月夜所長は鬼畜だと思うんです
「断るって……、おめぇはそんな事を言える立場じゃねぇだろ! せっかく人が親切に仕事を斡旋してやろうって言っているのによ! じゃあなんだ、てめぇは金を返せるのか?」
「金は無いから払えん。だが、お前らみたいな社会のゴミからは仕事は受けん」
「所長……いくらなんでもそれは横暴過ぎ……ガフッ!」
ボソリと突っ込む天音の顔面に、月夜の容赦無い膝蹴りがクリーンヒットした。
「そのゴミから金を借りて返さねぇお前は何者だ! このゴミ漁り野郎が!」
聞く耳持たない月夜の態度に、男は顔を真っ赤にしながら拳を振り上げる。そんな男の顔を指差しながら、月夜はクククとくぐもった声で笑った。
「お前、その頭で顔を真っ赤にしたら、まるでタコだぞ」
「ぶっ殺す!」
今にも飛び掛りそうな勢いの男を手下達が体を張って必死に抑えた。
「待ってくだせぇ、銀二の兄貴! こいつは言霊士ですぜ? 下手に手を出したらヤバイですって! 悔しいでしょうがここは我慢です、兄貴!」
「ぐううううううう」
月夜を睨みつけながら、銀二はギリギリと悔しそうに歯軋りをする。
そんな銀二の様子に、やれやれといった態度で溜息をついた月夜は、机の下に隠れている天音の首根っこを捕まえた。
「だったら、こいつを連れて行けよ」
「はにゃ?」
月夜は、机の下から天音を引き釣り出すと銀二の前に立たせた。思わず天音と銀二の視線が合う。天音は、額から汗をタラリと流しながら、にへらと笑った。
「なんだぁ? このガキは?」
天音の眼前に、凄みを効かせた銀二の顔が迫る。
「一応これでも、うちの事務所の言霊士だ。こんなんで良ければ、煮るなり焼くなり好きに使ってくれ」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってくださいよ所長~! いきなり突然何をそんなご無体な事をおっしゃりますですか! 人権無視も甚だしいですよお!」
泣きそうな声を出しながら、天音は必死に月夜に訴える。だが、そんな天音をまるっきり相手にせず、月夜は帽子を深くかぶり直すと再び机に突っ伏してしまった。
苦虫を潰したような顔で、銀二は天音を見つめる。
「チッ。こんなガキを連れてどうしろって……」
そんな彼に、手下の一人が耳打ちをした。
「銀二の兄貴、みすぼらしい格好してますが良く見たらこのガキ中々の上玉ですぜ? どうです? ここは一つ、とりあえず今はこいつを拉致っておいて、もし任務に失敗したら難癖つけてどこぞの店に売り飛ばすってのは? で、月夜の野郎には、失敗の責任を取らせると……」
「ほう……」
銀二は改めて天音を見つめた。
洗濯しすぎて伸びてしまったシャツに、動物のワッペンで補強されたツギハギだらけのスカートと、その姿は漫画にでも出てきそうな貧乏人スタイル。だが、確かに天音は良く見ると可愛らしい容姿をしていた。年齢も若いし、これなら服装さえ取り繕えば、客からの人気も出そうだ。
「どうです、兄貴?」
「なるほどな、そいつぁ良い考えだ」
ニヤリと邪悪な笑みを浮かべ、銀二はペロリと舌なめずりをした。
全身を舐め回すような銀二の視線に、天音は顔面蒼白になりながら身を縮こませる。彼女のツインテールのおさげが、その心境を表すかのようにガタガタと震えていた。
「よし、いいだろう。こいつは連れて行くぜ」
「はにゃ!」
ガシッと天音の両脇を掴んだ銀二達は、嫌がる彼女をズルズルと引きずっていく。
「しょ、所長~! た、た、た、助けて下さいです~! あなたの天音が、今この瞬間連れ去られようとしていますよ~! ヘルプミー!」
だが、必死に救いの手を差し伸べる天音に、月夜は無情にもバイバイと手を振る。
「てめぇの食いぶちは、てめぇで稼ぎやがれ。いいか、事件を解決して報酬を得て来るまでは、死んでも帰って来るんじゃねぇぞ」
「しょ、所長~! そんな殺生な~!」
事務所内に響き渡る天音の悲痛の叫び声を聞きながら、月夜は再び寝息をたて始めた。