99.言葉選びは難しい
「召し上がってくださいましたのね、ありがとうございます。わたくしたちみんなで作りましたのよ」
「ええ、うかがいましたよ。とても上手に焼けておりましたね。ご友人の恋は成就されましたか?」
紅茶のお代わりを注いでくれたベンジャミンにグローリアはぎょっとした。グローリアとアレクシアの件は知っているだろうとは思っていたがなぜサリーとセオドアのことまで知っているのか。
「どうしてご存知ですの!?」
「どうしてもですね」
「ベンジャミンの情報網は俺にもよく分からん」
「まぁ……」
グローリアがじっと見つめてもベンジャミンはやはり穏やかに微笑むだけだ。この王宮で起こったことでベンジャミンの耳に入らないことはもしかしたら無いのかもしれない。
「とてもうまくいきそうですのよ。わたくしたちが何もしなくとも、きっとうまくいきますわ」
「そうでしたか。きっととても勇気が要ったことでしょう。そのご友人も、後押しをされたご友人方も、グローリア様のご友人は頑張り屋さんで素敵ですね」
「そうなのです!わたくし、とっても大好きですのよ!!」
「きっと皆さまもグローリア様が大好きでしょうね」
「うふふ、そう思いますわ」
真っ赤に腫れた友人たちの顔を思い出しグローリアの顔が蕩けた。あんな風に泣かれてしまっては、その好意を疑うことなど微塵もできはしない。
「レオ、負けますよ」
「そういうんじゃない」
「そんなんだから負けるんですよ」
ベンジャミンが少々冷たい視線で王弟殿下をちらりと見ると王弟殿下がぷいっと横を向いて不機嫌そうに口にタルトの欠片を放り込んだが、おかしなところに入ったのかむせ始めた。
「ぐっげほっ」
「あーほら、これ飲んで。世話が焼ける獅子ですねぇ」
「うわぁ、情けない」
「……言ってやるな」
どこから出してきたのかベンジャミンがグラスに入った水を差し出した。水を飲みつつ涙目になっている王弟殿下を見て、アンソニーがぽつりと呟き、ジェサイアがぼそりとそれに応えた。
「大丈夫ですの?殿下」
さすがに気の毒になりグローリアが声を掛けると、王弟殿下がハンカチで口元を抑えつつしょんぼりと肩を丸めた。
「お前だけだよグローリア、心配してくれんのは……」
そう言ってグローリアを見た王弟殿下にアンソニーがすかさず「甘やかさなくて良いですよ!」と声を上げた。「お前ら本当に俺の扱い!」とまたぽんぽんと小気味の良い言葉のやり取りが始まる。
グローリアが微笑ましく見守っていると、いつの間にかグローリアの横に立っていたベンジャミンが小さな声で囁いた。
「グローリア様」
「なんですの?ベンジャミン様」
「楽しいですか?」
「ええ、とっても」
「それなら良かったです」
いつもの穏やかな微笑みのままグローリアの横に膝をつき、その微笑みのままベンジャミンが静かに言った。
「ですが」
「え?」
「無理はしなくて良いんですよ。俺はあなたの笑顔の方が大事だと、何度も言いましたよね?」
ほんの少しだけ咎めるような響きを感じ、グローリアはベンジャミンをじっと見つめた。
「ベンジャミン様……?」
「無理に自分を抑える必要も律する必要もありません。そうしなくてはいけないときもあります。でもそれは今ではありませんよ」
ベンジャミンが困ったように微笑み首を傾げた。当たり前のようにグローリアの強がりなぞは見抜かれている。
楽しいのは楽しいのだ。けれどそれは、王弟殿下とあまり話さずに済んでいるせいでもある。そうしてそれはきっとベンジャミンの、アンソニーの、ジェサイアの気遣いゆえなのだろう。
「わたくし、ベンジャミン様に嫁ぐのが一番の幸せだと思いますわ」
思わず零れ落ちた言葉にベンジャミンが片方の眉を器用に上げた。
「おっと、嬉しいんですが視線で命を獲られるのでふたりきの時にしましょうか」
「まぁ、ふふふ」
おどけたように言うベンジャミンにグローリアが笑うと大変不機嫌そうな大変低い声がした。
「………グローリアが心から望むことが条件だぞ」
