスリープから解放され、全員が何らかの観測や環境維持に努めていた。
ヒッグスレス装置が稼働している間は、ナヴィスノストラ全ての質量がゼロになる。一旦動き出せば、ほぼ光速を維持できる。まだ障害物がある状態なのでこれ以上は無理なのだが、抜けてボイドに入ればさらに加速可能となる計算だった。
オベロンに発射台を完成させ、発進してからすでに20年近くが経過していた。当初の各担当者たちもそろそろ交代しなければならくなっていた。アブラハムら各担当者たちは頻繁に会議を行い、新しいクルーの発掘を行ってきていた。参考になったのは、アブラハム内に設立された総合大学の成績並びに日常の言動だった。
その結果、各担当者は次のように変更された。
ダヴィッド・マリウス ノストラ共同体オールトの雲脱出担当
ベアトリクス・メッセラ ノストラ共同体対地球担当
クレメンス・エラスムス ノストラ共同体恒星間航行担当
エミリア・コルネリウス ノストラ共同体科学担当
フレデリクス・ルキウス ノストラ共同体人体維持担当
グイド・セルギウス ノストラ共同体兵器担当
ヘレナ・ヨハンナ ノストラ共同体環境担当
この頃は、ラテン名は自由に個人で設定できるようになっていた。家系としての概念がかなり希薄になってきていたためだ。子供は社会が管理し、他界した者の肉体は全て分解されて保存され、コールドスリープの栄養となる。墓も当然存在しない。生前の意識は全てイブが管理していたので、いつでも会うことはできていた。
そのイブだが、新しい担当者が決定されると同時に会議に参加するようになっていた。太陽系脱出の担当者の辞退と合わせて、新担当者の任命を兼ねた会議でイブが話し始めた。
「こんにちは、各担当者の皆さん。マザーコンピューターのイブです。生前はイブ・ヤコブというイスラエル人でした。私は夫ヘンリーが友人たちと協力して作り上げたのです。地球の他のコンピューターと違うのは、自己増殖管理ができていることです。故人の意識データは膨大になりますから、ストックできるようにね。」
イブの周囲にはヘンリーやクリス・サマラスらの顔が浮かんで消えていった。イブは担当者の服に合わせた服になっていた。
「私はこれまで、皆さんには尋ねられた場合のみ何らかのヒントや答えを出してきました。それなのに、なぜ今こうやって皆さんの前に姿を出したのかと言えば、ここに至るまでは地球SⅬE共同体から火星政府に至るまでの間は人間としての力を必要としたからです。あなた方は理性が勝る人として選ばれました。それでも野性的な荒々しさ、洗練されていないがゆえの力がありました。火星移住から太陽系脱出まで、かなりの苦労があったはずです。これまでの各担当者の方々は、本当に大変だったと思います。お疲れ様でしたね。」
会議室は穏やかな海が見える丘の景色になった。
「皆さんはこの映像を見たことはないはずです。当初のクリス・サマラスたちは慎重に計画し、各担当者たちを選び、共通言語をラテン語にして、可能な限り戦闘することなくここまで来ることができました。彼らはかろうじて知っていました。これは、地球で私が好きだった地中海マルタ島の景色です。見たことはないけど、心が穏やかになりませんか?」
各担当者と新担当者は全員軽くうなずいた。知識としては持っていたのだが、確かに味わったことがない感覚が芽生えてきていた。
「今度移住する星がどのようなものかわかりませんが、そこがあなた方の新しい故郷になります。今味わっている感覚をもって、新しい故郷づくりをされてくださいね。そしてそれが、これからのあなた方のテーマになります。」
イブは場面の中で紅茶を飲んだ。
「これまでは明確な目標と明確な障害がありました。今後は新しい移住星の状態がわかるまでは今のテーマに加えて、アンドロイドの完成と社会性の確認、意識移住とコールドスリープの長期化などのことがテーマに加わります。そしてこれからは、私も積極的に皆さんに関わります。特にアンドロイドの完成とコールドスリープに関しては果てしない目標があります。地球ではまだ原始的な感情で動いています。あなた方はアンドロイドに意識を移植し、視覚化や味覚再現などを行わなければなりません。そのために私も参加するのです。皆さんは新しい移住先をノストラパディアを名づけましたね。皆さんはノストラ人だと。その気持ちを持ち続けてください。」
イブは間を置いた。
「そしていつか、地球と戦わなければなりません。なぜなら、地球人がそうしてくるからです。彼らは地球に生まれた存在として、常に生きるための恐怖と背中合わせにならざるを得ないのです。ですが、皆さんは事実上死にません。意識は残るのです。そしてそれは社会に影響を与えない限りには再現されます。そのような存在は、地球人にとっては脅威でしかありません。それが、運命です。」
画面は変わり、イブは多くの書物がある部屋にいた。イブはその中から一冊の本を取り出して開いた。
「これは、紙の媒体。今読んでいる本は、私の家族のアルバムです。夫ヘンリーや娘ハンナの記憶がここにあります。私は時々こうやって、データではなくて本を読む感覚を維持しています。何も恐れることはありません。やりたいようにおやりなさい。」
イブの姿は消えた。アブラハムは少しの沈黙の後、話し始めた。
「バシリウス・カンドル、カルロス・アントニウス、フェリクス・カルス、アリシア・クラッスス、クララ・ファビウスフランキスカ・フィチーノは、この日をもって担当者から外れます。長い間本当にご苦労様でした。あなた方の特権として、リラックスポッドの無期限仕様が認められるそうだ。この長い航海、この船の中では最高じゃないかな。私はそう思うよ。そして新しい担当者たち。今イブが言ったことを守っていってほしい。それでは、我々はこれで任を終える。皆さんは会議する也食事をするなり、自由にやってくれ。」
