73.花に涙す
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「おはようございますお嬢様、今日も綺麗ですよ!」
うきうきと鼻歌など歌いながらユーニスが朝のお茶を持って部屋へと入って来た。ワゴンにはお茶のセットと、小さな花束に花瓶がある。
「おはよう、ユーニス。今日もですの?」
「はい!今日もです!」
ちらりと棚に目をやれば花を生けられた花瓶が四つ。今日で五つ目の花束だ。ユーニスのにこにこ顔の原因はこの花束にある。
「私、王弟殿下を見直しましたよ!とんでも野郎…失礼、とんでもない方かと思っておりましたがこんな気遣いもできるなんて……やっぱりもてる男には理由があるんですね!!」
顔面至上主義のユーニスが珍しく内面を褒めている。相当、この五日間の小さな花束が気に入ったのだろう。
グローリアが騎士棟で倒れた翌朝から、王弟殿下から毎朝見舞いにと花束とカードが贈られてきていた。恐れ多くも王妃殿下専用の庭園と温室の花を数本毎朝花束にしているらしい。朝の鍛錬前に王弟殿下自身が摘み花束にしているらしく、包みは簡素だが花自体はみずみずしく素晴らしい。毎日違う花が届いているのに香りが喧嘩していないのはたまたまか選んでいるのか。
情報源は王妃殿下なので間違いないだろう。王妃殿下から見舞いの品と共に送られてきた手紙の文字が楽し気に踊っているように見えたのはグローリアの思い違いでは無い気がする。
学園の生徒でもあるグローリアの朝は決して遅くない。にも関わらず、花は必ずグローリアが起床する時間には届いている。王弟殿下はいったいどれだけ早くに起きて鍛錬をしているのだろう。
いくらイーグルトン公爵家が王宮からそれほど距離が無いと言ってもそんな朝早くに花束を運んでくれている者もどれだけ大変なことか。十分にもてなし労い、心づけを包むよう一応言ってはあるのだが。
「わたくしの部屋に飾る必要は無いのよ。せっかくの王妃殿下の庭園のお花ですもの、応接室や居間に飾って皆で愛でれば良いと言っているのに…」
グローリアは起き上がりユーニスからお茶を受け取るとため息を吐いた。駄目だ、無い、と言いながらなぜこうも王弟殿下はグローリアを甘やかすのか。これでは思い出さない方が無理なのではないだろうか。
そしてもうひとり、グローリアを甘やかして止まない者がいる。
「今日のお茶はカモミールをベースにセントジョーンズワートとペパーミントなんかをブレンドしたものだそうですよ!お好みでこちらのラベンダーの蜂蜜を加えると良いそうです。はああ、お嬢様、愛されてますよねぇ……」
花と共に毎朝届くのが茶葉だ。数回分が小さな缶に入っており、朝用、茶の時間用、そして茶菓子や今日のように蜂蜜やジャムが届く。
ちなみにアンソニーから…というかスタンリー子爵夫妻からは大変丁寧な手紙と共に特産のベリーの加工品の詰め合わせと旬のベリーが、ジェサイアからは花と物語調になった武具の歴史についての分厚い本が療養最初の日に届いた。年頃の令嬢にその本はどうなのかと思ったが、意外にも面白くうっかりと夜通し読んでしまい方々から叱られた。
「そうね。効能が……さすがベンジャミン様だわ……」
精神の安定、鎮痛、不眠の解消。しっかり休めと茶のブレンドだけで表現されている気がする。休養初日にローズヒップとネトルをベースにサフラワーなどをブレンドした茶が贈られてきたときには違うめまいがした。まさか血の道が原因だとは知られていないと思うのだが。そう願いたい。
「いやー、ただの雰囲気勝ちかと思いましたけど意外とまめ男でしたね!ほんと細やかですよねぇ…」
ユーニスが感心しているのか呆れているのか分からない顔で添えられた紙を読み返している。茶の入れ方や効能、グローリアが気に入った時のためにそれぞれのレシピまで付いている。当然だが、全て綺麗にファイリングして保存だ。ベンジャミンの茶はとてもグローリアの好みに合う。
