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4.グローリアの三人 三人目 2

「なんてお似合いのおふたりなのでしょう…。衣装もどことなく揃えていらして、まるで絵物語の一場面ようですわ」

「御髪の色も瞳の色も美しい一対のようじゃないか。許されるならずっと見ていたいな…」


 まるで魂を持った完璧な人形のような美しい公女に、芸術家が理想を求めて削り出した彫像のように美しい王弟殿下。ただ数歩離れた距離で話をしているだけでも周囲の視線を簡単に集めてしまう。


 ましてや、王弟殿下のシャツの袖口を飾るのは先日東国から贈られてきたというこの国では産出しないグローリアの瞳によく似た薄紫の紫翡翠のカフス。グローリアの胸元のリボンを飾るのは、王弟殿下の瞳には負けるが深い紫のアメジスト。

 グローリアは本来であればサファイアとダイヤをあしらった蝶を象ったブローチを着ける予定だったが、今日の装いにはシンプルな装飾の方が良いと、候補として用意されていたものの中からひと粒のアメジストを銀の装飾で囲ったものをグローリア自身が選んだ。

 本当にそれで良いの?と母に聞かれたのはこれだったかとグローリアは迂闊な自分を思い内心で歯噛みした。


「あーくそ…やりやがったなあいつら…」


 ぽつりと、聞こえるか聞こえないかの声で王弟殿下が唸るように呟いた。濃紫の瞳が陰りぐっと眉根が寄せられたのは一瞬、ぱっと顔を上げた時には実に楽しそうな笑顔に変わっていた。 


「俺の好みは心振るわすような味のある良い女だ。ただ行儀が良いだけの浅いお嬢さんに興味はねえよ」


 王弟殿下は肩を竦めながらそう言うとグローリアの母に視線を流して少し顔を寄せ、母と目が合うと一瞬すっと目を細めて小さく唇を動かし、それから嫣然と微笑んだ。


「夫人ほどの貴婦人なら…ぜひともお願いしたいがな」


 そう言うと王弟殿下はテーブルに置いていた母の手を持ち上げ、揺れる瞳でじっと母を見つめたままゆっくりとその指先に口づけた。口づけたままで母と見つめ合い、そうして甘く、甘く笑った。

 グローリアの背を何かがぞわりと駆け上った。カッとなり、思わず王弟殿下の手を跳ねのけて母の手を取り戻すと感情に任せて王弟殿下を睨みつけた。


「傍若無人だ無作法だとは聞いておりましたがまさか不埒でもいらっしゃるとは………!殿下が何をなさろうと勝手になさればよろしいですが母を巻き込まないでくださいませ!………汚らわしい…!」


 ぎり、と奥歯を噛みしめるとグローリアはデイドレスの隠しポケットからハンカチを取り出しそっと母の指先を拭った。いまだ何も言わぬ母にまさか王弟殿下の美貌に呆けているのかと顔を上げると、困ったように微笑む母の優しい瞳と視線が合った。

 ふと違和感を感じ、「お母様?」と口元だけで呼ぶと、頭上から低い、地に響くような声が聞こえた。


「言ってくれるな………イーグルトン公女は相変わらず随分と容姿に似合わず情熱的だと見える。場所と言葉は選んだ方が良い………取り返しが付かなくなるぞ」


 はっと王弟殿下を振り仰ぐと、グローリアを見る王弟殿下の表情は笑っているのに濃紫の目は全く笑っていないように見えた。

 ひゅっ、とグローリアは息を飲んだ。いかにグローリアが公女であれど相手は王弟。この国において数少ないグローリアよりも高位にある相手だ。その相手の手を叩き落とし、公の…しかも王族主催の茶会で大きな声で罵倒するなどあり得て良いことではない。

 公女であるグローリアがこの場で手打ちにされることは無いが、不敬罪でどのような罰を受けても致し方がない。熱くなっていたグローリアの頭が一気に冷え、冷や汗が背を下っていった。


「っ…申し訳……」

「良い」


 グローリアが立ち上がり謝罪をしようとするも言葉を遮られ、立ち上がることすら許されなかった。


「座っていろ、今日は王妃殿下の茶会だ」


 頭上から、静かな声が落ちてきた。かろうじて「はい」と返事はできたが、グローリアは俯いたまま顔を上げることができなかった。もしも怒ってくれたのならばグローリアも顔を上げ平身低頭謝ることくらいはできたかもしれない。けれども王弟殿下の声があまりにも静かで凪いでいて、それが逆に恐ろしかった。