新しい担当者たちは早速具体的な目標について会議を始めた。旧担当者たちは、それぞれの区域に戻り、余生を楽しむことにした。
そしてイブが置いてある部屋では、ホログラフが作動していた。イブとヘンリーはイスラエルの自宅で紅茶を飲んでいた。そしてイブは顔を上げた。
『ハンナ・・・そこにいるの?』
8
ミュータントたちが住むSⅬE『H2』の生命維持エネルギーは遠の昔に枯れてしまっていて、ギガメタルでさえ中性子拡散で超重量ではなくなっていた。通常ならば生命が存在できるわけがない。だがミュータントたちは、そこにいた。もう700年も過ぎていたのに、彼らの姿はそのままだった。
彼らは過去の地球を生で知る者たちであり、知識はそのままだった。彼らの思念は、解析不可能な遺伝子Ⅿによって変異された肉体を維持できるだけではなく、環境そのものを維持できていた。
遺伝子Ⅿは人間のミトコンドリアを完全に変異させ、ミュータントの思念を生み出すためのエネルギーを作り出していた。つまり、活性酸素のみを発生させていて、この条件では生命はもたない。しかし彼らの思念はⅯFFタンパク質をほぼ無限に作り出すことができ、しかも彼らが100人以上集まって生活することでより増幅されていた。つまり、SⅬE内ではあるのだが、ミュータントたちにとっては地球で生きていた時の環境になっていた。
マルギット・フェケテは今なお祈りを捧げ、プトゥ・ハッタはミュータントたちの長だった。SⅬE内は当初から地球環境に近くしていたが、今では花が咲き、川が流れ、上には空があり、その気になれば牛や馬でさえ草原を歩かせることもできていた。彼らにとっては2310年の記憶のままだ。彼らを封じ込める電磁バリアもなくなっていて、彼らには宇宙線が容赦なく襲いかかっていたのだが、それでも彼らには影響を与えることはなくなっていた。
マルギットが祈りを捧げるために捧げものの果物が入った籠を抱えて祈り場に歩いていた時、マルギットは強い力を感じた。それは懐かしい力でもあり、知らない世界の力でもあった。マルギットは振り返り、その力が何なのかを知ろうとした。
(これはなに?)
異質な力だった。マルギットは眉間に皺を寄せて、それが何か知ろうとした。
(これは、地球では帝国ができているの?ユーラシア連合?)
マルギットにとって、強大な悪の帝国が地球にあり、ライバルが圧倒しているという事実が信じられなかった。
するとそこに、プトゥが馬に乗って駆けてきた。
「マルギット!感じたか?」
「プトゥ、あれはなに?地球に帝国ができていたの?」
プトゥは高齢者ではあったが、元気に馬から降りた。
「どうやら私らがここに来てからすぐに帝国ができていたようだ。そして圧政を行っていたみたいだな。ユーラシア連合が帝国に対抗して、しかも優勢のようなんだ。」
「みんなも感じたの?」
「ああ。君がいなかったから弱くしか感じなかったがね。我々には電磁バリアがあるのに入ってきたということは、どういうことなんだろうね。」
「以前に、アダム・フェルツマンが言っていたわ・・・私たちの思念は双方にとって危険なんだって。だから思念をカットした方がいいんだって。でも、そういう状況じゃないってことなのかしら?」
「あの男か。ヘンリー・ヤコブの仲間だったな。確かにあれは、我々に親しみさえ感じさせる力だった。」
プトゥは馬から折りたたみいすを降ろし、腰を降ろした。
「私の考えを言って構わんかね?」
「いいわよ。」
「感じた力は非常に弱かった。たぶん、彼らが帝国側かどうかはわからないが、危険な状態にあるように思うんだ。私たちはどのみち、この世界にいた方がいい。平和だからね。だが、少しくらいなら力を貸してやってもいいと思うんだ。帝国なんざ・・・とんでもない。あんなものは人類の恥だ。」
マルギットはプトゥにリンゴを差し出した。
「どうぞ・・・私もそう思うわ。だって、ヘンリーもアダムもすごく優しかった。他の人間たちは私たちを阻害したけどね。帝国が圧政をやっているなら、防がないといけないわ。優しい人たちもたくさんいるから。」
「じゃあ、どうしようか?」
「私たちには祈るしかできない。思念が地球の優しい人たちに届けば、力になれるかもね。」
「決まりだな。」
プトゥはリンゴを一口食べてポケットに押し込んだ。そしてまた馬にまたがった。
「集会を開こう。そこで君も一緒に祈ろうじゃないか。」
プトゥは馬を走らせて去っていった。マルギットは草原を見渡して、そして思った。
(人類は愚かな生き物なのかもね。)
9
3048年、ナヴィスノストラの中では全員が固唾を飲んで瞬間を待っていた。観測上、氷の密度が限りなくゼロに近づいていたからだ。これまでも質量ゼロ航行とエネルギー排出航行を組み合わせてきたのだが、これはかなり各部署に負担となる状態だった。しかしここしばらくは、平和な状態が続いていた。
ダヴィッド・マリウスはオールトの雲脱出担当であり、改良を重ねてきたIFPで各担当と繋がった。これはイブとは別のサーバーと同期している端末であり、スケジュールや住人の健康状態、在庫状態などを閲覧できる。不必要な電波ではなく、個々の生体認証のみで接続できる。エネルギーが貴重な状態なので開発されたものだ。人体内で発生する電力のみで稼働するので、非常に便利になっていた。
『みんな、ここしばらくは探知できる程度の氷はほとんどないことは知っていると思う。後はイブの反応を待つだけだ。各々準備しておいてくれ。無事に脱出したら、本格的な質量ゼロ航行に移行する。』
各担当はとっくの昔に準備はできていた。アンドロイドに意識を移植する技術も完成しているし、リラックスポッドもコールドスリープポッドも完全に用意してあった。
ダビッドは環境担当のヘレナ・ヨハンナを個別に呼び出した。
『ヘレナ、問題はないかい?』
『ないわね。ところでダビッド、今度はいつ会えるの?』
