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アマリリス令嬢の恋と友情、ぬいぐるみについて ※ シリーズまとめに収録開始  作者: あいの あお


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37.騎士と従騎士

 楽しい茶会の三日後、憂鬱な茶会の五日前。ほんの少しでも気持ちを上向けようとグローリアはドロシアとサリーと共に騎士の鍛錬場へとやって来た。いつも通り鍛錬場の少し手前から中を覗けば、そこには今日も麗しいアレクシアと、奥の方にグローリアたちのいる場所からでもひと際目立つセオドアが鍛錬に参加していた。

 常に持って来ているわけでもないのだが、春休みということもあり学園がある時期よりも頻繁に来ているのでかなりの回数をすでに差し入れている。この日は思い立って急に観覧に訪れたこともあり差し入れは持って来なかった。


 指導をしているのだろうか、若手と思われる騎士たちと何事かを話しているアレクシアとそのずっと奥に見えるセオドアを眺めていると、突然横から知らぬ声が掛かった。


「ここは御令嬢方が入っていい場所ではありません。観覧席へ行ってください」


 ちらりと目をやると、鍛錬着を着たグローリアたちと大して変わらないくらいの女性が片手を腰に当てグローリアたちを睨んでいた。


「聞こえてますか?ここにいられては困るんです」

「………ええ、聞こえていてよ」


 女性からまた鍛錬場へ目を移すと、グローリアは淡々と答えた。後ろではドロシアが無表情に不快感を乗せて鍛錬着の女性を見つめ、サリーが口元に手を当てて目を見開いている。


「聞こえているなら観覧席へ!ここは騎士の鍛錬場です」

「知っていてよ」

「はぁ………これだから貴族令嬢は………」


 グローリアが誰であるのか。鍛錬場を使う騎士なら誰もが知っている。当然、一部の勘違いをしたもの以外は挨拶も無しにグローリアに唐突に話しかけることも無いし、まるで馬鹿にするようにこれ見よがしにため息を吐くようなこともしない。

 そうでなくとも、たとえグローリアが誰であったとしてもこの鍛錬着の女性の態度は褒められたものではない。残念だが、騎士と呼ぶことは到底できはしない。


「あなた、どなたか知りませんが失礼ですよ!」


 普段は朗らかなサリーが目を怒らせ声を荒げた。


「騎士でもないのにこんなところに入り込むあなたたちの方が失礼でしょう」

「名乗りもせずに言いたいことだけ言うあなたのどこが騎士ですか!」

「ご令嬢のお遊びに付き合うだけが騎士じゃないんですよ」

「この……!」


 唇を噛みしめサリーが更に言い募ろうとした時、奥から走って来た白髪交じりの壮年の騎士がグローリアまで五歩の位置で止まり、ばっと頭を下げた。


「申し訳ございません!!!」

「っ、シモン卿!?」


 ちらりと見ると、奥の方に居た騎士たちが数人、こちらへ向かってくるのが見える。ぱちりと、アレクシアと目が合った気がした。


「第二騎士団所属、シモン・コーネルと申します。これは昨年の従騎士選抜から入った新人なのですがやっと研修が終わり騎士棟へ出入りし始めたところなのです。何の言い訳にもなりませんが……どうかご容赦いただけないでしょうか」


 謝罪を続ける騎士、シモンへと目を戻す。ほぼ直角に腰を曲げたまま決して目を上げようとしない。そんなシモンに対し、鍛錬着の女性が目を瞠り声を上げた。


「シモン卿、どうして!」

「黙れレナータ!どうしたもこうしたも礼を失したのはお前だ。それすら分からないなら騎士など諦めろ!」


 腰を曲げたまま顔だけを女性に向けたシモンが低く強く言った。


「っ!!あたしは!!」

「よろしくてよ。誰にでも間違いはあるものだわ」


 何かを言おうとした鍛錬着の女性レナーテを遮り、グローリアは「顔を上げてちょうだい」と頭を下げ続けるシモンに言った。


「寛大なお言葉に感謝申し上げます」


 一度顔を上げ、騎士は再度深く頭を下げるとグローリアの前に背を伸ばして立った。アレクシアと同じくらいの背か。薄くしわを刻む顔が苦し気に歪められる。


「レナータ、謝罪しろ」

「く………」


 訳が分からないとばかりにグローリアを再度睨みつけた女性に、「レナータ!!!」と壮年の騎士は声を荒げた。


「必要ないわ」

「しかし公女様」

「いらないわ。悪いと思っていない者からの言葉だけの謝罪など受け取る価値もないもの。必要なくてよ」

「っ、それは………」

 

 悲し気に眉をひそめ首を横に振るシモンに、グローリアもまた無表情で首を横に振った。レナーテが「え………公女?」と小さく呟いたのが聞こえた。


「シモン卿、あなたの従かしら?」

「はい、そうです」

「そう」


 グローリアはあえて『従騎士』と言わなかった。確かに規則を破っているのはグローリアではある。ゆえに怒りをあらわにすることも不敬を叫ぶことも無いが、グローリアの身分が何であれレナーテの物の言いようも態度も決して騎士と呼べるものでは無い。たとえ従がつくとしてもだ。


「あなたの献身と輝かしい功績に免じ、今回は不問といたしますわコーネル男爵。ですが、わたくしだからこそこれで済んだのだということだけはしっかりと伝えることをお勧めいたします。もしもそこの『お嬢さん』が本当に騎士を目指すおつもりなら」


 コーネル男爵、シモン・コーネルは二十年以上の長きに渡り第二騎士団の第一線の騎士として務め上げ、第三隊の隊長として多くの功績を上げたことで平民出身の騎士爵から自らの実力のみで男爵位を得た紛うこと無き人格者であり立派な騎士である。そのシモンの従であるならレナータも第二騎士団に所属し、将来を嘱望されているのだろう。このまま騎士になれるのであれば、だが。

 少なくとも今のレナータでは実力主義の第二であっても実力以外の理由で何年経っても騎士になることはないだろう。相対しているのがグローリアで無かったら騎士人生すら終わっていたかもしれない。


「ご配慮痛み入ります」


 シモンは深く頷き、そうして王族にする最敬礼よりもひとつ下、貴族に対する最も深い騎士の礼をグローリアにとった。起き上がったシモンの表情は険しい。ちらりと、その険しい表情のままこちらの様子を伺っていた周囲の騎士たちをひと睨みすると、騎士たちは皆ハッとしたように後ろを向いてぴしりと姿勢を正した。


「行くぞ、レナータ」

「はい………」


 シモンはレナータを険しい目で見て背を叩いた。レナータはちらりとグローリアを見ると小さく頭を下げ、シモンに腕を取られ鍛錬場の奥、控室の方へと入って行った。


「何なのでしょう、あのレナータって人は!」


 ぷんぷんと音がしそうなほど赤く染まった頬を膨らませ顔をゆがませるサリーを宥めなくてはとドロシアと苦笑しつつ目を見合わせたとき、背後から良く知る声が掛かった。


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