24.一日遅れの祝祭の贈り物 2
「それでは、わたくしはこちらを」
そう言ってグローリアは焼き菓子の詰め合わせをそれぞれに手渡した。よく見ると、個包装になった焼き菓子に紛れて小さな袋が入っている。
「あら!焼き菓子ね!!イーグルトン公爵家の焼き菓子は本当に美味しいのよ……」
モニカが頬に手を当てて「特にあのほろっとしたクッキーが好きよ!」とふわふわと笑っている。もちろんそのクッキーも入っているし、実は新作も一つ忍ばせている。
「あの、この小さな封筒は何でしょう?」
最初に気が付いたのはサリーだった。もしかしたら家に帰るまで誰も気が付かないのでは?と思っていたので少々意外だったが、グローリアはにっこりと笑った。
「あら、見つかってしまいましたわ」
グローリアがふふふと口元に手を当てて笑う。サリーが見た目よりも少し重さのある封筒を開き恐る恐るといった感じでひっくり返すと、中から金属のプレートがころりと出てきた。そのプレートはモニカの招待状と似たような効力がある。ただし、その効力は一年だ。
「そちらは次兄の経営するパティスリーの特別顧客会員証ですわ。そちらをお持ちの方には来年一年間、毎月季節のお菓子が届きますの。ぜひご賞味くださいませ」
次兄は、甘いものを好むグローリアへの愛をこじらせついには昨年学園を卒業するとほぼ同時にグローリア好みの菓子を作るためだけの菓子店を作ってしまったのだ。
「あら、モン・ジジじゃない。去年できたパティスリーよね?包みも可愛いしひとつひとつが小さいから色々食べられて良いのよね……ってあれ、アンセルム様のお店だったのね……」
「モン・ジジ、『私のジジ』って……ジジって、『グローリア』の愛称だよな?」
「グローリア様へのお兄様の溺愛は有名なのですよ」
完全にグローリアのための店なのだが、意外と人気が出たことでティールームの営業も始まっている。そもそもが次兄によるグローリアのためだけの店のため人気が出た後もあまり数を作らず、今では王都で最も予約の取れないパティスリーとティールームとなってしまった。
「ティールームもそちらのプレートで優先席と特別メニューをご用意できますので、よろしければご利用くださいませ」
グローリアが説明している間にも「あ、これ美味い…」と早速焼き菓子を食べ始めたベルトルトが「今は止めておきなさい」とモニカに呆れられ、しょんぼりと肩を落とした。そうしてベルトルトは照れたように笑い、フォルカーと視線を合わせると頷き合った。
「最後は俺たちだね」
そう言ってベルトルトが小さく手を振ると、後ろに控えていた侍女が小さな箱を三つ、ベルトルトに差し出した。
「ベルトルト様もご用意を?」
グローリアがぱちくりと目を瞬かせると、ベルトルトはまたフォルカーと目を見合わせてにっと笑った。
「俺たちは女神の信徒ではないけど、せっかく今日この日に居合わせたからね。せっかくだから贈り物だけでも…ってフォルカーと相談してさ。本当はもうちょっと良いものを贈りたかったんだけど、急だったからさ、このくらいで許して欲しい。俺たちふたりからだよ」
そう言うとぽんぽんぽんっ、とグローリアたちの前に本当に大したことが無いように小さな箱を軽く置いた。
「まぁ、お気遣いをいただいて…」
グローリアの小ぶりな手にもすっぽり収まってしまう小箱を持ち上げそっと箱を開けると、中にはグローリアの親指の爪ほどの色石のルースが入っていた。エメラルドよりも青みの強い濃い青緑の石。グローリアがオーバルにカットされたそれをじっと見つめていると、ポケットからおもむろに白の手袋を出したドロシアが色石を恐々と持ち上げ、そうして「ひっ」と息を飲んだ。ふと思いついてグローリアも色石を暖炉の火に透かすと石の色がほんのりと赤を帯びた。
「これは駄目ですわ…!」
グローリアもぎょっとしてベルトルトを振り返った。まだ正体に気づいていないサリーがグローリアとドロシアのただ事ではない雰囲気におろおろと箱を持った手を彷徨わせ、モニカは悪戯が成功したとばかりに閉じた扇を口元に当ててにんまりと笑っている。
「俺はほら、一応王子だからね?さすがに急だったからこの質のものはこの大きさしか揃えられなかったんだけど…」
「恐ろしいことをおっしゃらないで!この濃さは一級品ではありませんの!!」
取り落とさないように注意しつつグローリアが少しばかり声を荒げた。光の加減が変わったのかきらりと、また手の中の宝石が色を変えた。
「何てことをなさいますの…アレキサンドライトだなんて!!」
