11 雪まつり
ノックを鳴らして白兎と竜花は足取り軽く入室した。
「失礼します」
唯斗たちは入ってきた白兎に振り向く。
「白兎さま。…決まりましたか」
「…はい。私たちは『家』に帰ります。改めて、今回はありがとうございました」
白兎はすっきりとした表情で言い切る。一方の唯斗は一瞬複雑そうな表情を浮かべた後、いつもの笑顔を浮かべた。
「…そうですか。分かりました」
「ひとつ聞きたいんだが、何かまた不都合があればどこに向かえばいい? おすすめの医者はいるか?」
唯斗はぼんやり「ああ…」と呟いた。
「白兎さまに関する不調に関しては、また、城へ来てください。経過観察させていただきます」
「一応城下にも異能力者に関わる医者はおりますが、できるだけ、かかりつけの方が患者様にもいいので」
「城へいらっしゃる時は、白兎さまのお名前を門番や周囲のものにお伝え下されば、案内するように周知しておきます」
支桜も補足説明をする。2人の話を聞いて、ふと違和感を感じる。
「…そんなものなのか?」
「と言いますと」
「いつもそんなに個人に丁寧に対応していたら、だいぶ忙しくしていそうだが」
国の要とも言える城の医療機関・医者が、『一般人』の経過観察、名前の周知。もちろん、かかりつけの方が安心だが、やけに手厚い。
「まぁ、普段は城内の者しか利用しませんし」
「普通の異能力者は城下の医者が初診をし、かかりつけとなる場合が多いというだけです。非常時は白兎さまのようにこちらに通うことになる方もいらっしゃいますから」
「そう…なのか」
いまいち煮え切らない竜花だった。支桜は思い出したように白兎を見る。
「そういえば白兎様」
「はいっ!?」
「白兎様が雪まつりに参加したかったとお聞きしております」
「そ、そうです」
竜花の案内をしてくれた護衛が伝えたのだろう。その後、唯斗と支桜は驚くべきことを告げる。
「昨日の誘拐騒ぎで、まつりで重要な人物も誘われてしまった影響で、雪まつりは延期になりました」
「早い収束で、雪まつりは今日の午後からとなりましたよ」
竜花と白兎は、目を丸くして、自分たちの耳がおかしくなったのかと思った。
「今日の」
「午後っ!?」
「は、早くないか、あまりにも」
白兎たちがさらわれたのは昨日の昼前。あの場から脱せたのは月が既に宙に浮かんでいた時刻。おそらく、その『重要な人物』が助け出されたのも同じくらいの時刻。
まつりが延期になるほど『重要な人物』が不在の間の諸々の説明や安全確保などに時間がかかるはずだ。特に来場者やスタッフの安全確保は困難だろう。また誰かがさらわれたり、危害を加えられたりしてしまうかもしれないのに。
「…まつりに携わる者も、そうでない者も、多くの民が陳情をしにきたのです。雪まつりをできるだけ予定通りに実行したいと」
「…どうしてなんだ?」
「雪まつりは…、我らが姉、六花様の誕生日に行っているのです」
白兎と竜花は各々異なる違和感を胸の内に抱いた。
(我『ら』…?)