2人は付き合っていた。そういうカップルのために、ナヴィスノストラには個室が用意れている。ベッドとホログラフの壁がある部屋なので、カップルはそこで時間を共有できる。基本的には住人はIFPで繋がっているので、個室にいるときにはカットが必要だ。
『質量ゼロの前に会わないといけないな。君も忙しいと思うんだが、オールト脱出したら一斉に準備に入る。しかし多少時間を要する。そうだな、2時間くらいは大丈夫だ。』
『そうよね。ヒッグスレス状態だとちょっとね。じゃあ、その線で。』
船内でのセックスは無意味だという意見も船内にはあった。意識データの扱いや、感覚の制御も研究が進んでいる。だが2人はあえてそうしなかった。なぜなら、アンドロイドボディになっても必要だからだ。その体験だけは原始的なままがいい。
ダビッドは自分の部署にIFPを移動させた。と言っても、住人の大部分は何らかの部署についている。高齢者や子供以外は全員クルーになっている。クルーは数万人単位になっているので、船内のあちこちでIFPなどを用いて様々な問題を解決している。当然船内のあちこちに分散することになる。
『オールトの雲脱出クルー、おそらくもうすぐイブから発表あるはずだ。長期に及ぶ質量ゼロ航行は初めてだ。前にも通達したように、すまないがクルーは全員すぐにはコールドスリープに入ることはできない。リラックスポッドで短時間回復しかできない。各部署と連絡を密にしておいてくれ。』
そしてダビッドはイブに2時間ほど休むと言い、ヘレナとの時間を楽しんだ。一般クルーであればトラブルがない限り自由に行動できるのだが、その立場ではない。後に気がついたのだが、各責任者たちもそれぞれの時間をイブに報告していた。
やがてイブから全員に連絡が来た。
『イブです。皆さんのおかげで4年の歳月をかけてオールトの雲を脱出できました。』
ごく自然に歓声が上がった。
『もうほぼ準備はできているはずです。しかし全員が活動して会えるのはこれが最後。しばらくお好きに過ごしなさい。その間の、この船は私が全て管理します。6時間楽しんで。』
100万人の住人たちは一切の業務から離れ、友人と会ったり恋人との時間を過ごしたりした。ナヴィスノストラは非常にゆっくりと空虚な空間ボイドを走っていた。その間にイブは全てのコールドスリープの調整、リラックスポッドの調整、成分タンク、エネルギー状態などを全て完全に行っていた。クルーたちによってほぼ整備されていたのだが、失敗は生命に関わってくる。
調整を行いながら、イブは小さなファイルを開いていた。それは夫ヘンリーと過ごした家の風景だった。ヘンリーの意識データもここに保存していた。
「おや、イブ。どうしたんだい?」
ヘンリーは老いた姿ではなく、結婚した当時の若々しい姿だった。
「もう料理はできたの?」
「ええ、できたわ。どうぞ。」
マルタ島の家にはイスラエル伝統のフムスとパスタとワインが並べられていた。いずれもヘンリーの好物だ。
「うまいなあ、君の料理は。」
「ありがとう。あなたのお仕事はどうなの?」
「ああ・・・宇宙開発財団は本当に煮ても焼いても食えないよ。でも何とかやるしかない。」
会話しながら、ヘンリーの意識は口にできない事項もあると伝えてきていた。この家ですら間違いなく盗聴録画されているはずだからだ。
「そうなんだ。体には気をつけるのよ。ああそうだ、結婚したら絶対に日本に連れて行って。」
「日本に?」
「うん。実はね、一回見たかったの。」
「何をだい?」
「日本にはすごく大きい仏像があるでしょ。あれに憧れてたの。」
「へえ、そうなんだ。まさかブッディストに傾倒しちゃいないよね。」
「それはないわ。でも、あの文化というか、複雑で哲学的なものにはすごく惹かれるの。」
「そうか。もちろんいいよ。そのくらいの時間は取れる。」
「やった!ありがとう。」
たったこれだけの場面だったが、イブの意識はすっかりリフレッシュした。この時間は何回も繰り返していた。イブ自体が生前の意識で稼働しているために、こういう癒しが必要なのだ。クルーが休憩するように、イブにも意識休憩が必要だ。
日本に行って奈良の大仏を見た記憶などもあるのだが、ナヴィスノストラ全ての最終調整を行ってきていて、ここだけで良かった。そしてイブは自身のクリーニングも同時に行うことができていた。
やがて、クルー全員の準備ができた。当初は各担当者と副官たち、それにクルーの1/3が生活管理し、残りのクルーたちはコールドスリープの前で用意していた。そして各部署ごとに、志望者によるアンドロイドボディに意識データを移行して、ボディに不調があるかどうかのチェックを行いながら管理に従事することになっていた。
時間がやってきて、ダビッドの声が全員に届いた。
「さあ、みんな人類初の恒星間航行を始める。まず、コールドスリープ組は入ってくれ。」
スリープ組は下着だけになってポッドに入り、それぞれ好みの態勢になった。ポッドには常に微振動が発生させられていて、寝ている間にも筋肉が衰えることはない。
「よし、ポッド閉じる。」
ポッドの上部構造がゆっくり閉じ、まずリラックス振動により全員がすくに睡眠状態になった。この状態で心電や血圧測定の端子が装着される。そしてゆっくりと各自の状態に合わせてポッド内の気温が低下していき、やがて全員の脳波がアルファ波になり、血圧も生命維持ギリギリにまで落とされた。
各担当者たちは生活しながら、地球時間で半年ごとに交代する。彼らはリラックスポッドによって完全に疲労を回復できるようになっており、苦痛は何もなかった。ただ、アンドロイドボディにおいては、意識と体が一致しないのでメンテナンスは欠かせなかった。
こうしてノストラ人たちは恒星間航行の準備が整った。
10
3045年、アリ・ムフタールの葬儀は大々的に行われた。親子で火星政府を撃退したというニュースは、ユーラシア同盟所属の各地域にも衝撃を与えていた。次の代表を争っていたものたちが一斉に声を上げなくなっていた。そしてそれは北米しか領土がない帝国にも同様だった。
