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アマリリス令嬢の恋と友情、ぬいぐるみについて  作者: あいの あお


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14.白の騎士と黒の騎士

 十三で初めて国王主催の剣術大会を観覧して以来、十五になった今もグローリアの楽しみは週末に騎士団の鍛錬場へ行きアレクシアとポーリーンの鍛錬を見学することだった。普段は友人であるドロシアとサリーが同行してくれるのだが、さすがに毎週末となるとふたりも用事があるときもある。そんなときは登城する長兄か次兄の馬車に同乗し、帰りは時間によってひとりになる時もあれば兄や父と帰ることもあった。


 基本的には公女であるグローリアに無礼を働く者もいないしイーグルトン公爵家に喧嘩を売ってくるような者もいないため王宮内は共が居なくとも安全なのだが、稀に有難迷惑というか余計なお世話と言うか、ともかくグローリアの迷惑も顧みずに親切を押し付けてくる輩もいた。主に、第一騎士団の騎士だったが。


 その日も、グローリアは第一騎士団の騎士から声を掛けられていた。白い騎士服に身を包んだその騎士はそれなりの歴史を持つ侯爵家の令息で、グローリアも幾度か顔を合わせたことはある。とはいえ一度たりとも親しくした覚えはないし、それどころかまともに言葉を交わしたことも無い。


 外務部へ向かう長兄と分かれて騎士の鍛錬場に向かう途中、動くものがあった気がして足を止めじっと庭園の入り口を見つめていたところ、何を勘違いしたのかこの騎士は庭園の案内とエスコートを買って出たのだ。


「お気遣いありがとう。間に合っていてよ」


 対外用の作り笑顔を浮かべて『良いからそこをどけ』とグローリアは暗に言ったのだが、第一騎士団の騎士は何を思ったのか当たり前のようにグローリアの手を取り瞳を輝かせて「どうぞご遠慮なさらずに。さあ、お手をどうぞ公女様」などとぐいぐいと迫ってきた。

 周りを見回すも助けてくれそうな人影はない。回廊の突き当りを曲がればすぐに騎士棟があるというのにあと一歩が届かない。

 どれほど遠回しに断っても邪魔だと言っても理解しないこの騎士はさぞかし自分の容姿に自信があるようで、微笑みを浮かべ許してもいないのにグローリアの指先に口づけようとした。


――――この………!


 そろそろ我慢の限界だとグローリアは口づけられる寸前に乱暴に手を引き抜いた。笑顔を冷ややかな無表情に変え扇を取り出しいっそひっ叩いてやろうかしらとすら思ったところ、ぎりぎりで聞き覚えの無い低く野太い声が後ろから掛かった。


「こここ、公女様!こちらにいらっしゃいましたか!」


 今度はいったい誰なのかと苛立ち混じりに振り向くと、まるで巨人かと思うような大きな筋肉の塊がのしのしとこちらへ向かってくるところだった。


「っ!」


 あまりの大きさにグローリアは危うく悲鳴を上げかけた。一般的な成人男性であろう目前の騎士でさえまだ成人前のグローリアには恐ろしいと感じたのに、今自分に向かってくる黒い塊はそれよりも二回りは大きく見える。


「こ、公女様、あの、小公爵様が、お、お探しでいらっしゃいました、ので、その…何人かの騎士で、お…お探し申し上げて、おりました…」


 グローリアから五歩の位置で止まると黒い塊…黒い騎士服を着た巨躯の騎士がぺこりと、ぎこちない様子で右手を左肩に当てて頭を下げた。


「ローランドお兄様が?」


 グローリアが驚きの悲鳴を飲み込み平然を装って答えると、その巨躯の騎士は「あ、えと、はい」と答え、「あ…お許しも無いのに、おお、お声がけをして、も、申し訳ありません…」とたどたどしく謝りまたぺこりと頭を下げた。


