90.見つめる目
「でも目指すんでしょう?」
テーブルに所在無く置いていた左手にモニカの左手が重ねられた。ひらりと、お揃いのリボンが揺れる。優しい温もりにじわりと瞼が熱くなる。
「まずは望んでいただくのが、目標ですのよ…」
「そうねグローリア。急ぐ必要なんて何もないわ。ああ、でもそれは何で判断するの?お兄様ならどんな嘘でも上手く吐いてしまうと思うのだけど…」
ぎゅっと重ねられた手に力が入った。視線を上げればモニカが眉を下げ、とても優しい目でグローリアを見つめていた。大切に思われていると、心から信じられる目だ。
「目、ですかしら?」
「目?」
グローリアもまっすぐにモニカの若草の瞳を見つめて頷いた。モニカが不思議そうに首をかしげている。
「ええ、その……父が、母を見る目と、陛下が、王妃殿下を見る目と、それから……ベルトルト様がモニカを見る目が、その、とても良く似ているのですわ……」
「あー、なるほどね、そういう目か」
ベルトルトが納得したように頷いた。
「……似てる、の?」
「はい、とても」
「そ、う……」
突然モニカががばりとテーブルに突っ伏した。モニカのカップは一度下げられた後、新しいものは少し遠くに置かれたのでこぼれることはない。
「モニカ?」
「待って」
ベルトルトが驚いてモニカを覗き込もうとするとモニカは更に頭を抱えて隠れてしまった。
「モニカ……?」
ベルトルトの声が不安そうに揺れる。どうしたら良いか分からないといった表情で不安げにモニカから少し離れようとすると、モニカがぱっとベルトルトの腕を掴んだ。
「違うの違う!待ってってば!う、嬉しいのよ!でもちょっと待って顔が作れないの!!」
悲鳴のようにモニカが叫んだ。よく見れば耳の先が赤くなっているのが分かる。「ああ、なるほど」とフォルカーが微笑み紅茶のカップに静かに口を付けた。
「あはは!うん、俺も嬉しい!」
ベルトルトは離れようとした分以上に距離を詰めると突っ伏するモニカの横に頭を乗せてじっとモニカを見つめている。にこにことモニカを見る目はやはり父の目にも国王陛下の目にも似ていて。やはりこの目だと、グローリアは思った。
「ところで、今の王弟殿下のグローリア様を見る目はいかがですか?」
完全にふたりの世界に入っているベルトルトとモニカは放置することにしたらしい。フォルカーがちらりとベルトルトを見てグローリアに向き直り微笑んだ。
「え?殿下の目、ですの?」
「ええ、グローリア様を見る王弟殿下の目です」
今日、共に歩いた王弟殿下はどんな目でグローリアを見ていただろう。グローリアが突き放した時の寂しそうな、不安そうな目。グローリアが覗き込んだ時の、くすぐったそうな、嬉しそうな目。別れ際にグローリアの頬に触れた時の……グローリアの知らない目。少しグローリアを見るアレクシアにも似ているような、けれど誰とも似ていない、見たことの無い目。
「あら、真っ赤ね」
「戻って来た時の顔色はそういうことかな」
いつの間にか立ち直ったようで、モニカがまだ少し赤い顔でグローリアににやりと笑った。当然手はベルトルトとつながれている。
「つまり、あとは首を縦に振らせるだけってことね?」
「ち、違いますわ!全然違う目ですのよ!!」
頬に触れられたことを思い出しまた動悸が早まってしまったらしい。真っ赤になった頬を誤魔化す術もなくグローリアはただ違うと首を横に振った。本当に違うのだ。全く違う、分からない目だったのだ。説明はできないけれど。
「グローリア様!応援します!!」
「あらサリー、あなたのことも応援してるのよ?」
「ふぁ!?ありがとうございます!!」
サリーが目をきらきらさせてグローリアを見ればすかさずモニカがサリーににやりと笑った。
「腕が鳴りますね。皆様ご入用の物はウィンター商会へお任せください」
ドロシアが商人の顔でにっこりと笑う。本当にウィンター商会へ頼めばたいがいの物が手に入る。
「惚れ薬とかも売っているの?」
「そのような効果の怪しいものはございませんが確実な媚薬などはご用意しておりますよ。グローリア様ならば軽いものでも十分かと」
「軽いと重いがあるのね……?」
「いえ、弱いと強いでしょうか」
そんな物まで取り扱っているのかとグローリアが目を白黒させているとモニカがずいっと身を乗り出した。
「ちょっとドロシア、グローリアにはまだ早いわ!!」
「申し訳ありません、少々先走りました」
そんな少女たちのやり取りを見てベルトルトが若干遠い目をしながらぽつりと言った。
「ほんと、怖いよねぇ」
「勝てる気がいたしませんね」
フォルカーも苦笑しながら同意をすると、モニカがぱっと険しい顔でベルトルトを振り返った。
「ちょっと、どういう意味!?」
「モニカが大好きって話」
「は!?え!?何よ突然!!」
仲良きことは美しきかな。じゃれ合うふたりはとても微笑ましい。少々胸やけがするときも最近は多いのだが、それも友の幸せだと思えば飲みこめないことも無い。
「わたくしもいつかそう言われてみたいですわ……」
「はい!私もいつか、セオドア卿に……!」
グローリアが視線を下げてため息を吐きつつ、サリーが目をきらきらとさせて腕を胸の前に組みつつ言うと、モニカがぱっと立ち上がって言った。
「あー!!駄目ね!!今日は話が尽きそうにないわ!!みんな宿泊許可はとれるかしら!?」
たぶん大丈夫と皆が口々に言うと、ティンバーレイクの使者が各家に即座に送られた。今日もお泊り会となるらしい。
「フォルカー、どっちが勝つと思う?」
「グローリア様に一票ですね」
「うん、駄目だ。賭けにならないね」
「ええ、圧勝でしょうね」
ぽそぽそと顔を寄せて話しているベルトルトとフォルカーに気づきモニカが腰に手を当てて首をかしげた。
「ベルト?」
「ああうん、男の話ってやつだよ」
「なによ、それ」
「俺たちはお泊り会に混ざれないからね」
「混ざっても良いのよ?」
「それはさすがにまずいよ」
「じゃぁせめてうちに泊まれば?別室なら問題ないでしょう?」
「いや、色々口さがない連中は」
抵抗しようとするベルトルトをぱしり!と扇を片手で開きモニカが制止した。
「放っておけばいいのよそんなもの。決まりね、みんなでティンバーレイク公爵邸に帰るわよ!!」
モニカのひと声で各家から返事が来ない間に皆でティンバーレイクの馬車へと乗り込む。「大丈夫なの、これ……」とベルトルトが遠い目になっているがフォルカーが「勝てませんよ」と苦笑しつつもグローリアたち皆の手を取って馬車に乗せていく。
結局、どの家もどうせこうなるだろうと思っていたようで用意されていたお土産や翌日のドレスなどが使者と共にティンバーレイク公爵邸に届き、ティンバーレイク公爵邸でも六人分の夕食と部屋がとうに用意され、初の四人とふたりのお泊り会が催されたのだった。




