27. 届けたい心、受け取った心 1
「西区六か所と北区七か所の分はうちが受け持つわ」
セオドアの大きな背中が回廊の向こうへと消えるのを見送ると、モニカがセオドアの消えた先へと視線を向けたまま言った。ぱっとグローリアが顔を上げるとモニカがにっこりと笑った。
「よろしいの?」
「当然よ」
「では東区五か所と中央区三か所、南区六ケ所の分は当家が」
グローリアが微笑み頷くとモニカが続けた。
「連名で良いかしら?」
「ええ、わたくしたち六人の連名がよろしいでしょう」
「え!!私たちの名前もですか!?」
「私どもは何もしていないと思うのですが」
どんどんと話を進めていくグローリアとモニカに、サリーとドロシアが慌てたように声を上げた。
「あら、何を言うの。多くの貴族があなたたちの頑張りを知っていますと、そう伝えることこそ大切では無くて?」
「ではせめて、何かお手伝いを」
大切なことよと言うモニカに、働かずして名誉だけはいただけないとドロシアが首を横に振る。
「そうね、これから帰ってから焼くことになるから……ドロシア、焼いている間に包装紙の手配をお願いできるかしら?」
「もちろんです。お好みはございますか?」
「しっかり日持ちがして持ち運びがしやすいような物が良いわ。美しくても脆くては彼らには扱いづらいでしょうから」
「承知いたしました、お任せを」
顎に人差し指を当て考えながら話すモニカに、ドロシアが心得たとばかりに頷き、ポケットから手帳と携帯用のペンを出すとさらさらと何事かを書きつけていく。
「俺たちは何をしよう?お姫様方」
「では恐れ多くも王子様方にはメッセージカードをお願いしてもよろしいかしら?」
「お任せあれ。東西南北と中央、五枚だな?」
にっこりと笑うモニカに、ベルトルトが胸に手をあて仰々しいほどに一礼した。フォルカーはその様子に苦笑しつつも「承知しました」と頷いた。
「ええ、署名はそれぞれでしましょう。籠を飾るのはサリー、お願いできるかしら?」
「はい!!ぜひお手伝いさせてください!!」
モニカはまたひとつ頷きサリーを振り向いた。手先が器用なサリーには用意された焼き菓子とカードを贈り物として籠へと詰め飾ってもらうのだろう。せっかくの贈り物なのだ、ただの籠詰めの菓子ではなく心ごと届いて欲しい。グローリアも強くそう思う。
「では決まりね!グローリア、少し多めに焼いた後うちに来てもらうことはできる?」
「ええ、もちろんですわ。持ち寄って皆で包みましょう。急げば明日の当番だけでなく今日の夜勤の者たちにも配ることができるはずですわ」
「まずは、この差し入れを鍛錬場へ持っていきましょう。それから大急ぎで戻るわよ!」
「はい!!」
「よし、頑張ろうね!」
誰もが当然のように頷き笑い合う。第一でも第二でもない、第三騎士団の騎士たちのために。
「……ありがとうございます、皆様」
「いやね、グローリア。なぜあなたが泣きそうなのよ」
「ふふふ、なぜでしょうか」
第三騎士団の騎士の立場は弱く地位も低い。鍛錬場に見学に来る者たちのほとんどは第三騎士団に見向きもしない。グローリア自身は第三騎士団の者たちを低く見ていたつもりはないが、彼らの置かれた状況を正しく理解しているかと言えばきっと違う。
それぞれの騎士団に差があることが悪いとは思わない。それぞれに得手不得手があり、向き不向きがある。区別はせねば守る者も守れなくなる。
それでも、グローリアはやはりこういう時は思うのだ。せめて心ぐらいは同じように傾けていたいと。第一でも、第二でも、第三でも。彼らの努力と苦労を正しく知り、寄り添える自分でありたいと。
そんなグローリアの甘さすら感じる願いを、何も言わずともまるで当たり前のように共有してくれる友人たちが、グローリアはどうしようもなく嬉しかったのだ。
回廊を曲がれば騎士棟が見える。冬の短い太陽が中天をとうに過ぎ少しずつ傾いていく。淑女として許されるぎりぎりの速さで脚を動かし、グローリアたちは急ぎ、焼き菓子の相談をしつつ鍛錬場へと向かった。
「これはグローリア様、今日はまるで雪の妖精のようですね……と、っ!!!」
鍛錬場へ着くと、まるで見計らったかのようにアレクシアが鍛錬場の手前でポーリーンと話をしていた。先に大きな籠で焼き菓子を届けさせていたのでグローリアが来ることが分かっていたのかもしれない。
