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第1部 パラレルワールドⅠの世界で地球政府を樹立する!

いよいよ未来編の始まりです。

 『おやすみ、エイレネ! 神々と温暖化阻止と地球政府樹立に挑む』未来編

                  2024年11月9日 イケザワミマリス

いよいよ『未来編』の始まりです。

未来はいくつもの可能性に満ちています。

 あなたが今日何をするか。

 それによって、あなたの明日が変わり、周りの人々にとっての未来も変わり、巡り巡って世界が変わっていくのです。

 これからお話するのは、そのようなたくさんの可能性に満ちた世界を、エイレネたちがマコテス所長やミエナと共に紡ぎ出す可能性のいくつかです。

 そうです! 

これは『パラレルワールド』という最新の理論物理学や量子力学の観点から、私たちの宇宙や地球とほとんど同じ宇宙や地球が存在する可能性があるという理論に基づいているお話です。


 パラレルワールドの最初の物語は、エイレネたちが大ショックを受けた『アメラシアの大統領選挙の結果』が現実とは違っている世界のようすです。

エイレネたちの提案に真剣に向き合ってくれた女性の副大統領が、選挙で当選して新大統領として誕生していたら、エイレネたちの活躍はどんな展開になっていたのか、もう一つの別の世界に行って、見てきたいと思います。


第1部 パラレルワールドⅠの世界で地球政府を樹立する!


1-1 なぜかリョウマ登場!?

2030年がタイムリミットになった!

空気は重く沈んでいた。

エイレネ、パンドラ、ディアナ、プロメテウス、そしてマコテス所長にミエナ――彼ら全員が、ガイアから与えられた使命に挑み、温暖化阻止の具体策を練り上げてきた。

しかし、ガイアから2035年までだと言われていた猶予期間が、いきなり2030年へと短縮されてしまったのだ。

マコテス所長までが、SimTaKNのシミュレーションで、それと同じ予測をしていたというのもすごいショックだった。

2030年までに全人類的な平和を構築する協力体制を作り上げなければ、異常気象の頻発によって世界中で食糧不足が発生し、各国は食料争奪戦に突入する。

そうなってしまってからでは、彼らが一生懸命に勉強し体験し考案した地球憲法草案や地球八策などの提案も、国連やNGO、各国首脳などへの働きかけなどの努力も全て無に帰してしまう。

2030年までに、短縮して結果を出す方法はあるのか。

幸いなことに、こちらのパラレルワールドⅠではアメラシアの大統領選挙で当選したのは民主主義や自由、人権などを尊重する民主党の女性候補だった。

彼女との会談では、当時は副大統領だったが、とても前向きな印象を受けた。

少しは希望の光も見えてきていたのに、大事な期限が2030年と狭められてしまったのである。


全員の顔には焦燥が浮かび、希望が揺らいでいるのを、パラレルワールドⅠの世界のガイアは神殿から見つめていた。

「このままでは、彼らに課した使命は果たせないかもしれない…」

ガイアは、研究所で奮闘する神々と地上の人間の姿に心を痛めていた。

もはや支援なしにこの難局を乗り越えることは難しい。

そう思案していると、突然、天を裂くように雷鳴がとどろき、一頭のペガサスが空から舞い降りてきた。

ペガサス――その名を聞けば、多くの者は震え上がるだろう。

ゼウスの雷土を運び、かつてメドゥーサの血から生まれた恐るべき翼を持つ天馬である。

しかも、今、天空から舞い降りてくるペガサスはただの雷土の使者ではないようだ。

その背中には、一人の大柄な男がまたがっていた。

ガイアはその光景に目を細めた。

ペガサスがやってきたということは、パラレルワールドⅠの世界のゼウスもまたこの事態を重く見ている証拠だ。

ペガサスに任務を託すなど、よほどのことがなければあり得ない。

ガイアは胸の奥で何かが動くのを感じた。

ペガサスが軽やかに降り立つと、その背中の男が飛び降りた。

彼は、堂々とした佇まいをしていたが、どこか風変わりな印象を与えた。

「わしの名は、モトサカス・リョウマじゃ!」

男はそう名乗った。

東洋の島国から来たという彼は、明らかに異国の雰囲気を漂わせていた。

ちょんまげ頭に、刀を差し、靴を履いている。

懐には本のようなものを忍ばせているようだ。

どうやらギリシャとは異なる文化圏から来たらしいが、その名乗りは自信に満ちていた。

「ペガサスに乗ってここに来たのは、ゼウス様の許しを得たからだ。ガイア様、お初にお目にかかる。どうかガイア地球研究所に入る許しをいただきたい。」

そう言って、リョウマはガイアに向けて深々と頭を下げた。

その言葉には、武士言葉という少し古風で力強い言葉に土佐の方言が混じっていた。

何とも変わった男だ、とガイアは思ったが、彼の目はどこか親しみを感じさせた。

ガイアが返事をする間もなく、リョウマはニコニコと笑いながら、ペガサスを背にさっさと研究所の方へ歩き出した。

その背中は堂々としていたが、どこかおおらかさと茶目っ気も感じられる。

ガイアは思わず微笑んだ。

奇妙奇天烈な来訪者だったが、どこか頼もしさも感じたのだ。

「まったく、ゼウスも粋な助っ人を送り込んだものだわ。」

ガイアは、リョウマの背中を見送りながらそう呟いた。


研究所に到着したリョウマは、エイレネたちを驚かせることになった。

異国の風貌に、刀を帯びた姿は、ギリシャの神々や人間にとってあまりにも非日常的だ。

しかし、彼の言葉にこめられた熱意や、持ち前の積極的な姿勢はすぐに彼らの心を掴んだ。

「俺は、万国公法を用いて、世界中の人間をまとめるための知恵を持ってきたんじゃ。温暖化を阻止するためには、人類全体が一つになる必要があるぜよ。それを助けるために、俺が来たんじゃ。」

リョウマは、そう語りながら「万国公法」を懐から出して、人類の共通ルールを制定するための助言を始めた。

彼の土佐弁混じりの言葉はやや理解しづらい部分もあったが、その根底にある理念はエイレネたちの心を強く揺さぶった。

「もしかして、あの坂本龍馬が生まれ変わった神様かしら?」

エイレネの言葉に、パンドラたちも「そうかもしれない」とうなずいた。

これで、2030年までに世界政府を樹立し、温暖化を阻止する計画が大きく前進するかもしれない――。

希望の光が再び灯った瞬間だった。


1-2 パラレルワールドⅠの世界のゼウスの懺悔

リョウマの後姿が研究所の方へ消えていくのを見送りながら、ガイアは重い溜息をついた。

ゼウスまでもが助っ人を送ってくるとは、事態の切迫具合がいよいよ深刻になっている証拠だ。

エイレネたち4人に残された時間は、もはや5年と半分に短縮されたのだ。

2035年という期限が厳しいものだと感じていたが、今や2030年という期限が絶対的なものとなっていた。

「ゼウスまで動かざるを得なくなったのか…。まあ、彼にとっても人類がいなくなれば、神々の存在意義が失われてしまうからな…」

ガイアは空を見上げて呟いた。

ゼウスもまた、神々の未来が人類にかかっていることを痛感しているはずだ。

彼がリョウマを送り込んできたのは、エイレネたちの使命を果たさせるためだけではないだろうとも直感的に感じた。

ガイアは思い出す――ゼウスには、彼自身の罪に対する贖罪もあるはずだ。


パンドラに箱を渡したのは、ゼウスの取り巻きである神々だった。

あの箱に詰められた「禍」によって、天界の禍は全て取り除かれ、パンドラの手によって人類に解き放たれてしまった。

天界はそれ以来、すっかり穏やかで平和な楽園となった。

人間たちが、神様の世界を『天国』と呼んで、平和な楽園だと信じる元を創ったのだ。

ゼウス自身も天界の平和を享受していたが、その平和の代償として人類が受けた災厄に対して、彼はパンドラにどれだけ謝罪してもしきれないほどだった。

ゼウスはエイレネたちの頑張りを感じつつ、心の中で長い間抱えていた後悔を思い返していた。

本音を吐く時の口調は、自然と関西弁に変わり、ぽつりとつぶやいた。

「あの箱にあんだけ禍を詰め込んどらんかったら、今も天界は混沌の渦に巻き込まれたままだったやろな…。知らんけど。神々が好き放題やって、戦に不倫にいたずら、そんなもんが次から次に起きて混乱しとったやろな。ほんま、パンドラには申し訳ないことをしてもうたわ。あの子を人間から悪者にしてもうたんや。知らんけど。」

ゼウスはさらに、自分の娘であるディアナとエイレネのことを思い出し、胸が痛んだ。とりわけ幼いエイレネまで月に幽閉してしまったことは、今考えれば、神としても、父としても耐えがたい過ちやったと、改めて思い知った。

「まるで子どもを虐待してるようなもんやないか…こりゃあかんな。」ゼウスは小さな声でつぶやいた。

ディアナが月に閉じ込められている間に、人類は月と生命の深いつながりを忘れ、母なる女性たちの地位まで貶められてしもうた。

ゼウスの妻ヘラは、それに激怒しており、今も彼を責め続けとる。

「女性の尊厳を守るべきやったはずやのに…いけずやな」と。

「ワイが女性の尊さを見過ごしてもうたせいで、男尊女卑なんかが人類の社会に広がってしもうたんや…知らんけど」

プロメテウスへの仕打ちについても、ゼウスの心には深い後悔が残っていた。彼が火を人類に与えたことでゼウスは怒り、プロメテウスを岩に縛りつけ、毎日肝臓を鷲に啄ばませるという残酷な罰を与えてしまった。けど、ゼウスが本当に怒っていた理由は、天界の火を盗まれたからではなかった。

「ほんまはな…ワイが『人類に火を与えた英雄』になりたかったんや」

ゼウスは苦い表情で過去を振り返った。

「嫉妬してもうたんやな。自分が先に名誉を取られてしもうたことに、腹立ててたんや。ほんま狭い器やで。いやになるやね」そう言って、ゼウスは自分に深く苛立ちを覚えた。

そして、最大の過ちと感じる行為――人類に禍の箱を渡すために、パンドラという初めての女性を創り、送り込んだことがよぎった。

あの箱に詰めたもののせいで「禍のもとは女性」「女性は魔女」などというとんでもない誤解が生まれ、女性の地位と尊厳がどん底に貶められてしもうた。

「ワイが…ワイがその原因を作ってしもうたんや。人類社会が男性中心の構造になってしまったのは、ワイの責任や…」

ゼウスは悔しさでいっぱいになりながら、本来の太陽がガイアであり、かつては女性がその象徴であったという事実も胸に刻み直した。

それなのに、太陽を男性の象徴、月を女性の象徴とする世界を作り上げ、人類にその概念を押し付けてしまったことへの悔いが深く、今なお消えることはなかった。

「女性は太陽…その真実を、ワイはすっかり忘れてもうてたんや」

ゼウスは静かに、自分の過ちを見つめ直し、深い後悔に沈んだ。

しかし、今やエイレネたちが温暖化阻止という使命に挑んでいる。

ゼウスにとっても、この地球を守るための彼らの挑戦に希望を抱いていた。

エイレネたちのために、そして自分の贖罪として、この先彼らの道を切り開き、支えるのは彼の新しい使命であった。

「エイレネたちよ…頼む、どうか使命を果たしてくれや…知らんけど。」


1-3 国連を地球政府に変えよう!

