93.軟膏とハンカチと蒸しタオル
いつの間にか泣き疲れて母の腕の中で眠っていたらしい。目が覚めたグローリアは自室のベッドに寝かされており、ユーニスが泣きそうな顔でグローリアの側に控えていた。
「…ユーニス」
「お嬢様!目が覚めましたか!?」
声を掛けるとグローリアが目覚めたことに気が付いたユーニスががばりと、グローリアを覗き込んだ。妙な既視感にグローリアは笑った。
「わたくしまた、心配をかけてしまったのね」
あの時、騎士棟で倒れた時も泣き疲れて眠ってしまった。ここのところのグローリアは本当に情緒が不安定なのだろう。
「ユーニス、今は何時?」
「お昼を過ぎたところでございますよ。今回はそれほど時間が経っておりません」
「そう……」
グローリアが起き上がろうとするとまたユーニスが背を支えてくれた。
「ユーニス、モニカとドロシアとサリーに手紙を出したいわ。すぐに届けたいの。便箋と道具と、それとお茶をもらえる?」
「承知いたしましたお嬢様。まずはこちらでお顔を冷やしてくださいませ」
「あら、そんなに酷い?」
「眠られている間にも冷やしはしましたが、今のままではお部屋の外にはちょっとですね」
「そう……ありがとう、目を押さえておくわね」
ずいぶんと泣いたように思えるが目が開けられないほどには腫れていない。恐らくユーニスがずっと側で冷やしていてくれたのだろう。
ユーニスから便箋と筆記具を受け取りグローリアは友人たちに手紙をしたためた。詳しいことは書かずにすぐに会って聞いてほしいことがある、明日会えないか?と送ったのだが、ほどなくして「今すぐ行く」という趣旨の三人三様の返事が返って来た。
「どうしましょう、ユーニス。今すぐだと腫れが引かないわね?」
「そのままでよろしいのでは?あのお嬢様方なら気にせずいて下さいますよ」
「でも心配をかけてしまうでしょう?」
「すぐにとお呼び立てした時点で手遅れですよ、お嬢様」
ちらりと鏡を見ると目はしっかりと開いているが真っ赤になっている。泣いていませんでしたと言ったら嘘を吐くなと怒られそうなくらいの赤さだ。
「それに、どうせお嬢様は今から泣くんですから。今更ですよ」
「まぁユーニス……でもそうね、わたくし、必ず泣くわね」
「ええ。それよりお嬢様方も泣かれるかもしれませんから氷を用意できるようにしておきましょうかね」
「助かるわ、ユーニス。蒸しタオルと両方ね」
「心得ておりますよ」
グローリアの顔が酷いため今日はグローリアの部屋へと招くことにし、友人たちが着いたらそのままグローリアの部屋へ通してくれるよう手配する。その間に数人の侍女でグローリアの部屋で茶を飲めるよう準備をし、ユーニスには身支度を手伝ってもらった。化粧をどうするか聞かれたが、どうせ溶けて落ちるならと落ちないところだけ薄くほどこしてもらった。
まず最初に到着したのはドロシアだった。今日はウィンター伯爵邸ではなく商会の方に居たらしく、屋敷よりも近いわけでは無いのだがさすがウィンター商会と言うべきか、ここまで来るのに高速馬車を出してきたのだ。
「グローリア様、こちらの軟膏をお使いください。もしやと思いお持ちして本当に良かったです」
グローリアの顔を見た瞬間にドロシアが目を見開き、その後半目になって「どこのどいつが…」と呟きつつ軟膏を手渡してくれた。
「ありがとうドロシア。でもわたくし話すとまた泣くと思いますのよ。ですから話した後に塗らせていただきますわね」
「承知いたしました……ウィンター商会へお任せください」
「待ってドロシア、誰も悪くないのよ!?」
涼やかな見た目に反して物騒なドロシアを首をぶんぶんと横に振って宥めているとサリーの訪いを知らされた。
「グローリア様!!何てこと!!」
開口一番そう叫んで顔色を真っ青にしたサリーはごっそりと大量のハンカチを大きめの巾着から取り出し、「赤ちゃん用のお肌に優しい素材で作ったものです!!」とティーテーブルに並んでいた焼き菓子と共に山と並べた。
「まぁサリー……そうね、お肌に優しい方が赤くなりにくいですわよね、ありがとう」
グローリアが頷き微笑むと、「はい」と少しほっとしたようにソファに座った。
それからそうかからずにモニカの訪いが告げられ、入って来た着飾ったモニカを見てグローリアは固まった。
「モニカ、もしかして今日は茶会だったのではございませんこと?」
「ええ、そうね。でも良いのよ、母の代理で行っただけだし顔を出して義理は果たしたもの」
「それは……大丈夫ですの?」
「問題ないわ。それに友人の一大事だって言ったら皆様心配してくださってお菓子まで包んでくれたわよ。はい、おみやげ」
「まぁ……それは……確実に噂になりますわね、ありがとうございます」
「有名税ね、仕方がないわ」
肩を竦めたモニカから菓子の包みを受け取ると侍女に皿に盛ってくれるように頼み、四人そろって定位置とも言える場所に座った。
「で、グローリア。その顔の理由を教えてちょうだい。それがあなたの話したいことで良いのよね?」
お土産の生菓子の皿がもうひとつテーブルに乗り、紅茶の入った大きなポットが三つ、サイドのワゴンに用意された。完全に人払いをして四人だけで話す体制だ。特にグローリアが指示をしたわけでは無いのでユーニスが気を回してくれたのだろう。
「そう、ですわね。今日、殿下から次のお誘いが参りましたのよ」
「あら、ちょっと早くないかしら?」
「ええ、とても早くて驚いたのですけれど」
「あ、中休み中だからでしょうか?」
「それはあるわね。学園が始まったら週末以外そう簡単には呼べないもの」
各々好きなように話しつつ好きなように菓子を皿に乗せ茶をすする。いつもの四人、いつもの茶会だ。
「で、お誘いがそんなに嫌だったの?」
「違いますわモニカ。お誘いは確かに嫌なのですけれどそれはまた別のお話で」
「え!グローリア様、嫌なんですか!?」
「ええ、その嫌な理由のせいでこの顔なのですけれど」
これ邪魔ね、と言いながらモニカが装飾品と脱げる範囲までのドレスを脱いでいく。
「モニカ、シュミーズドレスの来客用がございますわよ」
「貸してちょうだい、着るのは自分でやるわ」
ぽいぽいと脱いでしまうモニカに慌ててグローリアが侍女を呼びシュミーズドレスを頼む。少ししてドレスを持って来たユーニスがモニカの状態にぎょっとして「こ、公女様、失礼いたします!」と急いでシュミーズドレスを着せ、散らかった高価なドレスや宝飾品を集めて部屋の隅、大きなテディベアの横のアームチェアにしわにならないよう置いた。
「ありがとうユーニス、またあとでよろしくね」
「承知いたしましたお嬢様……一応準備済みですので」
「ええ、分かったわ」
ユーニスが一礼して去ると、着替えて気分が良くなったのか上機嫌で焼き菓子を口に入れたモニカが首を傾げた。
「準備って何?」
「氷と蒸しタオルですわね」
「泣く前提ね?」
「念のため四人分ご用意しておりますわ。ドロシアの軟膏もございますわよ」
グローリアが困ったように笑うと「あらそう?」と言い、モニカは紅茶をひと口飲むとぐっと前のめりになって言った。
「さあグローリア、聞かせてちょうだい?」




