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7.王弟殿下の来襲

 怪我の翌日からサリーは学園を休んだが、学年末の試験が始まることから週末を挟んでたったの五日休んだだけで週明けには登校してきた。


「サリー、もうよろしいの?事情が事情なのだから…後日の試験を申請しても良かったのではなくて?」

「いいえ、グローリア様。私も早く試験を終わらせてグローリア様たちと一緒に騎士団の鍛錬場へ行きたいですから!!」


 そう言ってにこにこと笑うサリーの額に貼られた白いガーゼが痛々しい。傷はほとんど塞がっているそうでもう血がにじむことは無いが、ガーゼの下にはまだしっかりと茶色く変色したあざ、少し腫れた赤い傷とそれを塞ぐかさぶたが残っている。「そう」と微笑みながらも、グローリアは内心で怒りを抑えるのに必死だった。


 父と母がグローリアに頭を下げてまで待てと言うからグローリアも抑えてはいるが、内心に燻る怒りだけはどうしても消せはしない。グローリアが怪我を負ったのならまだ良かった。罪の無い弱いものを狙ったことが…グローリアの大切な友人を狙ったことが心底許せないのだ。


 サリーに暴行を働いた生徒たちは皆、十日の謹慎を申し渡された。学年末の試験を受けられないことから一部の学生は留年、これまでの成績が良かった生徒も進級はできても次年度はEクラスからの開始を余儀なくされた。

 今年度で卒業となる生徒も同様に試験を受けられないため、王宮の官吏試験や従騎士選抜試験、高位貴族家への学園からの推薦状は絶望的となった。


 爵位が高位であればあるほど留年や低クラスへの所属は名声に響き当然その後の縁談や取引に大きく影響する。平民や低位貴族にとって学園の推薦状が取れないのは将来の可能性を大きく狭めてしまう。未成年への処罰としてはずいぶんと厳しいものとなったのだ。


 兎にも角にも、もとより真面目に授業を受けていたことと休みの間もグローリアとドロシアが日々見舞いに通い共に勉強を進めていたことで、苦手な数学も含めサリーも試験の解答用紙はしっかりと埋められたようだった。

 結果は次週の発表となるが、事情が事情のためあまりにも酷い成績でない限りは次年度もサリーがAクラスから落ちることは無いだろう。それだけが救いと言えば救いだった。


 翌週。サリーの怪我を受けて学園には王宮から監視も兼ねた黒服の騎士が配置され若干の物々しさと緊張感を湛えていたが、試験も終わり結果を待つだけとなった週明け最初の日の少し暑いが緩やかな午後、自習を言い渡された教室に更なる混乱が襲いかかった。


 がちゃりと第一学年Aクラスの教室の扉が開き、挨拶も何もなく堂々と入って来たのは銀糸の髪に濃紫の瞳の背の高い男性…王弟殿下だった。驚きのあまりグローリアが目を見開き立ち上がることも忘れてその姿を見ていると、すたすたと長い脚を動かし入り口からたったの数歩でグローリアの元へ辿り着いた王弟殿下がデスク越しに正面に立ち、身を乗り出すと右手でぐっとグローリアの顎を掴み上向かせ、言った。


「グローリア。お前に無礼を働いた奴はどこのどいつだ」

「は………無礼、で、ございますか?」


 久々に名を呼ばれ、グローリアは一瞬言葉に詰まった。幼いころはそう呼ばれていたが、気が付けばいつの間にかイーグルトン公女と呼ばれるようになっていたのだが。婚約者でもない未婚の令嬢に許可も無く触れることもまた無礼だが、あまりのことにグローリアはされるがままに王弟殿下と視線を合わせた。


「そうだ。公女であるお前を貶めたやつがいると聞いた………どこのどいつだ」


 王弟殿下の口角は上がり間違いなく微笑みを浮かべているのにグローリアは背筋がぞわりとした。本能的な恐怖。表面上は穏やかで凪いでいるのにこの人は怒っている、グローリアはそう思った。


