10 若い王
時は少し遡り、城に着いたころ。
唯斗から、白兎を特別な治療室で治療するために連れていくこと。その部屋に竜花を連れていくことが出来ないこと。その間竜花には客室で待ってもらうことを約束させられた。竜花はすぐに同意し、白兎は治療室に運び込まれた。
その後、軽装の護衛、零により、部屋に案内された。
ベッドとテーブルとイスがある簡単でシンプルな部屋だった。窓はカーテンを閉めることができそうだった。
「__治療は今日中には終わりませんので、今夜はここでお休みになってください。滞在中は要望をお聞きしますので、入浴、食事などご自由にお申し付けください」
「治療はいつ頃に終わる?」
「早くても明日の早朝です。遅くとも明日の午前の間で終わると思われます」
「分かった」
一連の会話が終わったのに零はまだ部屋にいた。
「……なにか」
「…………白兎様とはどのようなご関係なのでしょうか」
竜花が口を開くと、零は少しぶっきらぼうに尋ねた。
「…白兎は、ただの護衛対象だ」
「今日はなぜ外出を?」
「…雪まつりを見たいと、白兎が言ったから」
なぜそんなことを聞くのかと疑問に思ったが、自信を喪失している竜花はぼーっと答える。
「そうでしたか、それは災難でしたね。…活発な方が護衛対象ですと、大変ですよね」
「……ああ」
__時は現在に戻る。
羨ましいと思った。なんの気兼ねなく抱きしめ、慰め、労れることが。
「…羨ましい、ですか?」
心の中で呟いたつもりだったが、声が出てたらしい。支桜がこちらを見ていた。
「姉上とは、ああは出来なかったな、と」
唯斗の姉は、身体に合わないほど魔力を多く持っていたため、常に魔力を放出していた。それでも魔力が枯渇しないのは、彼女の魔力を生産する能力が高かったからだ。
姉は、自分の意思に関わらず魔力を放出し、他のものは近くにいるだけで姉の魔法の影響を受けた。直接肌や手なんてもってのほかだ。彼女は攻撃してしまうことを恐れ、人や動物を避け、魔力を通さない特殊な布で身体を覆い、手にはいつも白い手袋をつけていた。そのうち、青みがかった紺色の美しい長い髪をある日切ってしまい、さらにその上からベールを身につけるようになった。
そのせいで、白兎と竜花のように直接触れ合ったり、近距離でいたりすることを拒まれた。
「……」
支桜は言わんとしていることを察して、沈黙する。支桜にも似たような状況を思い出したのだ。伯は唯斗と支桜の2人の様子から察して、沈黙する。
4人に見守られる中、白兎は泣き止んだ。白兎は深呼吸をする。白兎の中では、こんな公衆の面前で泣き、偉い人の時間を奪ってしまったかもしれない…、と焦っていた。
タイミングを見計らって、唯斗は声を掛ける。
「白兎様はまだ安静が必要です。今、行ったのは魔力の漏洩の治療のみ。それに付随する体調の不良はまだ回復しきっていません。ある程度回復なさるまで、城に滞在してください」
「それは…」
竜花は返事を渋る。
この城には結界は張られているが、塔のものとは違い、認識阻害も無ければ、特殊な存在から守られる訳でも無く、『外』からの干渉を受けづらい。八尾らと接触した白兎にとって、安全な場所はここでは無い。
しかし、城から塔まではだいぶ距離もある。病み上がりの白兎を連れていくにも負担が大きすぎる。それに、生活や病人のケアにおいては、この城での方がより良い気がする。詳しくは知らないが、支桜の癒す力は本物だろうから。
白兎の回復をとるか、合理的に考えて確実な安心をとるか。
「白兎、ここにしばらく留まるか、戻るかどちらがいい?」
一旦本人に尋ねてみる。
白兎はしばらく沈黙し、申し訳なさそうに唯斗たちに向き直る。
「すみません。時間もらったのに、なんですけど、竜花さんと相談してもいいですか」
唯斗は少し驚いてから微笑みを見せ、快諾した。
「白兎、どうしたんだ?」
「竜花さん、個人的に城は安心できないんです。やはり、気が張るというか。でも皆さんすごくいい人で、病気? 治していただきましたし」
