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アマリリス令嬢の恋と友情、ぬいぐるみについて ※ シリーズまとめに収録開始  作者: あいの あお


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25.未知との遭遇

今日の本来の目的は贈り物の交換ではなく騎士団の鍛錬場への訪問だ。気づけば待ち合わせの時間からすでに一時間以上が経過していた。


「あらまぁ、今日はお泊りの許可は取っていないのよ」


 ホールクロックをちらりと見るとモニカがおどけたように言って笑った。まだまだ午後の茶の時間にすらならないのでその心配はないのだが、それでも冬の昼は短い。日が傾く前に行こうと控室を出て、いつもよりも大人数で鍛錬場へと向かった。


「あら、相変わらずそちらなのね」


 勝手知ったる様子ですたすたと歩いていくグローリアにモニカは苦笑した。右手には正しく観覧席へと続く通路。けれどグローリアたちが進むのは反対の通路、鍛錬場へ直接出る方だ。


「ええ、こちらで正解ですわ」


 グローリアの差し入れである焼き菓子は今はフォルカーの手元にある。小さな籠のためグローリアでも十分に持てるのだが、女性に持たせるなどできませんとにっこりと笑ったフォルカーに流れるようにさらわれた。


 いつものように回廊を歩いていく。今日も幾人かの第一騎士団の騎士たちとすれ違ったが、さすがに隣国の王子と公女がふたりも揃っていればむやみに声をかけてくるような強者はいない。


「いつもこのくらい静かだと助かりますね」


 サリーがくすくすと笑いながら言うと、ドロシアが言っては駄目よと言うように口元に人差し指を当てて口角を上げた。

 ふと行く先を見ると、お目当ての大きな黒い塊が回廊を曲がって来る。


「セオドア」


 グローリアが小さく呟くとセオドアはまるで聞こえたかのように俯かせていた顔を上げ、そうしていつものようにのしのしと駆けてこようとして、そのままぴしりと硬直した。


「え、嘘だろう………」


 ぽつりと、ベルトルトの口から呟きが漏れた。


「あら、まぁ………」


 モニカも若草の瞳をこれでもかと大きく見開くと扇を開くのも忘れてほんのりと口を開いている。

 グローリアたちの位置からではまだ顔をはっきり確認できない程度には離れている。それでもセオドアと分かる体躯と、周囲の景色と見比べた時のその違和感。縮尺のおかしさに見慣れぬ者では頭が混乱することだろう。


「これは……距離を測りかねますね……?」


 長兄に負けぬほどに微笑みの裏が読みにくいフォルカーも、微笑んではいるが今ははっきりと困惑が分かる。そういえばフォルカーと長兄は同い年だった。誕生日も近いらしい。

 こちらを向いたまま固まっているセオドアを、騎士や官吏たちがぎょっとした顔で振り返りつつ横を通り過ぎていく。さすがにあのままでは邪魔にもなりかねないためグローリアは驚いている面々を促し自分たちも鍛錬場へ向かいつつ、セオドアにもこちらに来るよう手招きをした。

 はっとしたように非常に大きく、本人には恐らく小さく肩を揺らすと、セオドアはぎくしゃくと音がしそうなほど不自然な動きでこちらへと向かってきた。動きはゆっくりなのだがその一歩が大きいので、こちらがほとんど進まぬうちに思いの外早く十分な距離までやってきた。


「うわぁ………これは、あれだな」


 普段より一歩多い六歩の距離でぴたりと止まり、ぴしりと直立で固まったセオドアを見てベルトルトが口を開けた。二の句は継げないらしく、そのままぽかんと見上げている。


「こちらがセオドア・ベイカー。以前からお話していたわたくしの友人ですわ」


 セオドアがそのつぶらな黒い目を見開きぎょっとした顔でグローリアを見た。友人と紹介したのはこれが初めてだったかもしれない。


「だ……第三騎士団所属、セオドア・ベイカーが、ご挨拶、申し上げます……」


 ゆっくりとした口調で以前よりもだいぶ滑らかに名乗ると、セオドアは右手を左の肩に当ててゆっくりと、本当にゆっくりと体を折った。ふたりは男性とはいえ見るからに高貴な相手。しかもグローリアよりもサリーよりも更に小柄な可憐な令嬢まで一緒である。脅かさないよう、セオドアも必死なのだろう。