すでにアーキムの存在はほぼ絶対的なものになってきていて、事実上地球では唯一の存在になっていた。その父親の葬儀ともなれば、さすがに帝国にもオンエアされるほどの豪華さだった。
この日の喪主はもちろんアーキムであり、まずムフタールが所属するイスラム連合だけで行われた。イスラム式に則ってメッカに向かって礼拝が行われ、聖職者がコーランを読み上げた。そして24時間以内に故郷トルコに埋葬された。
そして世界に対しての合同葬儀が行われた。派手なスクリーンが用意されて、世界中にオンエアされた。これはたぶんに政治的なものであり、同盟各国代表のコメントが述べられた。それからアーキムが登場し、父親の偉業を述べた。
「父アリは天に召されました。アリは歴史上類を見ない政治家であり、外交の達人でした。テラ帝国の内紛によって世界中が混乱の渦に巻き込まれそうになった時、父は再び国家が形成されて世界戦争が起きるのを憂いて次々に各地域に赴き、ひとつの同盟を作ろうと提案していきました。これは共和制であり、代表は仮のものにすぎないと。その結果現在のユーラシア同盟が結成され、次々に参加地域が増えていきました。それだけ帝国の非道な圧政があったという証拠です。現在では、北米を覗く大半が同盟に加入しています。エネルギーや食糧問題は実にスムーズに解決され、人々は平和を享受しています。」
アーキムは一息ついて続けた。
「しかし、同盟にも帝国にも共通の敵が存在します。それが火星政府です。彼らはすでに地球に攻撃を試み、撃退されました。しかし彼らは諦めないでしょう。なぜなら、彼らは地球から逃げていったにも関わらず、火星の環境に適応することもなく、今度は我々を支配しようとしています。これが許せるでしょうか。」
アーキムはアリの大きな肖像を見上げた。
「父は常に憂いていました。地球を奴らから守らなければならないと。私は父の意志を受け継ぐ覚悟です。そしていずれ、帝国も同盟の一員になることでしょう。その時こそ、我々が奴らに対して攻勢をかけるべき時です。皆さん、その時のためにも、力一杯平和を味わいましょう。平和こそエネルギーなのです!」
万雷の拍手が鳴り響き、葬儀は終わった。アーキムは面倒なことは側近に任せ、自分はキングハンの部屋に来た。そして会話モードにした。
「ハン、俺の演説はどうだった?」
『さすがです。これで帝国内でも自然と同盟に加担してゆく人々が増えていくでしょう。おそらく半年以内に地球は統一されます。』
「そうか?それは嬉しい。それでだ、まず火星を潰すことから始めるべきと思うが?」
『もちろんです。帝国が崩壊して同盟入りしたら、まず旧帝国が中心となって仕掛けていくのが自然な流れでしょうね。彼らは手柄を立てたいと思うでしょう。しかし、彼らよりも同盟軍が遥かに規模が大きく、決定打は同盟が行います。その指揮官があなたです。』
「よし、今後の動きを常に見ていろ。何かあったら俺に伝えるんだ。」
キングハンはムフタール家の専用だった。アリの父が数名の学者たちに命じて作らせたもので、アリが引き継いだ。アリの実績はほとんどがこのコンピューターの指示によるものだ。学者たちはムフタール家の諜報活動の一環に含められ、科学者たちは一切外界から隔離されている。
キングハンの部屋から執務室に戻ったアーキムの元に、早速嬉しい知らせが届いた。北米に侵入させていた諜報部員から、民衆デモが成功して皇帝は防戦一方らしいとのことだった。
また、同盟の能力者たちからも、ミュータントたちの思念が帝国に向けられているようだとの報告もあった。帝国が崩壊し、同盟加入は目前らしかった。
アーキムは深く息を吐いて、窓からイスタンブールの町並を眺めた。
(うまくいきそうだな。)
アーキム自身も優れた政治家なのだが、キングハンの的確なアドバイスがなければここまではできていなかった。アーキムは電子タバコのスイッチを入れて、香りを楽しんだ。そして思った。
(新しい帝国誕生も間近だな。)
11
ナヴィスノストラのヒッグスレス装置はボイドでは予想以上の結果を出していた。宇宙線が数倍にも跳ね上がるためにエネルギーが増し、その結果進行方向にある物質は船のヒッグスレス場に触れた瞬間に質量ゼロになっていた。そしてナヴィスノストラの進行後に有質量となっていく。推進力は初期のみで済み、時々停船してメンテナンスを行うのだ。
ケンタウリ方向に向けて突進していくのだが、空間に穴をあけている状態なので、推進力は初期のみ。それでもほぼ光速を維持していた。そして半年が経過した後、空間が完全に空虚であることを確認して船は一旦停止した。
この瞬間が最も緊張する瞬間だった。有質量から無質量に移行し、さらに有質量になるのだ。起きていて管理を行っていたクルーはもちろん、コールドスリープのポッド機能が正常に機能するかどうかはわからない。初期の管理クルーたちは緊張していた。そしてダヴィッドはクルーに連絡した。
「これより有質量に移行する。全員、待機。」
ダヴィッドはイブの連絡を確認したが、特に何もなかった。ということは、イブの計算では問題ないということなのだろう。旅の前に散々計算はしているはずなのだが、やはり不安は残る。そしてダヴィッドはナヴィスノストラを有質量に移行させた。
「う・・・?」
これまでとは違う感覚がクルーに感じられた。そして衝撃が船体を襲った。
「うわあ!」
「キャー!」
あちこちで叫び声が響いていた。ダヴィッドはすぐにイブに確認した。
「イブ!どうなっている!」
『外壁に一部損傷はありますが、大したことではありません。ヒッグスレス装置で無慣性になっていた障害物が有質量になったので電磁バリヤーに衝突したのです。ですが一部は損傷しています。メンテナンスの間に修理すべきでしょう。体感としては、肉体組織が有質量に慣れていないのです。メンテナンスの間に回復するでしょう。』
