俺が、
もがいてももがいても動けない。僕はそこに立ち尽くしたまま。ばかみたいにそこに突っ立っている。心臓だけが酷く動く。
目の前には亜美が倒れている。かけよらなきゃいけないのに、助けなきゃいけないのに。金縛りのように固まったまま。それでも目だけは真摯にものを映す。亜美の上に降り注ぐ、雨。
激しい雨の中、ピクリとも動かない亜美。雨だけが、亜美を濡らしていく。
「山内、部長が呼んでる」
菊池に肩を叩かれ、直樹は菊池の顔を見上げた。見るからに体育会系という風貌の菊池は、同じ大学出身ということもあり、直樹に目をかけてくれている。
菊池に言われ部長の席に目をやると、部長の望月が直樹に向かって手招きしているのが見えた。
「なんでしょう」
直樹が目の前に来たと同時に、望月はニッコリ笑った。
「昨日の会議の案件、山内さんにお願いしようと思ってるんだけどう?」
「ってことは・・・」
「出張、行ってくれる?」
「はい、大丈夫です」
「来月の十三、十四の一泊二日で行ってくれる?」
来月の十四日。
「長崎」
長崎と聞いた瞬間、全身が沸騰しそうになった。
高校の修学旅行で行った以来、長崎には一度も行っていない。
行こうと思ったこともない。楽しいだけで終わったあの場所は、今や辛い思い出の場所になっている。
その場所へ行く。気が重い。
来月まできっと悪夢にうなされ続ける。亜美の七回忌がある。この体が持つだろうか。
そう考えながら、昼の休憩中、直樹は自分の携帯を手にとった。
立川大輔を検索して、通話を押す。
3コールほどで大輔が出た。
「よお。どうした?」
相変わらず緊張感のない声だ。
「出張?新井の命日に?」
この前飲んだときに、亜美の七回忌について話していた。命日は平日だったので、週末に皆で墓参りに行こうかと大輔と彩花が話し合っていたが、直樹は黙っていた。
「そっか。じゃあその日に帰ってきてから一人で墓参り行くんだな。わかった。彩花に言っとく」
正直、みんなに会わなくてすむ口実を探していた。出張の仕事はほとんど一日目で終わる。午前中の飛行機で帰ってきて、そのまま亜美の墓参りに行き、会社に戻る。
命日に墓参りをすることに、文句がある奴などいないだろう。口実を見つけ、実際ほっとしていた。
直樹は傍らに置いていた紙コップのコーヒーをすすった。夢を見始めて以来、一人の時は食事もろくにとっていない。
近況とか、つきあってる女とか、話さなければいけないことがめんどくさい。大輔にさえあんな風にしか言えなかった自分が、他の友達に対してうまく話せる自信がない。
だけど自分はきっとみんなの話題にのぼるだろう。容易に想像できる。
亜美がつきあっていた男。亜美が死んだとき傍にいた男。
事故が起きて、亜美の葬式が行われたとき、みんな同情してくれた。けれどもちろん攻める人もいた。お前がいたのになんでと。
攻めてくれていい。
慰めるよりも、攻めてくれたほうがよかった。
俺が亜美を殺したんだから。