親の心、子知らずです
銀二は信じられないと言った表情で聖衣羅を見つめる。
「私はね、氷室様を一目見た時から好きだったの。そして、氷室様はそんな私の気持ちを受け止めてくれたわ。でもね、私と氷室様の関係をあの厳格なお父様が認めて下さるわけない。そんな時、氷室様が私に言ってくれたの。一緒に駆け落ちしよう……って」
お、お嬢様、なんてことを……。
聖衣羅の言葉で全てを理解した銀二は、愕然とし項垂れた。
そんな銀二の気持ちを他所に、両手で真っ赤に染まった頬を抑え、聖衣羅は恥ずかしそうに身をくねらせる。
「でもね駆け落ちなんかをしたら、全国各地に拠点を持っている矢口組の構成員に追い掛け回されるわ。それに氷室様の身も危なくなる。だから私たち、二人で海外に逃亡することに決めたの。そのためには、海外で暮らすためのお金が居るわ」
「それで、二人で自作自演の誘拐事件を計画したんですね……」
聖衣羅は、肯定の笑みを見せた。
「あのまま、あなたさえ邪魔しなければ計画は全部完璧だったはずなのに、余計なことをしてくれたおかげで危うく失敗するところだったわ。でも、なんとか無事に氷室様と合流もできたし……」
そう言って、聖衣羅は無感情な冷たい瞳を銀二に向ける。
「後はあなたを始末するだけ……」
まるで自分に対して興味のないその瞳に、銀二の胸が張り裂けそうになる。
「あの優しいお嬢様は、俺が下っ端の頃に声をかけてくれた、あの優しいお嬢様は何処に行ってしまったのです?! あれも演技だったって言うんですか?! それに、親父さんだってあなたのことをあんなに愛している! 自分の父親を騙して金を手に入れるなんて、お嬢様は……!」
聖衣羅は呆れたように鼻で笑う。
「あんなの演技に決まってるじゃない。何かと愛想を良くしていた方が世の中は得なことくらい、今時の小学生だって知っているわ。それと、まさかヤクザが、罪の意識とか語るんじゃないでしょうね。どうせロクでもないことをして稼いだお金のくせに。私が有効活用しようとして何が悪いの?」
「お、お嬢様……」
今まで信じてきた物が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちた。銀二は力なくその場に膝を付き項垂れた。
「さぁ、氷室様。邪魔者はさっさと始末して、この場から離れましょ? いつ組の者達がやってくるとも限らないですし」
「ああ、そうだな」
そう言って氷室は、聖衣羅の顔をがっしりと掴んだ。
「え?」
そして次の瞬間、笑みを浮かべたままの聖衣羅の顔が炎に包まれた。
「きゃあああああああああっ! ひ、氷室様! 何をするの! 熱い! 熱いいいいいいいいい!」
「お、お嬢様あああああ! き、貴様! お嬢様に何を……!」
氷室は片手で聖衣羅を釣り上げると、駆け出そうとする銀二に向かって無造作に投げつける。
慌てて聖衣羅をキャッチした銀二は、上着を彼女の顔にかぶせ火を消した。
「お、お嬢様!」
銀二が声をかけるも、聖衣羅から返事はない。聖衣羅は気絶していた。
そっと上着をめくりあげた銀二は、すぐに目を背けた。あれほど美しかった聖衣羅の顔は醜く焼け爛れ、もはや見る影もなかった。
「き、貴様……。女の顔に何てことしやがる……っ」
「安心しろ、貴様ら二人とも生かす気は無い。森羅万象、言は事、霊は魂。我、言代主神の名において言霊を発令する。全てを焼き尽くす炎よ、我が手に宿れ『火炎』!」
氷室の人差し指にボッと炎が宿る。そして他の指にも、まるでロウソクに火を灯すかのように燃え盛る炎が現れた。
「お、お前……まさか言霊師なのか?!」
「銀二、お嬢様と一緒に居たいと言うお前の願い、この俺が叶えてやろう。二人仲良く、あの世へ行くがいい」
バッと氷室が手の平を銀二に向かって振りかざす。
氷室の手から放たれた5つの炎は弧を描きながら渦を巻き、やがてそれは巨大な火の玉となって銀二達に襲いかかる。
「お嬢様っ!」
聖衣羅をかばいながら、銀二は思わず目を瞑った。
「森羅万象、言は事、霊は魂。我、言代主神の名において言霊を発令する。『韋駄天』!」
何処からか聞こえた声と共に、疾風のように風が辺りを吹き抜けた。
そのまま風の正体は、銀二と聖衣羅にタックルをかます。弾き飛ばされた二人は迫り来る炎を間一髪よけることができた。
「お前か……」
氷室の視線の先。そこには、銀二と聖衣羅を守るように立ちはだかる、天音の姿があった。