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9.若草色の公女 2

「いいえ、わたくしにも怒るべきよ」


 ティンバーレイク公女が悲しそうに微笑み首を横に振った。


「わたくしは、些少とはいえ間違いなく悪意を持って友人たちにあの日の話をいたしましたわ。ほんの少し大げさに話しただけとはいえ、それを引き金にあなたたちを貶め、怪我まで負わせてしまった。確かに故意では無かったわ。でもね、故意ではなくとも確かにそこに悪意はあった。あなたたちはわたくしに怒っていいのよ。………本当に、ごめんなさい」


 そう言って静かに頭を下げると、ティンバーレイク公女はサリーの額のガーゼをじっと見て泣きそうな声で言った。


「傷痕は、残るのかしら?」

「いいえ、王宮侍医の方が時間はかかってもほとんど分からなくなるだろうと保証してくださいました。私もティンバーレイク様のせいだとは思っておりませんので、どうかそのようなお顔をなさらないでくださいませ」


 にっこりと、サリーが春の木漏れ日のように温かくふんわりと笑った。ふっくらとしたサリーの両頬には笑うとえくぼができる。グローリアはそのえくぼが柔らかなサリーにぴったりで可愛らしくて大好きだ。


「ありがとう、そう言ってもらえると嬉しいわ。クロフトさん………もしも縁談に困ったら言ってちょうだい。よければ従兄を紹介するわ。伯爵家だから…決して悪くはないはずよ」

「とととと、とんでもございません!!伯爵家の御令息とのご縁談なんて、そんな!そんな!!!!」


 ぷるぷると頭を横に振り、顔の前で両手までぶんぶんと振ってサリーが真っ赤になって遠慮をした。また傷に響いたのか「あぅ」と小さく眉を顰めて苦笑した。


 子爵と伯爵。爵位ではひとつしか違わないがその差は大きい。子爵までは下位貴族と呼ばれそれなりの功績や実力があれば得ることのできる範囲なのだ。だが伯爵以上は違う。

 伯爵以上になれば武力を持つことができる。それは、子爵までは領地持ちでも比較的要所ではない小さな地域を治める程度だが、伯爵ともなれば領主として主要な地域や広い地域を治める立場となるからだ。そして何より、伯爵家以上は王族やその血族との婚姻が難しくとも許される。

 宮中伯と呼ばれる領地を持たない、高位の官吏として王宮に出仕することを主とする家門も少なくは無いが、彼らもまた王族との婚姻に関しては差は無い。


「ティンバーレイク様、残念ですがサリーはクロフト子爵家の唯一の跡継ぎですわ」

「あら…それでは従兄は駄目ね。弟……も、ああ、駄目だったわね………」


 小さなため息を吐くとティンバーレイク公女の瞳がふっと陰った。そもそも公爵令息を子爵家に婿入りさせること自体が無茶だが、そうではない、もっと別の何かを感じさせる暗さだった。

 その若草の瞳の奥にあるものが何なのか、グローリアがじっと見つめていると、ティンバーレイク公女はつっとドロシアへ視線を向けた。


「あなたも。ごめんなさいね、ウィンターさん。あなたにはもちろん、お家の方にもご迷惑が掛かったのではなくて?」


 ドロシアの家、ウィンター伯爵家は主に国外との輸出入を取り扱う商家だ。特に南国との交易に強く国内の輸入果物はほとんどをウィンターが取り仕切っているのだが、今回の件でいくつかの国内の家門から取引を切られたとグローリアも小耳に挟んでいる。


「お気遣いをありがとう存じます。当家は少々の波が立ったところで沈むほど柔な作りをしておりませんのでご安心くださいませ。ティンバーレイク公女様もどうぞ、お心を痛められませんように」


 ドロシアも、口角を上げると目を閉じ静かに頭を下げた。

 それはそうだろう。ウィンター伯爵家との取引を失って困る家は多いだろうが、ウィンター伯爵家は国内のちょっとした騒動程度では全く揺るがない。今回のような不確かな噂で動きウィンターとの未来を失った先見の明の無い商人たちはさて、王弟殿下とグローリアの間にわだかまりが無いと分かった今、今後どうしていくのだろうか。ウィンターは決して甘い家門ではない。


 ドロシアは目を開いて顔を上げると、にっこりと、商人らしい大変良い笑顔でティンバーレイク公女に笑った。


「私は第三子ですので、いつでも良い縁談は募集中でございます」

「あらまぁ!」


 ふふふ、と赤くなった目を細めてティンバーレイク公女が顔をほころばせた。


「それは良いことを聞いたわ。あなたはいつも成績優秀者に名前がありますしウィンター伯爵家の御令嬢なら申し分ないわ。従兄も含めて幾人か見繕わせてね」


 もちろん好みでなければ容赦なく断ってちょうだいと、ティンバーレイク公女はとても楽しそうに微笑んだ。指を折り幾人かを思い浮かべているであろうティンバーレイク公女に、グローリアは姿勢を正して声を掛けた。


「………ティンバーレイク様」

「モニカと。様もいらないわ」

「では、わたくしもどうぞグローリアと。モニカは、心当たりはありますか?」


 何の、とはグローリアは言わなかった。けれどもモニカには伝わったようで、すっと真顔になると首を横に振った。


「わたくしには分からないわ。でも、お父様と…王宮はすでに目星をつけて動いている。近々、わたくしの処遇も含めて発表があるはずよ」

「え、モニカの処遇、ですか?」


 グローリアはぎょっとした。グローリアはモニカに非があるとは一切…と言えば嘘のなるがほとんどないと思っている。せいぜい言葉に気を付けるようにと注意を受ける程度だと思っていたが、処遇とは穏やかで無いではないか。


「ええ。これほどの騒ぎになったのですもの。意図はどうあれ引き金となってしまったわたくしにお咎め無しとはいかないわ。わたくし自身もそれでは自分が許せないもの。………たとえそれが、一般的にはお咎めとは言えないようなことであったとしても、ね」


 どことなく悟ったような顔で、モニカは静かに言った。モニカはすでに自分の処遇を知っているのだろう。気になりはしたが王家も絡む決定を正式発表前に聞き出すわけにはいかない。

 まるで謎かけのようなその言葉に、グローリアは悩み、そして小首をかしげて言った。


「モニカ………わたくしに、わたくしたちにできることはありますか?」


 じっと見つめるグローリアに、モニカは少し目を瞠ると、にっこりと、またあの茶会の時のような花がほころぶような美しい笑顔を見せてくれた。


「ありがとう、グローリア。こうしてわたくしの謝罪を聞いてくれただけでも十分よ。………でもそうね、あるとすれば………」


 ふと言葉を切ると、モニカは瞳を伏せ、そうしてぽつりと言った。


「ねぇグローリア。なぜお兄様がわたくしのことはモニカと呼んで、あなたのことは公女と呼ぶか分かるかしら?」


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