74.贅沢な悩みとイーグルトン夫人
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春の定期試験が終わると学園から多くの最上級生たちが消える。ある者は従騎士試験に向けて己を磨き、ある者は官吏試験に向けて最終調整に入り、またある者は働き口や伝手を求めて奔走する。これからの人生を決める勝負時に入るのだ。
そんな中でも比較的のんびりしている者たちもいる。そういう者はたいてい卒業後すぐの嫁入り婿入りが決まっていたり、家業を手伝うことになっていたり、はたまたいずれ爵位を継ぐ予定の者だったりする。モニカももちろん、そんなのんびりした者たちのひとりだ。
周囲から見ればピンと伸びた背筋に優美な手元、貴族らしい微笑を浮かべて優雅な午後の茶を嗜んでいるように見えるだろう。実際のところは優雅に品よく管を巻いているのだが。
「暇ね、やることがないわ」
ふぅ、と愁いを帯びた表情でため息をつくモニカはとても儚げな美少女だ。何も知らなければつい手を差し伸べて愁いを払ってあげたくなるだろう。
「そうは言ってもまだ俺たちは授業があるしなぁ」
甲斐甲斐しくモニカの皿に焼き菓子を乗せつつベルトルトが苦笑した。第三学年のモニカは春の定期試験が終わればほぼ授業はない。不要であれば学園に来る必要もないし、夏の卒業式まではかなり自由に過ごせるのだ。この時期は卒業を控える年若い令嬢たち向けに多くの茶会やイブニングパーティーなども行われるが、モニカは必要最低限に抑えているようだ。
対してまだ第二学年のグローリアたちは夏休みまでは通常通り授業がある。あと二週間もすると一週間ほどの学期の中休みに入るのだが、それまではモニカの暇を潰すことは難しい。
「かなりの数の茶会やパーティーの誘いが届いているのではありませんの?」
モニカは隣国の王子妃となる。臣籍に降っても公爵家だ。今後のためにつなぎをとっておきたいと考えるものは少なくないだろう。
「来てるわよ。茶会に出るだけで一年が終わりそうなくらい来てるわ」
うんざりとばかりに顔をしかめてモニカが首を横に振った。モニカもグローリアも社交嫌いなわけでは無いのだが、たいして好きなわけでもない。
「でも暇ですのね?」
「出たいと思うものが少ないのよ」
「贅沢な悩みですわね」
招待状が来る、ということはそれだけモニカとつなぎを取りたい者が多いということだ。招待できる人数は限られるのだから当然、皆かなり選んで送って来る。誰もが招待状を貰えるわけでは無い、釣書と同じくどれだけ人気があるかの指標とも言えるのだ。
「あら、だったら来年、グローリアはどれだけの茶会に顔を出すのかしら?」
モニカがにんまりと口角を上げて若草の目を細めた。とたんに先ほどまでの儚さは消えてきらきらと、生き生きとした表情になる。面白い、と言っているようなその表情は本当に叔母である王妃殿下によく似ている。
「わたくしはお母様のお勧めにだけ顔を出すことにいたしますわ」
「それこそわたくしより目が厳しいではないの!」
モニカがむっつりと不機嫌そうに唇を尖らせた。モニカをじっと見つめていたベルトルトがとても優しい目で微笑み、その微笑みを見たモニカは目を数度瞬かせると少しだけ目元を染めて視線を逸らしてはにかんだ。
こちらがむず痒くなるほどの空気を最近、ふたりは出してくる。うまくいっているのは嬉しいが、グローリアとしては目を覆いたくなるような、何とも居た堪れない気持ちになる。
さらりとモニカの手を握るとベルトルトがグローリアを振り返った。今日はまだ手を握っていなかったのねと、逆にグローリアは驚いた。
「そういえばイーグルトン夫人が出る会は箔がつくらしいね?」
グローリアに良く似た母は社交界でも指折りの貴婦人だ。そこに在るだけで他を圧倒する美貌と、それでいてたおやかで柔らかな物腰に母のファンは多い。物腰は柔らかいが意外と物言いが辛辣なこともあり、ファンのほとんどが実は女性だ。父が怖い、というのもかなりありそうな気もするが。
ちなみに、次兄とグローリアは母似であり、長兄は父似だ。父のように筋肉の塊ではなく適度に筋肉質だが。
父もきっと筋肉の塊でさえなければ長兄のようにもてたのかもしれない。
「母は煌びやかな場所よりも救護院や市井での慈善活動のほうが好きなのです。そういうお誘いでしたら一も二も無く駆けつけておりますわ」
「あー、なるほどね。さすが王国の良心ってところか」
「その二つ名のおかげで助かっていると笑っておりますわ」
通常であれば慈善事業ばかりで社交に出なければ社交界での立場が弱くなりそうなものだが、イーグルトンの夫人だからとむしろ好意的に見られている。母とのつながりを持ちたくて慈善事業に勤しむ貴婦人も増えており、王都だけではなく各地の救護院への寄付が母の社交デビュー以来どんどん増えているらしい。
「もしかしてイーグルトンの焼き菓子が美味しいのは慈善活動の賜物なの?」
「そうかもしれませんわね。確かに、よく救護院や神殿の行事にも焼き菓子を差し入れたりいたしますもの」
小首を傾げたモニカにグローリアが頷き微笑んだ。
救護院や神殿では寄付を募るために定期的にバザーが行われる。ここでの売り上げが救護院や神殿の資金源となるのだが、イーグルトン公爵家からも毎回焼き菓子を出品している。毎年好評でかなり早い時間に売り切れてしまう。
もちろん焼き菓子などではなく個人の所有物や手作りの品を出品しても構わないのだが、まだグローリアが生まれる前、母の小物をいくつかと長兄の産着などをいくらか出品したところ貴族が殺到し血を見る事態となったため、その後イーグルトン公爵家からは焼き菓子以外は出さない、と決められた。
「差し入れといえば、騎士団は行かなくていいの?」
「行かなくて良いと思います!!」
「同感です」
何となく言ったであろうモニカにサリーが噛みつくように前のめりになり、ドロシアは半目になった。
定期試験があったこともあるが、グローリアが倒れてからこの二週間、騎士団も含めた王宮へは行っていない。一度だけ王弟殿下からも『来るか?』とカードが届いたが、体調と定期試験を理由に断った。
昨日をもって試験が終わった今断る理由は無くなったが、次に誘いがあってもグローリアはきっとまだ断るだろう。ベンジャミンからも落ち着くまでは容赦なく断わって良いと言われている。
本当は胸が痛むので誘わないで欲しいとも思うが、グローリアの気持ちを知らない王弟殿下にそれを言うことは難しい。またもじくりと痛んだ胸に目を瞑り、グローリアは苦笑した。
「まぁ…ふたりとも、落ち着いてちょうだい」
「あんな失礼な人たちが居るところへグローリア様を行かせたくはありません!!」
思い出したのだろうか、サリーが目元を赤くして表情を険しくしている。グローリア自身はすでにあまり怒っていないため、こうして強く怒ってくれるサリーの気持ちが嬉しい。ドロシアもいつもの無表情なのにはっきりと目が怒っている。
それほどまでに心配をかけてしまったということだろう。言えぬことがあることをどうか許して欲しい。いや、むしろ全て話しなどたら更に怒らせそうな気がするなと、グローリアは苦い笑みを深めた。