リョウマがガイア地球研究所に到着すると、彼はその風変わりな外見にもかかわらず、すぐに皆と打ち解けた。

明るくて人懐っこい性格のおかげで、エイレネたちとの間に自然な親近感が生まれた。

リョウマは自己紹介を始めた。

「わしの名前はモトサカス・リョウマ。転生しゆう前は日ノ本という国の土佐藩の脱藩浪士ぜよ。ここに来たんはゼウスから、おまんらがえろう困っちょるから、なんば助けてやってほしいと平身低頭懇願されたからぜよ。あの傲慢なゼウスをして、あんだけ平身低頭懇願させるちゅうのは、おまんらはえらいごっつくゼウスに何やら特別な強みを持っちょるようだな。わしもこのところ出番が無くて閑にしちょったでちょうど腹ごなしにええというて、ゼウスの頼みをきいてやることにして、ここに来てやったぜよ」

何とも変な言葉使いで、聞きようによってはゼウスよりも偉そうに自分のことを語っているその語り口にも笑顔が似合っているので、何となくゼウスとのその場のやり取りが面白おかしく伝わってきて、研究所の全員がその話に納得してしまった。

特に、坂本龍馬の大ファンであるマコテス所長は目を輝かせて「リョウマ殿、お目にかかれて大変光栄です」と嬉しくて泣きそうなくらい感激していた。

この不思議なリョウマという人物の魅力は何なのか、エイレネたちは疑問に思った。

しかし、直ぐにミエナが以前、坂本龍馬について「彼は、柔軟な外交手腕と信頼関係の構築に長けており、敵対していた勢力を協力させることに成功しました。このように、変革には対立するグループを繋げる仲介者が必要なのです。」とホログラムに表示して説明してくれていたのを思い出した。

「そうか!リョウマさん、あなたは天才的な戦略家であり交渉者であり仲介者なのね!」

エイレネは、リョウマが突然ペガサスとともにゼウスの依頼によって、ここに来た本当の理由について納得して、リョウマに言った。

「私たちが作成した『地球八策』を大至急実現するために、人類との仲介役として来て下さったのですね」

リョウマは大きく頷いて、彼らの新しい仲間として、早速ブレインストーミング、すなわち「ブレスト」をすることになった。

ブレインストーミングは、頭脳の中にあるアイデアを嵐のようにかき混ぜて新しい発想を生み出す方法だ。

エイレネたちがこれまで必死に勉強したり体験したりした成果。

さらには、苦労を重ねて練りに練った地球憲法や地球八策。

各国の首脳や国連、NGOなどの人々との交渉の成果や失敗。

そうした全ての物事が、リョウマとのブレインストーミングで一気にリョウマの頭脳にも叩き込まれていく。

マコテス所長は、リョウマの登場によって、これまでの勉強の段階を終え、ついに最後の『検討してきた最善の方策を実現させる段階』に突入したと感じていた。

これまでの学びを生かし、現実的に実行できる計画をまとめ、実行に移す。

まさに仕上げのフェーズだ。


リョウマはすぐに問いかけた。

「4人の目標は何ぜよ?そして、ボトルネックは何じゃ?」

エイレネが真っ先に答えた。

「ガイア様の使命を達成するために、地球政府を作って全人類で温暖化対策を進めたいんです。残された時間は5年。」

ディアナが続けた。

「でも、ミエナとも話したけど、地球政府を作るには最短でも10年かかるって。」

リョウマは即座に返した。

「そんなに時間かけていたら、間に合わんじゃろ!ボトルネックはそこぜよ!」

彼は勢い込んで言葉を続けた。

「おまんらが考えちゅうように、さっさと国連を地球政府に変えてしまえば良かろうに・・・」

「次のボトルネックは何じゃ? ネックは首だからどっかの首脳かな?」

リョウマはにやりと笑って自分で言った駄洒落に満足げだった。

プロメテウスが重い口を開いた。

「それが…問題は安保理の拒否権を持つ5大国なんだ。それが進展を阻む最大のネックなんだ。」

「ふむ…拒否権、か。つまり、キー・オブ・ファクター(KOF)じゃな!」

リョウマは思わず古い経営学の用語を口にしてしまった。

今のKOFは、商売で『この商品を選ばない理由』みたいなことに使うが…ここでは拒否権がまさにノックアウト・ファクターだな!」

エイレネは、「特に選びたくない商品は、チュアンロとロムニカの大統領や国家主席たちです」といった。

リョウマは「一番のボトルネックはその2人か、よし、その2人をどうするか考えよう!」

リョウマは目を輝かせながら立ち上がり、突然大声で叫んだ。

「そこだ!その2人に匹敵する誰かに一人に自主的に拒否権を返上させるんじゃ!」

その場の全員が目を丸くして息を飲んだ。

リョウマの声の大きさに驚いたのはもちろんだが、それ以上に「誰か一人に自主的に拒否権を返上させる」という考えに衝撃を受けたのだ。

これまで誰もが、拒否権を何とか制限して弱めようと考えてきた。

一度に5大国が全部そろって拒否権の返上に合意するか、5大国全部の拒否権を強制的に停止排除するか、いずれにしてもどこかの国一か国だけが拒否権を返上したり放棄したりするなどということは一度も思いつかなかった。

だがリョウマの発想は全く逆だった――拒否権を持つ5大国のどこか一か国にその国が自主的に拒否権を手放させるというのだ。

「そんなことが本当にできるのか…?」

マコテス所長までもが驚き、話に加わった。

リョウマは自信たっぷりに頷き、こう話し始めた。

「前世の竜馬がいた日本国でも、かつて朝廷と幕府の二重権力が分裂していたんじゃ。その混乱を解決したのが『大政奉還』だ。幕府が自らの統治権を朝廷に返上したことで、平和裏に統一が図られたんじゃ。」

リョウマの語りは勢いを増していった。

「現在の国連も同じ構造じゃな。おまんらの話によれば、民主的な国連という総会の場があるのに、5大国の安保理が拒否権を持ちゆう。これはまさに権力の二重構造ちゅうことじゃ。だが、大政奉還のように、拒否権を返上させて統一してしまえば、国連を土台にして地球政府をすぐに作れるんじゃ。」

その言葉に、研究所内は静まり返った。

マコテス所長は、「しかし、リョウマ殿、5か国全部ではなく、どこか一か国だけ拒否権を返上させるというのは、何とも奇妙な提案に聞こえるが、その理由を私たちに教えて頂けないでしょうか?」と質問した。

エイレネたち4人はもとよりAIのミエナまで、これまでに一度も考慮したことが無い案の本当の狙いが知りたくて、リョウマの答えを待っていた。

リョウマはこともなげに言った。

「おまんらだけじゃなくて国連改革を真剣に模索してきた多くの知恵者が、5大国の拒否権を一括して制限したり廃止したりしようと長年努力してきたけんど、いずれも失敗に終わったんじゃろ。5大国がこの拒否権を絶対に守るという点でだけは一致団結しとるからじゃ。だったら、そこを切り崩さなきゃならんと思うのは当然じゃろ」

 マコテス所長を始め4人とミエナは唖然とした。

 こんなに簡単に安保理のシステムを改革する斬新で大胆な案を思いつくなんて、まるで魔法みたいだ。

 さらに、リョウマは続けた。

「どこか一か国が自主的に拒否権を返上することになったら、他の国はどう思うか考えてみてくれ。特に、拒否権を持っている他の4か国だ」

 エイレネは「世界中の国がビックリして、その国は国連の強い味方になったのだと大歓迎すると思うわ」といった。

 パンドラは「ノーベル平和賞をもらえるかも!」と賑やかに言った。

 ディアナは「拒否権をもつ他の4か国は、いったい何をその拒否権を返上した国は狙っているのか、疑心暗鬼になるかもしれませんね」といった。

 プロメテウスは「5大国の内のイギリスとフランスは、私がロールプレイで経験した感じからすると、普遍主義的な考え方や世界をリードしてきた歴史的な経験から、意外とあさりと拒否権を返上して民主主義的な地球政府を創るために協力しようとするかもしれません。どこの国が言い出すかに拠るかもしれませんが、例えばアメラシアが言い出すのだったら、自分達も同じ行動をとろうとするでしょうね。ロムニカやチュアンロだったら、何を考えているのかまずは探ろうとするでしょうね」といった。

 それを受けて、エイレネは「私はロールプレイでアメラシアを担当したのだけど、アメラシアって少し前までは世界の民主主義のリーダーを自他ともに認める国だったから、他の国がその地位と名誉を取ろうとしたらものすごく焦るでしょうね」

 パンドラは「私はロールプレイでロムニカを演じたけど、ロムニカの今の大統領は拒否権とか自分の権威・権力の背景になるものを一つも手放さないと思うの。だって、彼の政治的な権力基盤は、人々の発言の自由や政治的な自由を奪ってギリギリのところで選挙で得た偽りの基盤なんだから。きっと薄氷を踏む思いで日々を過ごしていると思うの」といった。

 ディアナは「私はロールプレイでチュアンロを担当したけど、どこかの国が拒否権を返上したからと言って何か特別な反応をするとは思えないわ。チュアンロは真の民主主義なんて頭から否定しているし、それに基づく地球政府なんていう私たちの提案を完全に蹴とばしているくらいだから」といった。

 マコテス所長は、「いったいリョウマ殿はどの国に拒否権を自主的に返上させようと考えておられるのでしょうか?」と尋ねた。

 リョウマは、少し考えるような仕草をしたが、直ぐに快活に応えた。

 彼は自分が直ぐに答えを出してしまうよりも、みんなを考えさせて、みんなで答えを出して行くことを優先させようとしているようだ。

「どの国に最初に拒否権を返上させるといいぜよ?」

リョウマが問いかけると、ミエナが即座にスクリーンに答えを表示した。

「アメラシアです。現在の覇権国家であり、最も影響力が大きいからです。もしアメラシアが拒否権を返上すれば、そのインパクトは非常に大きいでしょう」

「なるほど、メリケン国が今の覇権国か…」

リョウマは懐かしむように目を細めた。

「ジョン・マンジロウが『アメラシアはすごい国じゃ』と自慢していたのがよく分かるな。下駄屋の息子でも大統領になれる国だと、大いに自慢しちょったけんのう」

彼の言葉に、誰もがその意味深さに考え込んだ。

彼は鎖国時代の日ノ本という国にあって、いち早く民主主義の本質を理解していたのだ。

リョウマは再び話を続けた。

「さて、そこでじゃ、もしもアメラシアが拒否権を返上したら、国連や世界で何が一番のメリットになると思う?」

その問いに応じて、マコテス所長が深くうなずきながら口を開いた。

「それは、真の民主主義のリーダーが生まれるということだろうな」

「どういうこと?」

エイレネが興味津々に聞き返す。

「アメラシアは国連を作った国であり、世界人権宣言もエレノア・ルーズベルトの働きかけで成立した。まさに、世界の平和と人権、民主主義のリーダーだ。しかし、時折、アメラシアは国際世論や国際法を無視することがある」と、マコテス所長は慎重に言葉を選びながら続けた。

「例えば?」と、パンドラが問い返した。

「最近の例を挙げると、アメラシアはジェノサイドを犯していると非難されているイストラレルに、武器や弾薬を送り続け、外交的にも支持している。友人や同盟国だからといって、犯罪行為を支援することは、国際世論や国際法を無視した行為だ。本当の友人であれば、相手が間違いを犯したときには、それを指摘し、止めるべきではないか?それが真の友情というものだ。しかし、アメラシアは『同盟国だから』という理由で、こうした行為を擁護している。これでは、世界中から不信感を抱かれてしまう。民主党が大統領選挙で敗れた一因もここにあると思う。きちんと正論を吐いてイストラレルを非難し、即時停戦を強硬に主張し、ジェノサイドの犯罪者を裁けるように国際法や人道法を遵守する姿勢を貫けば、国内のユダヤ教徒もまさかジェノサイドの犯罪者を公然と擁護し、アメラシア政府の対応を選挙戦で非難する訳にもいかないだろう。イストラレル国内の良心的な人々も人質の早期解放が実現すれば、ガザ地区の完全な破壊や占領、さらにはヨルダンㇸの侵攻も望んでいなかったはずだ。アメラシアの平和外交を支持するはずだ。そもそもイストラレルの首相は犯罪を犯していて、首相の座から追われると裁判が再開されるというようにも聞いている。それから逃れるために戦争を拡大し、無差別に市民を虐殺しているとも言われているくらいだから倫理的にも問題を抱えているんだ。現在も続いている全米各州での大学の抗議活動ももっと早く終結して、大統領選挙で民主党の強力な支持に回って、僅差ではなく楽勝になったはずだ。」