「無礼を働いたのはわたくしかと存じますが…」

「お前が?誰に?」

「誰にって…わたくしが殿下にですわ」

「お前が?俺に?」


 何かされたか?と不思議そうに首をかしげる王弟殿下にグローリアは眉を下げ困ったように言った。今日の一人称は『俺』。完全に砕けたプライベート仕様の王弟殿下だ。


「お茶会の日ですわ」


 ぱちくりと濃紫の目を瞬かせ、「ああ!」とたった今思い出したとばかりに王弟殿下が頷いた。そうしてグローリアの顎から手を離すと前の席の椅子を引き足を開いて逆向きに座り、グローリアのデスクに肘をついて頬杖をつくとグローリアと視線を合わせた。


「お前が俺に無礼を働いたんじゃなく、俺がお前と夫人に無礼なことを言ったんだろうが。お前は単にそれに対して怒っただけだろう」

「はぁ…」


 顔が近くなったグローリアは少しだけ後ろに仰け反った。左右に座るドロシアとサリーが息を飲んだのが分かった。


「確かにまぁ、あの場で感情をあらわにするのは公女としては良くなかったかもしれないが、そもそも俺が言いたいことを言ったことが原因だろう。お前もそれに対して、お前の言いたいことを言っただけだ」

「ですが、殿下は『言ってくれるな、言葉を選べ』と…」

「うん?そんなこと言ったか?まぁ似たようなことは言ったんだろうな。茶会の後でベンジャミンに『あなたが言えたことじゃありません。そっくりそのままあなたに返しますよ』と怒られた」


 ベンジャミンは王弟殿下の従者だ。従者ではあるがお目付け役でもあるらしく、王弟殿下がこっそりと小言をもらっているところをグローリアも何度か目にしたことがあった。


「では、いったいどういう…?」

「いや、そのままの意味だよ。あんな場所でお前みたいな高位の令嬢が強い言葉を使っちゃ印象が悪くなるだろ?だから場所と言い方を選んだ方が良いぞって言っただけだ」


 あの状況下であの言葉を聞いてそう解釈する人間がどれだけいるのだろう。グローリアは表情には出さず内心で眉をひそめた。けれどもグローリアの内心に気づいたのか、王弟殿下が笑った。


「そもそも、だ。お前みたいな年下の令嬢に本当のことを言われて怒るほど俺は子供じゃないぞ。多少心配はしたがな」

「心配?」

「おう、俺のせいでお前の評判が落ちるのは本意ではないからな。つってもまぁ…俺の言い方が悪かったせいでお前らにはすでにかなりの迷惑をかけちまったみたいだけどな」


 ごめんな、そう言って王弟殿下はちらりとサリーを見た。「悪かったな、痛むか?」と声を掛けられ、真っ赤になったサリーがぶんぶんと首を激しく横に振り、そうして傷んだのかぴたりと止まってきゅっと眉を顰めた。

 王弟殿下は「無理するな」とサリーに苦笑すると、ドロシアにも「ごめんな」と謝りドロシアを凍り付かせていた。王族の謝罪など心臓に悪すぎてとてもでは無いが受けたくは無いだろう。グローリアは内心でふたりに深く謝罪した。


「お前は俺の大切な従姪だ。もちろん悪さをするなら容赦はしねえが、お前は国の良心イーグルトンの名に恥じること無いイーグルトン公爵家の公女だ。堂々としていろよ」


 グローリアに向き直ると王弟殿下は淡く微笑み、グローリアの頬を撫でた。またもあっさりと触れられてしまったが、優しさ以外を何も感じない王弟殿下の手は意外と嫌では無いものだとグローリアは思った。


「王弟殿下…」

「うん?」

「お怒りではないと?」

「だから。俺が怒る理由が無いだろうが」

「そう、ですか…」


 グローリアは、実はほんの少しだけ疑っていたのだ。もしかしたらやはり手を叩き暴言を吐いたことに本当は怒っていたのではないかと。

 だが、何を言っているんだこいつはとばかりに呆れた表情でグローリアを見る王弟殿下に、その思いも綺麗さっぱりと消え去った。

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