「…?」
「六花姫、行方不明の…」
「そう、雪まつりは六花様が戻られる道標となるようにと毎年できるだけ日程をずらさないようにしているのです」
「『まつりの重要人物』がさらわれてしまって他の者も危険かもしれないのに、そんなに急いでやるのか?」
支桜は寂しそうに笑みを称えながら呟く。
「それだけ姉は民に愛されているのです。そして再発に関しては…、させません」
支桜は瞬時に王族としての表情をみせる。
「雪まつりは本来の日程より短縮化しました。この期間の間であれば、会場全域に悪しき意思を持つものを通さない結界を張ることも可能です。幸運なことに、民の間には誘拐事件が起きたことは周知されています。厳格な警備を嫌がるものは初めからまつりには参加しません。そうでなくとも陳情に訪れた民の人数からしても、民の過半数は到達します」
「…さらわれたその人物も大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ、その本人もまつりの続行を望んでいるとのことなので」
「それでいいのか…?」
まだ色々聞きたいことがあるが、唯斗が発言して口を閉ざす竜花。
「竜花様、白兎様」
「…なんだ」
「お帰りの際は十分お気をつけて。雪まつり付近までですが伯をお連れください。先程さらわれたばかりでしたが、実力は確かです」
「さらわれたばかりだが、医者の護衛なんだろう」
「城は比較的安全ですので」
『さらわれたばかり』を2度も言われて、護衛として立つ瀬がない伯。
「…気まずいなぁ」
唯斗はその伯の小さな呟きを聞き漏らさない。笑顔で白兎に言い放つ。
「白兎さま、ついでにその人に出店のもの奢ってもらってください」
「えっ」
「…まぁ、いいですけど。いくらでも食べてください?」
白兎は思わず動揺する。一方の伯はやる気満々だった。
「白兎さま、遠慮なく」
「えっ、で、では、お言葉に甘えて…」
「お気をつけて。そして我が国のイベントをお楽しみください」
白兎と竜花、そして伯は盛り上がっている城下の出店通りを歩いていた。出店から食べ物の匂いや、香水の匂いなど色んな匂いが漂っている。人が多すぎるので、伯を先頭として、後ろに竜花、間に白兎を挟んで縦に1列で歩いていた。
白兎は少し気恥ずかしそうに呟いた。
「ずいぶん、よくしてもらいました…」
「随分、一個人に手厚いんだな」
唯斗や支桜による厚遇にどうも釈然としない竜花。そんな竜花の声が聞こえて、呆れたようにため息をつく伯。「それでも」と続ける。
「…昨日白兎サマがいなかったら、あの場を切り抜けられたかどうか分かりませんでしたから」
『白兎』があの八尾を追い払ってくれていなければ、あの男はその場の人間を全員殺すことも厭わなさそうな様子だった。
楽観的に発言する伯。その発言の意味を理解できない白兎は首を傾げる。竜花はその伯の発言に関しては合点がいったようだった。
「?」
「たしかに」
「それってどういう…」
「白兎サマ! あのお菓子、食べたくないですか?」
白兎の言葉を遮り、伯は突然出店のひとつを指さして、白兎に笑いかける。白兎としては先程朝食代わりに城で軽食を食べたが、その商品、アップルパイをみて、表情が緩む。
「! うっ、食べ、たいです!」
「よーし、この伯がお姫様のために買ってまいりますよっと! どこか適当な場所で止まっててください?」
「ひ、ひめ!?」
伯はのらりくらりと人の流れを横切っていく。
「竜花サマの分も買ってまいりますからお二人でお待ちくださいねー」
「あ、俺は別に…ってもう届かないな」
「伯さまは元気な人ですね」
「……そうだな」
伯が例のアップルパイを持ち帰り、人があまりいない道に設置されていた長イスで3人で座って食べていた。白兎はおいしそうに頬張りながらも、ずっと抱いていた疑問を伝えるため一度嚥下する。
「伯さん」
「…ふぁいっ?」
口にまだ食べ物を含んだ状態で、返事をする伯。
「あの、雪まつりって王族の方によるパフォーマンスとかがすごいらしいって聞いたんですけど、いつからなんですか?」
「…ムム…白兎サマ、敬語やめてください? 俺も止めるから。…ムズムズしていやなんで」
「わっ、かった」
ぎこちない白兎の返事を聞いて、完全に嚥下した後、伯は口を開く。
「王族のパフォーマンスは今はないんだよ」
「そうなのか?」
「そ。いないんだよ」
「…雪まつりのパフォーマンスは六花姫がやっていたのか」
「六花姫?」
先程も『六花』と名前が上がっていたが、白兎だけはその名前に馴染みがなかった。
「……ふむ。…白兎サマは知らないか。2年前、現国王の双子の姉で『冬』の異能力者。…今日会った支桜サマのお姉様である六花サマが行方不明になられたんだ」