「…一応、この世界では四季国は主要な国で、その要と言えば、武力も技術も知識も集まる場所だ。彼らも白兎のケアをきちんとしてくれると思う。…それでも安心できないか?」
「…なんだか、居づらくて」
なぜだか、分からない。けど、ここは『不安』になるし、『居づらい』。
白兎は本当に申し訳なさそうに視線を彷徨わせる。
「塔に戻るのか?」
「戻りたいなと」
竜花の胸に何となく熱いものが込み上げる。
「だいぶ遠くになってしまったから、今から徒歩で行っても着くのは夜になるぞ」
「はい。頑張って歩きますけど、たまには休憩しましょうね」
「…ふっ、それだと更に着くのが遅くなる」
白兎は竜花の顔を見つめて呆けている。
「?」
「…あっ、そうですよね。うん。早くお伝えして、早く出ましょう!」
「…?」
一方、その頃、残された3人も話し合っていた。
「あの様子だと、お帰りになってしまいますね」
「記憶喪失だって言ってましたし、慣れないところに、しかもお城だと言うのもハードルが高いんでしょうね」
支桜と伯が寂しそうな表情を浮かべながら嘆く。ふと、支桜は疑問を述べる。
「あの竜花って方、いい方なんですか?」
支桜は城で出会ったのが初対面だ。初めに竜花の話を聞いた時は、竜花が少女を攫った誘拐犯かと誤解していた。
一方、捕らえられた時のことを話す唯斗と伯。
「最初の行動は、白兎サマのことを大事にしているのかなって思ったけど」
伯が言う『最初の行動』とは、白兎が気絶から目覚めるまでのことだ。
「アプローチが足りないって言うか。唯斗サマは、縛られながらも全力アピールしてたのに、彼は血相かえながらただ見てただけだったというか。…乱入者のときはもう、仕方なかったよな…。アレで動けたら、人間じゃない」
八尾はあの空間で異様な存在感をみせ、誰も動くことができなかった。ときたま見せる表情は、少年のようにかわいらしく見えた気がしたのに、八尾から発せられる圧は少しも和らぐことは無かった。一番近くにいた白兎も、よく意識を保てていたように思える。
「あの八尾の圧は凄かった」
唯斗の言葉に、支桜はたいそう驚く。
「『兄様』まで…」
「あの男は脅威だな。敵に回られると困る。魔力を一切遮断するあの地下の部屋を見つけて壁を破壊し侵入するのは、恐ろしいよ。…それにしても」
「いたなアイツ」
唯斗は、感情を堪えたような表情で声を絞り出す。
「ようやく見つけた、僕たちの仇」
支桜はその言葉の意味をすぐに理解することはできなかった。しかし、『僕たちの』『仇』という言葉で、信じられないが自分の想像していることが合っているのか尋ねる。
「…見つけたんですか…!? …4年もの間姿をくらました、あの男を?」
支桜は右目の眼帯に手をかざす。
「やつも4年前とは変わったみたいだ。…白兎さまと『姉上』を重ねてたように思う」
「…! 気づかれたんですか?」
「その時に唯斗サマが暴れて、それで気を引いたんだ」
「そういうことだったんですね、良かった…」
唯斗の頭の中に、白兎と竜花が抱き合っていた姿が浮かぶ。
「…白兎さまは、厄介事に好かれているのかもしれない。できる限りお守りしてあげたいが、本人から拒絶されてしまえばそれまでだな」
不意に伯がずっと考えていたことを支桜と唯斗に問う。
「そういえばおふたりとも、白兎様が『あの人』確定で話を進めてる気がするんですけど、確証はあるんですか?」
しばらく問われた2人は伯をみて沈黙する。
「そうか」
「そういえばそうですよね」
「話に普通に参加していたので失念していました」
支桜は少し嬉しそうに微笑む。唯斗は少しだけ得意げに笑う。
「伯は四季の能力を持たないから」
「…なんですか、自慢ですか?」
不機嫌になった伯にまぁまぁと手を動かしながら、唯斗は懐かしそうな切ない表情をうかべる。そして共に支桜は断言した。
「いや。あれは確定だよ」
「白兎様は我らが姉様、六花様に間違いありません」
竜花を案内した護衛の零は、白兎と竜花について行きました。




