103.グローリアの大切な三人(終)
小さな裏話を別で投稿いたしました。
「あらグローリア、遅かったじゃない」
老執事にうながされて応接室に入ると、そこにはお茶を片手に優雅に微笑むモニカがいた。
「モニカ?それにドロシアも、サリーまで……。どうしてここにおりますの?」
「呼ばれてから来るより帰りを待ってる方が早いじゃない?だからイーグルトン夫人にお茶に呼んでいただいたの」
ちらりと見ればいつもグローリアが座る場所に母が座ってグローリアと良く似た顔でにこにこと微笑んでいる。これはきっと母の発案だなと、手回しの良い母にグローリアは舌を巻きつつも内心で感謝した。
「安心してちょうだい。全員宿泊許可つきよ」
淑女の笑みを浮かべるモニカにグローリアが苦笑していると、後ろから老執事と共に父が入って来た。母の元へ行くと背もたれに手を添えて母を見る。父を見上げた母に、とたんに父の表情が崩れ眉間の皴が完全に伸びた。
「ただいま、ベティ。ようこそ、いつも娘をありがとう」
母の頬を撫でるとその笑顔のままで振り返り、父がモニカたちに頷いた。モニカは優雅に、ドロシアは静かに、サリーはほんの少し慌てて立ち上がると皆丁寧に一礼した。
「お邪魔申し上げております、閣下。お会いできて光栄ですわ」
モニカが代表して口上を述べると父が珍しく更に笑みを深くした。
「どうか楽にして欲しい。自分の家だと思って寛いでくれれば嬉しいよ。あとで夕食だけ共にしよう」
「感謝申し上げます閣下、本日はよろしくお願い申し上げます」
「いっそのこと、うちにもそれぞれの個室を用意しておくか?」
「あら、素敵ね!」
楽しそうにころころと笑う母に向ける父の目はとても優しい。父が手を差し伸べれば母が父を見つめたままでその手を取りふわりと立ち上がった。とても自然に寄り添いあうとモニカたちを振り向き、微笑んだ。
「ではな、また後で」
「また後でね、とても楽しかったわ!」
グローリアにも頷き両親は応接室を後にした。完全に扉が閉まるのを確認し、はぁぁぁ、と誰からともなくため息を吐いて着座した。
「お、驚きました……。公爵様のあんなお顔、初めて見ました……」
「そうですわね、母が共にいなければ見られない顔ですわね」
目を丸くして頬を染めるサリーにくすくすと笑いながらグローリアも母が座っていたソファに座る。すかさず控えていた侍女がカップを取り換え、そのまま一礼して退室した。部屋には四人だけが残される。
「モニカ?」
モニカが俯いていることに気づきグローリアが声を掛けると、俯いたままモニカが片手で目をおおい、ぱたぱたともう片方の手を振った。
「ねえ、あんな目、してる?」
よく見ればモニカの耳が赤い。父の目に、グローリアが言ったことを思い出したのだろう。父が母を見る目とベルトルトがモニカを見る目がとても良く似ていると。
「ええ。それにモニカも母と同じような顔をしておりますわよ」
「嘘でしょ……」
頭を抱えるモニカに三人で目を見合わせて笑っていると、モニカが頬を赤くしたまま誤魔化すように咳払いをしてグローリアを見た。
「それより、よ!グローリア、また泣いたわね?」
「あら、ばれまして?」
グローリアがにっこりと笑うと、モニカが呆れたように、そしてほっとしたように笑った。
「分かるわよ。でも、悪い結果にはならなかったのね?」
「グローリア様、とてもすっきりした顔をなさってます!!」
嬉しそうに笑うサリーにドロシアも口角を上げて微笑んでいる。
「ええ、ふふふ。ベンジャミン様にさんざんに甘やかされて帰ってきましたわ」
「ちょっと何しに行ったのよあなた」
「ええ、本当に。ただ甘やかされただけの一日でしたわね……」
苦笑しつつ今日の訪問のことを話す。本当に、情けないほど甘やかされただけだ。アンソニーに庇われ、ジェサイアに気遣われ、ベンジャミンには至れり尽くせり世話を焼かれただけ。結局、グローリアは今日何のために王弟執務室に行ったのだろう。そもそもなぜ呼ばれたのかも分からないのだが。
「わたくし、ベンジャミン様のことを兄よりも兄らしいと思っておりましたけれど、どちらかというと兄というより父らしいと認識を変えましたわ」
グローリアが思い出し笑いをしつつ言うと、モニカが何とも言えない顔で首を傾げた。
「ねえちょっと、フェネリー様はそれで良いの?」
「自称、第二のお父様だそうですわ」
「その通り過ぎてむしろ笑えないわね」
「ええ、ふふふ」
ひとしきりベンジャミンの話題で盛り上がると、話が途切れたところでグローリアは紅茶をひと口飲み、小さくため息を吐いた。