「わかった。すぐに知らせる。」
ダヴィッドはすぐにIFPを通じてイブの説明をクルーに伝えた。そして追加した。
「コールドスリープはフレデリクス・ルキウスと管理クルー、そしてアンドロイドがチェックしてくれ。そしてクレメンス・エラスムスと恒星間航行担当クルーは、すぐに船体修理を行ってくれ。ヘレナ・ヨハンナと環境担当クルーは、あらゆるデータを収集!その他のクルーも、手薄の部署で手を貸してくれ!」
ノストラ人たちはただちにデータ収集と修理、コールドスリープクルーのチェックを行った。クルーが忙しく動いている中、ベアトリクス・メッセラがダヴィッドにIFPで話しかけてきた。
『ダヴィッド、試しにやっておいたことが、まさかの状態になっている!』
『どうしたんだ?君は地球担当だろ?』
『そう。その情報収集のために、火星とオベロンに同タイプの量子コンピューターを設置しておいたんだけど、リアルタイムで地球の情報が入ってきている!』
『なんだって?この距離だと何年も必要じゃないのか?』
『そのはずなんだけど、たぶん量子もつれ現象が起きたと考えられるの。同タイプの小さなコンピューターが、全く同じ同期を始めている。信じられないけど、障害物が少ないこのボイドだからうまくいったのかも。』
多忙なダヴィッドだったが、ベアトリクスの説明には驚いた。
『それじゃあ、地球はどうなっているんだ?』
『今分析している。少し待って。』
『わかった。急ぐ必要はない。イブにも相談しておいてくれ。』
ダヴィッドの元には次々に報告が入ってきていた。まず、コールドスリープクルーのバイタルなどをチェックしていたフレデリクスからは、思いがけない報告があった。
『驚いたんだが、クルーには何も影響がなかった。極限まで体温を下げているので、無質量下での影響はなかったとしか思えない。しかし問題はアンドロイドだ。意識データが完全に破壊されている。』
『なんだと・・・それは改良できるのか?』
『おそらくだが、意識データを機械が処理できなかったんだと思う。意識と肉体がシンクロしているわけだが、この場合にはいくら意識データとはいえ、シンクロしなかったんだろう。機械側のスペックを上げるしかない。できるだけやっておくよ。』
『本人の意識はどうだ?』
『途中のデータはわからないが、本人はスリープ前のところで止まっている。』
やがてクレメンスたち修理クルーの報告があった。
『思ったより破損は少ない。大した修理はしなくて済みそうだ。しかし電磁バリヤーを強化しておく必要はあるな。それから、ヒッグスレスの間に溜まった障害物を、どうやって取り除くのかを考えないといけない。それができれば問題はない。』
『わかった。エミリアに伝えておく。』
エミリア・コルネリウスと科学担当クルーたちはただちにこの問題に取り組んだ。イブとの相談の上で考え出されたのが、ヒッグスレス装置を止める直前で範囲を広げる方法だった。航行中には船体をカバーするように展開しているのだが、止める直前の5秒前にエリアを拡大しておけば、電磁バリヤーで船体を距離ができるはずというものだった。つまり無質量で船体近くにある障害物を少しだけ離れさせるというやり方だ。これによって、障害物は後方の取り残されることになるだろうと予想された。
そしてベアトリクスから分析結果が報告された。それによると、地球ではユーラシア同盟がついに帝国を屈服させ、地球規模で統一されたというニュースだった。
『そうなんだ。ついに帝国が崩壊したか。』
『現在では地球共和国という仮称になっている。代表はアーキム・ムフタールというトルコ人なんだけど、どうも危ういわね。』
『どう危ういんだ?』
『まず、いまだに火星政府があって地球攻撃を狙っていると思っている。そしてなぜかわからないけど、彼らは一旦我々に勝っているみたい。』
『それは、アーキム・ムフタールの演出じゃないのか?』
『よくわからない。ひょっとしたら何かのアクシデントを火星政府によるものとした可能性はあるわね。それからもうひとつ。統一したのはいいけど、今度は各地で独立運動が盛り上がってきている。長い間帝国や同盟で抑圧されていたのが、爆発しているようね。これをアーキムがどう扱うのかは、興味あるところね。どうしても統一するなら、また帝国ができるかもしれない。』
『そうか。帝国再びかもね。しかしこれはまだクルーには伝えないでおこう。航行に全力に取り組まないといけないだろう?』
『そうね。情報はイブに任せておけばいいし。』
やがて全てのチェックが完了し、修正すべき点も改良された。クルーたちはコールドスリープを交代し、ダヴィッドたち初期担当者たちもコールドスリープポッドに入った。そしてナヴィスノストラは再びケンタウリ星系に向かって突進していった。
12
地球歴3050年、ついにテラ帝国ラストエンペラーであるジョージ・ウィリアムは退位し、後継者をなんとアーキム・ムフタールに指名した。この譲位により、帝国は終焉を迎えた。そしてアーキムは皇帝を名乗ることなく、帝国領土を治めるという選択を行った。実にスムーズな譲位であるため、ごく自然にアーキムが地球のトップとなった。
そしてアーキムは地球共和国と名称を変えた。その理由は、まだ完全に人類統一がなされていないからというものだった。つまり、火星政府を屈服させなければならないのだ。それでなくても旧ロシア、旧中国、旧帝国はそれぞれが覇者となるべく暗躍を繰り返していた。譲位は出来レースだとプロパガンダを展開していった。事実その通りだった。
代表となるアーキムは首都をイスタンブールに定め、アララット山の麓に仮代表邸を建設した。そして副官に甥のサドル・ムフタールを指名した。サドルもまた野心溢れる若者ではあったが、いかんせんキャリアがなかった。この人選はアーキムがキングハンに無断で決めたことだった。
