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アマリリス令嬢の恋と友情、ぬいぐるみについて ※ シリーズまとめに収録開始  作者: あいの あお


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47.メイウェザーの愛

「先代メイウェザー伯爵はマイアさんに経緯を話したのだけど、それは信じられないわよね。自分は貧しい平民の夫婦から養子に出されたのだと聞いていたのに、実は誘拐された令嬢でした、なんて話。大事にされていたから、余計にね」


 王妃殿下が手を上げて小さく振った。すると隅に気配なく控えていた侍女たちが蝋燭にひとつひとつ火を灯していく。気が付けば夏の長い日が傾き夕暮れが広がっている。温室のガラスから差し込む光の色に外を見れば、フォルカーの髪色のような美しい空が目に入った。


「真偽を確かめるために先代伯爵はマイアさんを伴ってスピアーズ家に行ったのだけどね、すでに夫人も子爵も亡くなっていてマイアさんの義理の甥が後を継いでいたの。話しを聞いたマイアさんの義兄である先代スピアーズ伯爵は大急ぎで母親の遺品をひっくり返したけど何も出て来なくてね」


 少し明るくなった手元に小さな焼き菓子が置かれた。年若い侍女に礼を言うと、侍女はきらきらとした目で「いえ!」と小さく言いにっこりと笑った。年上のはずだが、蝋燭の火に輝くヘーゼルの瞳と緩く編まれた髪が愛らしい。


「夫人と港町に一緒に行った侍女がまだ生きていたから事情を聞きに行ったらね、一冊の日記を渡してくれたそうよ。これで死ねると、泣きながら笑ってたって」


 これで死ねる。何と悲しい言葉なのだろう。大きな罪を抱えたまま誰にも言えず、誰にも償えず、ずっと苦しんで生きていたのだろう。罪は罪だ。それでもその心を思えばあまりにも苦しい。グローリアは絶対に、自分の侍女にはそんな思いをさせはしないと唇を噛み心に誓った。


 ふと視線を感じて目を上げると王妃殿下が焼き菓子に目をやりグローリアに頷いた。グローリアも頷き、可愛らしい焼き菓子を口にした。しっとりとしたアーモンドとバターの香りが素晴らしいフィナンシェだ。ちょうどひと口の大きさで割らずに食べられるのがありがたい。

 グローリアの口角が上がったのを見て満足そうに笑うと、王妃殿下は続けた。


「全てを知った先代スピアーズ子爵は酷くショックを受けてね…自分の母のした非道と探し続けた先代メイウェザー伯爵への償いとして爵位を返上して全てを国と救護院へ寄付すると言い出したのよね」

「それもまた壮絶ですね……」


 飲みこむときに思わずごくりと音を鳴らしてしまった。はしたないが仕方ない。グローリアが慌てて紅茶を口に含むと、王妃殿下の目が優しく細められた。ちらりと母を見ると、母もいたわるようにグローリアを見ている。


「ええ。先代スピアーズ子爵も、幼い頃からとてもマイアさんを大切にしていたそうよ。だからこそ、余計に許せなかったのでしょうね」


 王妃殿下も焼き菓子を摘まむと「うん、今日も美味しいわ」と微笑み紅茶を口に含んだ。指に残った焼き菓子の粒を舐めようとした王妃殿下に、その後ろから「んんっ」と咳払いが飛んできて、王妃殿下はぴたりと止まり目を泳がせながら横からそっと差し出された布巾で指を拭った。王妃殿下()中々お転婆らしいと、グローリアは密かに大切な若草の瞳の友人を思った。


 気を取り直すように王妃殿下はもうひと口紅茶を飲むと、小さく咳払いをして続けた。


「先代メイウェザー伯爵は先代スピアーズ子爵を責めなかったわ。むしろ、こんなに素晴らしい女性に育ててくれて、大切にしてくれてありがとうって。どうか、妹の帰る場所を奪わないでやってくれ、って言ってね」


 ふふ、と王妃殿下が眉を下げ切なそうに笑った。どんな気持ちだったのだろう。ずっとずっと探し続けてきた妹と、妹を奪った憎いはずの家。その家にありがとうと言える先代メイウェザー伯爵の思いがグローリアの心にとても痛い。


「マイアさんの義甥は王家に事の次第を話して降爵を願い出たわ。王家も先代メイウェザー伯爵も当人たちが既に亡くなっているし被害者が不問だと言っている以上降爵までは必要無いって言ったのだけどね…爵位の返還か降爵か、どちらかだって頑として譲らないから王家も降爵を認めたの。そうしてスピアーズは男爵家になったわ。それが十三年前の話」


 清廉な人たちだと、グローリアは思った。過去のことだと言うこともできたのに。それを先代メイウェザー伯爵もマイアも望んだのに、それでも罪は罪だとしっかりと受け止めることを選んだ。そんな人たちが一緒だったからこそマイアも幸せに生きてこられたのだろう。


