2 赤い糸
結局、ほぼ同じ格好になった白兎と竜花は建物を出た。白兎達がいた建物は6階建ての円柱の塔で白兎は4階の部屋に居た。階段の昇り降りが大変そうである。
ただでさえ、オーバーサイズの服なのに、防寒対策とはいえさらにマントが増えたので、階段が危険すぎた。そのため、竜花が白兎を肩車し階段を下った。白兎は、申し訳ないし恥ずかしいため、早く身の丈にあった服を着たいと切に願った。
そんなこんなでまだ冬である森の中を、竜花の後ろについて歩いた。
やがて人通りが増えていき、道も足跡で歩きやすくなっていた。通りすがりの人に、同じ服でかわいいねぇ、と言われる度に白兎は自分の体温が上がるのを感じた。
「ここだ」
村から少し外れて、住居がポツポツとある地域。そのうちの一つの家の前に着いた。なぜか、あんまり生活感がない。
竜花がコンコンとノックをすると、中から女が出てきた。
身体的に豊かという訳でもないのに、なんだかとても大人っぽくて女性っぽい。
「あら、いらっしゃい〜。…あ、その子も目覚めたのね」
「ああ。白兎、この方がお前の介抱をいろいろしてくれた」
「…知らないからって、いろいろ、は無いでしょ。着替えとかはあたしがやったから安心してね」
「ありがとうございました! 私は白兎です、よろしくお願いします!」
着替えの話を聞いて心の中でホッと一息つく白兎。
「あらぁ〜まぁ〜かわいい〜! 私は天野よ、よろしくねん? さっ、寒いから早く入っておいで?」
「は〜い、おまたせしました」
天野が持ってきたのは季節にそぐわない、水色のワンピース1着。膝下は確実に出そうだ。同じことを思っていたのか竜花は胡乱げに天野に問う。
「天野さん、これは、…これしかないのか? さすがに…」
「肌着とか必要なら自分たちで調達してちょうだい。でも多分不要よ。これには魔法がかかってるから。そのために一旦預かったんだから」
白兎はファンタジーな言葉が聞こえてつい問う。
「魔法?」
「ほら、この胸元のリボン。これがいわゆる魔法道具なのよ」
「これ、まさか、あの人の…」
「そ、だから効き目ばっちり」
白兎を除いて、2人は納得してるようだ。
「それは…、どの人なんですか」
「ん〜、あたしたちの、いや、竜花より立場が上で、あたしより下のやつね」
天野は得意気にふんっと笑った。それに対して、白兎は一気に緊張した。
「えっ、天野さんすごい方なんですね。というかなんでそんな人の家にお邪魔してるんでしょうか私…、出ます…」
「そんなことないわよ〜。…ってほんとに家出ようとしてる! 大丈夫だから、本気にしないで〜、居てちょうだい」
白兎は天野に抱っこされ、席に戻された。
「ごらん。竜花なんて、くつろいじゃってまったりお茶飲んでるし、敬語なんてないし。白兎ちゃんも敬語やめてちょうだいね、なんかむず痒いわ」
「わかりま…った、天野さん」
天野はぎこちない応答をする白兎を見て、くすくすと笑う。
「…まぁ、いいわ。年の差は埋められないものねぇ。…じゃあ、白兎ちゃんお着替えしましょうか? ちょっと借りるわよ竜花」
「ああ」
「じゃ、行きましょっか」
「は、うん」
白兎は天野に連れられて2階に向かった。元々着ていたものを脱ぐと、バンザイさせられ、上からすぽっとワンピースを着せられた。リボンで首元を調整できるからと、緩い分を軽くキュッと締められた。
そして、天野は脇においてあった茶色のロングブーツを掴み、白兎の目の前に置いた。
「さすがのあたしもなんか、そのワンピースにただの靴だけじゃ寒そうだから、これ履いてね。これも紐で調整できるから」
早速、履いてみると、厚すぎず、ちょうどいい温もりを持っていた。恐らく紐が、ワンピースの赤いリボンと同じものなのだろう。
「天野さんっ! これ、履きやすいし、ちょうどいいです! ありがとう! 大切にします」