「サドル、お前ならこれからどうする?」
「叔父さん・・・まだよくわからない。やっと統一したのに、各地でまた国が起ころうとしている。これだとテラ帝国と変わらないんじゃないかな。」
「その通りだ。過去において、国際連盟、国際連合、地球同盟が失敗してきたのは、その国を大事にしすぎたためだ。帝国ですらそうだ。だから俺は、国を一切認めない。民族自立は構わんが、国家となると非常に厄介だ。そして、俺がこうしてトップにいられるのは、共通の敵を一旦撃退したからだ。これは、まだ使える。」
アーキムは仮代表邸内に設置されたテラスに出た。仮代表邸は高台にあってアララット山が一望でき、非常に景観が良かった。アーキムはテラスで両手を広げて上空を見て、目を閉じた。
「これは人類の大いなる進化だ。今こそ人類がひとつになり、永遠の平和を手に入れるのだ。」
そしてアーキムは手を下し、鋭い視線でサドルを見た。
「いいか、サドル。これはお前にしか伝えないことだ。よく聴け。」
「・・・はい。」
「俺は多くの女がいた。だが子供はできなかった。散々調べた結果、俺には生殖能力がないと判明した。だからお前しかおらんのだ、後継者は。」
そのことはサドルも知っていたが、態度には出さなかった。すでに独裁色が強くなっていたアーキムには、身内と言えど容赦しないと思われたからだ。
「そして、ここからが本題だ。俺たちにはキングハンがいる。そのおかげでここまでやってこれた。だが最近、正体不明のアクセスが発生している。」
「それは?」
「まだよくわからんが、各地でハイスペックの量子コンピューターを作っている可能性は高い。そうなると猶予はあまりない。それにな・・・。」
アーキムは自分の頭を指でつついた。
「時々ここに、何かの声がするんだ。」
「え?病気では?」
「いや。診察したが一切の兆候はない。極秘に調査した結果、どうやら俺にはミュータントの血が混じっているらしい。」
「叔父さん!」
サドルは眉をひそめて叫んだ。ミュータントの話題は、暗黙の了解で誰もしない風潮にあったからだ。話題にすればミュータントたちは気づくという噂が広がっていた。それが主に、GBⅮという宗教組織が流布したためだった。
「絶対に言っちゃダメじゃないか!」
「構わん。お前しか知らんのでな。そしてこのことが漏れると言うことは・・・意味は判るな?」
サドルは血の気が引いた。これがアーキムという男なのだ。」
「・・・よく判りました。それで?」
「よし。その声は、こう言っている。地球人が悪いのか、火星政府が悪いのかとな。つまり、奴らは迷っているんだ。このことから、お前ならどういう結論づける?」
サドルも野心ある若者だ。すぐに答えは出た。
「火星を徹底的に叩く。そして地球が正しいとミュータントにも、世界にも認めさせる。」
「そうだ!それしかない!」
アーキムはアララット山に向かって右手を突き出した。
「だから、お前は噂を流せ。火星政府の会話を傍受したとな。誰にも疑われないように工夫しろ。その上で、俺は同盟軍を組織して火星を攻撃する。それが、俺がやるべきことだ!」
すでに前回の抗争で地球には多くの戦艦や空母が軌道を周回していた。アーキムはさらに増産を指示していたので、地球宇宙軍の総艦隊数は主力攻撃艦と火星上陸攻撃艇を揃えていた。
やがて火星政府が地球攻撃を準備しているという噂が流れ、地球共和国として正式にデータを公表した。練りに練られたデータ映像や会話データが総会で報告され、地球内で抗争などとんでもないとなった。各地のメディアでは火星政府の科学力を徹底的に分析したという評論家が証拠を出し、大衆紙『テラスタイムス』などは連日特集を組んだ。同時にアーキムへの期待は急速に高まっていった。
そしてアーキムはついに、総会で演説した。
「火星政府は、我々に追放されたと思い込んでいる。そのために彼らは科学力や軍事力を高めてきた。前回の紛争はまだ未熟な同士だったが、今や同格である。お互いに殲滅しなければ生存はできないだろう。だから、私はここで申し上げたい!今こそ地球宇宙連合艦隊を作るべきだと。そしてすでにその戦力は整っている!間髪入れずに火星を攻撃しなければならない!いかがか!」
前回に勝利しているアーキムの言葉は絶対だった。反対意見など皆無であり、各地の戦艦が招集され、月に集結した。そして艦隊は一斉に火星に向けて発進した。
13
地球共和国は火星戦争において、ノストラ人たちによって設置されていた無人戦闘機や無人戦艦によって苦戦させられていた。人類のパターンを全て組み込んだ対地球用コンピューター『サマラス』は非常に効果的に地球宇宙連合艦隊を撃破していた。
「どうなっとるんだ!」
「負けてはおりませんが・・・。」
「もういい!さがれ!」
アーキムは戦闘においては常勝を義務付けられていた。地球宇宙連合艦隊最高司令でもあるアーキムは、しばしば激高していた。そして懐疑的になり、誰も傍に置かなかった。相談相手はキングハンだけで済んだ。
「キングハン、どうすればいいんだ。」
キングハンはしばらく回答を控え、そして答えた。
『アーキム、火星政府の攻撃は防衛のみのようですね。』
「ということは、我々が押しているのか?」
『いいえ、そうではありません。火星政府軍は攻撃の先手を常に打っています。攻撃するだけ無駄だということです。』
「なんだと・・・じゃあ、勝利はないのか!」
アーキムはキングハンの前で腰を落とした。こんなことは許されてはならないのだ。政敵を暗殺し、蹴落とし、架空の勝利でここまで上り詰めたことを無駄にしてはならない。
『いえ、そうではありません。これはおそらく、システムです。』
「・・・システムだと?」
