49.六人の姿絵を
やはり面白がっているなとグローリアは唇を尖らせた。なぜ他者の姿絵など欲しがるのだろう。グローリアからすればもっと大切な、心から欲しいと思える風景があるのに。
「どうせならわたくし、皆様との姿絵の方が欲しいですわよ」
にやにやと楽しそうに販売経路などを話していた小憎らしい友人たちがいっせいにぱっとグローリアを振り向いた。
「それは描かせましょう!わたくしたち六人の姿絵を!!」
モニカのにやにや笑いがぱっと、グローリアの大好きな花が開くような笑顔に変わった。
「良いですね、どうせなら庭での茶会が良いでしょうか?」
「庭なら今の時期、やはりティンバーレイク公爵家の薔薇園でしょうか」
「イーグルトン公爵家の噴水庭園も捨てがたいですよね!」
フォルカーが微笑み、ドロシアが頷き、サリーが両頬にえくぼを浮かべて笑っている。
「どれも趣向を変えて描いてもらえば?」
「それよ!」
「それですわ!」
全て描き留めればいいじゃない、とベルトルトが楽しそうに笑い、モニカとグローリアがぱっと顔を見合わせ笑い合った。
麗らかな日差しの下、こうして六人で他愛もない話に花を咲かせきらきらと笑い合う。そんな瞬間を切り取り永遠にしてしまいたい――――その思いはきっとグローリアだけのものではない。そう、信じられる。
「あー………ちょっと、話がずれたじゃないの」
あまりにはしゃぎ少々恥ずかしくなったのか、モニカが浮かせていた腰を椅子に下ろして少し冷めた茶を口に含んだ。
「あら、良いではありませんの。わたくし、沢山の姿絵が欲しいですわ、六人の」
グローリアも微笑みを浮かべたまま茶を口に含む。今日の茶は東方からウィンター家が輸入したという緑色の茶だ。紅茶とは違う爽やかな苦みと自然な甘みが柔らかく包み込んでくれる。
「呼ぶわよ、お抱え。次にうちに来た時は薔薇園にテーブルをセットして何枚かラフ画を描かせましょう」
「では当家の時は噴水庭園の東屋ですわね」
モニカも落ち着いたのか、ふふ、と笑い目を細めた。ティンバーレイクの薔薇園の中心は円形の広場になっている。そこにテーブルを出すのだろう。
イーグルトンの噴水庭園には大小さまざまな噴水の間にいくつかの東屋があり、噴水のしぶきが庭を包み他の場所よりも幾分か涼しい。暑くなってきたら噴水庭園で絵を描いてもらうことにしよう。
フォルカーが少し考えるようにテーブルの上に腕を組み、そうして何かを思いついたように微笑んだ。
「個人的にはウィンター伯爵家の見本倉庫も好きなのですが」
ウィンター伯爵家の見本倉庫は、倉庫とは呼ばれているが実際は展示場のような趣だ。東西南北、ウィンター伯爵家が蒐集した様々な品を美しく陳列し、さながら博物館のごとしだ。初めて案内された時、フォルカーの微笑が一気に崩れ輝いたのをグローリアもよく覚えている。
「ああ、良いわよね、珍しいものが沢山あって!室内でも良いのならサリーの家の手芸室!わたくし、あそこが大好きよ!!」
クロフト子爵家は一般的な子爵家ということもあり他の三家に比べるとかなりこじんまりとしている。けれども屋敷中に刺繍やレース編みなどが美しく飾られており、応接室の窓にかかる見事なレース編みのカーテンが子爵夫人の手によるものだと聞いたグローリアは思わず手に取りじっくりと眺めてしまった。ドロシアの目がきらりと光ったのも印象的だった。
屋敷の中でも最も大きな部屋を割り当てられていると思われる手芸部屋には壁一面に見事な織のタペストリーが飾られ、その一角に、女神と花園、動物たちを美しく配した大きな刺繍が飾られている。
「あー!あの女神!!良いよな、俺も実は欲しい」
「あの、おふたりのご成婚の際に、新しいものを、お、贈らせていただいても……?」
実はその刺繍はサリーが刺したのだとはにかみながらサリーが教えてくれた時、モニカは目を丸くしてサリーの両手を握りその手のひらをじっと見つめた。「魔法ってきっとあるのね……」そう呟き、素敵よとサリーを抱きしめるモニカの元へドロシアを引っ張って行き、グローリアも一緒になって四人で団子になった。
「大歓迎よサリー!!嬉しいわ!!!………でも、大変なのではない?」
「大変じゃないって言うと嘘になりますけど、でもまだ時間もありますし…どうしても刺したいんです、おふたりのために。贈らせていただきたいんです!!私の、私のたったひとつの特技ですから!!」
頬を染めにっこりと笑うサリーを見て、見開かれた若草の瞳にみるみる水の膜が張りモニカの眉がへにゃりと下がった。
「サリー………もう、泣かせないでちょうだい」
「う……申し訳ありません…」
釣られたようにサリーの少し垂れた目にもどんどんと涙が溜まっていく。
「サリー嬢、どうぞ」
「ぅぅ、ありがとうございます」
フォルカーが微笑みハンカチを渡すとサリーが受け取り目に当てて俯いた。
「モニカ、こっち向いて」
ベルトルトがつないだ手をぐっと引くと、モニカがベルトルトを振り向きそちらへと体を寄せた。頬を流れ落ちそうになったモニカの涙をベルトルトがハンカチでそっと拭ってやる。
「ベルト…どうしよう寂しいわ」
ぐずぐずと鼻をすすりながら首を横に振るモニカへと椅子を寄せ、ベルトルトがこつりと、モニカの額に額をつけた。
「うん、ごめんね。俺を許さなくていいからね」
「無理よそんなの」
「無理ですわね」
「そもそも怒れません!」
「気持ちはみな同じです」
切なそうに微笑んだベルトルトに、間髪入れずに声が上がる。そう、許すも許さないも無いのだ。寂しくないと言えば嘘になる。それでも、いつか来る別れに怯えてはいても今共に過ごすこの時間に嘘はない。
「はは…ほんとにさ、俺も離れたくないもんなぁ」
ありがと、と小さく呟いたベルトルトの金の瞳も薄っすらと潤んでいるように見える。「そうですね」と普段は崩れぬフォルカーの穏やかな微笑みも、今は少し切なげに歪められている。
隣国にも当然彼らを待っている友人や家族がいるはずだ。それなのに、ベルトルトもフォルカーもまた同じようにグローリアたちとの時間を惜しんでくれる。
六人で共に過ごしたのはまだほんの一年にも満たない短い時間。それなのに、これほどまでに心寄せあうことになるとはいったい誰が想像しただろう。
熱を持ちそうになる目をひとつ瞬かせ、グローリアはぐっと、カップに残った茶を飲み干した。
「まだ一年半近くありましてよ」
グローリアはふふふと微笑んだ。嘘だ。一年半近くあるのではない、もう一年半近くしかないのだ。こうして六人で過ごすかけがえのない時間。永遠に続いてほしい、素顔でいられる大切な、グローリアたちの時間。
「そうですね、大切な一年半です」
フォルカーも微笑み頷く。モニカは昨年の秋にはすでに十八歳。昨年末に十七歳を迎えたドロシアに続き、フォルカーは今年に入り二十一歳の誕生日を迎え、ベルトルトも先月十七歳になった。時間は刻一刻と過ぎていく。だからこそ、一分一秒でも無駄にしたくはないとグローリアは祈るように思うのだ。




