ヤ○ザの家にお邪魔するです
何故、私はこんな所にいるのですか? 神様、天音は何か悪い事でもしたのですか?
天井を仰ぎながら、天音は深い溜息をつく。
天音は、矢口組の屋敷内にある客間に通されていた。
落ち着かない様子で天音は辺りを見渡す。それもそのはず、彼女が通された部屋は、一面に畳が引かれた六十畳ぐらいある大広間で、どこぞの旅館にある宴会場ぐらいの広さがあったのだ。そんな部屋で一人ポツンと正座しながら待つ天音は気が気では無い。キョロキョロと辺りを見渡すその様は、挙動不審そのものであった。
「おばあちゃん……。天音はどうしたら良いですか?」
天音がそう呟くと、彼女の携帯にメールが届いた。差出人は『おばあちゃん』。メールには『果報は寝て待て』と書いてあった。
そうよね……、ここまで来たらオロオロしても仕方無いよね。分かったです、おばあちゃん! 私、寝ながら待つことにするです!
そう言って天音がゴロリと横になった瞬間、ガラリと障子が開かれた。
「てめぇ! 何、思いっきり横になってくつろいでんだよ! ここが矢口組と知っての狼藉なら、どんだけ大胆不敵な奴なんだ、てめえは!」
吠える銀二に、天音は慌てて飛び起きる。
「ったく。こんな所、あいつに見られたら何言われるか分かったもんじゃねぇぞ……」
「あいつとは、誰の事だ?」
「おわっ!」
突然の背後からの声に、銀二が驚きながら振り向くと、そこには一人の男が立っていた。
スラリとした背丈に黒いスーツが似合う美丈夫。矢口組幹部、氷室冷二である。
「て、てめぇには関係ねぇよ!」
銀二は、バツが悪そうに氷室から離れる。
「その娘は誰だ?」
切れ長の目を細めながら、氷室は部屋の中央で正座し固まっている天音を指差した。一瞬、天音の体がビクッと震える。
チッと舌打ちをした銀二は、ボソリと呟いた。
「あいつは、俺が雇った言霊士さ」
「言霊士だと?」
氷室の眉が僅かにピクリと動く。
「お前も知っているだろ? 音無月夜を」
「ああ、あの不良債権の言霊士か。お前が回収にてこずっていると言う……」
「こいつは、あいつの助手さ」
「ほう……」
無関心だった氷室の目に、少しばかりの興味の色が灯る。
「あとで奴もここに来る手はずになっている。お前も知っての通り、あいつの性格はアレだが言霊士としての実力は相当なもんだからな。今回のお嬢様の件を手伝わせるつもりだ」
「銀二。協力してくれるその気持ちはありがたいが、今回の件は俺が組長から直々に任されているんだ。余計な手出しは無用にしてもらおうか」
「ケッ。誰がてめぇの手助けをするなんて言った。お前なんかに任せられないから、俺が独自に動いているだけだ。勘違いするな」
鼻息の荒い銀二とは対照的に、表情を一切崩さないクールな氷室。
一体、この二人の間に何があったのだろうか?
抜き差しならぬ二人の様子に、天音は極力目立たないように縮こまりながらも、耳だけは傾けていた。この状況下で自分が無事に脱出できるかどうかは、全てここで得た情報にかかっている。どんな些細な事でも頭の隅に覚えておけば、いつどこで何が役に立つかも分からない。これは、長年月夜の元で散々にこき使われ地獄を見てきた天音が、無意識の内に身につけたサバイバル戦術の一つであった。
「そうか。ならば、せいぜい俺の邪魔にならないよう気をつける事だ」
「それはこっちのセリフだ。てめぇこそ、後で吠え面かくなよ」
フッと薄い笑みを浮かべ、氷室は部屋から出て行った。
銀二はチッと不機嫌そうに舌打ちをする。
「あ、あの……今の方は?」
「あん?」
恐る恐る尋ねてきた天音に、銀二はギロリと睨み付ける。天音はビクッと身構えた。
「……わりぃ。どうもあいつの事になるとイライラしちまう。脅かして悪かったな」
ボリボリと坊主頭を掻きながら、銀二はバツが悪そうにした。
「あいつの名は氷室冷二。俺と同じ組の幹部で、今回誘拐されたお嬢様を救出する実行部隊の隊長に任命された男だ」