『はい。火星政府には私のようなメカ頭脳があるようですね。彼らはコンピューターに人類の攻撃パターンを全てインプットしていると考えた方が良いでしょう。同タイプではなさそうですが、おそらくそれくらいの性能はあるでしょう。もし彼らが本気で攻撃しようとするなら、何度もチャンスはありました。つまり、専守防衛のシステムです。』
アーキムの顔色が少し良くなってきた。
「キングハン、ではどうすればよいのだ。」
『ありえない攻撃しかないでしょう。普通の考えではない戦い方です。』
「それはつまり?」
『攻めながら、相手のシステム自体を攻撃するのです。可能性として、相手のコンピューターは自分を守るという思考は与えられていないでしょう。戦艦で攻撃してくることのみに対処していると推定されます。』
「では、向こうのコンピューターの位置さえわかればいいのだな?」
『はい。』
「どうやってそれを見つけるんだ!」
『火星政府のコンピューターに指示を出させないのです。つまり、無人探査機を火星に送ります。すると防衛システムが動きますが、一切攻撃を行わない。探査機ですから火器も持たない。そしてそこからシステムに侵入し、位置を確認します。その位置がわかれば、そこ以外に攻撃をしかけると隙ができます。その隙を攻撃するしか方法はないでしょう。』
「そうか!では無人探査機と攻撃艦隊の配置をすぐに計算しろ!」
キングハンは無人探査機の候補と、宇宙連合艦隊の位置を計算した。アーキムはすぐに指示を出し、小型艇の火器を外して無人で操作できるようにした。そして艦隊の攻撃位置を従来とは違った方向に展開した。
やがて無人艇は月基地から発射された。火星との距離を十分にとり、ゆっくりと進んでいった。そして月基地から艦隊が発進し、火星の裏側に攻撃をする態勢をとった。
無人艇は常に宇宙連合艦隊司令部にデータを送り、静かに火星に接近していった。火器を有していないので緊張感が司令部に走った。だが、キングハンの予想通りに一切の攻撃はなかった。
そして探査機は火星に着陸した。無人機は火星にある指示電波を確認すべく探査を行った。すると、ネットを形成するポイントの配置が判明した。探査機はさらに調査を進め、最も電波指示を出しやすい箇所を探し当てた。それは太陽光を十分に確保できる山の上に設置してあった。
「よし!艦隊攻撃せよ!」
司令官の命令で宇宙連合艦隊は攻撃を開始した。だがそれはあくまで陽動であり、別に電磁バリヤーもない小型戦闘機が接近し、システムが攻撃をしかける前にミサイルを発射して引き返した。システムはミサイルを認識したが、艦隊の攻撃を防御する選択をした。そしてミサイルはピンポイントでコンピューターがある山に命中した。すると、それまで的確に防衛していた火星政府の艦隊がぴたりと動きを止めた。
「やったぞ!」
アーキムは狂喜し、すぐに火星政府の艦隊に乗り込むように指示を出した。連合艦隊から小型艇が発進し、手近な艦隊に乗船した。案の定無人艦隊だった。
「よし・・・火星政府は火星に残っている!全艦攻撃せよ!」
司令官の命令で、連合艦隊と奪取した火星政府艦隊は一斉に火星に向かって攻撃を開始した。まず激しいミサイル攻撃が行われ、その後に上陸艇によって徹底的に火星政府の施設などを破壊していった。ある程度澄んだところで、アーキムは命令した。
「よし、もういい。戻せ。」
艦隊は一部を火星に残し、他はまた月基地に戻った。そしてアーキムは全世界に向かって勝利宣言を行った。
「我々の敵、人類の敵である火星政府は完全に殲滅された。我々は勝利したのだ!」
14
地球歴3054年、ノストラ人たちはついにケンタウリ星系アルファに到達した。恒星間航行を始めて6年目だった。ケンタウリ星系にはオールトのような氷の層はなく、小惑星も比較的少なかったので、太陽系脱出よりもはるかに楽だった。
ダヴィッド・マリウスたち各担当者たちは久しぶりに全員で顔を合わせた。リモートではなく、実際に部屋で会ったのだ。そしてその必要があった。コールドスリープは必ずしも万全ではなかったからだ。現に数名の者たちが故障や不意のトラブルで亡くなっていた。
「みんな、本当に無事で良かった!そして我々はついに、ケンタウリに到着した。」
冷静なノストラ人たちも、この時には歓声を上げた。彼らはこの船で誕生した生粋のノストラ人なので、ケンタウリ星系に到達することのみで生きてきていた。そしてようやく、惑星探査ができるのだ。さすがに興奮していた。
「これからは、我々が居住可能な惑星を探さなければならない。節制してはいるものの、資源がかなり減っている。その確保もある。すぐですまないが、各担当ごとにしっかり探査を行ってくれ。」
兵器担当のグイド・セルギウスは上陸のためのあらゆる手段を講じ始めた。エミリア・コルネリウスとヘレナ・ヨハンナは共同で、船内の資源状況を整理した。他の部署も同様に、各自で探査していった。その結果、この星系には岩石惑星が2つあり、ガス惑星が5つあることがわかった。
恒星プロキシマは赤色矮星だった。太陽の半分以下の大きさであり、それで岩石惑星が少ないようだ。太陽温度の80%であり、第2惑星が適当と考えられた。目視でわかるような水があった。伴星はなく、潮汐やマントル爆発などもあまりないと判断された。第2惑星は地球の80%の大きさであり、重力も火星よりはあるようだ。
ノストラ人たちは探査艇を送り、大気成分や土壌、水などを詳しく調査した。結果として、大気には酸素含有量は少ないのだが、大量の鱗のような植物があり、それが酸素を生み出してはいた。
「よし、それならオキシゲニウムを使おう。」
ナヴィスノストラ内にある研究温室では、酸素を大量に排出する植物を開発していた。火星で暮らすうちに突然変異でできた蔦系の植物で、これがあるおかげで火星でも施設に十分な酸素を供給できていた。探査機で第2惑星にこのオキシゲニウムを鱗の中に投下した。オキシゲニウムは周囲の成分を強く吸収するので、たちまち鱗の群れはオキシゲニウムが群生することとなった。