「よろしくてよ。お兄様はどこに?」


 巨躯の騎士がぱちくりと瞬き何かを答えようと口を開くのと同時に、第一騎士団の騎士がまたグローリアの手を取り甘く微笑んだ。


「公女様。ぜひこの私に小公爵様の元へエスコートをさせてください。どこへなりともお供いたします」


 グローリアの手を掴んだまま芝居がかって見えるほど大仰にグローリアに一礼すると、白い騎士服の騎士はちらりと険しい視線を黒い騎士服の騎士へ向け居丈高に言った。


「おい、第三の!早く小公爵様のいらっしゃる場所を言わないか、こののろま!」


 あなたが余計なことを言って遮ったのでしょう、と表情には出さないがグローリアは内心で苛立ちを覚えた。黒い騎士服は騎士団で最も地位の低い者たちが所属する騎士団…第三騎士団の制服だ。たかが侯爵令息、今ここでグローリアがこの第一の騎士を咎めるのは簡単だが、そうなれば後からこの巨躯の騎士は嫌がらせを受けるだろうし更なる問題も起こるだろう。

 第一騎士団に所属する一部の騎士は、第二、第三の騎士たちを低く見ている。特に平民がほとんどの第三騎士団のことは荒くれ者だの粗忽者の集まりだのと嘲り見下すものも多いのだ。イーグルトン公爵家の公女グローリアからすればそのねじ曲がった根性こそ鼻で笑ってやりたいところだが。


「えと、だ、第一騎士団長様を、おお、お尋ねに、なるとのことでした。第一騎士団長様は、いま、総騎士団長室に、い、いらっしゃるそうです…」

「は?総騎士団長室………?」


 おどおどと答える第三の騎士に「何でそんなところに…」とぶつぶつと呟きながら第一の騎士はちらりとグローリアを見た。自分がエスコートをすると息巻いていた先ほどまでの勢いはもうない。

 それはそうだろう、グローリアの父である第一騎士団長を訪ねて総騎士団長室へ勤務時間中にグローリアを強引にエスコートするなど、氷点下の視線を浴びに行くようなものなのだから。それで済むなら良い方か。

 さて、この無礼者はいったいどうするつもりだろうとグローリアが黙って眺めていると、また後ろから別の低い声が掛かった。


「何をしている、アドルフ」

「あ、カ…カーティス卿………」


 コツコツと靴音を響かせてやって来たのは同じ白い騎士服の騎士。襟元の刺繍は金の三本。アドルフと呼ばれた騎士の襟の刺繍は銀の二本なので、かなり上官にあたる騎士だ。巨躯の騎士がカーティスに大きな体を縮こませてのそりと礼の形を取った。


「何をしていると聞いたんだ、アドルフ・ギルモア」


 グローリアまで四歩の距離まで来るとぴたりと止まり、その騎士は優雅に腰を折った。


「ご機嫌麗しゅう、公女様。第一騎士団所属、カーティス・ラトリッジがご挨拶申し上げます」


「ごきげんよう、カーティス卿」

「何かお困りでございますか?」


 胸に手を当てたまま優雅に微笑むカーティスにグローリアもにこりと笑って見せた。


「いいえ、わたくし、騎士棟へ向かう途中だったのですけれど………ねぇ?」


 グローリアがすっと扇を開き口元に当ててちらりとアドルフへ視線を送ると、カーティスはちらりと巨躯の騎士を見て、それからアドルフへ鋭い視線を向けた。アドルフはびくりと肩を揺らすと目を逸らし先ほどの図々しさをどこへやったのか、背筋を伸ばして直立している。


「左様でございましたか………ギルモア、行け」

「はっ!!申し訳ございません!!」


 グローリアに向けるのとは全く違うカーティスの低い声に直立のまま体を九十度に曲げて勢いよく礼をすると、アドルフはくるりと踵を返して逃げるように足早に去って行った。その後ろ姿を冷たい視線で見送ると、カーティスはグローリアに向き直り再度深く腰を折った。


「部下が大変な失礼をいたしました。申し訳ございません」

「よろしくてよ。大事ないわ。………そこの騎士に感謝してちょうだい」


 もしもグローリアがアドルフを咎め声を上げていたならば、アドルフの未来は文字通り無かっただろう。巨躯の騎士はグローリアをアドルフから救ったが、同時にアドルフのこともグローリアから、イーグルトン公爵家から救ったのだ。

 カーティスはちらりとまた巨躯の騎士を見ると表情を変えずに頷いた。


「第三の…礼を言う。この件で何かあれば僕に言え」

「ははは、はい!あ、あ、ありがとうございます!」


 眉をハの字に下げ、巨躯の騎士はどもりながら礼を言うとがばりと、大きな体を折り曲げた。グローリアは距離があるはずなのに風と圧を感じた気がした。


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