私の言霊は天です
「ガキのやった事じゃねぇか。そんなに目くじら立てて怒る事もねぇだろ。大体、俺の娘と歳が一緒のそんな小娘に、ヤクザの組長の娘を誘拐するなんて大それた真似、出来る訳ねぇじゃねぇか」
「し、しかし組長……」
「聞こえなかったのか? 離してやれっつってんだよ」
ギロリと大吾郎に睨みつけられ、天音を掴んでいたヤクザ達はすぐにその手を離した。
え? ど、どう言う事? も、もしかして助かったの?
開放された天音は、まだ状況が掴みきれていないのかキョトンとしている。
「だがお嬢ちゃん。これで火遊びは危険だって事が分かっただろ? これに懲りたら、これからは火の後始末には気をつける事だ。おい銀二。お前が連れて来たそのお嬢ちゃんを家まで送ってやれや」
「へ、へい!」
どうやら大吾朗は、天音を連れて来たのが銀二である事も先刻承知だったようだ。慌てる銀二を見ながら、不敵な笑みを浮かべている。
「よし、この件は終わりだ。各自、持ち場に戻れ」
氷室の号令の元、他のヤクザ達は納得行かない様子で部屋から出て行く。大吾郎も、この件は終わりだと立ち上がり、その場から立ち去ろうとした。
「あ、あの~」
その時、その場を後にしようとした大吾郎を呼び止める間の抜けた声が大広間に響き渡った。皆の視線が一斉にその声の主に注がれる。その声の主とは、なんと天音であった。
「私の言霊は『天』なんです。『火』じゃないです」
「あ?」
天音の言葉に、ヤクザ達は意味が分からず眉をひそめて一斉にガンを飛ばす。
「ば、馬鹿野郎! 組長がせっかく帰してくれるって言ってんのに、呼び止めんじゃねぇよ!」
慌てて銀二が小声で天音を諌める。
「『火』じゃない、だと?」
だが、その中で唯一大吾郎だけが天音の言わんとしている事を理解し、去ろうとしていた足を止めた。
「はい、言霊はその言葉が自己を表す名前に含まれている事が発動条件の一つなんです。なので、『火』や『炎』を名前に含まない私は、その言霊を使う事は出来ません。そして、あの火事は、私以外の言霊士がやった事なんです。あれだけ燃えたというのに、何もしないで火が跡形も無く消えてしまった事が言霊の効果である動かぬ証拠です」
名は体を現すと言うように、言の魂を現す言霊は名前とは切っても切れない関係にある。天から与えられる言霊は、その使用者の名にその言霊が含まれない限り発動する事は無い。よって『火』や『炎』をその名に含まない天音は、決してその言霊を使う事は出来ないのだ。
大吾郎は、横に控える氷室に確認の意味の視線を投げた。少しの間の後、氷室は黙って頷いた。
「じゃあ、一体誰がやったって言うんだよ!」
「そうだ、お前じゃなければ一体誰が!」
再び大広間にヤクザ達の怒号が巻き起こる。
天音は周囲をゆっくりと見渡した。
「恐らく、その名に『火』や『炎』の文字を含む人物……です」
「『火』や『炎』を名前に含む人物だと? そんな珍しい名前の奴が、一体何処にいるって……」
その時、一瞬大広間に恐ろしい程の静寂が訪れた。そして次の瞬間、天音を除く他の連中は一斉に一人の人物を見つめていた。
「え? 俺?」
突然のスポットライトを浴びせられ、銀二は間の抜けた声を出す。
「銀二、お前の苗字を言ってみろ」
「俺の苗字……ですか? 火瓦ですが……」
組長に言われ、銀二は素直に答える。それは、この事件の真犯人は自分ですと自白したようなものだった。
「そういや、お嬢様が連れ去られた時、銀二さんだけが無事に生き残って帰ってきた……」
「さっきの火事現場にだって、銀二さんが一番最初に駆けつけていた……」
「そもそも怪しい顔をしている……」
皆の表情が段々と険しくなり、疑いの眼差しを銀二に向け始めた。
銀二は慌てて弁解をする。
「おいおい、ちょっと待ってくれよ! この俺が、屋敷を放火してお嬢様を誘拐するなんて真似する訳無いだろ? それに、そもそも俺はお嬢様を助ける為に言霊士であるこの女を連れて来たんだ! そうだろ、天音!」
そう言って銀二は天音に向かって振り向く。
だが、天音は怯えた表情で銀二を見つめていた。
「ま、まさか銀二さんが、私を自分の身代わりとなる犯人に仕立て上げる目的で連れて来たなんて……。人って見かけ通りですぅ~」
その一言が決定打だった。
「銀二を捕らえろ」
氷室の号令の元、周囲に居たヤクザ達は一斉に銀二に飛び掛った。