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アマリリス令嬢の恋と友情、ぬいぐるみについて  作者: あいの あお


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11.学園の騒動 真相

「どういうことですの、お父様」


 イーグルトン公爵邸の主の執務室。学園から帰ると着替える時間すら惜しいとばかりに荷物を侍女に押し付け駆け込むと、大きな体に似合わぬ華奢なティーカップをゆっくりと傾ける父にグローリアは詰め寄った。

 第一子であるモニカはティンバーレイク公爵家を継ぐ予定だったはずだ。弟や妹もいるとはいえ、なぜ突然婚約などということになったのか。しかも、隣の小国の第三王子への嫁入りだ。


「落ち着きなさい、グローリア。約束通り話をしよう」


 後ろに控えていた執事に茶と人払いの指示を出すと、父はグローリアに座るように促した。しぶしぶとソファに座るとティーカップを持って父はその対面に移動し、ソファに座るとまたゆっくりと紅茶をすすり始めた。グローリアの前にもほどなく湯気の上がる紅茶と小さな焼き菓子がいくつか用意された。「飲みなさい」と促され、仕方なく口を付けると執務室の扉がノックされた。


「父上、ローランドです」


 入れ、と父が答えると、出かけていたのだろう、外出用の衣装をまとったままの長兄が「戻りました」と一礼し入って来た。ちらりと父とグローリアを交互に見て、三人掛けのソファをほぼ占領している大柄な父ではなく小柄なグローリアの隣に座ることに決めたらしい。長兄にもお茶が出されたのを確認し、父が執事へ目配せすると執事は心得たようにワゴンを下げて部屋を後にした。


「今はどこまで?」

「良いタイミングだ、ローランド。ちょうどこれからだ」


 首元を緩め紅茶に口を付ける長兄に、父が頷いた。現在、長兄は外務部に所属している。ここのところ忙しかったようでほとんど屋敷には帰ってきていなかったが、長兄が今日ここに来たということは、グローリアが思っていたよりもずっと話が大きくなりそうだった。


「さて、何から話そうかな…」

「洗いざらい吐いてくださいませお兄様」


 体ごと向き直りじっとりとした視線を向けたグローリアに、長兄は目を瞬かせて微笑んだ。


「おや、君にしては随分な言葉を使うんだね」


 肩を竦めた長兄にグローリアは半目になった。長兄はいつもそうだ。物腰も柔らかく穏やかで、常に微笑みを浮かべたまま動じない。公爵家の後継としては間違いないのだが、気の急いている今のグローリアにはどうしても軽くあしらわれているように感じてしまう。


「お兄様、わたくし、怒っているのです」

「うん、そうだよね。ごめんねジジ、茶化してるつもりはないんだよ。ただね、どこから話したらいいのか悩んでしまって…」


 むっと眉を顰めたグローリアに困ったように微笑み湯気の立つカップを持ち上げて揺れる水面をじっと見つめると、長兄はひと口だけ飲んでカップを置いた。


「そうだな…ジジは、我が国と隣国との国境で金鉱山が見つかったのは知っているかい?」

「はい、存じております。あちらに六割、こちらに四割の鉱山が眠っていると算出されたとか」


 金鉱山の話は学園の地理の授業でもちらりと話題になっていた。どうも事情が難しいようで教師も詳しいことは話していなかったが。


「そう、よく知っているね。そのせいでまぁ、今年に入ってからは金鉱山の権利と発掘された金の所有について少し揉めていたんだ」

「権利と、所有でございますか?」

「ああ。お互いの国から掘り進めて国境辺りまで…と言えてしまえば楽だったんだけどね。国境から向こうはあちらの領土ではあるんだけど鉱山のある山は急流と深い谷に阻まれてあちらからは近づくことすらできない。結果的にこちら側からしか掘れないんだ」


 長兄はまた肩をすくめ、ほろほろとした食感の小さな焼き菓子をひとつ口に入れると、ゆっくりと咀嚼してまた紅茶を口に含んだ。アーモンドの香りが香ばしい、グローリアもお気に入りの逸品だ。長兄の表情がほんの少し緩んだ。


「こちらの所有部分まで掘ればよいのでは?」

「それだと六割もある隣国側の金鉱山は永遠に眠ったままになるだろう?隣国としてもせっかくの金鉱山だからね、何とかして金を掘りたくはあるわけだ。で、何が起こるかと言うと、隣国も我が国側から掘りたいと、そうなるわけだよね」


 長兄はもうひとつ焼き菓子を掴むとグローリアの口元に差し出した。幼いころからの癖で思わず口を開くと、香ばしい焼き菓子がグローリアの小さな口にひょいと放り込まれる。さくり、と奥歯で噛むとほろりと口の中でほどけた。


「………どうあっても、あちら側からは近づけないのですか?」


 しっかりと焼き菓子を飲み込み紅茶で口を潤してからグローリアは言った。ちらりと父を見ると微笑ましそうに目を細めており、気恥ずかしさと焼き菓子の甘さにグローリアの苛立ちが少し萎んだ。


「そうだなぁ…命がけで橋を渡して崖に足場を作る方法を考えれば、あるいはかな。あとは激流に削られて川の流れが運よく変わるのを待つくらいかな…短く見積もってざっと二百年くらい?」


 ちょうど我が国側から隣国に流れ込む川が金鉱山のある山を囲むように深い谷を流れ我が国の領土に戻るらしい。逆に嫌な方へ広がって悪化するかもしれない川の流れを二百年以上も見守るくらいなら他の解決策を見出そうとするのは妥当なところだろう。


「なるほど鉱山については理解いたしましたわ。それが今回の件とどうつながるのでしょう?」


 金鉱山とグローリアたちの繋がりがさっぱりと見出せない。グローリアは小首をかしげた。


「うん、そうそう、それでね。隣国が提案してきたのは三つ。金鉱山の全てをうちで掘ってその五割を隣国に提供するか、国境から一番近いうちの領土からあちらの鉱山の入り口を作るか、こちらの鉱山の入り口からあちらの採掘人にも掘らせるか」

「………隣国は冗談がお好きですの?」

「いや、至って大真面目だったよ。全くもって検討する余地すらなかったけどね」


 当たり前だ。労働力をこちらが担うにも関わらずその五割を寄こせというのも、こちらの土地を何の見返りもなく勝手に使おうという発想も、成人にすら満たないグローリアが考えたところであまりにも酷い。


「まぁ、ね。本命が別のところにあったからこその無茶な提案だよ」

「本命、でございますか?」

「そう。最初からこちらが、飲めない、ふざけるな、って言ってくるだろう前提の提案なんだよ」


 交渉の糸口を掴むにあたって、まず相手に飲めないような高い要求をして、それから本当に飲ませたい要求をするという手法がある。これほど国力に差がある国同士でどれだけの効果があるのかグローリアには分からないが。


「では、隣国はいったい何を?」


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