「なら良かった」
天野は穏やかな笑顔を浮かべて、白兎の頭を撫でた。白兎は一瞬、天野の様子に疑問を覚える。
「はーい、脱いだのは畳んどくから、先に下行ってていいわよ」
「うんっ」
天野を背にし、軽い足取りで階段を下って行く白兎。
白兎の頭を撫でる天野の目は、今の白兎ではなく、誰かを重ねているように見えていた。
2人が2階に行ったあと、竜花は1人残され、好きなお茶を飲んでリラックスしていた。
さっき、天野が見せたあの赤いリボン、リボン結びされていた紐。あれには、『あの人』の髪の毛が編み込んである。
髪の毛は、呪いや魔法、常人では使えないような用途に使われることもある。だから容易に人に渡すようなものでは無い。それを魔法も知らなさそうな白兎にあっさり供与した。
『あの人』や、天野…は純粋に可愛がっている可能性があるが、竜花よりも立場が上のものが、白兎を気にかけるのは何故だろう。
竜花とて、ただ介抱したからそばにいるのではなく、『あの人』の命令を受けてここにいるのだ。
竜花は、『いずれ来る者』を手助けすることを命ぜられた。
『この世界』に来てから、記憶の検査をした。世界を移動すると、特殊な力が使える代わりに、その世界にいる間は記憶を幾分か失う。任務の記憶が失われていては話にならないし、重要事項を忘れていては支障が出るから、検査をするのだ。
『お前は男か』とか、『名前はなんだ』とか当然の質問。
『なんのためにそこにいるのか』とか、天野を連れてきて『こいつは誰だ』とか、任務に関わる質問。
人の写真を見せられて『この人を知っているか』とか、『お前は死んでいるか』とか、完全にNOと回答できるダミーの質問。
他にも順不同でいろいろな質問があったが、出題者側の方で、竜花の何らかの記憶が失われていることがわかったので、向こうが竜花に合わせて対応してくれているそうだ。
そうして天野のサポートのもと、白兎を保護することが出来た。保護対象は多分白兎で合っていたと思う。天野が受け入れていたからだ。
天野も竜花と同じく、この世界に移動してきた。ただし、仮にも『住人』となる竜花とは異なり、一時的にやってくる『訪問者』である天野は、記憶障害が起こらない。
天野が滞在しているこの家は、徒人には視認できない。竜花と白兎が初めにいた塔も同様だ。両建物には、認識障害を起こす結界と、ある程度建物を維持する結界がある。竜花がしばらく生活していた塔と比べて、この家の生活感がないのにお茶があることや家の中が綺麗なのはそのせいだ。
一旦、やることが落ち着いた天野はそろそろ帰るだろう。
吹雪の中、冷えきって昏睡していた白兎を保護した時は本当に助かった。
簡単な応急処置と家事は頭に入れていたが、さすがに自分よりも幼い女の子の服をどうにかするのは気が引けてしまったので、そこら辺を天野に任せることが出来てよかった。少なくとも天野は竜花よりも女の子に近しい存在だから。
竜花は、帰る前に、もう一度礼を伝えようと思った。
…さて、そろそろ下りてくるだろうか。階段付近から足音が大きくなる。
紺色の髪と振袖付きの水色のワンピースを閃かせ、茶色のロングブーツでせかせかと降りてくる白兎。竜花の方へ駆け寄ろうとすると、まだ履きなれないブーツで転んで突っ伏す。その様子を不安げに見つめながら、白兎に近づく。
瞬間、竜花はデジャブを感じる。
__どこかで。
すると赤面した白兎が目を逸らしながら顔を上げる。
「いつもそそっかしくてごめんなさい…」
「…いや」
白兎の声で現実に意識を戻した竜花。白兎が心配そうに見上げる。
「…大丈夫ですか?」
「あぁ、というかこちらの台詞だ。ほら」
床に座っている白兎に大きな手を差し伸べる竜花。
まだ赤面しながら小さな手を伸ばす白兎。
そして、階段から下りてその様子を意味ありげに見つめる天野だった。