「殿下、どうぞここはわたしくに免じて」


 顔を上げられないグローリアに代わり母が静かに頭を下げた。膝の上でぎゅっと握っていた両手にテーブルの下で母の手が温かく添えられ、ぽんぽんと、優しく叩いてくれた。


「もちろんだイーグルトン公爵夫人、顔を上げてくれ。私の戯れが過ぎただけだ。清く正しいうら若き令嬢には私のような振る舞いが許せないのは十分に理解できるさ」


「ご恩情に感謝いたしますわ」


 顔を上げた母が再度小さく頭を下げた。「ああ」と頷くと王弟殿下はグローリアたちの元を後にした。王弟殿下がグローリアの後ろを通り過ぎるとき、背中をぽん、と軽く叩かれた感じがしたが、驚いて顔を上げると王弟殿下はすでに会場の中ほどまで歩いて行った後だった。


「騒がせて済まない。夫人のあまりの美しさに私の悪い癖が出たようだ。皆、どうか気にせず王妃殿下の茶会を楽しんでいただきたい」


 王弟殿下が悪戯っこのように笑い軽く、けれど見惚れるほど優雅に美しく礼をすると、ざわついていた会場がぴたりと静かになった。そうして王弟殿下が顔を上げると同時にふわりと微笑みゆっくりと周囲を見渡すと、たったそれだけで参加者の表情が感嘆に変わり空気が一瞬で和らいだ。


 圧倒的な存在感と、王族としての威厳。公女として自らを律し常に努力を重ねて生きてきたグローリアには、それが決して当たり前に出せるものでは無いことを知っている。


――――ああ、美しいわ。


 艶やかな銀の髪、長いまつ毛に縁どられた切れ長の濃紫の目。けれどその容姿だけではない。王弟殿下は存在自体が力強く、誰に何を言われようとも自らであり続けるその確固たる自信と堂々たる姿こそが美しい。グローリアでは到底、王弟殿下ほどに自分を保つことはできないだろう。それがどのような方向であるとしても。


「珍しいわね、グローリア。あなたが我慢できないなんて」


 何事も無かったように紅茶をすする母とは対照的に、グローリアはしょんぼりと肩を丸め視線を落とした。その通りだ。家ではある程度自由に過ごしているとはいえ、普段のグローリアならば公の場でこのような暴言を吐くことはおろか、感情を表すことなどほとんどない。せいぜい、冷ややかな視線を送り冷たい笑顔を浮かべて遠回しに嫌味を言う程度だ。


「申し訳ありません、お母様…」


 自らの失態に眉を下げていたグローリアは自分の今いる場所を思い出し、更なる自己嫌悪に陥りながらゆっくりと顔を上げた。


「ティンバーレイク公爵閣下、ティンバーレイク公女、大変お見苦しいところをお見せいたしましたこと、お詫び申し上げます」


 グローリアと母の対面に座る若草色の瞳の親子に、グローリアは座ったまま謝罪をしてまた静かに頭を下げた。ここは公の場、この茶会の会場において王弟殿下のテーブルを除けば最も上座にあたる位置にある。このような場所で騒ぎを起こすなど、同席しているティンバーレイク公爵家にも無用な注目をさせてしまった。


「頭を上げなさい、イーグルトン公女。あれは王弟殿下が悪いよ」

「そうですわ、イーグルトン公女のお怒りもごもっともです」


 ティンバーレイク公爵は苦笑しながらちらりと王弟殿下の後ろ姿を見やり、グローリアの緊張を解くためだろう、公女はあえて表情を崩し、共に怒ってくれるかのように愛らしい頬を膨らませ唇をつんと尖らせた。ふたりの含みの無い柔らかな声音とその表情に、グローリアも自然と笑みがこぼれた。


「感謝いたします。このお詫びはいずれ」


 にこりと、社交用ではない心からの笑顔でグローリアは笑った。ティンバーレイク公爵が頷き笑みを深め、ティンバーレイク公女はぱちりと目を瞬くと、「あらまぁ」と花がほころぶようににっこりと笑った。


 その後は他家の令息令嬢がグローリアたちのテーブルに挨拶に来ることはあったが王弟殿下がグローリアたちの座るテーブルに来ることは無く、茶会の終了までグローリアたちは穏やかな時間を過ごしたのだった。


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