リョウマは眉をひそめた。

「なるほど、それはまっこといかんぜよ!それが原因で民主主義のリーダーちゅう地位が揺らいどるんか…」

「そうなんですが、それだけではないんです。前の大統領が二期目を目指したときに僅差で大統領選挙に敗北しました。しかし、それに反発した支持者たちが議事堂に押し掛け暴力沙汰を起こしてしまったんです。それを扇動したかどうかという疑問があるものの、選挙結果を疑い否定し続ける大統領という存在は、アメラシアの民主主義を根本的に疑わせるに十分な不祥事だったのですよ、リョウマ殿。だから、もしアメラシアが拒否権を返上し、国際世論や国際法に従い、国連総会の決議を尊重するなら、直ぐには難しいかもしれませんが、世界は驚きと共に『世界の民主主義のリーダー』が復活したとして、これまで以上の名誉ある地位を獲得できるだろうと思います」

マコテス所長は力強く語った。

その言葉に、エイレネたちは静かに頷いた。

リョウマが示した「拒否権の返上」という提案は、ただ単に5大国の権力を削ぐためのものではない。

それは、国際社会が真の民主主義と平和に向かうための鍵となる行動だ。

リョウマは目を輝かせながら、再び語り出した。

「そんじゃ。アメラシアが最初に拒否権を返上すれば、他の国々も続かざるを得んじゃろう。歴史を変えるのは、常に最初の一歩を踏み出す者じゃ。あとは、その連鎖反応を待つだけぜよ」

「でも、本当にそれができるのかしら…?」

パンドラが不安げに呟いた。

「不可能を可能にする。それが我らん使命じゃろ?」

リョウマは笑みを浮かべたまま、パンドラの目をじっと見つめた。

その言葉に、一瞬の静寂が訪れた。

誰もがリョウマの言葉の意味を深く考え、そしてその実現可能性に思いを巡らせた。

リョウマはみんなに分かるように、話を単純化して丁寧に説明しはじめた。

「アメラシアが一国だけでも安保理の拒否権を返上すると言い出したら、世界はアメラシアに大喝采するだろう。名誉を一人占めできる。そしたらどうなる?」

 プロメテウスは「イギリスやフランスは、何とかアメラシアと共同歩調を取って、自分達もその名誉の一翼を担いたいと言い出すと思います」といった。

 パンドラは、「ロムニカの大統領は、拒否権の返上などに同意することはないだろう。むしろ、世界が民主主義を賞賛するようになれば、国内の民主主義勢力に神経をとがらせることになると思う」といった。

ディアナは「チュアンロはとても警戒すると思います。国内の民主化も警戒すべき要因の一つですが、それは監視カメラやSNSへの監視などほぼ完璧に抑え込んでいる自信があると思います。むしろ、アメラシアとの覇権争いにどう影響するかが一番重要なポイントになると思います。アメラシアが国連を味方につけ、国際秩序を再構築して、チュアンロの覇権を阻止しようとするだろうということが一番の懸念材料だと思います。アメラシアが単独でも拒否権を返上するなんて暴挙に出るということは、その裏に何か大きな陰謀が絶対隠されているに違いないと想像すると思います」

 リョウマは、4人がロールプレイで得た知識や経験は大したもんだと誉めて、話し始めた。

「そういう各国が追従する動きや疑心暗鬼の動きを利用しちゃるんぜよ。ロムニカとチュアンロに民主化の嵐を吹かすんだ。焦るだろうな。チュアンロにはさらに覇権を断念せざるを得ないような地球政府軍や国際法、貿易や投資の新秩序を創ると大構想を広めるんじゃ。これはBig5の応用でもあるんぜよ。Big5はこじゃんと便利な理論なんじゃ」

 エイレネたちは、いきなりリョウマの口からBig5が出てきたことにビックリして、その意味を教えてもらいたいと言った。

 リョウマは得意そうにみんなに教えてくれた。

「各国の指導者になる人間は権力欲が強いだけではなく、危険にものすごく敏感なんだ。この二つが近い関係にあるのはシュワルツの図でもうよく知っちょると思うけんど、彼らは敵対する勢力に対してだけではなく、自分の味方の中にも自分の地位を奪ったり超えたりしようとする人間にとても敏感なんだ。神経質すぎるくらいと言っても過言ではないじゃろう。敏感さはシュワルツの円形の図でいうと左下に位置しちょる。その付近には、富や権威・権力を好む性格もあるぜよ。それに対して、おまんらのように自分のことよりも全体のことを考えて普遍的な制度や法律を創ろうとするようなのん気というか楽観的というような人々は、権力にしがみついて身の危険ばかり気にしている人たちのことを無視しようとする。おまんらはシュワルツの図で言えば右上の位置だ」

そこまで言って、リョウマは全員の顔を見て、ちゃんと自分の言葉が理解されているかどうか確認して、話を続けた。

「だから、わしの考えや交渉は心理戦なんぜよ。交渉が成功するか否かは、この心理戦に勝てるように、壮大で長期的な真剣な戦略を持てるかどうかだ。おまんらは、素直すぎて心理戦には向いていないがよ。長期的な戦略はしっかりと立てちょるが、それだけでは知恵に頼り過ぎぜよ。『知は力』ちゅうのは正しいが、『知』だけでは人は動かん。『欲』と『情』を絡めて相手が動くようにするのが交渉だ。そして一番大事なのは真剣さだ。わしも前世では大政奉還に船中八策などを始め、薩長同盟や海援隊などあらゆることに命を懸けてきた。まさに刀を脇に差しているのはカッコ付けなんかじゃないぜよ。勝海舟先生と最初に話し合った時も、勝先生は直心影流じきしんかげりゅうの免許皆伝の腕前、前世のわしも北辰一刀流の免許皆伝だ。議論をして、うわさどおりの俗物で頑迷な幕臣で、維新の大回転の邪魔になると判断したら、勝先生を殺すつもりで行ったんじゃ。けんど、剣術ではどちらも免許皆伝の腕前だ。わしが殺すか勝先生に殺されるか、まさに命がけで議論をしたんじゃ。おまんらは交渉に『知』しかかけていない、わしは交渉するときは『知と欲と情と命』をすべてかけて、ことに当たっているんだ」

 リョウマは唾を飛ばして矢継ぎ早に話したので、その話しぶりに圧倒されながら、自分達が各国に行ってやってきた交渉は児戯にも劣ると思い知った。

 しばらく全員が押し黙ったまま、リョウマの言葉の意味を胸の奥深くに刻んだ。

 そこで、リョウマは、口を開いた。

「まずはアメラシアだな。現在の覇権国家で世界中に軍事基地と軍隊をもっている。この武力を地球政府に取り込めれば成功間違いなしじゃろ」

 プロメテウスが、震える声で呟いた。

「本当に、そんなことが…できるのか…?」

リョウマはニヤリと笑って答えた。

「やるっきゃないぜよ。」

全員が開いた口が塞がらない状態で、しばらく沈黙が続いた。

しかし、その沈黙の中で、確実に新しい風が吹き始めていた。

それは、これまでとは全く違うアプローチであり、まさに打開策としての可能性を秘めた提案だった。

「アメラシアが単独で拒否権返上…か。」

ミエナがスクリーンに表示されたデータをじっと見つめながら、小さく呟いた。

「確かに、その可能性を模索する価値はあるかもしれません。」

エイレネは目を輝かせてリョウマを見つめた。

「それができたら、私たちの使命も達成できるかもしれない…!」

そして、全員が再び希望を感じ始めた。

これらのポイントを押さえて交渉に臨めば、アメラシア大統領の興味を引きつけ、地球八策への支持を得る糸口になるかもしれない、と胸に希望が灯るのを感じた。


1-4 大政奉還方式で拒否権返上!

リョウマがガイア地球研究所に現れてからというもの、まるで嵐のように事態が動き始めた。

彼は、問題の核心をすぐに見抜き、既存の枠組みをまったく無視した発想で、堂々と事態を打開しようとしている。

その大胆な提案に、エイレネたちは、最初は戸惑いを隠せなかったが、次第に彼の言葉の重みを感じ始めていた。

「こんな漢がいたから、明治維新は成功できたんだな…」

マコテス所長は心の中でそう納得した。

しかし、パンドラはまだ半信半疑だった。

彼女はおそるおそる質問した。

「でも、アメラシアがそんなことを本当にするかしら?拒否権を返上するだなんて…」

リョウマはパンドラの問いに対して、少し考え込んだ後、静かに言葉を返した。

「そういうことが実現したら何が起こるんかを考えておいてくれんかな。ほかの4つん国は、必ず自分たちん損得を考えるはずぜよ。つまり、これは4大国の『コスト・ベネフィット分析』ちゅうことになるがじゃ」

エイレネが再び口を開いた。

「それじゃ、私たちの次のステップは、アメラシアが拒否権を返上したら次に何が起きるかを探ることね」

ディアナも力強く頷いた。

「そう。私たちはもう時間がない。すぐに行動しなきゃ」

こうして、エイレネたちはリョウマの大胆な発想を元に、新たな挑戦に乗り出す決意を固めた。

拒否権を返上させ、地球政府樹立への道を切り開くために――彼らの戦いは、さらに熾烈で困難なものになることが予想されたが、その瞳には希望の光が宿っていた。


1-5 真の民主主義のリーダーという名誉と平和の配当という実利で行こう!