酸素が供給できて、大気には急速に酸素が増えていった。そこでノストラ人たちは科学班を降下させ、液体窒素をまいた。さらに地上にある亜硝酸アンモニウムを熱分解して窒素の大量生産ができるようにした。
ある程度の大気が確保できたので、今度は環境版が降下して火星でも使用していたテント仕様の生活施設を建設して、大気を中に充満させた。この作業を繰り返し行い、ようやく10万人収容できる簡易都市を最も大きな大陸に建設することができた。そこで、第一陣の派遣が決定され、希望者を募った。
降下時においてはまだ大気が少なかったので、火星と同様に無事着陸した。そして最初のノストラ人たちは施設に入った。
「これは、どうしたことだ?」
そこには鱗とオキシゲニウムがあるはずだった。しかしオキシゲニウムは全くなく、葦のような植物が大量に発生していた。そしてさらに驚いたことに、ここには小さな湖もできていた。考えられるのは、オキシゲニウムが役割を終え、鱗の何かが急速に変化していったということだった。第一陣は早速報告した。アブラハムたちは素早く協議した。そしてイブの考えも参考にした。
「君たちの考えは正しいようだ。すみやかにオキシゲニウムを下すので、それを他の地域に植えてくれ。そしてオキシゲニウム培養所を確保して、栽培をするんだ。オキシゲニウムと同時に第2陣を下す。彼らと共に新しいテントを確保だ。この繰り返しを行う。第二陣には君たちの食料などの生活用品も含んでいる。頼むぞ。」
アブラハムたちは冷静にすみやかにテラフォーミングを進めていった。その結果、1カ月もかからないうちに、50万人が第2惑星に降下して、たちまち都市の様相を呈していった。計画的に湖ができるように設計していたので、湖は大きくなっていった。これは淡水なので、飲料水には全く困らなくなった。ナヴィスノストラで行っていたあらゆる成分の再利用システムも採用したので、大気以外には環境に影響を与えることはなかった。
アブラハムたちは最後までナヴィスノストラに残り、イブと話し合った。
「イブ、まず君はここに残る方がいい。端末を用意するから、随時相談する。」
『それでいいですよ。ここには十分すぎるエネルギーがありますからね。』
「そして、行政システムなんだが、我々で話し合ったんだ。ノストラ人はまだ十分に混血が進んでいない。だから大統領制がいいと思う。その大統領はイブ、君が選定してくれないか。ヘンリー・ヤコブの遺伝子がある子供を養成した方がいい。それまでは現行で行く方がいい。慣れているからね。」
『あなたたちの判断は非常に良いと思います。急激な変化は人の思考を混乱させやすい。まずは生活圏の確保を都市の設計、惑星の探査を行いなさい。その目的があればそれだけで十分です。そのうちに仕事も分化していくでしょう。そうなると強い権力が必要になってきます。それまでにヘンリーの遺伝子を新しい子供に注入しましょう。』
アブラハムたちはアンドロイドとイブにナヴィスノストラの管理を任せ、最後に降りたった。そして宣言した。
「我々はようやく、ここに新天地を得ることができた。イブと話し合い、ヘンリー・ヤコブの遺伝子を持つ子供を養成し、初代大統領とする。それまでは今までと全く変わらない。子供が成長する過程で、どうしても権力が必要になってくるだろう。そうしたら、その子供を大統領にしたい。どう思うかね?」
戸惑いもあったが、概ね賛同意見ばかりだった。アブラハムは続けた。
「良かった。我々はすでにナヴィスノストラの中で社会を形成していた。しかしそれはあくまで宇宙船の中だ、火星以来何年も大地を踏みしめていない。そこでどんな変化があるのかわからない。それで、このような未来プランを用意した。それで、これまでは第2惑星と呼んでいたこの星を、以前に決めていたように正式名称としてノストラパディアとする。我らの星だ。」
歓声がIFPを通じて全員に伝わった。理性が強いノストラ人たちにしても興奮していた。そして、彼らの中ではイブが神的な存在であり、ヘンリー・ヤコブは預言者的存在になっていた。反対意見が起きるはずもなかった。未来プランが与えられたことで、ノストラ人たちはそれぞれの部署でノストラパディアを開拓していった。
最後に降下する前に、ベアトリクスが全員に伝えてきた。
「みんな、ちょっといい?太陽系の情報が入ってきた。どうやら火星で戦争が起きたようね。計画通りにわざと負けたんだけど、地球の攻撃司令がアーキム・ムフタールなの。この男は共和制で地球を統一したんだけど、もう第2帝国を起こしている。火星はそのための犠牲になったってことね。」
「そうなのか?結局はそうなるのか。それで?」
「少し前まで大混乱だったようね。武力では到底追いつけないレベルで。それで、火星の地下に用意していた兵器はいつでも動かせる。そのタイミングはいつがいい?」
全員の意見が出てきて、これもほぼ予想通りだった。
「もちろん、我々の態勢ができるまでだ。帝国化した以上、どこかに敵をつくらなければならなくなる。地球人はそのことがわかっていないね。そこで我々は仮の敵になる。そうでなければ、地球は崩壊してしまう。我々はいつでも地球と共存していきたいからね。」
彼らが降下していき、ナヴィスノストラはノストラパディアのSⅬE的存在になって軌道を動いていた。そしてイブはまた、あの存在に気がついていた。
『ハンナ?ハンナなの?』
このシリーズのラスト「乾杯~遥かなる君へ」に至る宇宙叙事詩の真ん中に当たります。
最も悩んだのは重力でした。
重力と超高速を得るためにはどうしたらいいのかを考え、自分なりの答えを出しています。
太陽系と一言で表現しますが、海王星の外部にはまだまだ障害があります。
そこを越えてケンタウリ星系にどうやって到達するのか、地球に残った人類はどうするのかがテーマです。