ベルトルトも同じく悪戯が成功したとばかりににんまりと笑った。フォルカーは相変わらず表情の読めない微笑みを浮かべている。
「うちの国の数少ない特産品だからね、やっぱりモニカの大切な友達には、プレゼントしたいじゃない?」
「やりすぎですわ…!」
モニカへの愛の深さだと思えばよいのだろうか。モニカとベルトルトはこの数か月で随分と距離を縮め、グローリアたちともかなり仲良くなったとは思う。だが、しかしだ。
「あ…あ…あれ……!?」
一般的な子爵家の令嬢であるサリーは初めて見たのだろう。顔を真っ青にして最大限自分から離そうとしているかのように真っ直ぐに前に腕を伸ばしている。ドロシアに至っては箱を見つめたまま完全に固まり、息をしているかさえ怪しい。
アレキサンドライトは現在、隣国でしか採掘できない希少な宝石だ。自然光で見る時と蠟燭などの炎で見る時など、様々な光の下で見るとその宝石の色ががらりと変わる。あまりにも産出量が少ないためほぼ流通をしておらず、質の良い大きなものになると外交の手段にすらなることもある。
隣国は特筆する産業や農産物はないのだが、このアレキサンドライトを含め数種類の希少な宝石を産出することで小さくとも国として存続しているのだ。その分周囲から狙われる可能性も高くなっているのだが、その鉱山への入り方は直系の王族にしか知らされず厳重に管理されている。
グローリアも含めて三人が呆然としていると、ベルトルトが困ったように笑って言った。
「受け取ってよ。俺たちからすればさ、俺たちみたいな小国の王族と高位貴族なんていう面倒な相手を当たり前に受け入れてくれて、大事な婚約者を大切な友人だって思ってくれて、その大切な友人を奪っていく俺たちを責めることもしない。ほんとに、この国で手に入れた、そんな色石なんかとは比べ物にならないぐらいの繋がりなんだからさ」
だよね、とベルトルトがフォルカーを見ると、フォルカーもまた「はい」と優しく微笑んだ。
「覚悟してたんだよ、本当は。俺たちはこの国からすれば絶対悪者だしね、小国とはいえ王族だから無碍にはされないだろうけど腫れ物に触れるような扱いはされるかなーって。でもね、蓋を開けてみれば無理やり嫁がされるはずの婚約者殿は綺麗で可愛くて頑張り屋で、俺を嫌うことも無く真っ直ぐ俺の目を……俺自身を見てくれて。その友達は俺たちを温かく迎え入れてくれた上に周りと馴染めるように気遣ってまでくれてさ……。俺、ほんと、泣きそうになったよ?」
だからさ、遠慮なく受け取ってよね。そう言ってベルトルトは笑みを深め、そうしてモニカを見つめると金の瞳を更に細めた。
「もうひとつ。これは贈り物じゃないけど、その石と一緒に受け取って。俺はモニカを、大切にする。これだけは曲げない―――約束するよ」
「ベルト……」
照れくさそうに笑うベルトルトに、モニカが若草の瞳を丸くするとくしゃり、と泣きそうに顔を歪めた。モニカの心がまだ自分に無いことを、他の誰かを深く思っていることを知っていてもベルトルトは言い切った。グローリアたちに誓ってくれたのだ。
アレキサンドライトのいくつかある石言葉のうち、グローリアには特に好ましく思う石言葉がある。それは、『秘めた想い』。アレキサンドライトの『秘めた想い』は自らの信念だ。流されることなく自らの信念を貫いて生きる、そんな、美しい強さを秘めた石なのだ。
グローリアは美しい人が好きだ。けれどその美しさは容姿や上辺ではない。その生き方が―――内に秘める思いが美しい人が好きなのだ。グローリアは恵まれていると思っている。家族も、友人も、憧れの人たちも。グローリアの周りには、何と美しい人たちが沢山いるのだろう。
「とりあえず、どれひとつとして汚したくも失くしたくもないわね。それぞれの家に先に送っておきましょう」
ぱちぱちと瞬きを繰り返しそっと目尻を拭ったモニカがぱん!っと空気を換えるように手を打った。それを合図とするように侍女たちが箱を持ちそれぞれの元に控える。この箱に入れてそれぞれの家に先に送っておいてくれるようだ。
「ベルトルト様、フォルカー様。確かにお受け取りいたしました。ありがとうございます」
その思いごと受け取ったと、グローリアは頷き微笑んだ。「うん、こちらこそありがとう」とベルトルトは笑い、フォルカーは穏やかに微笑んで座ったまま優雅に礼をした。
グローリアはもう一度頷き、大切な贈り物たちを侍女が用意してくれた箱に入れてグローリアからの贈り物を入れてきた籠ごとイーグルトン公爵家へ戻してくれるようお願いした。
これから先何年、何十年経とうとも、きっとグローリアはこの一日遅れの女神の祝祭日を忘れないだろう。