「冗談を真に受けるのは止めてくださいレオ。それに成人までまだ一年以上ありますよ」
ベンジャミンが目を眇め面倒くさそうに言うと王弟殿下が更に重ねた。
「あとお前、侯爵な」
「は!?嫌ですよそんなもの!伯爵って約束でしょう!?」
「馬鹿かお前。グローリアを伯爵風情にくれてやるわけないだろうが」
「だから冗談で……はぁ、横暴です」
「黙れ。他にくれてやるよりはましだ」
むっつりと口を引き結び不機嫌そうに腕を組む王弟殿下にため息を吐くとベンジャミンは額に手を当ててわざとらしいほどに大きく首を横に振った。
「……ね?だから面倒なのでアレの前でそういう話は無しですよ?」
「申し訳ありません、ベンジャミン様……」
グローリアが背中を丸めて謝るとベンジャミンがまた困ったように笑った。
「謝らなくて良いんですよ。それに……嘘から真が出ることだってありますからね。未来なんて誰にも分からないんです。その時にまた考えればいいんですよ。今はあなたもレオもゆっくりとでも前に進むことを考えてくださればそれで良いんです」
そう言ってベンジャミンは王弟殿下にもグローリアへ向けるのと同じような優しい目を向けた。王弟殿下がきまり悪そうに銀の髪をかきあげて目を逸らし、「分かってるよ」と唇を尖らせて頭をガシガシとかいた。
「ベンジャミン様はお兄様のようと思っておりましたけど……お父様のようですわね」
王弟殿下とベンジャミンを見比べながらグローリアが言うとベンジャミンが今度は苦虫を噛みつぶしたような顔をした。
「俺の方がレオより年下でしかも独身なんですけどねぇ……あとうちの妹改め娘が非常に小悪魔的で父は心配です」
「まぁ、わたくし、悪魔のようですの?」
「言葉選びというのは本当に難しいものでよすねぇ…」
ベンジャミンがほんの少し遠くを見るようにため息を吐き、「ベンジャミンさんでも勝てないんだ…」とアンソニーの目が見開かれた。また瞳孔が開いて見えるのはきっと光の加減だろう。
「さて、そろそろお返ししないといけないお時間ですよレオ」
遠くを見ていた目を窓へ向け、懐中時計を確認するとベンジャミンが王弟殿下を振り返った。
「俺はほとんど話してないけどな」
「お顔を見せていただいただけでも感謝したらどうですか」
「分かってる」
王弟殿下は肩を竦めるとちらりとグローリアを見た。
「ベンジャミン」
「却下です」
名を呼んだだけで却下された王弟殿下がぐっと眉をひそめた。
「まだ何も言ってない」
「今日はここまでです。それ以上はこの父が許しません」
「お前いつからグローリアの父親になったんだよ」
「つい先ほどですかね?」
ねぇ?とベンジャミンがグローリアを見る。思わず頷くと王弟殿下が不機嫌そうにグローリアを呼んだ。
「何だそれ。おいグローリア」
思わず身構えたグローリアの前にすっと手が差し伸べられた。振り向くとベンジャミンがにっこりと笑う。
「ベンジャミン様、お願いできますか?」
「ええ、もちろんですよ」
王弟殿下がエスコートをしようとしていたのだとやっと思い当たったグローリアはベンジャミンの手を取り微笑んだ。とてもでは無いが王弟殿下とふたりきりなど今はまだ耐えられる気がしない。
「分かったよもう…グローリア、気をつけて帰れよ」
「ええ。ありがとうございます、殿下」
立ち上がりカーテシーをするとベンジャミンがそっと手を引いた。
「では参りましょうか」
「ええ。皆様、ごきげんよう」
アンソニーとジェサイアを振り向きグローリアは軽く膝を折った。
「また来てくださいね、グローリア様!!」
「気を付けて」
アンソニーとジェサイアも立ち上がり軽く礼を返してくれる。
「またな」
「ええ、また」
再度王弟殿下を振り返ると王弟殿下がにっと笑った。グローリアも微笑み頷く。今日王弟殿下を真っ直ぐに見たのはこれが初めてだなと、この時グローリアは初めて気が付いた。
しっかりと三桁を超えます。なぜでしょう…。
あと四話で終話です。




