18.四人娘のお茶会 1
この秋でグローリアたち三人は第二学年に進級し、モニカは第三学年、最終学年に進級した。当然だが、グローリアたちもモニカもAクラスだ。サリーは特別な配慮などなくとも自分の力でしっかりAクラス入りを果たした。額のガーゼも取れ、まだ少し痕は残っているが徐々に薄くなっていくとのことだ。王宮から高価な美容クリームが定期的に届くとサリーが戦々恐々としていた。
大きな罪を問われない程度の巻き込まれた者たちも夏休みの間に補習という名の罰を受け、試験を受けることを許された。幾人かの見知った名前がどこのクラス名簿にも見受けられなかったが、グローリアは深く考えないことにした。
例の騒動の後しばらくして約束通りモニカとグローリアたち四人だけの茶会が開催され、それ以来ことあるごとに誰かの家で四人だけの茶会が催されるようになった。あれからまだ四ヶ月ほどしか経たないが、夏休みも含めてすでに今日で五回目の茶会だ。場所は今日はイーグルトン公爵家が提供している。
他の令嬢や、呼びたい者が居るのなら令息も呼んで構わないと言ったのだが、モニカは「今は誰を信じていいか分からないわ」とグローリアたちとの茶会には他者を呼びたがらなかった。グローリアもドロシアとサリー、モニカ意外とはあまり深く関わる気になれないので、そういうものだろうと受け入れた。信じることができる大切な友人が三人に増えたのはグローリアにとっても喜ばしいことだ。
先月、モニカの婚約者となった隣国の第三王子がモニカとの顔合わせに来訪した。初めての顔合わせとして王宮にふたりだけの茶会の席が用意されたそうなのだが、他の者たちが離れるとすぐに、第三王子は椅子に座るモニカの足元に跪き真剣な顔で言ったそうだ。
「モニカ嬢。あなたは国の事情で俺たちのような小国に来てくれるのに、俺はあなたに差し出せるものが何もない。だから、俺に差し出せる全て…俺自身と、俺の心の全てをあなたに捧げる。何もない国だけど、少しでもあなたが心安らかに暮らせるように頑張るから………どうか、俺と一緒になってくれる?」
すでに決まった政略的な婚約だというのに、第三王子は何よりも先にモニカに真摯にプロポーズをしてくれたのだ。王族ですらない政略結婚の相手をまさかそれほど大切にしてくれるとは思っておらず、モニカはすぐに反応できず若草の瞳を丸くして絶句してしまったらしい。
すると第三王子は不安そうに眉を下げ、猫のような金の釣り目を揺らして小首を傾げ「駄目かな?」と言ったそうだ。
王弟殿下で美形には慣れていたはずのモニカだったが、全く違う系統の愛らしさを感じる美しさと庇護欲をそそられるその様子に、気づけば「よろしくお願いします」と首を縦に振っていた。
「やった、ありがとう!!俺が幸せにするなんて烏滸がましくて言えないけど、俺はあなたが来てくれて、とても嬉しいよ!」
ぎゅっとモニカの手を握り、金のつり目を糸のように細めてくしゃりと、本当に嬉しそうに王族らしからぬ満面の笑みを浮かべた第三王子に、政略結婚ではあるがこの人とならやっていけるとモニカは思ったそうだ。
第三王子との茶会の翌日に召集された時には何かされたのかと心配して大急ぎでティンバーレイク公爵邸へ駆け付けたグローリアたちだったが、この話を聞いて安心するとともに何とも言えない生ぬるい気持ちになった。
ちょうど建国記念祭の時期だったがグローリアたちは全員未成年。夜会への参加はまだ許されないため第三王子のために特別に建国記念の茶会も催された。モニカが大切な友人だとグローリアたちを紹介すると、第三王子はまた嬉しそうに、けれどとても優雅に微笑んだ。
「モニカ嬢からお話は聞いています。どうか私のことはベルトルトと。モニカ嬢の大切なご友人に紹介してもらえて、とても嬉しい」
そうして眼前のグローリアに見惚れることも粉をかけることも無く、ベルトルトは隣のモニカをじっと見つめると、目元を朱に染めてまたグローリアたちに向き直った。
「あなたたちの大切な友人を奪っていく私を許してください。取るに足らない身ですから必ず幸せにするとは言えませんが、誰よりも何よりも大切にします。あなた方もいつでも遊びに来てください。モニカ嬢の大切なご友人ならどんな時でも歓迎します」
そう言うとまたモニカに視線を戻し、若草の瞳と目が合うと少し驚いた顔をしてへにゃりと嬉しそうに、とても甘く笑った。
決して背は高くはないが、小柄なモニカより頭ひとつ分ほど高くちょうど良い身長差に見える。何よりも、にこにこと真摯にモニカだけを見つめる優しい金の瞳と、その瞳を見つめ返す少し照れくさそうなモニカの若草の瞳が微笑ましい。グローリアは、モニカを任せてもまぁ良いかと、せっかくの友を奪われることにほんの少しの悔しさを感じつつ笑顔でふたりを祝福した。
そうして今日、建国記念祭後初めての四人での茶会となる。
ベルトルトはこの婚約の話が出た直後からこちらに留学して卒業まで残ることを検討し、提案もしていたらしい。
とはいえ、ベルトルトがこちらへ留学してきても一歳年上のモニカが先に卒業してしまうため卒業後すぐにモニカを隣国へ送っても事情は大して変わらないだろうと、ベルトルトの留学は無しということで両国間では合意していた。
けれどもベルトルトは粘った。何度も隣国へと早馬を走らせ自らがこちらとの交渉に立ち、最終的には二年間の留学と自分の卒業までモニカをこの国に留めおくことへの合意を勝ち取った。そうすれば、モニカが学園を卒業した後もすぐに隣国に移ることなく、自分の卒業までは一年長くこちらで過ごせるから、と。
「中々無茶な方ですわね」
「ええ、本当に。てっきり卒業後すぐにわたくしがあちらに向かうのだと思っていたのに」
モニカは頬に手を当てて困ったように微笑んだ。その笑顔がふと、グローリアの中で王妃殿下に重なった。優しく温かい、慈愛に満ちた微笑み。ベルトルトと共に過ごしたこのひと月は、きっとモニカにとって悪いものでは無かったのだろう。モニカのために頑張るというベルトルトの言葉にも嘘は無さそうだ。
ほんの少しの寂しさと共にグローリアが同級生となったモニカの婚約者を思っていると、モニカが急に爆弾を落としてきた。
「………わたくしね、お兄様のことを、ベルト様に話したのよ」
ティーカップを両手で包み、少し俯くとモニカはぽつりと言った。
「王弟殿下のことを、ですか?」
「ええ、小さなころからずっと大好きで、今も大好きで、わたくしの心はお兄様にあるのです、って」