ちなみにモニカたちが見舞いに来てくれた時に出した茶もベンジャミンから贈られてきたものだった。言ってはいないが。
「お茶の時間も楽しみにしていてくださいね!私も楽しみです!」
「ふふ、そうね。でもそれも今日で終わりよユーニス」
「あ、明日から復帰でしたね!!」
「ええ、明日は登校するわ。殿下にもベンジャミン様にもお知らせしないといけないわね」
毎日カードが付いてくるため、グローリアは嫌でも毎日王弟殿下へ返事を出さねばならない。ベンジャミンは放っておけば良いと言ってくれるのだがさすがにそうはいかない。『体調はどうだ』だの『しっかり休め』だの、大変美しい銀の装飾のカードにひと言と名だけが書かれている。少し勿体ない。
「お嬢様……気のせいか、フェネリー様へのお返事の方がいつも倍以上分厚いですよね?」
「あらだって、殿下からのカードはひと言なのですもの。お返事も沢山は書きづらいわ。ベンジャミン様はいつも近況や面白いお話を書いてくださるのよ。お茶とお菓子の感想も書きたいし…どうしても長くなってしまうのですわ」
「お嬢様は罪な女ですねぇ……」
ユーニスが大げさに首を横に振ると嘆息した。ユーニスはグローリアが結婚してもずっと付いて行くと言ってはばからない。つまり、グローリアの婚姻相手がいずれユーニスの主になる。顔面至上主義のユーニスは王弟殿下が一押しなのだ。そろそろ話さなければいけないわねと、グローリアは覚悟を決めた。
「あのね、ユーニス。王弟殿下は駄目なのよ」
「駄目ってどういうことです?」
「わたくし、王弟殿下には完全にふられているのよ」
「はああああ!?」
失礼な侍女であるユーニスだが、子爵令嬢ということもあり礼儀作法は完璧だ。その外面も完璧で、どこに出しても恥ずかしくない侍女であり令嬢なのだ。だがどうにもグローリアの前では淑女の仮面がぼろぼろと崩れる、割と頻繁に。
「え、じゃぁこの花の山は何なのです!?」
「さぁ…わたくしも何とも分からないわ。ただ王弟殿下ご自身がわたくしでは駄目だと仰っているのよ。そこはどうしても譲れないそうだわ」
「は…?え、じゃぁちょっとこれ、毎日花を贈ってくるのはおかしいんじゃないですか!?」
「ええ、だからわたくしの部屋で無くても良いわよって」
そういうことですか!!とユーニスが頭を抱えている。王弟殿下が自分の主になる未来が無いと知りかなりショックを受けているのだろう。
「えー、うわぁ……どうしましょう、これ片付けましょうか?」
「どちらでも良いわ、ここにあっても居間にあっても綺麗なことに変わりはないもの」
「あー……やっぱりろくでもないですね、王弟殿下……本命じゃない女にまでこれですか……」
ユーニスが半目になってじっとりと花瓶を睨みつけている。花には罪が無いのでできれば愛でてあげて欲しい。
「そう言わないで、ユーニス。色々と苦労されている方なのよ」
「その苦労って自分で作って自分で買ってそうですよね」
「否定はしないわ……」
存外鋭い侍女にグローリアは苦笑した。王弟殿下が買わなくて良い苦労もあえて自分で作って買っている節があるのは間違いない。だからこそ、グローリアも共に重荷を背負いたいと願うのだから。
「そういうことで今日も手紙をお願いしますわね、ユーニス。早めに届くようお願いしてちょうだい」
「承知いたしました、お嬢様。あー、ただの雰囲気勝ちでもお嬢様の幸せとお体を考えるだけフェネリー様がましだな……」
ぶつぶつと言いながら綺麗なカーテシーをするとユーニスが部屋を出て行った。ちらりと窓の方を見れば棚の上には五つの花瓶。少し開いた窓からふわりと入って来た風に花の香りが漂ってくる。
――――花に、罪は無いわ。
それでもその香りに泣きそうになるのだけは許して欲しい。今だけ、今だけだからとグローリアは静かに枕に顔を埋めた。




