オクトパス・ドーター
町外れにいつの間にかテントが立っていた。
「レディース・アンド・ジェントルメン!」
寒い冬の風が吹きすさぶ中、ポスターを見た人たちが、とても広いテントの中にやって来る。
サーカスを見るためだ。
「本日はお寒い中、当『ファミリー・サーカス団』の公演へお集まりいただき、誠にありがとうございます!」
片目に眼帯をした太めの団長が挨拶する。
「どうかごゆっくり、楽しんで行ってください! わたくし、当サーカス団の団長を務めさせていただいております、ゴブリン伊藤と申します」
広いテントの中は不思議に暖かく、観客たちの中には防寒着を脱ぐひともいた。
「我がサーカス団は不思議がいっぱい! 昨今、動画の中ではなんでもできるようになっているようですが、生の不思議はここでしか見られない! さぁ、それでは早速ショーの始まりです! まずは軟体動物少女、オクトパス・ドーターの登場です!」
いきなりあたしの出番がやって来た。
キラキラの洋服を着て、キラキラのお化粧をしたあたしは、舞台袖から飛び出すと、練習した通り、ぺこりとお辞儀をしてみせる。
そのまま頭を両足のあいだに潜らせて、ぺちゃりと床に全身をくっつけると、背中から顔を出して、みんなに手を振った。
「すごい!」
「かわいい!」
「やわらかい!」
お客さんたちから拍手と笑顔が飛んでくる。
くねくねと身体のあっちこっちを曲げて、もつれた格好になってみせると、会場に大笑いが巻き起こった。
ここであたしは一旦、退場。
身体中もつれさせたまま、困った顔を作って手を振りながら、愛嬌を振りまきながら舞台袖へ引っ込む。
パパと交替だ。
胸毛の立派なゴーリキパパは舞台中央に登場すると、その剛腕でムチを鳴らす。
続いて車輪のついた檻に入れられたライオンのジロが、ピエロのヒソカさんに引っ張られて登場だ。
ジロは檻から出してもいい子なんだけど、お客さんたちを怖がらせないよう、パパのほうから檻に入る。
お客さんたちから不安そうな空気が伝わってくる。
みんなパパとジロが仲良しなこと、知らないからだね。
「猛獣使いのゴーリキ!」
団長がパパをみんなに紹介した。
「逃げ場のない檻の中で、ライオンを手懐けてみせます!」
ビシビシとパパがジロにムチを振るう。
ジロの演技がうまい。本気でパパに襲いかかろうとして、でもパパの迫力に負けたフリをして、遂には飼い猫みたいにお腹を見せて寝転がった。
緊張が解けたお客さんたちから、拍手喝采が飛んでくる。
あたしも舞台袖から眺めながら、ふたりの上手な演技に拍手を贈った。
「やぁ、たこ」
演技を終えて、引き上げてきたパパが、あたしの頭を撫でてくれた。
「楽しんでるか?」
「うん! パパたちの演技も楽しいけど、お客さんを見るのが楽しいの!」
「そうだね、たこ」
後ろから空中ブランコのピエールパパが歩いてきて、あたしの頭を撫でた。
「今日はいっぱい楽しもうね」
あたしにはパパもママもたくさんいる。
サーカス団のみんながそうなんだもの!
観客席を見ると親子連れもたくさんいて、あのひとたちは顔がそっくり!
あたしはどのパパにもママにも似てないけど、でも、うちが世界で一番のファミリーになるんだ──
今日だけは!
パパがまるで手足が六本あるような華麗な動きで空中を舞う。
体重がまったくないみたいな軽々とした身のこなしを見せるママを抱きしめると、二人でくるくると、照明に照らしだされながら空を飛ぶ。
ピエロのヒソカさんがおどけてそれを盛り立てる。
お客さんたちが大喜びだ!