「今もマイアさんは貴族名鑑ではスピアーズ令嬢のままよ。マイアさんが、それを望んだから」

「それは……」

「それがメイウェザーの愛し方よ、グローリア。どうしようもなく執着して、どうしようもなく離れられなくて。だけど、物ならばその物の、人ならばその相手の、幸せを誰よりも何よりも祈るのよ。心を捧げたメイウェザーはそのために生きて死ぬの。もしも相手が望むなら、手を離すことも自らを殺すことも厭わない。だからこそ安易にメイウェザーの心を受け入れることは許されないのよ。メイウェザーを受け入れるなら、メイウェザーの命と行動に責任を持つ覚悟が必要なの」


 切なそうに、けれどとても優しい目で微笑むと、王妃殿下は斜め後ろに控えるハリエットを仰ぎ見た。ハリエットもまた、同じような笑顔で王妃殿下を見ている。呪いだと、恐ろしいと思うのに、やはりどこか美しいとも思う。グローリアは今、どんな顔でこのふたりを見ているのだろう。


「ねぇ、グローリア」

「はい」


 永遠にも思えるような一瞬を見つめ合うと、王妃殿下はすっと真剣な顔になりグローリアを見た。


「もしもあなたがレオと結婚する気が無いなら言動には十分に気を付けなさい。……もしもベンジャミンがメイウェザーの血でレオを選んだなら。そしてもしもレオがあなたを望んだなら。あなた、どんな手を使ってでも絡め捕られるわよ」


 ぐっと、王妃殿下の眉根が寄った。警告か、忠告か。確かに今のグローリアと王弟殿下の距離はずいぶんと近くなってしまっている。今日の茶会で周囲にも親密であると知れ渡るだろう。それが嫌かと聞かれると、以前ほど嫌ではないことにグローリアは気づいた。嫌なのはただ、そう、あの明るく光る若草の瞳が曇ることなのだ。


「王妃殿下」

「何かしら?」

「もしも王弟殿下がわたくしを望まれるのなら、イーグルトンの娘としてお受けするのはやぶさかではございませんわ」


 グローリアは心のままに静かに言った。元々グローリアは国と家のために結婚することを受け入れている。知らなかったがゆえに王弟殿下を毛嫌いしていたが、今は知ってしまっている。


「あらまぁ……ちょっとやだ、どうしましょう嬉しいわ!」


 ぱっと王妃殿下が振り向いた。視線の先では王妃殿下の筆頭侍女が「よろしゅうございましたね」と微笑んでいる。


「あの、万が一にも王弟殿下が望まれるのならですわ?わたくし、我儘を許されるなら望んでくださらない方には嫁ぎたくございませんの」

「良いわ、もちろんよ!レオが望めば良いのよね!?」


 被せ気味にグローリアに答えると、王妃殿下は今度は横を振り向いた。ふっくらとした垂れ目の侍女が微笑み「王弟殿下とのお茶の席を設定いたしますか?」とペンと手帳を取り出した。


「いえ、ですから……」

「どうしましょう、楽しくなってきたわね!!」

「あの、王妃殿下」

「お義姉様と呼んでも良いのよ!?」

「いえ、あの……」


 あまりの王妃殿下の勢いに返答に失敗したかもしれないとグローリアが遠い目になりかけていると、横から笑い混じりのため息が聞こえた。


「馬鹿ね、ジジ。フェネリー卿の前にセシリア様に囲い込まれるわよあなた」


 母が呆れたように、けれど面白そうにグローリアを見ていた。仕方が無いわね、と薄い青の瞳が言っている。


「………望まれればですわ、王弟殿下が」


 あれこれと侍女たちに指示を出し始めてしまった王妃殿下に唇を尖らせつつグローリアが答えると、母が更に笑みを深くした。


「ライオネル殿下がセシリア様に逆らえるわけがないじゃない」

「それは王弟殿下が望んだとは判断しないので却下ですわ」

「そこの境界をどう判断するつもりなの?」

「………目?」


 昼の茶会で国王陛下が王妃殿下を見た目は、父が母を見る目に良く似ていた。あの目はきっと愛する者を見る目だ。もしもグローリアにあの目を向けてくれるのならば王弟殿下との未来もあり得るかもしれない。


「まぁ、頑張りなさいな。あなたがまいた種よ、ジジ」

「ジジね!私もジジって呼んでいいかしら!?」

「あ、はい、どうぞ!」


 王妃殿下のあまりの勢いにグローリアの淑女の仮面が完全に剥がれた。そもそも王妃殿下のはしゃぎぶりが淑女に疑問符がつくものなので気にしなくても良いのかもしれないが。そういえば王弟殿下が王妃殿下も面白いを重視すると言っていたなとグローリアは思い出した。間違いない。間違いなく目の前の国で最も高い位置にいるはずの女性は面白がっている。


 これは完全に間違えたなと、心の中でグローリアは王弟殿下に謝った。

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【 ある王宮の日常とささやかな非日常について 】


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