36.国王陛下の口添え付き
大きな天候の崩れはあったが王妃殿下が予定通りに王宮に戻り、その翌日には遠征に出ていたポーリーンも帰って来たらしい。父の執務室から拝借した官報にはそのどちらも滞りなく無事終了したことが書かれていた。
そうして王弟殿下から聞いた通り、オブライエン侯爵領の鉱山についてと、産出した両陛下の色のこぶし大の宝石が王妃殿下へと贈られたとある。王妃殿下はこの贈られた国王陛下と王妃殿下の色の宝石をいくつかに割り、今年の夏行われる予定の国王主催剣術大会の副賞として下賜する旨を発表したそうだ。
王弟殿下の言うところの『曰くつき』の宝石だ。何とも言えない気持ちで王妃殿下が持ち続けるよりも、王家の象徴として誰かの胸を飾る方が宝石にとっても幸せだろう。国王陛下のお心は量り知れないが。
グローリアたちはと言えば二学期も終わり春休みに入った。大人たちの社交も続いているが、来週には因縁の春の茶会が控えている。
「今年は絶対にアメジストは身に付けませんわ」
グローリアが珍しく不機嫌を隠さずにむっつりと言った。その様子を眺めながら「あらまぁ」と困ったように笑うと、モニカが膨れたグローリアの頬を指で押した。ぷすぅ、っとグローリアの尖らせた唇から空気が漏れる。
「どうしだの、グローリア。そんな顔をして珍しい」
今日は春休みに入って最初のいつものお茶会だ。首をかしげるモニカの横で、イーグルトンの焼き菓子をいたく気に入ったらしいベルトルトもさくさくと焼き菓子をかじりながらきょとんとした顔でグローリアを見つめている。今日の茶会はイーグルトン公爵家の主催だ。
昨年の春の茶会ではうっかりとアメジストを身に着けたせいで、誰かに紫翡翠を身に付けさせられたらしい王弟殿下とトラブルを起こしてしまった。今年こそは目立つまいと思ったのだが、今度は別の方向から面倒ごとがやって来た。先ほどのアメジストはただの八つ当たりだ。
「釣書で部屋が埋まったそうです」
「は?」
代わりに説明してくれたドロシアに、モニカが目を丸くしている。「そういう時期かー」とベルトルトは目を細めて紅茶をすすり、フォルカーは静かに微笑んでいる。
「部屋ではありませんわ。ティーテーブルが使えなくなった程度です」
「わたくしの婚約が間違いのないところまで来たことで矛先がグローリアに絞られたのね」
モニカは気の毒そうにグローリアを見つめ、サリーも心配そうに眉を下げている。
「今年からは西の海洋伯の御令嬢も茶会の参加資格を得るお年ですので少しは分散されるかと思っていたのですけれど」
ため息を吐いたグローリアに、ベルトルトが「意外だなぁ」と首を傾げた。
「その程度のことでグローリア嬢が動じるとは思えないんだけどね。何かあったの?」
「そうですね、グローリア様ですから端から蹴っていったところで誰も咎めないでしょう……お怒りになる理由が何か?」
おかわりをカップに注いだメイドにありがとうと微笑むと、フォルカーも言った。
「国王陛下の口添え付きが一件混じりましたのよ」
「あー……それはまた………」
眉間にしわを寄せてグローリアが答えると、ベルトルトもまた気の毒そうにグローリアを見た。仲良く眉を下げる若草と金の瞳に、グローリアは更に唇を尖らせた。
国王の口添え付きとなれば手紙で素敵なご縁をお祈り申し上げるだけでは断れない。一度は必ず会わねばならないだろう。貴族令嬢の義務とはいえ、よりによって春の茶会での見合いを打診されてはグローリアとしても眉を顰めるしかない。なぜ他家に見せつけるように全く知らない令息と見合いをせねばならないのか。
「そういえば、お相手はどこの御令息なのでしょう?」
恐る恐るといった風情でサリーが言った。怒っているわけでは無いのだがどうにも気に食わないのはグローリア宛に届いたそのお相手からの手紙のせいだろう。
「件の御令嬢の兄君でウィルミントン海洋伯家のご長男ですわ。順当にいけば未来の海洋伯ですわね」
「あら珍しいわね、海洋伯家が茶会に出るのね?」
「ええ、妹君の初参加に着いていらっしゃるそうですわ。そのついでにわたくしとの見合いを、と」
「妹さんにはその間に王弟殿下と見合いってところかな?」