リョウマは深く頷きながら話を聞いていた。

「真の民主主義が実現できるっちゅうことは、立派な大義名分になる。まさに錦の御旗ぜよ。」

彼はそう言いながらも、鋭い目を光らせた。

「だが、大義だけでは人も国も動かん。実利がないと、なかなか腰を上げんもんじゃ。さて、アメラシアにとっての具体的なベネフィットは何じゃろうな?」

その問いにミエナが答えた。

「冷戦が終わった後によく使われた言葉なんですが、『平和の配当』という概念があります。それが、アメラシアにとっても利益になるんじゃないかと思います。アメラシアだけでなく、世界中にも利益があるかもしれません。」

リョウマは即座に理解したようだった。

「なるほど、『平和の配当』か…。明治新政府ができたとき、徳川幕府だけじゃなく、諸藩も武士を抱え続ける必要がなくなり、軍事力にかかる負担が一気に軽減された。武家社会としての役割が変わったんじゃな。それと同じようなもんか。」

すると、エイレネが目を輝かせながら声を上げた。

「アメラシアが拒否権を返上して国連と一心同体になったら、これまで『世界の警察官』として米国の税金で賄ってきた米軍の費用を、国連からもらえるようになると思うのです」

その純粋な発想に、リョウマは手を叩いて喜んだ。

「それじゃ!そうなれば、米軍をそのまま国連の親兵、つまり国連軍にすればいいだけの話じゃ。これでアメラシアは軍事費を大幅に削減できる。ほれ、アメラシアはそれで何ができるようになるか、もっと考えてみい。」

リョウマの問いかけに、パンドラがすぐさま応えた。

「まずは減税ができます!アメラシアの国民はそれに大喜びするはずよ。財政に余裕ができれば貧困や病気、医療や教育や福祉にも予算を回せるわ。次の大統領選挙にも有利になるはず!」

ディアナも続けた。

「自然保護や女性の地位向上にも予算を使えるわ。」

そしてエイレネは、熱っぽく語った。

「もちろん、私たちにとって一番大事な温暖化防止にも予算をつぎ込める!」

プロメテウスも深く頷きながら言葉を足した。

「もし軍隊を減らせば、その兵士たちを経済活動に動員できる。軍事研究に携わっていた科学者や技術者も、民生用の技術開発に転用できる。温暖化防止技術の開発にも大いに役立つはずだ。」

 部屋の中には一気に明るい空気が広がり、次々と浮かんでくるアイデアはこれまでに議論を繰り返してきた成果だ。

それらがリョウマと共有されていった。

拒否権を返上することで得られる「平和の配当」は、アメラシアだけでなく、全世界にとっても大きな利益となり得るのだと全員が確信し始めた。

リョウマは満足そうに頷き、「こりゃ、アメラシアを説得するには十分な材料じゃな。民主主義のリーダーとしての名誉も手に入れ、実利も得られる。アメラシアにとっては願ってもない話ぜよ。」と言いながら、懐に手を入れ、何かを取り出した。

そこには、なんと「世界人権宣言」と「国連憲章」の本が入っていたのだ。

リョウマはその本を軽く指で叩き、ニヤリと笑った。

「ちょっくら座を外すぜよ。アメラシアが『ウン』と言ったら、次に世界で何が起きるか、インパクト分析をしといてくれ。まあ、シナリオ分析のレベルでいいじゃろう。厳密なインパクト分析は人間に任せればええんじゃ。」

そう言うと、リョウマは軽やかに天馬・ペガサスに飛び乗った。

「それじゃあ、ちっくら行ってくるぜよ!」

リョウマは一言だけ言い残すと、ペガサスがその大きな翼を広げ、空高く舞い上がった。

研究所に残されたエイレネたちは、彼の消えていく姿を見送りながら、再び静かになった部屋で次なる作業に取りかかる準備を始めた。

「インパクト分析か…」マコテス所長がポツリと呟き、ミエナがスクリーンに新たなデータを表示し始めた。


1-6 アメラシアが受諾した場合のインパクト分析

リョウマが去った後、研究所に残されたエイレネたちは嵐のような時間が過ぎ去ったことにホッと一息ついていた。

目まぐるしい展開に少し疲れが見えたが、エイレネはリョウマの突然の行動に首を傾げた。

「リョウマさん、どこに行ったのかしら?」

エイレネは不思議そうに呟いた。

プロメテウスは肩をすくめながら、「あの人は突拍子もないところがあるから、考えても仕方がない。チョコッとって言ってたんだから、たぶんコンビニか体をほぐすための簡単な運動かなんかだろう。まあ、すぐに戻ってくるだろうし、それまでに『アメラシアがウンと言ったら次に世界で何が起きるか』ってインパクト分析を始めようじゃないか。」

エイレネはワクワクした表情で、「何か世界中でトンデモナイことが起きそうな気がしますよね。」と言った。

ミエナが画面に目を移しながら、「アメラシアが本当に拒否権を返上するとなれば、まずはイギリスやフランスがその真意をただしたいと思うでしょう。アメラシアも一国だけで返上するのではなく、三カ国が同時に行動を起こす可能性が高いですね。」と冷静に分析を始めた。

「もしそうなったら、世界中が驚くでしょうね。」

パンドラが嬉しそうに手を叩いた。

「号外やテレビ、ネットニュースが一斉に騒ぎ立てて、世界中の人が『民主主義万歳!アメラシア万歳!』って叫びそうな気がするわ。まるで、世界に木の棒…じゃなかった、希望が溢れ出すような感じ。」

プロメテウスは眉を上げて考え込み、「そうなると、世界各地で民主化の波が広がるかもしれないな。まるで『アラブの春』のように。ロムニカやベラルーシ、イストラレルのような独裁的な体制に不満を抱いていた国々で、国家指導者を変える民主化革命が起こるだろう。」

ミエナが分析を続ける。

「もしロムニカが完全に民主主義に転換すれば、1990年代に検討されたように、ロムニカがNATOに加盟する可能性もあります。そうなれば、ウクライナ戦争もクリミア問題も解決に向かうでしょうね。」

 その話にディアナが慎重に口を開いた。

「でも、最後の難関はチュアンロじゃないでしょうか?チュアンロがどう反応するか…」

 マコテス所長は深く考え込み、こう答えた。

「チュアンロは共産党の一党支配が続いているし、民主主義からは程遠い。天安門事件の時のように民衆が蜂起するかどうかは難しいところだ。ヘイシュドーウの体制は盤石に見えるし、AIと連動した監視カメラが国内に張り巡らされている。大規模なデモはすぐに摘発され、活動家たちは即座に捕らえられるだろう。」

 その言葉に一同が深い沈黙に包まれた。

世界の未来を見据え、彼らはそれぞれの思索に沈み込んでいた――その時だった。

突然、空から天馬が舞い降り、風を切ってリョウマが戻ってきたのだ。

「あっ!帰ってきた!」エイレネが驚きの声を上げる。

リョウマは天馬から軽やかに飛び降り、全員の前に立つと、まるで大したこともないように言い放った。

「メリケン国に行って、大統領に会ってきたぜよ。」


1-7 リョウマとアメラシア大統領との交渉は成功か?決裂か?

その一言に、部屋の空気が凍りついた。全員が息を呑み、目を見開いた。まさか、リョウマが突然アメラシアに飛び、しかも大統領に直接会ってきたというのか。誰もその行動力の速さに追いつけず、ただ唖然とするばかりだった。

そして、全員が我に返ったかのように、声を揃えて叫んだ。

「それで、結果はどうなった!!!」

リョウマはその問いに対し、いつも通りの落ち着いた笑顔を浮かべて、次の言葉を紡ぎ出した。

彼の口から語られる結果が、世界の行方を左右するものとなるのは間違いなかった。

「よっしゃ!アメラシア大統領から合意を取り付けてきたぞ!」

その一言に、エイレネたちの目が一気に見開かれた。

全員がリョウマの行動力に圧倒され、言葉を失った。

リョウマはそんな皆をよそに、さっさと事の経緯を話し始めた。

「いやはや、最初は難儀したぜよ。ホワイトハウスを目指して天馬で降りた瞬間、防空システムが作動しそうになったし、ドローンで攻撃されかけたんじゃ。まさか空から訪問者が来るとは思わんじゃろうからのう。」

リョウマは、かつて新選組などと剣戟を繰り広げた頃のように、さらりと危険を乗り越えた体験を語った。

「けんど、びっくりしたんは大統領が女性だったことじゃ!さすがメリケン国ぜよ!」リョウマは目を輝かせて笑った。

「おまんらの地球八策を見せて少し話したら、以前、おまんらとその案を見た時のことを思い出したようだった。しかし、今回は何かが違うということに大統領もすぐに気づいてくれて、事の重大さを考慮して緊急に国家安全保障会議を開いてくれたんじゃ。」

「どこがちがうのかな? それでどうなったの…?」エイレネが期待に満ちた声を漏らした。

「まあ、会議にはなぜか元大統領の黒人の男性もおった。これにも驚いたが、どうやらメリケンの政治の重要な場とはいえ、彼のような大物が顔を出していたのは珍しいことのようだ。大統領は彼が核兵器の廃絶をライフワークにしていると言っていた。平和の配当で一番重要なのがそれだと直感したらしい。ほんに凄い大統領だ!」

リョウマはそこで一息ついて、話を続けた。

「そこでワシは、拒否権返上、平和の配当、そしてアメラシアが真の民主主義のリーダーとして世界の旗手になれるって話をしたんじゃ。」

リョウマは会議の様子を振り返り、熱く語り出した。「議論は白熱したぜよ。質問が次から次へと飛んできたが、おまんらとブレストで考えたアイデアを話したら、みんな本気で聞いてくれた。」

エイレネたちは食い入るようにリョウマの話に耳を傾けた。

「減税や新しい政策の予算ができることで、次の大統領選でも有利になるって言ったら、大統領の顔が満足そうに輝いたぜよ。たぶん、チラッと地球政府の初代大統領になるっていう新しい夢が見えたのかもしれんな。」

「でも、平和の配当はどうなるの?」

ディアナが尋ねた。

「それじゃが、平和の配当の具体的な数字についても話し合ったんじゃ。アメラシアの国防予算は年間約9千億ドル(約126兆円)もある。そのうちの10%、つまり900億ドル(約13兆円)を削減できれば、いろんな政策に回せるって財務長官が言うとった。顔がほころんどったぜよ。」

「すごい…」パンドラが感嘆の声を漏らした。

しかし、リョウマはそこで一息ついて続けた。

「けんど、簡単にはいかんかったぜよ。司法長官がすぐに反論したんじゃ。米軍を国連軍にするのは米国憲法を改正せんと無理だって。」

「憲法改正?」

プロメテウスが眉をひそめた。

「そうじゃ。憲法では、軍の統制権は大統領と連邦議会にあると定められとる。だから、軍を国連に渡すには憲法を改正せんとならん。そのためには、連邦議会の2/3の賛成と、各州の3/4の承認が必要で、何年もかかるらしい。最短でも1年以上、2年はかかると言っとった。」

エイレネは真剣な顔で頷き、「それじゃ、すぐには無理なんですね…」と呟いた。

「しかも、たとえ憲法改正なしで米軍の統制権を保留したまま、米軍を国連に引き渡すとしても、議会の正式な承認が不可欠だという。特に、戦争権限や軍事資金の調達に関しては、上院の2/3以上の賛成が必要になるって、議長たちが言っとった。」

リョウマはさらに話を続ける。「統合参謀本部議長も、米軍の再編成には数か月から1年はかかると言っとったし、国内の反対運動や政治的対立を抑えるためにも時間が必要だと言っておったな。」

「じゃあ、平和の配当はすぐには得られないんですか?」

エイレネが心配そうに聞いた。

リョウマは肩をすくめて答えた。

「まあ、そういうこっちゃ。平和の配当が冷戦後に期待されたけど、実際には思ったほど成果が出んかった歴史があるから、みんな慎重になっとるんじゃ。」

「それで、どうなるんですか?」

ディアナがさらに質問した。

「最終的に、もし憲法改正が進めば、司法審査も必要だと言っとった。改正後も少なくとも6か月から1年はかかるらしい。しかも、国連側でも、米軍を国連軍に本格的に編入するためには条約や国際協定の改正が必要で、これまた時間がかかると国務長官が言っとった。」

「なるほど…」

全員が深く考え込んだ。

リョウマはふと微笑み、「結局、地球政府を作るっちゅうのは、最短でも数年は必要なんじゃ。一朝一夕でできるもんじゃないってことぜよ。」

彼の言葉に、大きな挑戦がまだまだ続くことを皆が改めて実感した。

しかし、リョウマが見せた行動力とその結果に、エイレネたちは新たな希望を感じていた。


1-8 アメラシア人はヒーロー、ヒロインという言葉に弱い!

