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6.学園の騒動 事件

 それからも、噂は消えないどころかどんどんと大きくなるばかりだった。今では、グローリアはティンバーレイク公女への暴言や嫌がらせを繰り返し自分こそが王弟妃に相応しいと豪語していることになっているらしい。さっぱりと記憶にないが。

 十日も経つ頃には露骨に嘲笑したり声を大きくしてグローリアを遠回しに揶揄するものもあらわれた。何が至宝か、何が女神か、嫉妬に狂った顔ばかりの馬鹿な女ではないか、と。


「顔と名前は一致しております、お任せ下さい」


 普段は物静かであまり大きく表情を変えぬドロシアが珍しく満面の笑みで言った時にはグローリアは思わず吹き出してしまった。隣で「絶対に許しません!!」と少し丸めの頬を更にぷっくりと膨らませて悔しそうにこぶしを握るサリーは愛らしい。ほんの少しささくれ立ったグローリアの心の柔らかい部分がふんわりと癒された。


「ふふ、お手柔らかにしてあげてちょうだい」


 グローリアは公女だ。有象無象が何を言おうともグローリアの地位は揺らがないしイーグルトンの名に大きな傷がつくことは無い。父も母も兄たちも心無い噂に憤ることはあっても、度が過ぎれば対処をするがそれまでは放っておけと言うだけだ。

 だが、グローリアの心は違う。表面上、どれほど気高く通常と変わらずあったとしても、グローリアの心には傷がつく。ひとつひとつは些細なひっかき傷だとしても、何度も同じ場所を抉られれば傷は酷く深くなっていくものだ。


 それでも今、この学園内でグローリアが真っ直ぐに立っていられるのは彼女たちがいるからだ。

 ふたりがどういう理由でグローリアの側に居るのかは分からない。だが、すでに彼女たちもグローリアの巻き添えでそれ相応の誹謗中傷を受けているというのに、恨み言ひとつ言わずにグローリアの側に居てくれる。変わらず笑み、自分のために怒ってくれるこのふたりこそ得難いとグローリアは強く思っている。このふたりが居ればそれで良い、とさえ。


 ただの噂や誹謗中傷である間は好きにすればよいとグローリアは静観していた。王宮から何のお達しも無いままに騒ぎ立てて事態を大きくするつもりはない。王宮に動きがあればそこで動けばそれで良い。両親や兄たちも今は好きにさせておけと、それはそれは大変良い笑顔で言っていた。


 だが、残念ながらそうも言ってはいられなくなった。サリーが怪我をしたのだ。グローリアに直接は言えない矮小な者たちが大人数で下位のサリーにグローリアに対する聞くに堪えぬ罵声を浴びせ、反論したサリーを突き飛ばし、運悪く転んだ先にあった花壇の角で額を打った。

 気を失い酷く頭から出血したサリーの様子を見た女生徒が悲鳴を上げ、騒ぎを聞きつけた教師によって事件が発覚した。それは当然グローリアの知るところとなり、事態の深刻さから王宮の知るところとなった。


「お父様、お母様。わたくしは王国の良心たるイーグルトンの公女です。弱きを守り慈しむことこそ我が家門の矜持でございましょう。………まさかこの期に及んで尚も何もするななどとは、仰いませんよね?」


 幸い、酷く出血はしたがサリーの傷は深いものではなく、しっかりとした治療さえ受ければ目立つ痕も残らないだろうとのことだった。事態を重く見た王宮が王宮侍医の派遣を決め、完治するまでの間しっかりと治療をするとの確約も得た。

 だが、そんなことはどうでも良い。彼らはあまりにもやり過ぎた。憶測と噂だけで判断してものを言い、それだけに留まらず嫌がらせを繰り返し、あげくの果てに暴力にまで及んだ。彼らもまたグローリアの守るべき弱き者たちではあるが、決して許すことなどできはしない。


「分かっている、ジジ。お前の気持ちは痛いほど分かる。私たちもこのような事態に陥る前に全てを終わらせるつもりだった。だが少し…難しい部分があってな。後手に回ってしまった。お前の友人たちには随分と辛い思いをさせてしまったはずだ………本当にすまない」


 父であるイーグルトン公爵がグローリアを愛称で呼び、その筋肉質な大きな体を丸めて頭を下げた。母もまた、父の隣へ座りその肩に手を添え、「ごめんなさいね」と悲しそうな目でグローリアをじっと見つめた。

 長兄と次兄は今回の件の絡みで王宮に詰めているのだという。第一騎士団長である父も本来であれば戻ってくる予定は無かったが、グローリアへの説明責任を果たすためにいったん屋敷へ戻って来たのだ。


「わたくしへの謝罪は不要です。わたくしには大した被害はございません」


 今回は大ごとになったせいで表沙汰になったが、これが初めてでは無いはずだ。ドロシアもサリーも、グローリアが何度問いただそうとも何もないと笑うだけで決して口にはしなかったが、大小含めてかなりの嫌がらせを受けていたはずだ。全てはグローリアの目の届かぬ場所で行われており、グローリアは助ける術を持たなかった。


――――悔しい…。


 グローリアは唇を強く噛み俯いた。五大公爵家の一角、イーグルトン公爵家の唯一の姫であり第一騎士団長の娘。王族の血を引く絶世の美姫。地位と血統ばかりは国で指折りのグローリアだが、それが何になるというのか。大切な友人すら守れないグローリア自身にいったい何の価値がある。噛みしめ過ぎた唇から鉄の味がする。その痛みさえ足りないとグローリアはこぶしをぎゅっと握り締めた。


「ジジ、もう少し待て。もう少しだけだ。決して、悪いようにはしない………絶対だ」


 父もまた悔しそうに歯を食いしばり、堪えられずにぼろぼろと涙をこぼす愛娘をじっと見つめた。

 グローリアは常に公女という立場を強く意識して生きてきた。奢らぬよう、けれど侮られぬよう常に気高く慈愛深くあらんと生きてきた。そんなグローリアにとって今のこの状況がどれほどの苦痛なのか、父にとっても母にとっても想像に難くは無いようだった。

 

「ジジ…」


 いつの間にか隣にいた母がそっとグローリアの唇に触れた。痛々しく血のにじむ唇をハンカチで押さえ、グローリアの震える肩を抱いた。


「終わったら、ちゃんと話すわ。だからお願いよ…もう少しだけ、耐えてちょうだい」


 「ごめんなさいね」と何度も何度も謝る母の声は今にも泣きそうで、グローリアの肩をさする手もかすかに震えていた。


「わかり、ましたわ………」


 グローリアはそう答えるしかできなかった。今回の件には王弟殿下が…王家が絡んでいる。グローリアの伺い知れぬ何かの事情も動いている。そして、これほどまでに悪意が増幅した原因………後ろに、誰かいるのだ。父すら難しく思うほどの、誰かが。


 ふと、グローリアの脳裏に美しい若草色がよぎった。どうかそれだけはあってくれるなとグローリアはぎゅっと強く瞼を閉じて頭を振り、その誰かの面影を脳裏から追い出した。


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