「そうなると思いますわ。今の貴族家で家格の釣り合う未婚女性となるとそう多くはございませんもの」
グローリアに王弟殿下以外の令息をあてがうとなれば王弟殿下にも国内外問わずグローリアと同等、もしくはそれに準ずる令嬢を探さねばならない。現状、公爵家に婚約者の無い令嬢はグローリア以外に居ないため侯爵家、国境伯家、辺境伯家、海洋伯家からの選出となる。
「で、機嫌が悪い理由は?」
「………ご覧になります?」
よくぞ聞いてくれたとばかりにグローリアは忍ばせていた一通の手紙を取り出した。横から覗き込んでいたモニカに無言で渡すと、目を走らせたモニカの表情がどんどんと曇り最後は無表情になった。
「………グローリア。こんな男は海に沈めてやりなさい。時間の無駄よ」
「そうしたいのは山々ですのよ。茶会が憂鬱でなりませんわ」
「え、ねぇ、俺も見て良い?」
興味津々とばかりに目を輝かせてベルトルトが手を差し出す。ちらりとグローリアを見たモニカに小さく頷くと、モニカが手紙を汚れ物を摘まむようにしてベルトルトの手に落とした。
「うわぁ……こんなやついるんだね……」
ベルトルトが半笑いになり手紙をフォルカーへと渡す。手紙に目を落としていたフォルカーは視線を上げると目を閉じ、眉間にしわを寄せ目頭を指でつまんでいる。小さくため息をひとつ吐くと「どうぞ」と小声でつぶやきドロシアへと手紙を渡した。
「『親愛なるグローリア嬢、僕はずっと僕に見合う女性を探してきた。君は王国一美しいと聞く。噂の真偽は分からないがもしも本当なら君こそが僕に相応しいだろう。君と会えることを楽しみにしている。君のジャーヴィスより』………これは、添削をして送り返せばよろしいのでしょうか?」
「これの添削ができるならあなた天才よ、ドロシア」
覗き込むサリーと共に手紙を見つつ淡々と音読したドロシアに、モニカが半目になった。突っ込みどころが多すぎて何から手を付けたらよいのか分からない。全文書き直し以外の方法が見つからない。
「グローリア嬢、このジャーヴィス?と知り合いなの?」
「あちらが噂の真偽をご存じない時点で一度もお会いしたことはないと思っておりますが。わたくしもお名前以外はいっさい存じません」
「だよねぇ……」
目上の公女であるグローリアに対して以前に、まず初対面の令嬢に対する手紙ではない。いつから親愛を覚えられる間柄になったというのか。ましてや名呼びを許した記憶など全くない。それ以外にも突っ込みどころしかないが考えるだけ時間の無駄だ。
「お兄様はこのことを知っているのかしら?」
「どうでしょう。王妃殿下ではなく国王陛下の口添えというあたり、色々と不安を感じますわ」
「………それは俺たちが聞いても問題ない話題かな?」
先日、王弟殿下の執務室へ乗り込んだことは当然のように噂になっており、表向きは夏の国王主催剣術大会の花冠授与についての相談ということになっている。内々では既に打診を受けており、花冠はグローリアが、例の宝石を使った副賞を王妹殿下が授与することになっているので完全な嘘でもない。
今日の茶会の始めにその噂について聞かれたため、どこまで巻き込まれたいですか?とグローリアが満面の笑みで聞いたところ満場一致で知りたくないとのことだったのでグローリアは陛下がらみです、とだけ言って意味深に微笑んでおいたのだ。
「耳が塞がっていたことになされば問題ありませんわ」
「問題しか無いってことだね……」
ベルトルトが聞いていませんとばかりに両耳を両手の平でぱたぱたと叩いた。フォルカーは目を閉じ紅茶に口を付け、ドロシアは手紙を綺麗に折り畳みすっとテーブルの真ん中へと押し出した。サリーは気の毒なほど目を泳がせている。
「今年はわたくしが一緒に参加することはできないし……心配だわね」
「いっそ五日後辺りから腹痛を起こそうかと思っておりますの」
「医者は紹介するわよ」
「陛下に嘘をついてくださるでしょうか」
「そこよねぇ………」
たかが腹痛、されど腹痛。王命ではないが国王陛下の口添え付きの見合いだ。万が一にも国王陛下に呼ばれて状態を聞かれたりなどすれば医師は偽証罪に問われてしまう。
ため息を吐きつつ、誰もがテーブルの真ん中に置かれた不幸の手紙にしか思えないそれを苦々しい顔で見つめた。