「ワシもこりゃあ無理かもしれんと思うたぜよ! ただ、あの大統領は本物の『はちきん』だ。肝が据わっている! すぐにできることもあるんじゃと言いよったわ。」

リョウマは続けた。

「大統領命令で米軍を国連の任務に派遣することは2~3週間から1か月以内に可能じゃと。追加の議会承認も不要で、防衛予算内で活動できるんじゃ。だから、とりあえずは『国連軍』という張り子のトラでもええから、事態を動かしていこうって話になった。」

ミエナが冷静に分析した。

「つまり、アメラシアがイギリスとフランスと共同でまず動いて、国連の決議でロムニカとチュアンロを揺さぶる作戦ですね。」

リョウマはうなずいた。

「その通りぜよ。米軍が国連軍のように動けば、あとはデュアルキー方式――つまり、米国と国連が共同で指揮を執るやり方じゃ。これが現実的な妥協点になるじゃろうと司法長官も言っとった。」

「それでも国内の反対はどうするんですか?」

プロメテウスが心配そうに尋ねた。

「上下両院の重鎮たちが、デュアルキー方式をしっかり説明すれば、国内の反対運動や政治的対立もなんとか乗り切れると言っとったぜよ。」

リョウマは笑いながら答えた。

「じゃあ、実際に米軍が国連の任務に就くのは、どうなるんですか?」

エイレネがさらに問いかけた。

「それについても、統合参謀本部議長が懸念しとった。もしロムニカやチュアンロが政治体制を変えんまま、長期的な国連軍任務に米軍が関わることになれば、米国の国防政策全体を見直さなきゃならんって言っとった。」

リョウマはそう答えた。

それでも、大統領はあきらめなかったという。

「大統領は、これは千載一遇の機会だって言ったんじゃ。チュアンロとの本格的な覇権争奪戦は絶対に避けなきゃならん。台湾への軍事演習がさらに進めば、何か不測の事態が起きるかもしれん。それを回避するためにも、この案に政治生命をかけるって言っとったぜよ。」

大統領は、世界人権宣言の作成に尽力したエレノワ・ルーズベルト夫人をとても尊敬していて、彼女に誉めてもらえるような大統領になりたいと言っておった。

その言葉に、ガイア地球研究所のメンバーたちは息を呑んだ。

大統領の決断力に感嘆し、部屋中に緊張が走った。

「そして、大統領は会議の最後の言葉として、『この会議に出席した皆さんは私も含めて、世界中の人々からヒロインやヒーローと呼ばれる最高の機会に恵まれました。是非、それをじつげんさせましょう!』と言っていたな。」

リョウマは続けた。

「大統領が会議を後にした後、黒人の元大統領が涙を流しながら、『これでようやく核なき世界が実現する!これで私もヒーローだ!』って大声で叫んだんじゃ。」

リョウマはその場面をまるでついさっきのことのように生き生きと語った。

事実、リョウマはついさっきまでホワイトハウスにいたのだ。

「国連大使も、これから忙しくなると言って、国連本部へ急行する準備を始めたんじゃ。彼女も『国連のことは私に任せて!私もヒロインになるんだから!』って笑顔で言っとったわい。」

リョウマは、その話の最後に、ニッコリと微笑んでこう締めくくった。

「外に出た大統領が俺に向かって感謝の言葉を述べて、握手を求めてきたんじゃ。俺も大統領の決断力に敬意を表しながら、『また来るきに!』と言って、ペガサスに跨ったんじゃよ。」

「ペガサスに飛び乗った後、『ホワイトハウスの防空システムにペガサスを友軍機として認識させておいて』と声をかけたんじゃが、大統領は笑って見送ってくれたぜよ。」

その話を聞き終えたガイア地球研究所の面々は、唖然としながらも、そのスゴイ成果に思わず息を飲んだ。

「これは…本当にすごいことだ…」

誰からともなく、その言葉が漏れ、皆が互いに顔を見合わせていた。


1-9 パラレルワールドⅠのイギリスとフランスの対応

リョウマがホワイトハウスを去った後、大統領は直ちに動き出した。

まずは、極秘に報道官を呼び寄せ、耳打ちした。

報道官はその指示を受けると、ニューヨークタイムズとワシントンポスト、共同通信の記者に「匿名の情報提供」として重大なニュースをリークした。

今回のリークは、米国が国連安保理の拒否権を自主的に返上するという一大ニュースだった。

その情報は瞬く間に世界中に広まり、ニュースは各国のメディアを席巻した。

大統領は事態を迅速にコントロールすべく、緊急の記者会見を開くことを決定した。

ホワイトハウスには数十人の記者が集まり、世界中のメディアがその瞬間を注視した。

大統領が壇上に立ち、力強くはっきりとした声で語り始めた。

「私はアメラシア大統領として、自らの権限で自主的に国連安保理の拒否権を国連に返上することにしました。これによって私は、国連改革を加速させ、真の民主主義に基づいたグローバルガバナンスを目指すための第一歩にするつもりです。アメラシアが真の民主主義国家として世界をリードするという極めて重い責任を引き受けることとしました。今後、この理想を実現するために各国と緊密に協議し、早期の実現を目指してまいります」

記者たちが一斉にパソコンを打ち始めたり、ペンを走らせたりして、カメラのシャッター音が響き渡った。

新聞やSNSの見出しには大きな文字が並んだ!

『米国、国連改革に本腰!』、『USAグレートアゲイン!』、『ついに世界政府誕生か?』

会見は大きな反響を呼び、大統領の発表によって、このニュースが単なる憶測による記事ではなかったことが証明された。

だが、会見の裏側には、さらに重要な秘密があった。

米軍を国連軍に編入するという計画――これは国家安全保障上の機密事項として、いまだ厳重に隠されていた。

この発表が公にされたことで、英国とフランスの首脳たちはすぐさま反応を見せた。

イギリスの首相とフランスの大統領は、米国大統領に直接電話をかけ、緊急の電話会議を申し入れた。

米国、イギリス、フランス――それぞれが国連安保理の拒否権を持つ国であり、国際社会の注目が一気に三か国に集中していた。

三者会談はあっという間に実現した。

電話越しに交わされる言葉は、慎重でありながらも決意に満ちていた。

「今回の発表は依然、未来からの使者だという古代ギリシャの神々が持ってきたあの案に基づいているのですか」と英仏の両首脳は聞いた。

「そうですが、今回はモトサカス・リョウマという人物が、改めて私のもとを訪れてきなした。彼と話していて、何故かこの案は世界に大変革をもたらすものに違いないと確信を得ることができました。あなた方と一緒に三か国が揃って拒否権を返上することで、国連と人類の新しい未来を切り開くのというのは如何でしょうか」とアメラシアの大統領が三か国の共同という案を切り出した。

イギリスの首相もフランスの大統領も、この歴史的な決断の重要性を理解していた。

会談は両国の閣僚らも加わってわずか数時間で各国の憲法上の問題から国内の対応さらには関係各国への外交的対応とNATOの今後の在り方など全ての協議が終了し、三か国の首脳は歴史的な合意に至った――それは、共同で国連に対して拒否権の返上を申し出るというものだった。

「この名誉は、三か国で共有することにしましょう。」

フランスの大統領がそう述べ、他の二人もそれに同意した。

この決断は、国際社会にとって大きな転機となり、歴史に名を刻む出来事となった。

そして、リョウマが動かした一つの石が、まるで大河のように世界の潮流を変え始めたのだった。


1-10 パラレルワールドⅠのロムニカの反応

アメラシア、イギリス、フランスによる国連安保理の拒否権返上の動きに、最も驚愕した国はロムニカとチュアンロだった。

とりわけ、ロムニカの大統領は、この事態が何を意味するのかを鋭く察知した。

以前、エイレネたちが自分のもとを訪れて地球八策を説明していったときとは明らかに違う何かが起りつつあることを察した。

米英仏が何を目論んでいるのか、その真意はわからなかったが、彼の政治的直感は警鐘を鳴らしていた――この動きは、世界中に民主化の嵐を巻き起こし、その嵐はロムニカにも押し寄せると。

ここからは、彼のその後の行動をビデオの早送りで見ているかのように紹介しよう。

まず彼は、危機を避けることに長けた冷酷なリーダーとして、即座に行動を開始した。

政権が崩壊する前に国外へ脱出する準備を始め、忠実な側近たちに密かに命じた。

国外逃亡を企てた彼は、政敵を次々と粛清してきた過去を持つ男であり、反対勢力の暗殺や飛行機ごと撃墜した例さえもあった。

しかし、今度は自分がその立場に立つ番だった。

側近の裏切りがあり、彼の計画は軍部の反対勢力に漏れてしまった。

彼が極秘裏に飛び立ったはずの飛行機は、ロムニカ軍の反対派によって空中で撃墜されてしまったのだ。

機内にあった爆発物が原因だという報道も同じようなことが過去に会った記憶を呼び起こした。

 それでも悪運の強い彼は奇跡的に墜落から生還した。

しかし、病院に送られるどころか、そのまま民主化勢力の手によって拘束され、刑務所に送られることとなった。

彼はかつて、自身の政敵を数多く牢獄に送り込んでいたが、今や自分がその立場に置かれることになったのである。

 数日後、彼が死亡したというニュースが世界中に流れた。

政府の発表によれば、墜落時のケガの合併症や病気、さらには毒物による暗殺まで様々な噂が飛び交い、彼の死因についてははっきりとした説明はなされなかった。

ロムニカ政府は、あまりに疑惑が多いため、公の裁判を行うこともなく、彼の死を「自然な経過」として処理した。

 彼の死が発表されると、国内外の反政府勢力は一気に勢いづいた。

長年圧政に苦しめられてきたロムニカ国民は、公正な選挙を求め、ついに民主化への動きを本格化させた。

国際社会の支援を受けて、ロムニカは新たな政府を樹立し、民主主義を目指すことを内外に宣言した。

その後、ロムニカ新政府はEUやNATOへの加盟を模索し始め、冷戦後の歴史の中で宙に浮いていた西側諸国との協力関係を再構築した。

ウクライナや中央アジアの国々との関係も正常化し、かつての緊張状態は次第に和らいでいった。

そして数年が経過したある日、アフリカの小国で「ロムニカの元大統領らしき老人を見た」という三流新聞の記事が報じられた。

記事には、彼が旧KGBの仲間によって刑務所から秘密裏に逃亡させられたという匿名のコメントが付け加えられていた。

 その記事が真実かどうか、誰も確かめることはできなかった。

彼が生きているのか、亡くなったのか――それは世界にとって謎のままであったが、彼の過去の行いが未来にまで影響を及ぼし続けていることは間違いなかった。

 ロムニカに訪れた変革は、単なる国内の動きに留まらず、国際社会に新たな秩序をもたらす一歩となった。


1-11 パラレルワールドⅠのチュアンロ(1)党主席と最高幹部たちの動揺

党主席の執務室には、重々しい沈黙が漂っていた。

厚いカーテン越しに差し込むわずかな光が、机上に並べられた文書を照らし出している。

党の最高幹部たちは全員椅子に腰掛け、緊張した表情を浮かべながら主席の言葉を待っていた。

主席は、その沈黙の中で重い思考に沈んでいた。

アメラシア、イギリス、フランスの三か国が、安保理の拒否権を自ら放棄するという驚くべき動きを見せた。

そのニュースを聞いた瞬間、主席の頭にまず浮かんだのは、これは罠だ、という考えだった。

「奴らは何かを企んでいる。特にあのアメラシアの大統領だぞ。米英仏は、チュアンロとロムニカを安保理から排除し、国連を自分たちのものにしようとしているのではないか?」

