子離れできない父親って格好悪いです
「おお、私の可愛い聖衣羅! 今頃怖い目にあっているに違いない! まってておくれ、すぐにパパが助けに行くからね!」
部屋の中では、誘拐された愛娘である聖衣羅の写真立てを抱きしめ悶える大吾郎の姿があった。
壁、天井、床には、一面可愛らしい顔をした少女の姿がプリントされており、優しい笑みで大吾郎を見つめている。その他にも、聖衣羅人形、聖衣羅Tシャツ、聖衣羅抱き枕などその部屋には聖衣羅グッズが所狭しと置かれている。壁には、愛する愛娘の成長記録を撮った写真が壁一面に貼り付けられていた。
「組長、氷室です」
扉の外から氷室の声が聞こえた。
大吾朗は、スッと立ち上がると壁にあるボタンを押した。すると、床、天井、壁がバタバタと裏返り、一瞬にして部屋は落ち着いた雰囲気の茶室へと変わった。
「入れ」
大吾郎は何事も無かったかのように、氷室を部屋に招きいれた。早業である。
「犯人から連絡が入ったのか?」
「はい。今日の夜十一時、清水北波止場第三倉庫にて引渡しを行うと。相手側の要望は、現金三億円と……」
そこまで言った所で、氷室は言葉を詰まらせる。
「何だ? 他にも何か要求をしてきたのか?」
「……ええ。銀二の身柄も引き渡すようにと」
「銀二の身柄だと……」
その報告に、大吾郎は残念だと言った表情で目を瞑った。
犯人が銀二の身柄を要求すると言う事は、銀二が犯人の一味である事が間違いないと言う事だ。
長年大吾郎に付き従い、銀二は良く働いてくれていた。自分を父親のように慕ってくれる銀二に、大吾郎も息子のように思いながら接して来たつもりだった。それが、このような形で裏切られる事になるとは、残念で仕方が無かった。
「いかが致しましょう?」
「仕方あるまい。聖衣羅の身の安全が第一優先事項だ。要求に従い、引き渡す他あるまい」
「組長。それでは、他の者に示しが付きません。犯人に引き渡した後は、奴の始末は私の手で……」
「いや、それは……」
「組長」
躊躇する大吾郎に、氷室は厳しく咎める。
「奴は、親にも等しい存在である組長を裏切ったのです。我らにとって仁義は命を賭けても守らなくてはならないもの。それを踏みにじる外道は生かして置く訳には参りません。それに、奴を生かしておいたら、いつまた同じ事を繰り返すか……。不安の芽は早急に摘んでおかなくては」
無感情の冷たい眼差しで氷室は大吾郎を見つめる。
居た堪れなくなった大吾朗は、氷室に背を向け震える声で言った。
「……分かった。あいつの事は、お前に任せる……」
「了解しました」
そう言うと、氷室は静かに部屋から出て行った。
残された大吾郎の背中は、僅かに震えていた。