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アマリリス令嬢の恋と友情、ぬいぐるみについて  作者: あいの あお


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15.テディ・ベア

「公女様、ご案内は必要でしょうか?」


 巨躯の騎士にひとつ頷くと、カーティスはふわりとグローリアに微笑んだ。第一騎士団の騎士は総じて容姿が良い。目の前で微笑むカーティスも、侯爵家の令息で二十六歳の若さにして役職持ち、婚約者も居ないとあって御令嬢方からはかなりの熱い視線を送られている。

 どの令嬢に対しても同じように物腰柔らかで丁寧だが、色々な面で華やかな第一騎士団所属でありながら女性関係では不思議と浮いた話を聞かないのがこのカーティスだった。


「問題ないわ。知った場所ですもの」


 グローリアがぱちりと扇を閉じると、カーティスは笑みを深めて更に一歩、後ろへと下がった。


「承知いたしました。何かございましたらいつでもお声がけください」


 そうして優雅に腰を折ると、カーティスは「それでは」と言ってちらりと巨躯の騎士へ視線をやり、騎士棟とは逆の方へ去って行った。残された巨躯の騎士が所在無さげに立ち尽くしている。


「あなた、名前は?」


 グローリアが問うと、黒の騎士服に包まれた大きな体がびくりと跳ねた。少し跳ねただけなのだろうが、グローリアには大地が揺れたかと思えるほど大きな動きに見えた。


「あ、あ、えっと!セオドア、です。セオドア・ベイカー…」


 先ほどはあまりの大きさに驚きうっかり悲鳴を上げそうになったが、困ったように目を泳がせるセオドアはグローリアからしっかりと距離を取り、決してそれ以上近づいてはこない。先ほどの無礼な第一騎士団の騎士とは大違いだ。爵位はあちらの方が天と地ほども上だろうがどちらが紳士かと言われれば比べるべくもない。


「……テディ・ベア」


おどおどと巨大な体をちぢこませて答える黒い筋肉の塊…改めセオドアがとてもつぶらな瞳をしていることに気づき、うっかりグローリアは呟いた。


「え?」


 セオドアはきょとんと黒の瞳を瞬かせた。体の大きさに気圧されてよく見ておらず気付かなかったが、顔だけ見れば平民の割にずいぶんと可愛らしい顔をしているのねと、そのアンバランスさにグローリアは妙に感心した。


 テディ・ベアは今では国で当たり前になった、センズベリー伯爵家が販売する熊のぬいぐるみだ。

 当時まだセンズベリー子爵だった家の当主であるセオドア・センズベリーの息子のひとりが重い病にかかり、その後遺症で出歩くことが難しくなってしまった。

 幼い息子が友人と中々遊べずとも寂しくないようにと、セオドアは特に手触りの良い兎の毛皮を使い、息子が大好きな絵本に出てくる熊の綿入りの人形をせっせと縫い上げた。

 息子は大変に気に入りどこに行くにもその人形を連れて歩いた。大好きな父、セオドアの愛称をとって『テディ』と名付けられたその滑らかな手触りの愛くるしい人形は『ぬいぐるみ』と呼ばれたちまち評判となり、セオドアの元には沢山の製作依頼が舞い込んだ。

 結果、センズベリー子爵家はそこそこ有名なドレスハウスの経営者から、国一番のぬいぐるみメーカーになったのだ。今ではメインとなる熊のテディ・ベア以外にも、兎のテディ・ラビット、猫のテディ・キャット、蛙のテディ・フロッグがいる。

 素材も毛皮をはじめサテンやコットン、ウールやレザーなど様々。まるで本物のような作りのものから花柄や水玉の愛らしい物、何と総刺繍の芸術品のようなぬいぐるみまである。 毎年建国記念の日に発表される数量限定の『イヤー・ベア』はコレクターがいるほどだ。


 グローリアもいくつも持っているが、一番のお気に入りはつやつやの緑のサテンを丁寧に縫い上げたテディ・フロッグだ。眠たそうな目に大きな口。少し間の抜けた彼をグローリアはいたく気に入ってる。

 次兄からの、実はいたずら心も含んだ少し奇をてらった誕生日プレゼントだったのだが、包みを開けて艶やかな緑色の彼を抱き上げた瞬間に他を忘れてしまうほどグローリアの心が歓喜に震えた。


「お兄様!!!ありがとう!!!!」


 あまりの興奮にグローリアは次兄の首筋に飛びつき、頬にキスをした。三つ年上の次兄は年頃の少年らしく顔を合わせるとちょっとした意地悪をしてくるのでグローリアは普段はあまり近寄らないようにしていたのだが、この時ばかりはそんなことは忘れてしまっていた。