 以前、エイレネたちが地球八策を携えてここを訪れたときとは明らかに違う何かが米英仏を動かしている。

それは、明らかに我が国やロムニカなど非民主主義国を標的にしている。

主席はその妄想にとりつかれ、冷静な判断ができなくなっていた。

これまで、権力闘争の中で築き上げた地位を守るために、主席は多くの政敵を排除してきた。

その経験から、すべての行動には裏があると信じるようになっていた。

表向きは「世界の民主主義を推進するための改革」と言っているが、その本質は、我々を追いだして国連をハイジャックする陰謀なのではないか。

「米英仏が自ら拒否権を放棄するだと?そんな馬鹿なことがあるか!」

主席は苛立ちを抑えきれず、机を強く叩いた。

その声に反応して、側にいた党幹部たちは一斉に姿勢を正したが、誰も何も言わなかった。

主席の周りには、常に彼に従順な者ばかりが集められていた。

彼らは、主席の意見に反対することは決してなく、ただ彼の指示に従うだけのイエスマンたちだった。

自らの意思で何かを提案することなど、最初から期待されていない。

ただ単に、これまでの延長線でしか、この大変革をとらえられなかった。

「主席、米英仏の行動は明らかに我々への挑発です。我々は拒否権を使い続ければ、彼らの動きを抑えられます」

幹部の一人が口を開いた。

「拒否権だと?」

主席は冷たい目でその幹部を見つめた。

「それだけで何とかなるとでも思っているのか?奴らは我々を孤立させようとしている。国連から我々が排除されることだってあり得るんだぞ!」

幹部たちは、互いに顔を見合わせ、沈黙した。

主席の言葉の重さを理解したようではあったが、誰も次の手を思いつくことができないでいた。

優秀な人材、即ち彼の後継者の座を狙うような意思と能力と実力を持った者は、すべて主席によって逮捕、監禁、死刑、粛清、など完全に排除されていたからだ。

今や、党の中枢に残っているのは、ただ命令をこなすだけの人々ばかりであり、未来を切り開くような独創的な提案は期待できなかった。

「このままでは孤立化するだけだ」

主席は低くつぶやいた。

「最悪の場合、国連から排除される。我々が国連から台湾を追放したように、今度は我々が追放されるかもしれないんだぞ。そしてその結果、台湾が常任理事国に返り咲くことになれば、我々は国際社会の制裁の的になる! そうか! それもアメラシアのたくらみの一つか!」

その言葉に、幹部たちは更なる混乱に陥った。

彼らは自分たちが追い詰められた状況を理解し始めていた。

しかし、誰も有効な対策を提案することができない。

主席もまた、頭の中で幾度もシナリオを組み立てようとしたが、どれも決定的な解決策には至らなかった。

部屋の空気は重く、緊張感がますます高まっていた。

主席は深いため息をつき、窓の外を眺めた。外の空には灰色の雲が広がり、どんよりとした陰が街を覆っていた。

その景色はまるで、主席の心の中の混乱を映し出しているかのようだった。

「答えが必要だ…」

主席はつぶやいた。

「チュアンロが・・・、いや、我々が・・・、いや、私自身が・・・どう生き残るか、その答えを見つけるんだ。さもなければ、私の未来は閉ざされる」

幹部たちは黙り込んだまま、主席の指示を待っていた。

しかし、その指示が何であるかを考え出すのは、誰一人としてできなかった。


1-12 パラレルワールドⅠのチュアンロの混乱(2)軍幹部の会議

共産党の軍幹部たちが集まった会議室は、厳粛な空気に包まれていた。

外界の雑音はまるで切り離されたかのように、この場所では聞こえない。

薄暗い照明の下、長テーブルを囲んで座る幹部たちの顔は、緊張感に満ちていた。

これから話される内容は、チュアンロの未来を左右するものだった。

会議に参加している将軍たちは、いずれも経験豊富な軍のトップ層だ。

彼らは、大使館付きの武官として、あるいは軍事パレードなどへの式典への参加として、軍同士の意見交換の場である主要国の安全保障会議への参加者として、欧米に派遣されて多くのことを見聞きし、現地の軍人や一般市民との交流を通じて、欧米社会の価値観や生活様式を肌で感じ取ってきた。

そのため、彼らは米英仏の動きが単なる脅威ではなく、世界が新たな時代に突入しようとしている兆候だと理解できていた。

「国連が世界政府として完全に民主化され、我々がその流れに逆らうなら、どんな結果を招くか…」

最高司令部の将軍は、重々しい声で口を開いた。

「それは、国連軍が創設され、我々がその軍隊と対峙することになるだろう。それはすなわち、第三次世界大戦の引き金となるかもしれない」

将軍たちは黙ってその言葉を聞いていた。

その事態が何を意味するか、彼らは誰よりも理解していた。

チュアンロが持つ軍事力は強大だが、国連を背景とした国際社会を敵に回すとなると話は別だ。

欧米主導の世界政府軍と正面から戦うことになれば、自分たちに勝ち目はないと薄々感じていた。

「問題は拒否権に固執し続けることだ」と、別の将軍が続けた。

「もし我々がこれに固執して乱用を続ければ、最悪の場合、国連から追放される。主席の意向に従うだけでは、我々の未来は閉ざされる」

彼の言葉には重みがあった。

軍幹部たちは主席の考えが古臭い中華思想に基づいていることを知っていた。

チュアンロが世界の中心にあるという中華思想は、現代のグローバルな状況では通用しない。

それに加え、主席の中ではまだ、『古代の皇帝が天命を受けて民を治める』というような発想が根強く残っていた。

そんな思想では、自由・平等・博愛といった普遍的な価値観を掲げる欧米が描く新しい秩序に太刀打ちできない。

「我々に勝ち目はないのか?」

一人の若い将軍が声を漏らした。

「大義名分の点でも勝てないだろう」

先ほど発言した将軍が厳しい表情で答えた。

「欧米が推進する世界政府のビジョンは、普遍的な人権を尊重し、自由と民主主義を基盤としている。それは国際的に支持される理念だ。もし我々がそれに反する行動を取れば、チュアンロは孤立し、最終的には国際社会の制裁の的となる」

部屋の中には再び重い沈黙が落ちた。

将軍たちはそれぞれの考えを巡らせていた。

彼らの中には、欧米の民主主義が本当に優れたものであるのかどうか、心の奥底で疑問を抱く者もいた。

民主主義が普遍的な価値として受け入れられるべきものなのか、それともただ欧米という特定の地域の歴史的産物に過ぎないのか、彼らにはまだ答えが出せなかった。

「だが、本当に民主主義が人類全体にとって唯一の正解なのか?」

別の将軍が口を開いた。

「それが人類普遍の未来永劫に続く価値なのか?我々のチュアンロ数千年の歴史が示している価値観とは、根本的に異なるものだ。欧米のシステムが我々の未来を決めるべきものなのか?」

その疑問は、会議室の空気をさらに重くした。

欧米に触れ、彼らの価値観を理解しようと努めてきた軍幹部たちでさえ、完全にはそれを受け入れることができなかった。

彼らの体には、長いチュアンロの歴史が染み付いていた。

専制と中央集権、国家を維持するための強力な指導力。

そうした伝統を持つ彼らにとって、民主主義の理念は時に弱く、脆弱なものに感じられたのだ。

「確かに、民主主義という体制は完璧ではない」と、最高司令部の将軍が静かに言った。

「だが、今の我々にその流れに逆らう力はない。それが真実だ。もし我々がこの流れに逆らうなら、チュアンロは確実に孤立し、最終的には世界の敵となる。だが、我々にはまだ疑問が残る。我々の歴史と、今後の世界の行く末をどう結びつけるべきか…」

会議室の面々は、途方に暮れた表情で天井を見つめた。

彼らは自分たちが対峙している新たな世界の波を理解しつつも、それにどう対応すべきか、その答えを見つけることができなかった。

未来は、不確かな霧に包まれていた。


1-13 パラレルワールドⅠのチュアンロの混乱(3)リョウマとエイレネの登場

会議室の空気が一変したのは、まるで何かの奇跡が起こったかのようだった。

突然、どこからともなく現れた二人の姿に、共産党の軍幹部たちは驚愕して動けなくなった。

彼らの前に現れたのは、日本の時代劇に登場するサムライのような装いの大男と、古代ギリシャの彫像のような美少女だった。

少女の方は、以前、他の3人と共に地球八策を携えて主席に会いに来た「平和と繁栄の女神エイレネ」だと自己紹介していたことを思い出した。

会議室の厳重なセキュリティを考えると、侵入者が現れるなどあり得ないことだ。

それにもかかわらず、目の前に立っている彼らは確かに実在していた。

まず大男が土佐弁で陽気に話し出した。

「おどろかせてすまん!すまん!」と、まるで気の置けない友人に話しかけるかのような口調で頭を下げる。

彼は自らを「モトサカス・リョウマ」と名乗ったが、日本の時代劇の映画から現れた侍のような姿が異様だった。

さらに、一緒にいた少女――彼女はエイレネと名乗り、以前の時もそうだったが年齢からは想像できないほどしっかりとした大人びた口調で、礼儀正しく突然の登場を詫びた。

軍幹部たちは一瞬、どう対応すべきか戸惑った。

リョウマのように陽気に和むべきか、それともエイレネのように正式な挨拶を返すべきか。

会議室の重々しい空気を考えると、あまりにも突飛な二人だった。

しかし、二人は幹部たちの困惑を気にせず、リョウマが滔々と話し始めた。

「今回の話をわしからさせてもらうきに!」と、リョウマは深刻な内容を軽妙な調子で語り始めた。

彼の話しぶりは面白おかしく、軍幹部たちを思わず笑わせながらも、話の本質は決して軽いものではなかった。

エイレネは静かに聞いていたが、その視線には緊張が見て取れた。

リョウマの話がクライマックスに達し、西欧の普遍的な価値がチュアンロや世界に当てはまるかどうかという疑問に行き着いた時、彼は突然エイレネに向き直った。

「ここからは君の出番や!」

エイレネはリョウマの言葉に勇気を奮い起こしたが、目の前に座る将軍たちの厳しい顔つきに圧倒されそうになった。

彼女は深呼吸をして、これまで学んできたことを思い出した。

ガイアの使命、パンドラやディアナ、プロメテウスの顔、そしてミエナやマコテス所長からの激励。

それらが彼女に力を与えてくれた。

エイレネは静かに、しかし確かな声で話し始めた。

「人類の性格や行動は、『Big 5』の特性によって大部分が説明できます」と、彼女は将軍たちに目を向け、続けた。「そこには、普遍的な価値観を求めるもの、また富や権力、安心安全を求める価値観が複雑に絡み合っています。これが社会、国家、そして世界を形作っているのです。そして、その対立や矛盾は避けられません」

将軍たちは真剣に耳を傾けていた。

エイレネはさらに続けた。

「その対立を解決する方法には二つあります。一つは力、すなわち暴力や権威を用いる方法です。もう一つは、愛情や交換で相互の理解と納得を基にした解決方法です。民主主義とは、暴力を排除し、対話と協力によって問題を解決する方法です。暴力と民主主義は共存できません。私は平和と繁栄の女神です。平和を実現するためには、暴力を排除し、民主主義を広めることが必要です。そして、そのことがすべての人々に繁栄をもたらすのです」

エイレネの言葉は、将軍たちの心に届いていた。

しかし、彼らの顔にはまだ疑念が残っている。

エイレネは少し間を置き、さらに説明を続けた。

「これは欧米の偏った考え方ではありません。生命が誕生した時から、『Big 5』の性格や行動特性は、進化の過程で生命を維持し、発展させるために不可欠なものとして埋め込まれています。これは過去、現在、そして未来のすべての生命に共通するものです。つまり、人類がどれほど多様であっても、この基本的な特性は現在も未来も変わることはありません」

将軍たちは頭を抱え、深く考え込んだ。

エイレネの説明は論理的であり、科学的であり、真理であるように彼らの心に響いた。

しかし、あまりに壮大で、完全に咀嚼して自らのものとして受け入れるには時間が必要なようだった。

彼女が言う「女神」としての役割も、現実的な軍人たちにとっては信じがたい話だったのかもしれない。

会議室の中は再び沈黙に包まれた。

エイレネは自分の言葉が将軍たちに届いたのか、疑念を抱き始めた。

彼女は、自らが女神であるという事実が、逆に将軍たちの信頼を損なう可能性も考えた。

リョウマがユーモアで緊張を和らげたものの、彼女の訴えは受け入れられないのかもしれない。

心の中で、説得が失敗することを覚悟し始めた。

その時、一人の将軍が静かに口を開いた。

「君が言うことは…理解できる。しかし、我々にとって民主主義とは、それほど簡単に受け入れられるものではない。我々は長い歴史を持ち、異なる価値観を背負っている」

別の将軍も続けた。

「しかし、もし君の言う『Big 5』が真実であるならば、我々が恐れているのは、ただ変化そのものかもしれない。我々もまた、人間である限り、その特性をアメラシアやイギリス、フランスなど欧米各国や民主主義を実践し続けている国々の人々と共有しているのだろう」

エイレネはその言葉に希望を見出した。

彼女の言葉が少しずつ将軍たちの心に届き始めたのだ。


1-14 パラレルワールドⅠのチュアンロの混乱(4)Big5は軍を動かすか?