さすがに隣国の第三王子が同行しているとまでは思っていなかったらしく、グローリアをいつものごとく褒め微笑んだ紫光の瞳が次の瞬間、ほんの少しだけ見開かれた。
「第一騎士団所属、アレクシア・ガードナーがご挨拶申し上げます」
「第二騎士団所属、ポーリーン・ファーバーがご挨拶申し上げます」
アレクシアとポーリーンが騎士の正式な礼を取った。深く頭を下げるふたりに、ベルトルトが「先日ぶりだね」と笑い頭を上げるように言った。
「ベルトルト様、すでに面識が?」
「うん、先日の視察の際に剣舞を見せてもらったんだ。実に見事だった……今でも思い出せるよ」
「もったいないお言葉にございます」
再度恭しく礼をするアレクシアに、グローリアは一歩前に出るとフォルカーから渡された籠をそっとアレクシアに差し出した。
「アレク卿。こちら、差し入れですの。いつも通り他の籠は休憩所にお届けしてございますから、ぜひ皆様で召し上がってくださいね」
「いつもありがとうございます………グローリア様?」
艶やかに微笑み籠を受け取ったアレクシアの眉がグローリアと目が合ったとたんにぐっとひそめられた。そうしてじっとグローリアを見つめると、籠を持たない方の手がグローリアの目元へと伸びてきて、触れるか触れないかのところでぴたりと止まった。
「グローリア様、何かございましたか?」
アレクシアの眉間に更にしわがより、目が細められた。まるで見定めるような視線にグローリアは狼狽え、はっと気が付いた。
「あ……いえ、違うのよアレク卿。少し……少し、嬉しいことがあったの」
先ほどうっかりと熱くなった目元はいまだに赤く色づいている。しっかりと抑えたつもりだったのだがまだ瞳も潤んでいるのかもしれない。頬を染めたグローリアに、アレクシアはほっとしたように笑った。
「ああ、嬉しかったのですね、それならば良かったです。グローリア様に何かあったのなら、私は相手に手袋を投げに行かねばなりませんから」
眉を下げ柔らかく微笑むと、アレクシアは冗談とも本気ともつかないほどさらりと言った。手袋を投げるのは決闘の合図。誰かの名誉が傷つけられた時、誰かの心が踏みにじられた時、それらを取り戻すための大切な戦いだ。
「まぁ……アレク卿……。嬉しいですけれど、どうか危ないことはなさらないで」
「では、私が代わりに?」
「まぁ!ポール卿まで!!」
グローリアははライラックの瞳をこれでもかと大きく丸くした。背後で誰かが息を飲む声が聞こえる。あのポーリーンが淡く微笑み冗談を言うなど、誰が想像することができただろう。あまりのことにあんぐりと口を開けてしまいそうになったが、グローリアは寸でのところで耐え、微笑みにすり替えた。
「本当ですわ。わたくし、とても幸せだなと思ったら何だか目元が熱くなってしまいましたの。今もおふたりのお心遣いでまた目元が熱くなってしまいそうですわ」
ふふふ、と笑うグローリアに、アレクシアもおどけたように笑いポーリーンへと目を向けた。
「それはいけない、私とポール卿がお互いに手袋を投げ合っては惨事になってしまいますね」
「ふふふ、おふたりの仲を邪魔することなど、わたくし、自分自身を許せなくなってしまいますわ」
「ふたりとも、意外とお茶目だな?」後ろでベルトルトがモニカに囁く声が耳に入ったが、グローリアは大きく横に首を振りたかった。笑顔の下に隠しはしたが、今でも衝撃でグローリアの胸はどきどきと早鐘を打っている。
「ああ、そうだ。グローリア様」
ぱっと、何かに気が付いたようにアレクシアがグローリアを振り向いた。
「何かしら?アレク卿」
「よろしければ、ほんの少しだけご観覧なさいませんか?」
珍しく観覧に誘われ、グローリアはぱちくりと瞬き小首を傾げた。グローリアたちは普段は言われずとも観覧席に進むので特に誘われたことが無かったのだ。やはりベルトルトたちが一緒だからだろうか。
「よろしいの?」
「ぜひ、寒いのでほんの少しだけですが」
「ええ、ではそうさせていただきますわ」
ちらりと背後を振り返るとモニカとベルトルトが小さく頷いたため、グローリアもアレクシアへにっこりと笑うと頷いた。




