77.前に進む
「わたくしのことは良いのですわ。それよりサリー、わたくしを運んでくれた時、セオドアは口上も報告も完璧に流ちょうに述べておりましたわ。なぜわたくしたちの前ではあれほど慌てるのかは分かりかねますけれど……。今のままでもセオドアは十分に紳士な上に振舞いも悪くないのです。しっかりと教育を施せば素敵な殿方になりましてよ。わたくしが保証いたしますわ」
グローリアはゆっくりと頷いてみせた。
セオドアと出会ってからもうすぐ一年が経つ。その間、何度も顔を合わせ様々なことがあったがセオドアは常に紳士だった。徐々に慣れて態度や空気は少しずつ気安くなってきても、セオドアは変わることなくセオドアのままだった。
グローリアに目を掛けられてなおそのままでいられる者は多くない。セオドアはグローリアにとっても安心して共にいられる相手であり、大切な友を預けるに相応しい相手だと思っている。
「へえ、グローリア嬢のお墨付きか。それは将来が楽しみだよね」
ベルトルトが笑う。サリーを見る目が優しいのはベルトルトもまたセオドアに対して悪い印象が無いからこそだろう。
「良い番犬にもなりそうです」
「黙って立っているだけでも十分ですからね。口を開くとずいぶんと印象が変わりますが」
ドロシアの表情が柔らかいのもフォルカーの微笑みが自然なのもきっと同じだ。セオドアが身分に関わりなく友人たちにもまた認められていることがグローリアは嬉しかった。
「私、ご迷惑にならないでしょうか……」
嬉しそうに聞いていたサリーがふと視線を落とした。
サリーは目立ちはしないが不美人では無い。幼げな顔立ちに少しふっくらとした頬がむしろとても愛らしいとグローリアは思う。他者の悲しみに心を痛め、他者の幸せを心から喜ぶことができる。普段は気弱だが誰かのためなら立ち上がれる、そんな素敵な女性なのだ。
けれど、サリーは自分に自信が無い。心無い言葉に傷つき続けてきたサリーは自分がそのままで人に、特に男性に愛されることを信じることができないのだろう。
「それはセオドアと話してみるしかありませんわね。良いも悪いも、聞かずに決めつけるものではありませんわ」
「そう、ですよね……」
グローリアはあえて少しだけ突き放した。グローリアがどれほど言葉を尽くしたとしてもきっとサリーはまだそのまま受け取ることはできない。サリー自身が納得して少しずつ前に進むしかない。サリーは柔らかな容姿に反して中々に頑ななのだ。
その頑なさはきっと花開けば芯の強さに変わる。サリーに足りないのは自信だけだと、グローリアは常々思っている。
「大丈夫よサリー。卒業まであなたはまだ一年あるわよ。その間にゆっくり距離を縮めたら良いわ!」
更に視線を下げてしまったサリーにモニカが明るく言った。跡継ぎであるサリーも学園を卒業すれば本格的に婚約者を探さねばならないだろう。サリーの辛さを知るクロフト子爵と夫人ならば、きっとサリーの意思を尊重してくれるはずだ。いざとなればグローリアが後押しすればいい。あの父もセオドアを『悪くない』と褒めていた。きっと悪いようにはならないはずだ。
「ゆっくり……」
噛みしめるように呟くとサリーが少しだけ視線を上げた。
「そうだね、ゆっくりだ。こっちが急ぐと慌てて転びながら逃げそうだからね、あの巨体なのに」
「まぁ、ベルトルト様!でも否定できないのが辛いところですわね…」
おどけたように笑うベルトルトに、グローリアも微笑んだ。子兎のように慌てて飛び跳ねるセオドアは想像に難くない。サリーとセオドア、きっと周りがもどかしく思うほどの速度がちょうどいい。フォルカーも頷き、ドロシアも口角を上げてサリーの手をぽん、と励ますように叩いた。少しずつサリーの表情が明るくなっていく。
「そう…そうですよね!私、ちゃんとお話ししてみます。まずはもっとお話していただけるように少しずつ近づきます!」
こぶしをきゅっと握り大きく頷いたサリーにグローリアは少し泣きたくなった。傷ついても苦しんでもそれでもまた前に進めるのだと、グローリアもまた励まされた気がした。
「餌付けすると良さそうだよね。焼き菓子、喜んでたし」
「餌付け…我が家では公爵家ほどの焼き菓子は……」
じっとテーブルの上の焼き菓子を見据えてサリーが困ったように眉を下げた。
今日の茶会は約束通りティンバーレイク公爵家の薔薇園で開催されている。少し離れた場所、グローリアたちの会話が聞こえないくらいの場所でティンバーレイク公爵家のお抱え画家がグローリアたちの様子を絵にしているはずだ。
「サリーが作れば良いんじゃない?」
「あら、素敵ですわね。よろしければ当家の料理人から教われるようにいたしましょうか?」
良いことを思いついたと胸の前で両手を合わせたモニカにグローリアも頷く。セオドアならばその方がきっと喜んでくれるだろう。恐れ多いと大きな体が震えるかもしれないが。
「え!よろしいのですか!?」
「もちろんですわ、サリー」
「あー!俺も行きたい!!食べるほうだけだけど!!」
「良いわね、次のお茶会はイーグルトン公爵家でみんなでお菓子作りにしちゃいましょう!!」
目立たぬところでグローリアたちを描いているであろう画家の目に今のグローリアたちはどのように映っているのだろう。香り高く咲き誇る薔薇の園で時間も立場も忘れて優雅とは到底言えない顔で笑い合うグローリアたちは。
今のこのグローリアたちをこそ、どうかそのままで絵に残して欲しいとグローリアは願う。
「ふふふ、ではそのように取り計らっておきますわね」
「楽しみね!!それを持って騎士団訪問しましょう!!」
「では午前にいらしてくださいませ。焼き菓子を作ってお昼を当家で召し上がっていただいて、それから騎士団へ参りましょう」
「ありがとうございます、モニカ様、グローリア様!私、頑張ります!!」
「ええ、応援しておりますわ、サリー」
本当はまだ騎士団に…王宮に行くことはグローリアにとって重荷だ。考えるだけで少し心が重くなる。けれど、サリーのためならグローリアは良いと思える。ためらう心も皆と一緒なら勇気が出る、踏み出せる。
――――大丈夫、わたくしも前に進めるわ。
楽し気に次の約束を話す大切な友人たちをひとりひとり見回すと、グローリアもまたにっこりと笑い話の輪へと戻っていった。