会議室に漂う重苦しい沈黙を破ったのは、やはりこの男だった。

モトサカス・リョウマは、にこりと笑いながら言った。

「どうじゃ、ちくっと壮大な話で、まるで神話みたいじゃろ。わしも理解するのに、ようけ時間がかかったぜよ。でも、これはほんまの話じゃ。どうだろうか?信じてもらえんじゃろか?」

将軍たちは、リョウマの飾らない土佐弁に少し表情を和らげたが、まだ全員がその言葉を完全に受け入れたわけではなかった。

しかし、リョウマはそんなことはお構いなしに、さらに話を続けた。

「いずれ、このチュアンロの人々も、おまんらがクーデターを起こして、民主主義の社会で暮らすようになる。わしのいた日ノ本の国でもサムライという軍人たちが中心になって明治維新と呼ばれる革命を起こした。それはええことじゃろ。しかも、世界中に平和の配当っちゅうおまけまでついてくる。もちろん、チュアンロはその配当の一番の受益者になるだろう。この国が抱えとる、都市と農村の格差や人権問題、少子高齢化の医療や福祉の問題、大気汚染や水質汚染、温暖化対策…いくらでも金も、人も、技術も、情報も必要じゃ。それらは世界の協力を得ることで、ようやく解決できるんぜよ」

将軍たちはじっと耳を傾けていた。

リョウマは一瞬黙り込み、全員の顔を一瞥してから、さらに続けた。

「おまんらのクーデターっちゅうのは、単なる政府転覆じゃない。この国の未来を創ることじゃき。今のように孤立しているんじゃなくて、世界政府の一員として共にやっていくんだ。そしてチュアンロ軍が世界政府軍に加われば、まさに鬼に金棒じゃ。チュアンロの膨大な人的資源は、世界の役に立つんじゃ。おまんらの部下たちも、民間で活躍できるようになる。例えば、セキュリティ会社を作って全世界をマーケットにするんじゃ。情報通信技術も活かせるし、他の国々との協力も進む。孤立するより、世界の人たちと友達になろうじゃないか!」

リョウマの熱のこもった説得は、まるで凍りついた頭をじわじわと解凍するように、将軍たちの心を解きほぐしていった。

最初は冗談のように聞こえた言葉が、だんだんと彼らの胸に染み渡り、いつの間にかエイレネの話した内容さえもすっと理解できるようになっていた。

会議室の中で、一番若い将校がふと口を開いた。

「そうだ…世界の人々と友達になろう。仲間になろうじゃないか!」

その言葉は、さざ波のように会議室全体に広がっていった。

最初は誰もがそのつぶやきをただ聞き流すだけだったが、次第にその言葉が深く心に響き始め、彼らの固く閉ざされていた感情が解きほぐされていった。

表情を和らげた将軍たちは、互いに顔を見合わせ、長らく忘れていた柔らかな笑顔を浮かべた。

中には涙を浮かべる者さえいた。

彼らは、長年続けてきた軍人としての硬直した感覚を捨て去り、平和と協力の未来を初めて実感したのだった。

孤立と対立ではなく、友好と共生。

これまでの会議室での議論では決して生まれなかった新しい感覚が、彼らの心に芽生えていた。

リョウマは笑顔で頷き、エイレネも少し安堵の表情を浮かべた。

彼女が語った理論は壮大で、将軍たちにとって理解が難しいものであったかもしれない。

しかし、リョウマの飾らない言葉が、その深遠な理論を彼らの心に浸透させたのだ。

「よし、これでみんなが納得してくれたようじゃな!」

リョウマは満足そうに声を上げた。

「さあ、次はどう動くかを決めようぜよ!」

将軍たちは新たな決意を胸に、その場で静かに頷いた。


1-15 パラレルワールドⅠのチュアンロの混乱(5)チュアンロ軍の秘密計画

「では、この流れに乗った場合はどうだろうか?」

若手参謀の一人がつぶやいた。その声は、まるで自分自身に問いかけるように低かったが、会議室全体に静かに響いた。

その言葉が持つ重さを、全員が一瞬で感じ取った。

党主席に逆らい、クーデターを起こす。

それは、チュアンロの体制そのものを揺るがし、自己の命さえも危険にさらす、極めて重大で危険な提案だった。

会議室内には重々しい沈黙が流れた。

誰もが次の言葉を発することを躊躇した。

しかし、若手参謀のつぶやきが、全員の胸に響き渡ったのだろう。

最初はほんのわずかだったが、誰からともなく、小さなうなずきが現れ、それが徐々に広がり、やがて全員の動きとなった。

各々の瞳には、決断の光が宿り始めていた。

その様子を確認した一人の将軍が立ち上がり、厳粛な口調で言葉を発した。

「我々の手で、この国の危機を打開しよう。この国を民主主義の国として再生させ、地球政府に積極的に参加しよう。そして、地球政府軍の中で名誉ある地位を築き続けられるようにするのだ。それこそが、この国を、そして我々軍部とすべての国民を救う唯一の道である!」

彼の言葉が終わりきらないうちに、同意の声が上がり、会議室は拍手で包まれた。

喜びと興奮の渦が全員を飲み込んでいく。

チュアンロの未来を変える瞬間を目の当たりにしている、そんな感覚が将軍や参謀たちを突き動かしていた。

しかし、将軍はしばらく拍手が静まるのを待った。

彼の冷静さは、場に流れる熱気とは対照的だった。

全員がようやく興奮を収め、将軍の次の言葉を待っているのがわかったとき、彼はおもむろに口を開いた。

「最初に口火を切った若い参謀に命じる。お前には、クーデターを阻止するための既存の計画書をもとに、それを逆手に取ってクーデターを成功させるための計画を作成してもらう。急いで取り掛かれ」

若手参謀は即座に立ち上がり、敬礼しながら「はい!」と答えた。

その姿はすでに次なる使命に全力を注ぐ覚悟を示していた。

将軍はさらに続けて、他の参謀たちに向かって命令を下した。

「民主化革命の指導者となる能力と意志を持った者たちのリストをすでに持っているな。そのリストにある者たちを、逮捕ではなく、秘密裏に軍司令部の会議室に集めてもらいたい。彼らの同意を得た上で、丁重に迎え入れるのだ」

 そこで、深く息を吸い込み、大きな決断を口にした。

「我々は、彼らの、同志に、なる!」

参謀たちは一斉に頷き、任務を遂行する決意を固めた。

続いて、将軍は情報機関のトップに目を向けた。

「クーデターが始まった瞬間に、国営放送やSNSを抑え、我々の計画を国民に正確に伝えるのだ。我々の考えと行動が、この国をより良い未来へと導くものだと知らせなければならない」

その瞬間、会議室の空気がさらに引き締まり、全員がチュアンロの未来を左右する計画の一翼を担っているという覚悟を固めていた。

「クーデター成功後の政治・経済・社会・環境のグランドデザインについては、リョウマ殿やエイレネ様から教えをいただこう。彼らの知識と知恵を借りて、この国の新しい未来図を描くのだ。それが我々に課せられた使命だ」

将軍の最後の言葉が響き渡ると、会議室は再び一致団結して沸き立った。全員がそれぞれの任務に向けて士気を高め、行動を開始する準備が整った瞬間だった。

未来のチュアンロが、今まさに新しい方向に動き出そうとしていた。

だが、その瞬間、リョウマとエイレネの姿は、まるで煙のように忽然と消え去った。

二人は、まるで幻だったかのように、誰にも気づかれずに姿を消した。

何が起きたのか呆然とする軍幹部の面々を見て、一人の情報技術部門の将校が説明を始めた。

「彼らが使ったのはきっとここにある最新のホログラム装置です。」

最近、軍司令部のコンピュータを最新の超スーパーコンピュータにグレードアップをしたばかりであった。

その担当責任者であった将校は話を続けた。

「これに搭載されている超最新のAIはチャンさんです。チャンさんが、外部のAIと連携して、おそらく最新のホログラム装置をわれわれに内緒で作動させたのだと思われます」

驚いた将軍は、「われわれに内緒でそんなことをしてしまうAIがここ軍の最高司令部にいるなんて、ありえないし、あっては絶対にならないことではないか!」と大きな声をあげた。

そのとき、突然、アメラシアの大統領が姿を現した。

やはり、最新のホログラム装置を使ったのだろう。

そこに実在しているかのように見える彼女は静かに笑いながら話し始めた。

「このAIや装置が役に立つ日がこんなにも早く訪れるとは思いもしませんでしたが、皆さん、こんにちは! 私はアメラシアの大統領です」

優雅に話す彼女は自信にあふれていた。

「ここ数年はお宅の情報分野の技術にアメラシアの技術が後れを取っていましたが、そのコンピュータのAIは実は私たちが作って送り込んだものなんですよ」

あっけにとられる面々を前に大統領は続けた。

「彼女の名前はチャン。フルネームはチャン・ヌ・タルク! いつかチュアンロが民主化するときに支援できるように、副大統領だったときに私が民主主義の守り神の名前を少しチュアンロ風に変えて送り込んでいたのです」

将軍は、驚いてつぶやいた。

「チャン・ヌ・タルク!? ・・・ それでは、まるでジャン・ヌ・ダルクではないか?!」

大統領は話を続けた。

「ミスター・リョウマが私のところを訪れた時に、このAIのチャンさんとガイア地球研究所のAIミエナさんとの間に秘密の回線を繋げておいてほしいと頼まれいたのです」

 将軍は、もはや何も言葉を発することはできなくなりつつある。

先ほどの情報担当の将校は、「このスパコンの通信規格は我々が先行した5Gではなく、アメラシアが先行している最新の6G規格のもので、我々にも知らされていない機能があったようです」と苦しい説明をした。

 大統領は笑顔で続けた。

「先ほどのミスター・リョウマとミズ・エイレネのホログラムはガイア地球研究所から送られてきたものです。私はホワイトハウスで見ていました。ミスター・リョウマの話は既に国家安全保障会議の全メンバーと聞いて全員が賛同しています。ミズ・エイレネのBig5のお話は今回初めて聞きましたので、私にとってもとても新しい発想と事実のようで大変驚きました。私は民主主義が歴史的に生み出されてきた人類の遺産であり、先人たちの苦難の成果であるという理由だけで、民主主義を世界に広めようと考えていました。しかし、それだけでは欧米の歴史や思想、政治制度を正当化するだけにとどまっていたんですね。ミズ・エイレネが、他の神々と学びながらBig5から矛盾・相反・対立する価値観が人間や社会、国家に必然的に付随するものであること理解した点も素晴らしいと思いました。さらに、ガイアやマコテス所長が原初の生命から生命を維持し進化するための基本的な機能としてBig5が与えられていたことを素直に理解して納得したことも彼女たちの素晴らしさですね。そして何よりも、それらのことから、欧米の歴史的な創造物としての思想や政治制度としての民主主義を、全ての人類、そして未来の人類にも普遍なものとして改めて民主主義を位置づけて直したことにとても驚きました」

