3 『あの子』
無事、親子同一コーデから脱した白兎と竜花は、天野の家を出た。帰りの途中で村の店で食料や物資を調達していた。村の人は竜花のことを知っているようで、新参者の白兎に好奇の目を向けていた。
「あれ、竜花さん、お子さんいたんですか?」
「さっき、全く同じ服来てるの見ましたよ」
「若いのに、既婚者だったんですか!?」
矢継ぎ早に質問される竜花。それなりに村人からは目を置かれているようだ。興奮している村人のノリに屈せず、冷静に訂正をする。
「子供じゃなくて親戚だ。住人としての登録は既にしてある。さっき来たばかりで季節に合う服がなかったから、一度俺の服を貸しただけだ」
「へぇー、その年でここにいるってことは、『異能者』じゃないんですねー」
「そっかぁ、今何才なの?」
「け、結婚は!?」
一部を除いて白兎に矢印が向いている。戸惑いがちに白兎は答える。
「あ、…えっと、た、多分、10才くらいです」
「まだ若いのに年齢曖昧だねー」
居心地の悪そうな白兎を横目で見たあと、白兎を両脇から抱えて竜花の影に移動させ、村人から遠ざける。
「この子は人見知りで。では、お先に失礼します」
静かに話を切り、足早に白兎を人から離した。
人の往来が無くなってきて真っ白な森に入ったあと、白兎が口を開いた。
「あの、ありがとうございました」
「…お前、名前以外の記憶が無いんだろう」
「!」
「…勘だったが、本当だったか。ほかの可能性もあったが、天野たちに気にかけられている時点で、きっとお前は『世界』に関わってる」
竜花、天野らは何個かある『世界』の平和を保つために、『世界』に干渉する術をもつ。彼らは『世界』のため以外に干渉することはほとんどない。
竜花は振り向かず、そのまま歩き続ける。だが、白兎からすれば、記憶喪失以外、訳が分からない話で困惑する。
「え、と…」
「__いいんだ、お前はなにも覚えてないだろうから。話が逸れたが、俺が言いたいのは、質問全部に真面目に答えようとしなくてもいい。間をおかず、『秘密です』とかでも言っておけばいい」
「わ、かりました」
緩みかけていた雰囲気が出会ったばかりのような気まずいものに逆戻りしていることに気づいた竜花。秘密を暴かれたから、当然なようなものだが、あまりこれはよくない。
ひとまず足を進め続ける竜花だったが、途端に足音が1つ無くなったことに気づく。
「白兎?」
ようやく振り返ると、白兎がその場でキョロキョロと、周囲を見回していた。
時は少し遡る。
気づかれてしまった、記憶喪失のこと。竜花はそんなに気にしていないようだったのが幸いではある。しかし、何となく今まで言わず、半ば騙していたような感覚がする。罪悪感がして、今までのように心穏やかに会話を進められない。
気まずさの中、足を進めていると、ふと声がしたような気がした。一度足を止めかけたが、再び歩き始める。
ここは人気もないような森だ。狩りでもしている人がいるのだろうか。
『……て』
また聞こえた。近づいてきているのだろうか。こんどは最後だけ聞こえた。子供みたいな声、誰かが遊んでいる?
つい足を止め、周囲を見回す。
この声、胸がはやる。
聞き覚えがある、気がする。
思い出せそうで、思い出せない。
ガサッ。
「_…待って!!」
突如として森から竜花と白兎の間に入るように、少年が飛び出てくる。白兎に手を伸ばしていた竜花と、突然の事で酷く驚いた白兎が二人ともその少年に釘付けになる。
「え?」
白兎が気の抜けた声を出す。
白兎を見て少年は嬉々として駆け寄る。見た感じ、少年は白兎と同い年くらいだ。少年はボブの茶色の髪と瞳を持ち、暖かそうな服装で、手袋ともこもこのマフラーを身につけ白兎の手を取る。
「ねぇ、どこの人? 僕は八緒! 一緒に遊ばない? 僕、遊び相手がいなくてさ!」
手袋から温もりが伝わってきて心地よい。しかし、いきなり現れてこの少年。この少年こそ一体どこから現れたのだろうか。だいぶ村から離れてきたし、この近くにも民家はなさそうだったのに。
「というか、暑がりなの? なんか、寒そうな服だね。なにか貸そうか?」
確かに。魔法道具のおかげで暖かくなっているせいであんまり考えていなかったが、傍から見たら妙な服装ではある。本来なら顔以外を冷たい空気に晒すなんて、人によっては訳が分からないだろう。なにか上着などを羽織る必要がある…。
いや、それよりもこの少年だ。
「私は白兎です。私は大丈夫ですよ」
「敬語やめてよ、僕らもう友達なのにさ!」
「う、うん…? 友達?」
「そ! 自己紹介して楽しく会話できてれば多分だいじょぶ」
八緒が一方的に楽しんでいる気がするが、白兎も実は同年代との会話は初めてで、満更ではなかった。それになぜか、八緒とは初めてでは無い感じがする。緊張はあまりしない。
竜花は流星のごとく現れた八緒とそれに押されながらも何とか応答しようとする白兎のやり取りを見て、少し安心していた。先程までの雰囲気が払拭されただけでは無い。白兎はまだまだ幼いはずなのに、やけに大人びているというか落ち着いている。年頃の子供ははしゃいでいるのが普通らしいからすこし、心配していた。だが、杞憂だったようだ。
…空が徐々に赤く染まっていく。八緒も白兎もそろそろ帰すべきだ。
そんな様子を感じとったのか、八緒は「あっ」と声を上げる。
「暗くなってきたし、そろそろ帰るね! 今日君と出会えてよかった! また会おうね、こんどは遊ぼう!」
八緒は森に消えていった。白兎も竜花の後を追って塔に戻った。
白兎は少しだけ懐かしむような寂しいような感覚を覚えた。
あの時も、突然別れが訪れたんだ。
ふと無意識に思ったこと。以前にも突然別れてしまったのだろうか。
感覚だけ追体験して肝心の記憶が思い出せない。
日が短い冬、あっという間に日没を迎えた森を歩く白兎たち。塔が見えて、そろそろ休めるかと疲弊しきった白兎。
なんせ白兎はいままでしばらく横になっていて、目覚めたばかりだったものだから。
「…ん?」
疲れきった白兎の感覚を刺激するなにか。
(なんだろう…。すごく、ぞわぞわする)
白兎の心臓は警鐘を鳴らすように激しく拍動する。なにかを急かされるように。とても怖い。
竜花は再び白兎を振り返り、様子がおかしいことに気がつく。
「白兎?」
体を守るように自分自身を抱きしめ、震える白兎。
「どうした白兎。大丈夫か!?」
竜花は白兎の傍から白兎の顔を覗き込む。
竜花の予想に反して、白兎は俯いたまま、目を閉じ微動だにしない。
震えも止まっているようだった。
奇妙な白兎の素振りに違和感を感じ、白兎にもう一声かけようとしたその時。
「…これは…!」
竜花は白兎を背にして、『それ』の気配に対峙しようとする。
「……忘れもしない、この気配。『あの方』を奪い、『現世』を壊滅させた、『悪霊』に付き従う者…!」