「わたくし、思い知らされましたの」
「ん、何を?」
焼き菓子を口に入れたばかりのモニカが手で口を抑えつつ首を傾げた。
「わたくしはまだ、子供なのだと」
「どういうこと?」
紅茶で焼菓子をしっかりと飲みこむと、モニカがさらに首を傾げた。
「わたくしではまだ同じ舞台に立つことすらできないのですわ。初めから、勝負になどなるはずもございませんでしたのよ」
「諦めるってこと?」
「まさか」
グローリアが首を横に振る。
「まだ、同じ舞台に立てないだけですわ」
「ああ、なるほどね」
モニカが胸の前で両の掌をぱちりと合わせた。
「勝負の時は今では無い、ですね」
ドロシアが静かに頷くと、サリーがぱっと嬉しそうに頬を染めた。
「目指すのね?」
モニカがにやりと悪い顔で笑う。
「わたくし、必ず良い女になりましてよ?」
グローリアもにやりと、悪い顔で笑ってみせる。
「ウィンター商会がお役に立てますか?」
「もちろん。頼りにしておりますわ、ドロシア」
「私、何もありませんがいつでもお側にいます!!」
「何を言うのサリー。あなたが泣いて笑ってくれることがどれほど力になると思いますの?」
「わたくしも側にあるわよ。わたくしの時間が許す限り」
「側にあれずとも、わたくしたちはみな、いつもそれぞれの傍らにおりますわ」
顔を寄せ合いお互いの顔を見合わせると、誰からともなく破顔した。
「まずは成人までにできることをいたしますわ」
「そのまま育てばいいんじゃないの?グローリアは」
「変わらずにいて欲しいです、グローリア様には!」
「そうですね、変わらずともできることは沢山ありますから」
「あら、頑張るのはわたくしだけではありませんことよ?」
とたんに部屋が華やかに騒がしくなる。父の言っていた通りだ、今日もきっと遅くまで騒がしい。
「あ、そうだドロシア。あなたを紹介して欲しいって家が何家かあるんだけど紹介しても良いかしら?」
「モニカ、確かなお家ですの?」
「当たり前でしょう?わたくしが紹介するのよ、徹底的に厳選してるわよ!」
「でしたら良いのですわ。ベルトルト様やセオドア並で無いとわたくし、潰して回りますわよ」
「ちょっと怖いわね!ベルトほどなんて中々いないけどたぶん大丈夫よ!!問題はドロシアの好みだけ…のはず……」
「ドロシアの好み……私、想像つきません……」
「わたくしも想像がつかないからそこだけは怖いのよね……」
「ご安心ください、私自身が分かっておりませんので」
誰かが笑えば皆が笑い、誰かが眉を下げれば皆が体を寄せ合う。夕食の時間が来るまで、いや、夕食が終わった後もグローリアたちの華やかな笑いはおさまるところを知らない。アマリリスとはよくぞ言ったものだとグローリアは思う。もちろん、嫌味などではなく。
グローリアの残り時間は少ない、だが無いわけでは無い。いざとなればベンジャミンもいるし、イーグルトン公爵家の公女グローリアならば多少嫁き遅れたところでそう問題では無いだろう。ぎりぎりまで足掻いてみる価値はある。首を縦に振らせてしまえばこちらのものだ。
グローリアたちはまだ十代の少女だ。これからいくらでも伸びしろはある。今はまだ届かなくともずっと届かないとは限らない。まだ時間はある。諦めるには、早い。
――――覚悟してくださいませ、殿下。
「わたくし、良い女になりましてよ」
ぽつりと呟いたグローリアにぴたりと動きを止めると、三人三様笑いながらグローリアに抱き着いた。幸い客室の寝台は広い。四人で団子になって眠っても十分な広さがある。
グローリアたちが大人と呼ばれるまであと少し。おしゃべりな少女たちではいられない日がもうすぐ来る。今だけだと知っているから、グローリアは今この時を大切にしたいと願う。
話し疲れて大切な友人と大切な思いをしっかりと抱きしめて眠る少女たちに、様子を見に来た侍女たちがそれぞれに掛け布を掛けて微笑み合い、起こさぬよう静かに燭台の火を消した。
十六歳のグローリアの物語はこれで一旦おしまいです。
続きはグローリアが成人してくれないことには動かせないため不完全燃焼な終わりとなり申し訳ありません。
基本的には時系列に沿って書いていますので、もう少し作中の時間が進めばまたグローリアたちが動き出すと思います。
もしよろしければその時も読んでいただければ幸いです。
長い物語にお付き合いいただき本当にありがとうございました。
評価、リアクション等ありがとうございます!
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