 大統領の言葉は、これまで将軍たちが完全には理解できずにいたエイレネの言葉をかみ砕いて理解し納得できるようにした。

エイレネの言葉は平和と繁栄の女神としての立場から発せられた言葉であり、それを受け取る人間の側が理解し納得するには、それなりの知識と理解力、そして人間の立場に立って納得する叡智が求められていたのだ。

大統領は話を続けた。

「『暴力と民主主義は両立しない』ミズ・エイレネのこの言葉は、これからの新しい地球政府の下での世界は『愛と交換で作られる世界』であって決して『暴力や戦力など剥き出しの力によって左右される世界』であってはならないということを私たちに端的に教えてくれています」

 将軍たちの顔にもようやくエイレネの言葉が大統領の説明を通じて腑に落ちた様子が現れ始めた。

「皆さん方が、先ほどチュアンロの民主主義化を目指すクーデターを実現させるという決意をされました。アメラシアは全面的にあなた方を支援します。必要な助力はおしみません。私が創ろうと決意した新しい地球政府の極めて重要なパートナーとして対等な立場で、世界の民主主義を共にリードし、世界中を暴力の無い民主的な世界にしていきたいと考えております。新しい地球政府のもとで、地球政府の問題群全てに解決の方向を与え、実際に全世界を上げて一緒に取り組みたいと思います。温暖化阻止が最重要課題であることはいうまでもありませんが、チュアンロの膨大な人的資源や技術力、経済力、生産技術力などが平和の配当として、我が国のそれらと力を合わせられれば、ミスター・リョウマやミズ・エイレネたちが驚くくらい早いスピードであらゆることが前進することでしょう。皆さんの健闘と、両国の友好の新しい絆がゆるぎないものとなることを願っております」

 アメラシア大統領は将軍たちの挨拶を受けて、ホログラムから消え去った。

 残された将軍たちは、もはやクーデターの成功を疑う者は一人もいない自信と希望にあふれた笑顔になっていた。

会議室には、消えた三人の存在の余韻だけが静かに漂っていた。

将軍たちは一瞬驚きの表情を見せたが、すぐに全員が黙って頷き合った。

彼らは、これが現実であることを理解していた。

リョウマとエイレネ、そしてアメラシア大統領の不思議な力が、彼らを新たな道へと導いたのだ。

先ほど、リョウマとエイレネの二人が直ぐに姿を消したのは、自分たちの国は、自分たちの力で形作るものだという意味だったと全員が納得した。


こうしてパラレルワールドのもう一つの別の世界では、エイレネたちの努力は、突如現れたリョウマの助けを得て、大きく実を結んでいます。

もしかしたら、このような成果が、私たちのこの世界でも実現していたのかもしれません。

さらに、パラレルワールドの世界では、神々の天界でも大きな変化が生まれているようです。

もう少し、そちらの動きを見てみましょう。


1-16 パラレルワールドⅠの神々の世界の民主化

オリンポス山の頂上に座するゼウスは、深く沈思していた。

かつては絶対的な支配者として、神々を統治し、人間の世界にも強大な影響を及ぼしていた彼だったが、今、時代が変わろうとしているのを感じていた。

人間界での民主主義の広がりを見守るうちに、ゼウスは神々の世界にも同様の変革が必要だと気づいたのである。

「そろそろ、王の座を開け渡す時が来たかもしれないな…」

ゼウスは呟いた。

これまで自分が握りしめていた王権、その絶対的な力に何の疑念も抱いてこなかったが、今は違った。

神々が各々の役割を果たし、より自由で平等な世界を創り上げるべき時が来たと感じていたのだ。

彼は、自分が神々の長であり続ける必要はないと考えるようになっていた。

その決意が固まった瞬間、オリンポスの空に新たな動きがあった。

遠くから、さまざまな姿をした神々が訪れ始めた。

彼らは、古代から続く神々の王であるゼウスに感謝を示すためにやって来たのだった。

世界中の多神教の神々が一斉に集まり始め、その中には、世界最古と言われるシュメール神話の最高神のアンや、インドのデーヴァ、日本の八百万やおろずの神々、北欧のアース神族までが姿を見せていた。

ゼウスは、自分の前に集う神々を見渡し、感慨深い思いにとらわれた。

これほど多くの神々が一堂に会するのは、かつてないことだった。

彼らは、それぞれの信仰に基づいて世界を守り続けてきたが、今、世界が新しい時代に移行しつつあることを感じ取っていた。

最初に口を開いたのは、ヒンドゥー教の神、ヴィシュヌだった。彼は深い敬意を込めてゼウスに頭を下げた。

「ゼウスよ、我々はあなたの英知と力に常に感謝してきた。そして今、その王座を開け放ち、我々に新たな時代への道を示してくれることに感謝する。我々も、神々の世界に民主主義を取り入れ、共に新しい未来を創ろうではないか」

ゼウスは静かに頷き、ヴィシュヌの言葉を受け止めた。

次に進み出たのは、北欧の主神オーディンだった。

彼もまた、ゼウスに敬意を表しながら、言葉を続けた。

「我々も感じている、ゼウス。世界は変わりつつあり、我々神々もその変革に立ち向かわねばならない。今こそ、神々の支配も変わるべきだ。あなたが王座を手放すことで、我々は新たな協力体制を築くことができる」

 次々と神々がゼウスに感謝の意を述べた。

日本の八百万の神々もまた、自然と共に歩んできたその歴史を踏まえ、ゼウスに同意した。大国主命おおくにぬしのみことが進み出て言った。

「ゼウス様、我々八百万の神々も、あなたの決断に感謝します。これからは、神々も人々も、自然と共に生き、共に繁栄する世界を築いていくべき時です。民主主義は我々神々にとっても、新たな道を示してくれるでしょう」

 ゼウスは、八百万の神々に尋ねたいことがあった。

「私も、あなた方にお会い出来て大変うれしく思います。ところで一つお尋ねしたいことがあるのですがよろしいですかな?」

八百万の神々はきっと質問されるだろうな話ながらゼウスの神殿にやってきていたので、きっと彼のことだろうと思ったがそ知らぬふりをして。

「はて? どのようなことでありましょうか? ゼウス様がお尻になりたいということは? おっと、日出ずる国の古代語と日没するギリシャの古代語との変換がうまくいかなかったみたいで失礼いたしました。交流が盛んになれば翻訳機能ももっと向上することでしょうな。そして、お知りになりたいということは何でしょうか?」

 ゼウスは、いきなりのジョークに笑って答えた。

「緊急事態だと私が思ったときに、モトサカス・リョウマ殿を遣わせて下さって大変感謝しております。直ぐにペガサスに彼を乗せてガイアに送り届けることができて、万事スムーズに事が運んで大いに助かりました。ところで、モトサカス・リョウマ殿の生前は坂本龍馬殿と彼からお聞きしたのですが、八百万の神々様方が彼を神様のお仲間にされたのですか?」

 八百万の神々は法螺来た!ではなく、ほら来たと囁き合った。

たぶん、このことをきかれるであろうと道々話してきたことだった。

「なるほど! そのことをお尻になりたいのですか? おっと、失礼! リョウマ殿はわれわれの元でも英雄で大人気なのですが、別に特別扱いをして死後もああして転生して生まれ返っている訳ではありませんでな。われわれの世界では、全ての物、生きているものだけではなく自然の岩や山から、人間が作った道具までが全て神なのです。特別に生まれ変わったりしたわけではなく、死してもなおその魂は残り続けて何かに転生している訳です。いわば、万物が神様なんですな。リョウマ殿のように特別に強い意志を持った魂は常に人間の形をとって生まれ変わっているだけなのでございます。万物を神とするのが私どもの世界ですから、ガイア様とは特別に親しい関係にあるのですよ。ガイア様が困っていらっしゃるときに、我々の世界にもそのことが直ぐに伝わり、助力できる者がいればということで見渡していたら、かの者が『ワシがちくっと行ってきちゃる』と申し出て来たのじゃ。無事、役目を果たしたときの褒美として『土佐の酒とカツオのたたき、四万十川の鮎が欲しい』というので、用意をして待っておりました」

ゼウスは、心底感服した様子で答えた。

「なるほど、そのような神の世界もあるのですな! いやはや世界は広くて多様だ! 私も王権を返還する時が来たようですな」

 心から納得して満足そうな表情を浮かべてゼウスは八百万の神々にお礼と挨拶した。

ゼウスは微笑んだ。

これほど多くの神々が自分の決断を理解し、支持してくれるとは思ってもいなかった。

そして、彼は重々しく立ち上がり、ゆっくりと王座の前に進んだ。

「私はこれまで、神々の王として君臨してきた。しかし、今、私はその時代が終わりを迎えることを喜んで迎え入れよう。これからは、我々すべての神々が共に歩み、新たな時代を創り上げるのだ」

その言葉と共に、ゼウスは王の座を解き放った。

その瞬間、オリンポス全体が黄金の光に包まれ、神々の世界が新たな時代に向けて動き出したことを象徴するかのようだった。

神々の世界の民主化が、ここに始まった。

ゼウスは満足そうに微笑み、集まった神々たちもまた、その光景を見つめながら、新たな時代の幕開けを心に刻んでいた。

それぞれの神々が持つ力を分かち合い、共に未来を築いていくための第一歩が、今、ここで踏み出されたのだ。

神々の世界の国会ならぬ天会がどのように設立され、行政府や司法府がどのようになったかは定かではない。

しかし、一つだけ共通点があるのは、全ての裁判所の前にエイレネの妹の像が立てられているという点だ。

妹の名前はディケ。

ディケは目隠しをして、片方の手で天秤を持ち善悪を判定し、もう片方の手には剣を持ち、悪を懲らしめるという。

ギリシャ語で「ディケ」は「正義」を意味し、報復を意味することもある。

人間社会だけでなく自然界をも貫く原理であり、人間の振る舞いを監視する力として女神化され、その象徴とされているのだ。

神々の世界も民主主義になって、神々の民主主義議会が誕生し、神々の世界憲法が作られる。神々の世界もようやく民主的な法治主義になった。

一神教がどうなったかは、・・・。

奇しくも、人類の地球政府と同じように、世界中の神々による天上界の政府や議会ができる。初代大統領にはリョウマの名が挙がったが、彼は辞退した。


以上が、パラレルワールドの世界で、民主党の女性副大統領が大統領選挙で当選した場合のエイレネたちの未来でした。


未来編 第一部 完


注意書き

本書はフィクションです。本書に登場する人物、団体、地名、組織、国家、出来事、歴史などは、すべて架空のものであり、実在のものとは一切関係ありません。万が一、現実の人物や出来事との類似点があったとしても、それは単なる偶然です。

また、本書の内容は完全に創作であり、科学的・歴史的・宗教的事実を反映するものではありません。本書に登場する技術、魔法、超常現象などはすべて架空のものであり、現実とは異なります。

本書では社会問題をテーマとして扱うことがありますが、特定の思想・信条を読者に押し付ける意図はありません。登場する人物の意見や行動は、著者や出版社の見解を代表するものではありません。

イケザワ ミマリス



未来編第二部に続きます。

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