「あらまぁ!本当に大きいのね!!!」


 そんなセオドアの気遣いをよそに、モニカが若草の瞳をきらきらと輝かせてぐっと距離を一歩詰めた。その動きにまたもぎょっとしたセオドアは息を飲み半歩下がってしまった。


「モニカ、こう見えてセオドアは子うさぎのごとく繊細なのですわ。今少し手加減をして差し上げてくださいませ」


 ふふふ、と楽し気に笑うグローリアに「あらまぁ、ごめんなさいね」とモニカも楽しそうに笑った。


「セオドア卿。こちらはティンバーレイク公爵令嬢モニカ様。隣国からご訪問中のヴァイスミュラー侯爵令息フォルカー様。こちらが隣国の第三王子ベルトルト殿下であらせられるわ」


 ひっ、と、セオドアが体を震わせた。非常に失礼であり本来であれば叱責案件どころか不敬扱いではあるのだが、事前に言い含めてあるため今ここに居る雲の上の三人は誰も気にすることは無い。


「ベルトルトだよ。驚いたな。本当に大きいのに………なんというか、小さいんだね?」


 そんなに緊張しなくて良いよ、とベルトルトが笑い興味深げにまじまじとセオドアを観察している。


「ねぇ、ちょっと腹筋触っても良いかな?できれば腕も、あー、太ももも?」

「殿下、あまり詰め過ぎてはお気の毒ですよ。申し訳ありませんベイカー殿。フォルカー・ヴァイスミュラーです」


 苦笑いしつつも、フォルカーは言葉だけでベルトルトの動きを止めようとはしない。呼吸まで最小限にして完全に固まってしまっているセオドアを「うわ硬いね、すごい筋肉だなこれ…」とベルトルトはべたべたと、遠慮なく堪能している。


「モニカよ。これ、わたくしも触ったらやはり怒られるかしら?」


 「背筋も凄いのかな?」と更に触っているベルトルトの後ろから興味津々とばかりに目を輝かせるモニカを見て、グローリアは苦笑した。


「さすがにわたくしでも触りませんわよ。セオドアの心臓が本当に止まってしまいかねませんから、どうかお控えになってモニカ」


 そもそも淑女が殿方に気安く触れるのがどうなのかという常識は今は言うだけ無駄と判断し、グローリアはセオドアの心の安寧のためにモニカを制止した。セオドアは怒ることはないだろうが卒倒はするかもしれない。

 あら残念ね、と閉じた扇を口元に当てて眉を下げたモニカを振り向き、ベルトルトが恐る恐るといった風に聞いた。


「モニカは、もしかしてこういう筋骨隆々な男が好きなの………?」


 ぱちくりと瞬きをするとモニカはセオドアをじっと見つめ、そうしてベルトルトに向き直ると小首を傾げた。


「分からないわ。これまでわたくしの知る中で一番体の大きい方はイーグルトン公爵閣下だったのよ。閣下はそれでも人に見えるけど……失礼な言い方だけど、セオドア卿はわたくしには未知の生き物だわ」


 確かにグローリアの父も大きい。そしてイーグルトン公爵家の騎士団にも王立騎士団にも父よりも背の高い騎士はそれなりにいる。だが、背は高いが父やセオドアのように筋肉の塊に見える騎士というのはあまりいない。どちらにしろ、グローリアが知る中でもセオドアが縦にも横にも最も大きな騎士であることは間違いがない。


 未知の生き物と呼ばれたセオドアはやっとベルトルトから解放されほっとした表情でちらりとグローリアに目を向けた。助けてくれと、つぶらな瞳が言っている。そろそろ逃がしてあげなければとグローリアが口を開きかけた時、今までにこにこと笑いながら見ていたサリーがすっと、前に出た。


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【 ある王宮の日常とささやかな非日常について 】


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