うまい話には気をつけろです
潰れたソファに腰掛け、少女は尊大な態度で足を組んでいる。
そんな少女の態度に怒りもせず、手もみをしながらペコペコと頭を下げているのは、この事務所の所長である音無月夜である。
日本が誇る富士山よりも、銀二達が乗っていたベンツよりも、天音が三度転生して稼ぐ収入よりも高いプライドを持つ月夜がここまでするのは、ひとえにテーブルの上に積み上げられた札束のためだった。
音無言霊探偵事務所鉄則の五箇条その一。プライドより金を優先せよ。
月夜は前かがみになると、ハエのように手を摺り合わせながら、精一杯の下卑た笑みを見せた。
「いやはや、数ある探偵事務所の中から当事務所を選んで頂き、この音無、恐悦至極にございます。それにしても、これ程の大金をおしげも無く支払って頂けるとは、お嬢様はさぞかし名のある家の方なんでしょうなぁ」
誰が見ても分かるような作り笑いとゴマすりに、少女は冷めた目で月夜を見つめると大きな溜息をついた。
……全く、こんな軽薄そうな男に、こんな重大な事を任せて本当に大丈夫なのかしら?まぁ、あの人が言うんだから間違いは無いんだろうけど……。
少女はバサリと黒髪を掻き分ける。
「ふん。余計な詮索はしなくていいの。私の素性なんてどうでもいい事よ。とにかく、あなたにやってもらいたい事は、三日後に行われる取引で、私の代理人として現場に行き金を受け取る事。それと、奴らが変な動きをしないように見張り、私達の逃亡の手助けをする事」
取引、金、奴ら、私達、逃亡……。
少女が言った言葉の中にあるキーワードから、月夜は瞬時にこれが法に触れるヤバイ案件である事を悟った。
言霊とは、言魂とも書く。文字通り言葉に込められた魂、想いだ。言霊士は、その想いを読み取る力に優れる。天音以上に言霊士としての力と洞察力に優れた月夜にとって、この程度の推測は造作も無い事であった。よって、このような法に触れるかもしれない危険な香りのする依頼は、即座に断るのが今までの通例だった。だが、今回はどうしても断れない理由があるのだ。それは……。
月夜はテーブルの上に積み上げられた札束をチラリと見る。
音無言霊探偵事務所鉄則の五箇条その二。モラルより金を優先せよ。
月夜はスクッと立ち上がると、深々と頭を下げた。
「お任せ下さい、お嬢様。この音無月夜、命に代えましてもこの計画を成功させます」
「当たり前よ。こっちは大金払っているんだからね。万が一にも失敗なんて許されないんだから」
少女は手に持つ鞄から携帯電話を取り出し、月夜に放り投げた。
「決行は三日後。詳しい場所や時間は、その携帯から連絡するから適当に待機してて」
少女は机の上にある札束のうち三つを鞄に入れなおし、残りの二つを残した。
「これは手付金よ。成功したら残りの分を支払ってあげる。但し、失敗したら……」
少女は目を細め、冷たい眼差しを月夜へ向ける。
思わせぶりな態度の少女に、月夜は営業サービスも込めてあえて聞きなおした。
「……失敗したら?」
少女はニヤリと不敵に笑った。
「あなたは、海の藻屑となるわ」