 ソファに座っていた次兄の膝にそのまま横座りに座り、両手でぬいぐるみを持ってにニコニコとぬいぐるみと目を合わせていると、次兄がおずおずといった風にぬいぐるみごとグローリアを抱きしめてくれた。

 そして「そうか…」と呟くと、クローディアのふわふわとした淡い金の頭に優しく口づけを落としてくれたのだ。

 その日から次兄の意地悪は鳴りを潜め、周囲が驚くほどの溺愛が始まった。

 それはクローディアが十五歳、次兄が十八歳になった今も変わらず、いつでもクローディアに良く似た美しい顔を綻ばせ「僕の可愛いジジ」とクローディアを抱きしめてくれるのだ。


 今思えば、十歳にもなった貴族の令嬢にぬいぐるみというのもどうかと思うし選んだのが蛙というのも中々だったと思うが、クローディアにはもうあの子しか…シュシュと名付けたテディ・フロッグしか考えられないし、シュシュとの出会いをくれた次兄には感謝してもしきれない。

 今ではクローディアにとって誰よりも素敵で優しくかっこいい自慢のお兄様なのだ。他所ではクローディア以外には微笑まぬ『氷の貴公子』などと呼ばれているようだが。


「なんでもなくてよ、セオドア・ベイカー。セオドア卿でよろしくて?」


 グローリアは少し首が疲れると思いつつセオドアを見た。つぶらな瞳をこれでもかと大きく見開き、更に目が回らないだろうかと思うほどに泳がせると首を数回縦に振った。


「ははは、はい、どうぞ!」


「そう、ではセオドア卿。お兄様は探されているのかしら?」


「う、いえ、その……」


 口ごもるセオドアに、グローリアはやはりなと思った。つい先ほど分かれたばかりなのだ。グローリアの目的地など分かっているだろうし、長兄ならば探さずとも直接本人が来るか鍛錬場に人をやって呼ばせるだろう。


「いいのよ。助けてくれてありがとう。あなたはどこかへ行く途中かしら?」


 頷き微笑むと、グローリアは閉じた扇を口元に当て、首を傾げた。


「い、いえ。その、鍛錬場に…」


 グローリアの微笑みにも頬を染めるでもなくおどおどと視線を彷徨わせるセオドアに、グローリアはこれならば大丈夫だと判断した。公女という雲の上の存在に緊張が勝っているだけかもしれないが、今のところセオドアは他意を抱くような騎士では無いように見える。


「ならばちょうどいいわ。面倒なのに捕まらないようにエスコートしてちょうだい」

「は!?えええ、エスコートですか!?」

「あなたは何もしなくてよろしくてよ。ただ、わたくしの前を歩きなさい。わたくしが合わせるわ」

「う…えっと…」


 ぎょっとして仰け反り、わたわたと大きな体ごと揺らして困っているセオドアに、グローリアは一歩近づきすっと半目になり胸元に扇を広げた。セオドアは背中を丸めて屈んで見下ろしてくれているが、それでも近くなると更に首の角度が上がり喉元が少し痛い。


「また、わたくしが絡まれても良いと?」

「いいい、いえ!駄目です!!前を歩きます!!」


 ぶんぶんと首を横に振り、そしてぶんぶんと首を縦に振るセオドアに、グローリアは思わず取り繕わない本当の笑みを漏らした。


「ふふ、それでいいわ。行きなさい」

「はい!」


 ぴし!っと背筋を伸ばしもう一度大きく頷くと、セオドアはゆっくりと歩き出した。ちらりちらりと何度も視線がこちらを向くのはグローリアの歩幅に合わせてくれているのだろう。セオドアのみぞおち辺りまでしかないグローリアだが全く歩きづらさを感じない。貴人警護などしたことが無いはずのセオドアの細やかな気遣いに、グローリアは紳士とは何ぞや?を歩きながら真剣に考えてしまった。


 回廊を曲がればすぐ騎士棟がある。鍛錬場の前までたどり着くとほっとしたように振り向いたセオドアに、グローリアは微笑み声を掛けた。


「セオドア卿」

「はい!」

「助かったわ、励みなさい」

「はい!ありがとうございます!!」


 ぶん!と音がしそうなほど勢いよく体を曲げると、セオドアはどすどすと鍛錬場へ走っていった。遅かったな!などと周りからかかる声に「すいません」と笑いながらジャケットを脱ぎそっと丁寧に畳むとベンチに置いている。鍛錬着には着替えずそのまま鍛錬に出るようだ。

 父を筋肉の塊だと思っていたが上には上がいるのだなとシャツだけになったセオドアを見つつ、アレクシアもポーリーンも鍛錬場に居ないことを確認するとグローリアはゆっくりと観覧席へと上がって行った。

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