ヤ○ザってやっぱり怖いです
「あの~、私は何処に売り飛ばされてしまうのですか……」
「あん?」
青ざめた表情で尋ねる天音に、銀二は一瞬「?」の表情を浮かべる。が、すぐにまた大声で笑い始めた。天音はきょとんとする。
「安心しろよ、お嬢ちゃん。そんな物騒な真似はしねぇからさ」
「え、でもさっき私を売り飛ばすって……」
「あんなの、冗談に決まっているだろ。ああでも言っておかねぇと、あの野郎は動かねえからな、ちょいと脅しただけさ」
「わ、笑えない冗談はやめて下さい! ……です」
ジト目で見つめる天音に、銀二はさっきまでの怖い雰囲気が嘘のように、人懐っこい笑みを浮かべた。
この人って、見た目ほど悪い人じゃ無いのかも……。
そう天音が思いかけた時、急に銀二の表情が険しくなった。
「だがよ……」
銀二は胸ポケットからタバコを取り出し口に咥えた。すると、天音の左隣に座っていた手下の男がすぐにライターを取り出し火をつけた。銀二は大きくタバコを吸い込むと、フゥと天音に向かって煙を吹きかける。天音はゴホゴホと咳き込んだ。
「な、何をするですか~! げふんげふん」
「悪いがお嬢ちゃん、俺はあんたの事なんてこれっぽっちも当てにしてないんだ。この件はよ、悔しいがあの腐れ言霊士に出てもらわねぇと解決しねぇ話なんだ。あんたは、それまでの大事な人質って訳だ」
にぃと、銀二の口元が邪悪に歪む。
「ひ、人質……」
天音の顔が青ざめる。
「そう怖がるなよ。別にロープでふん縛って監禁するとかじゃねえんだ。ただ、お前さんは暫くの間、俺たちの組に居てもらう事になる。まぁ、月夜の野郎だって事務所の人間がいつまでも帰らないって事になれば、いくらなんでも連絡して来るだろ」
自分の作戦に満足しているのか、銀二は煙を吐き出し不敵に笑っている。
だが、天音はあの月夜が自分を助けるために動く事は決してありえないと確信していた。
……とりあえず、今の自分の置かれた状況だけでも把握しておかなくちゃ。そうよ、自分の身は、自分で守るのよ、天音!
心の中で拳を握り締めた天音は、おずおずと銀二に尋ねる。
「と、ところで、所長にお願いしたかった件って……」
銀二は、フーッと煙を噴出すと、神妙な面持ちで天音を見つめた。
「誘拐された組長のお嬢様を助け出す事さ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
さて、天音が怖い人達に囲まれている頃。
事務所で寝ている月夜の元に、一人の少女が尋ねて来た。
「フン、きったない事務所ね。ちゃんと掃除しているのかしら?」
高そうなレースのハンカチで口を抑えながら、少女は開きっぱなしになっている入り口から事務所内に足を踏み入れる。
「あん? 誰だ、てめぇは?」
寝起きで機嫌の悪い月夜は、訝しげな表情で突然の来訪者を見つめた。
年は十五、十六くらい。黒のレースに白のフリルがたくさんついた、ゴスロリ調のドレスを身に纏ったその少女は、可愛らしい顔立ちをしていた。だが、苦労知らずで培われてきた尊大な態度と、数多の人間を見下してきたその冷たい瞳が、彼女の持つ魅力を台無しにしてしまっている。
少女は、腰まである長い黒髪を掻き分けながら月夜の前までやって来ると、彼が突っ伏している机をいきなり蹴飛ばした。
「私はあなたに依頼をしに来たの。ようは、あなたの客ってワケ。その依頼人に対して何なのその態度? 悔い改めなさい」
「てめ……」
帽子のツバを上げ、月夜はギロリと少女を睨みつける。だが、そんな彼の目の前に、バサバサと何かが投げ捨てられた。それは、札束の山だった。それを見た月夜の目の色が変わった。
「全部で五百万あるわ。これで、私の計画の手助けをしなさい」
「お任せ下さい、お嬢様」
直立した月夜は、紳士のような立ち振る舞いで少女に深々と頭を下げた。