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アマリリス令嬢の恋と友情、ぬいぐるみについて  作者: あいの あお


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17.アレクシアとポーリーン

 グローリアは毎週のように騎士の鍛錬場に通っているが、お目当てであるアレクシアやポーリーンが常にいるわけでは無い。ましてやふたり揃うことなどほとんどなく、だからこそふたりが揃っている日はふたりが別の業務で立ち去ってしまうまで齧りつくように鍛錬場に滞在し続けた。

 そして、いけないことだと分かっていながら、アレクシアが鍛錬場にいる日はあえて観覧席ではなく鍛錬場へと足を踏み入れた。もちろん邪魔になってはいけないので奥までは入らない。観覧席へと上がる階段の手前をほんの少し、鍛錬場側へと入るだけだ。


 そもそも、本来は鍛錬場の見学に来たものは反対側の入り口から入ることになっており、そちらからは鍛錬場には入れず観覧席へ直接上がるようになっているのだが、グローリアはあえて父や兄と馬車に同乗し王宮側から入り鍛錬場から観覧席へと上がるようにしているのだ。ほんの少しでもいい、アレクシアと関わる糸口が欲しい、ただそれだけのために。


 グローリアが鍛錬場の方へと近づいていくと、必ずアレクシアがグローリアの元へとやって来る。それは十三歳で鍛錬場へ通い始めた頃から変わらない。なぜなら、アレクシア以外に促されてもグローリアが観覧席へと上がらないからだ。

 むしろ、グローリアは笑顔ひとつで男性騎士たちを魅了し黙らせてしまうため男性騎士たちでは太刀打ちできず、数少ない女性騎士たちも公女という身分が相手では強くは出られない。


 しかも、鍛錬場の中まで入ってくるようであればそれなりに対応もできようが、グローリアは絶対にギリギリのところから中へは入ろうとしない。それでも鍛錬場の側に居れば騎士たちは気になるし危険でもあるため、規則もあり観覧席へと誘導したい。結果としてグローリアが来れば誰かがすっとアレクシアに声をかけ、アレクシアがグローリアの元へやって来るのだ。


「ご機嫌麗しゅう、グローリア様。デルフィニウムの精が舞い降りたかと思いました。涼やかな青も大変お似合いですね」


 その日もグローリアが鍛錬場を訪れると程なくしてアレクシアがやって来た。額に汗が光っているのは今の今まで鍛錬をしていたからだろう。アレクシアは第一騎士団の騎士の中では珍しく多くの時間を鍛錬に費やしている。そんな努力家なところもまた、グローリアの心を掴んで離さないのだ。


「アレク卿」


 グローリアが振り向くと、アレクシアは三歩の位置で止まりふわりと微笑むと優雅に腰を折った。


「あら、こちらをお使いになって」


 グローリアは用意していたハンカチをさも今思い出したようにドレスの隠しポケットから出し、アレクシアに差し出した。


「しかし…」

「お使いになって。わたくしが刺繍したものなのですけど、よろしければ差し上げますわ」


 絹のハンカチに刺したのは淡いピンクのライラックの花。あえて薄紫にしなかったのはあまりにも象徴的過ぎて渡すことが躊躇われたからだ。

 グローリアが自らのハンカチに刺したのがライラックだっただけ。たまたま、汗に気が付いたので自分のハンカチを渡しただけ。その花言葉もたまたま『淡い恋心』だっただけだと、グローリアは自分へ言い訳をした。


 グローリアがハンカチを差し出したまま一歩前に出ると、アレクシアはふっと表情を緩め、ハンカチを恭しく両手で受け取った。


「素晴らしい刺繍ですね、使うのがもったいないな…ありがとうございます」

「ぜひ使ってくだされば嬉しいわ」


 もしも断られたらどうしようとグローリアは内心震えあがりそうであったが、無事に受け取ってもらえたことでほっとして微笑んだ。


「今日は皆様に差し入れをお持ちしましたの。合間の休憩にでも召し上がってくださいまし」


 グローリアがちらりと後ろを見ると、ドロシアとサリーが持っていた籠を差し出した。中に入っているのは日持ちのする焼き菓子だ。ひとつひとつ個包装にしてあるため、今食べてもらえずとも、いずれ誰かが食べてくれるだろう。残りの籠は既に通用口から運び込んである。


