75.甘え
「今回はわたくしもちょっと、どうかと思ったわよ」
モニカが小さく肩を竦めた。あの日共に騎士団に行かなかった三人にも事の顛末は話してある。モニカの表情がどんどんと険しくなるのでかなり言葉は選んだが。
「そう仰らないでくださいまし。東の土地柄を考えればアレク卿の焦りも分かりましてよ」
東は隣の帝国との国境を守ってきたこともあり、軍事に重きを置いている。特に、上の者が下の者を守り、下の者は上の者に従うという意識が他の土地よりもかなり強い。騎士団の中での立場とは関係なくアレクシアから見ればレナーテは守るべきものであり、レナーテから見ればアレクシアは自分の庇護者だ。
「それでもよ。彼女は小伯爵でしょう?恋人は男爵家だと聞くけれど…正直、高位貴族から婿を取るべきだと思うわね」
「そうだね、その方がアレク卿はのびのびと過ごせるだろうね」
紅茶をひと口飲み視線を下げつつため息を吐いたモニカに、ベルトルトも少し眉を下げて同意した。フォルカーもまた、いつもの穏やかな微笑のままで頷いている。
「アレク卿は少し感覚や感情に頼りすぎるきらいがあるように見えますね。それは騎士としては生き抜く勘にもつながるのでしょうが……高位の貴族としては少し、足りないかもしれません」
目の前にいる頂点に近い高位貴族の面々の評価は辛い。中央と東では大きく事情は違うにしろ、中央とつなぎを持たない高位貴族はいないと言っても過言ではない。
高位貴族は悪意の有る無しに関わらず腹の探り合いが日常茶飯事だ。そんな中で感情を優先し少し短絡的とも思える行動に出てしまうアレクシアは簡単に呑まれてしまう可能性すらある。これは小伯爵…いずれガードナー伯爵を継ぐアレクシアを心配しての声でもあるのだ。
「そうですわね。せめて高位貴族の……それこそカーティス卿のような方が側にいてくださればアレク卿は騎士として舞姫として伸びやかに生きることもできるのでしょうけれど……」
アレクシアの相手は第二騎士団所属の男爵家の子息だ。人柄と騎士としての腕は確かな好青年らしいのだが、その振る舞いや言動は決して貴族的とは言えないものだという。その点、同じ騎士ならばカーティスは振る舞いも言動も誰恥じることのない完璧な貴族だ。
案じるように視線を俯かせたグローリアに、モニカは眉をひそめ少しだけ身を乗り出した。
「一度や二度痛い目を見れば分かるのではなくて?だいたいあなたの人が好過ぎるのよ、グローリア」
「わたくし、さすがに二度目は見逃しませんでしたことよ」
「自分で上司に話しなさい、は全くもって罰では無くてよ」
モニカは呆れたようにグローリアを見てぴしゃりと言った。
『誰も見ていなかったから』こそあの程度で済ませた部分もあるため対応が甘いだろうことはグローリアとしても自覚がある。だがグローリアへの不敬はただの貴族への不敬とは違う。グローリアが声を上げた時点でアレクシアとレナーテのみならずシモンの将来をも潰しかねない。グローリアとしても慎重にならざるを得ないのだ。
「人によっては効果てき面だろうけどね」
少しぴりりとした空気を混ぜ返すようにベルトルトが肩をすくめてにやりと笑った。
「あら、ベルトルト様のおいたは全てモニカに報告ですわね」
「止めてごめん、何もしてないけど本当にごめんなさい」
「まぁベルト!怒られそうなことがあるのね!」
「だから何もしてないって!信じてモニカ!!」
「冗談よ、ふふふ」
モニカの表情が柔らかくなる。睦まじいふたりを見て暖かな気持ちになると共に、わが身と比べてしまいきしりと胸の奥が小さく軋む。
これが恋のせいだというのなら、恋というのは何と罪深いものなのだろう。友の幸せすら素直に喜べぬようになってしまうとは。
グローリアは分らぬよう小さくため息をひとつ吐くと一度目を閉じた。目を開けばいつものグローリアだ。
「わたくしが人として見くびられている、ということかしらね」
もうひとつ、考えると心に薄っすらともやがかかる理由を口に出すと、サリーが首をぶんぶんと横に振りがたりと椅子から立ち上がった。
「グローリア様、そんなことは!」
「落ち着いてちょうだい、サリー。ほんの小さな引っ掛かり程度なのよ」
グローリアは苦笑した。まさかこれほどまでに反応されるとは。グローリア自身よりもずっとグローリアのために怒り傷ついている友人に、グローリアのもやも霧散する。モニカの言葉に棘があるのも、ドロシアが止めないと何かをしそうなのも、結局はグローリアを思ってのことなのだ。
「いえ、どちらかと言うと甘え、でしょうか」
フォルカーが腕を組み口元にこぶしを当て、考えるようにぽつりと言った。
「甘え、ですの?」
「はい。グローリア様ならきっと許してくれる、グローリア様なら言わずとも分かってくれる。子供が母親に求めるような、恋人や伴侶に愚かにも一方的に期待するような、そんな甘えですかね。男としては身につまされるものがありますが」
頷き微笑むフォルカーに、グローリアも口元に手を当て「まぁ」とわざとらしく驚いて見せた。
「フォルカー様は言わずとも分かってほしいタイプでしたのね」
「性別問わず誰しもそういう部分はあると思っておりますよ。ただ、特に男というものには素直になれない甘えたがりが多いですから」
「あらあら、わたくしも後学のために覚えておきますわね」
グローリアが薄紫の瞳を細めてにんまりと笑うと、フォルカーは「参りましたね」と困ったように微笑んだ。
「ですけれど、言われたとしても理解できるか分からないのに言われずとも分かれというのはもっと難しいですわ。わたくしは、言葉にしてくださる方のほうが嬉しい」
理由の分からない拒絶はグローリアにはどうすることもできない。せめて理由がはっきりと分かればグローリアにもできることがあるはずなのに。分からないままただ駄目だと言われるのはあまりにも思いの行き場がなくて苦しい。
そう遠くない未来、グローリアにもいずれ伴侶となる相手が決まるだろう。その相手とは心も言葉も大切にできれば良いとグローリアは願う。恋でなくて良い。お互いをお互いに尊重し合い、大切にできる者であれば。
ふと顔を上げると、サリーが難しい顔で俯いているのにグローリアは気づいた。