やがて再びあたしの出番がやって来た。
あたしはぬるぬるクルクルとゆっくり前転しながら舞台に出て行くと、足のあいだから顔を出して、お茶目な笑顔で手を振る。
「かわいい!」
「あの子、かわいい!」
「アイドルみたい!」
お褒めの言葉に乗せられて、いつもより技も冴えちゃう。
びよ〜んと身体を伸ばして3メートル上のたいやきを糸からはずすと、かわいくベロを出し、食べてみせた。
ヒソカさんが投げて渡してくれたリンゴを、あたしが客席に投げる。
お客さんに投げてもらったそれを、あたしが口に咥えたフォークに見事刺してみせるのだ。
どこに投げようかな、と客席を見回すと──
なんだか寂しそうな女の子がいた。
なんだろう──。一人で来てるのかな? あたしと同い年ぐらいに見えるのに、保護者らしきひとがいない。
なんとなくかわいそうな気がして、その子へ向かってリンゴを投げた。
驚いた顔をしてキャッチしてくれた。なかなか野球が上手そう。
手にしたリンゴをなでなでしながら、ずっとそれを見つめてる。
「こっち! こっち!」
フォークを咥えてて喋れないあたしの代わりに、ヒソカさんが女の子にマイクで言う。
「こっちへ投げるんだよー! さ、ポイっとな!」
ようやくどうすればいいのかわかって、女の子が恥ずかしそうな顔をした。
あたしは身体をくねくねさせて、おどけてみせながら、女の子と視線を合わせる。
どこに投げられても受け止めてあげるから、さぁ、来い!
女の子がぽーんと、高い客席からリンゴを投げた。
コントロールはないようだ。
投げられたリンゴはあたしの遥か前方に落ちようとする。
女の子が自分のミスに泣きそうな顔になるのが見えた。
しゅばっ! と、たこが滑るように、あたしは動いた。
瞬間移動する勢いで落下点に辿り着くと、上を見た。
フォークを咥えてるからかなり面白い顔をしてる自信がある。
落ちて来るリンゴがスローモーションで見えた。
さくっとフォークに突き刺すと、ヒソカさんがマイクパフォーマンスで盛り上げる。
「お見事! さすがオクトパス・ドーター! みんな、拍手を贈ってあげてね! イエ〜イ!」
ピエロに言われる前からみんなが拍手喝采を贈ってくれた。
サーカスが終わっても、あたしたちは笑い声が絶えなかった。
団員ばかりになった控え室のテントの中で、ミートパイやポテトを広げて、打ち上げだ。
パパやママはお酒を飲んで、あたしはレモン水で乾杯。
もう、正体もさらして構わない。
「大成功だったな!」
ゴーリキパパが、変身を解きながら、唸るように笑い声。
「俺たちが人間に笑ってもらえるのはショーの間だけだ。公演が終了するまで楽しもうぜ!」
狼男の正体を現しても、怖がる者も嫌う者も誰もいない。
あたしたちはファミリーなのだ。
ライオンのジロも床にあぐらをかいて、ぶどう酒をがぶ飲みしながら笑ってる。
「しかし今日はたこが光ってたよね」
ピエールパパが千本の手足を動かしてパイを食べながら、あたしを褒めてくれた。
「ほんとうにアイドルになれちゃうんじゃない?」
服を脱いだあたしは、頭から生えた八百本の足をうねうねさせて、頭を搔いた。
モンスターのあたしがアイドルなんて……夢見るだけなら、いいかな?
でも少なくともサーカス公演のあいだだけは、あたしはアイドルになれる。
人間に正体がバレない限りは──
「あ……、あのっ……!」
テントの隙間から突然、誰かが入ってきた。
「お、オクトパス・ドーターちゃん、いますか……っ? あたし……ファンになっちゃって……。友達になりたくって……!」
あの子だった。
リンゴを投げてくれた、一人で来てる女の子だった。
みんなが彼女のほうを、ぐるりと首を回して、見た。
女の子も、気がついた。あたしたちが人間じゃないことに。
あたしのほうを、女の子が見た。
まるでタコ型火星人のような、タコ妖怪の、あたしを見て、顔に恐怖を浮かべた。
怪力パパが、女の子の首を掴むと、ちぎり取った。
撒き散った血を、ママが素早く舐めて回収する。
「……この子、一人で来てたよな?」
ゴーリキパパが哀しい目をして、あたしに聞く。
「うん。家族、いなかった」
あたしも胸に穴が空いたみたいな気持ちになりながら、うなずいた。胸なんてないんだけど……
「すぐにはバレないよ。公演を続けよう」
「すまないな……お客さん」
すぐさま身体を回収して自分のお腹に隠すジロを見ながら、パパが女の子の首に語りかけた。
「俺たちは……正体がバレるわけにはいかないんだ」
過去に何度も失敗した経験から、あたしたちはわかってた。
人間は、「誰にも言わない」って、その場では言ってくれても、そのうち必ずあたしたちのことを言いふらす。
あたしたちが生きていくには、こうするしかないのだ。
「テントの入口の鍵、かけ忘れてたの、誰よ?」
あたしは涙を拭きながら、自分を責めた。
セラニポージ『オクトパスドーター』の歌詞をモチーフにしています。