「いつもお気遣いありがとうございます、グローリア様。甘い香りがしますね…公爵家の菓子は皆とても美味しいと争奪戦になるのですよ」

「まぁ、では次の機会にはもっと沢山お持ちしますわ」


 籠ふたつをひょいと受け取ってくれたアレクシアにグローリアは思わずふふ、と声を出して笑った。だらしなく頬が緩むのが分かるがどうにも止められない。

 そんなグローリアをじっと見つめていたアレクシアは側に居た騎士を手招きして籠を渡すと、そっとグローリアの手を取り少し屈んで指先に口づけた。


「ありがとうございます、グローリア様」


 体を起こすとアレクシアはにっこりと笑った。これが合図であることを、グローリアは知っている。引き際なのだ。


「それでは、これ以上お邪魔するわけには参りませんから、わたくしは観覧席へ参りますわ。お時間をありがとう、アレク卿」

「いえ、今日もお会いできて光栄でした、グローリア様」


 しつこくして嫌われるのは本望ではない。グローリアもまたにっこりと微笑むと軽く膝を折り、「行きましょう」と後ろのふたりへ目配せすると静かに観覧席へと進んだ。


「受け取ってもらえて良かったですね!!」

「そうね。少し緊張してしまったわ」


 観覧席で鍛錬場を眺めつつグローリアたちが話していると、グローリアたちと同じように鍛錬を見学していた令嬢たちから「きゃぁ」と小さな悲鳴が上がった。ちらりと鍛錬場を見ると、ちょうど鍛錬着のポーリーンが鍛錬場に現れたところだった。


―――今日は運が良いわ…。


 グローリアの心が浮き立った。ポーリーンはアレクシアに気が付くとそちらへ足を向け声を掛けたようだった。振り向いたアレクシアがふわりと笑い、すっと、観覧席の方を視線で差した。


「あら、こちらを向きましたね」


 ドロシアが少し驚いたように声を上げた。アレクシアに何か言われたのかポーリーンが観覧席の方を向き、少し視線を彷徨わせるとグローリアたちの姿を認め、「あ」と小さく口を動かした。目が合ったと思った瞬間ポーリーンの口元がはっきりと上り、ポーリーンはグローリアに小さく、騎士の礼をとった。


 周囲の令嬢たちからまた、小さな悲鳴が上がった。ポーリーンはあまり表情を動かすことが無い。微かな動きはあるが、はっきりと分かるほどに表情を変えるのは珍しいのだ。


「焼き菓子、お持ちした甲斐がありましたね!!」


 サリーが嬉しそうに頬を染めて笑った。ポーリーンは意外と甘党なのだ。対して、アレクシアはそこまで甘いものを好まないと聞く。そのため差し入れにする焼き菓子は甘さを少し控えてあり、必ず塩味のものも用意するようにしている。それらがどうもポーリーンの口に合ったようで、必ずグローリアの差し入れは食べてくれているらしい。


「ええ、今日は本当に運が良いわ」


 体を起こしたポーリーンへグローリアが微笑み頷きを返すと、また淡く微笑んだポーリーンがアレクシアと何かを話しながら練習用の剣を取り、軽く打ち合いを始めた。

 何という良い日だろう。音楽に乗せた剣舞も美しいが、ふたりの鍛錬場での打ち合いもまるで舞うように軽やかでまた美しいのだ。


「本当に、良い日だわ…」


 呟き、鍛錬場で楽しそうに剣を合わせるふたりをグローリアはじっと見つめた。そう遠くない未来、こうしてふたりを眺めることもできなくなるだろう。だから今だけ、今だけだ。公女らしからぬ振る舞いをするグローリアを、どうかあと少しの間だけ許して欲しい。

 楽しそうに打ち合うアレクシアとポーリーンを眺めながら、その姿を楽しそうに眺めるサリーとドロシアを横目に見ながら、グローリアは誰にも気づかれぬよう小さな小さなため息を吐いた。

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